第三十話 決戦
「初めまして、守矢要の姉をやっております守矢小晴と申します」
丁寧なお辞儀を見る限り温厚そうな人柄をうかがえるが、それでも俺と同じSランクとなるとどうしても身構えてしまわざるを得ない。
「榊、この女は……」
ロザリオもただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、爪を構えていつでも戦えるように戦闘準備を整えている。
しかし守矢小晴の方はというと態度を一切変える事無く、まるでいつ敵対しようが余裕で撃退できるとでも言わんばかりに笑みを崩さずにいる。
「ふふふふ、そう強張る必要はありませんよ」
「それはどうかな……貴様からは、嫌な臭いがする」
「なぁっ!? 姉さんがくさいとでも言いたいんですか!?」
いや、そういう意味じゃないでしょ。むしろ見た目的にアロマの香りで落ち着きかねん。絶対いい匂いがするに違いない。
「血と戦火の臭い……『血戦』と同類の臭いがする」
「……そうですか」
守矢小晴は少し残念そうに沈んだ表情を浮かべて落ち込んでいる様子。俺が見る限りでは一切殺意的な何かは見えないんだけど。
「で、あんたがガトリングの発砲音を出した犯人ってワケ?」
「まあ、そうなりますね。ここら辺一帯を一掃すべくガトリングを投影させていただきました」
そういうと小晴は笑顔で俺達の前に、まるでホログラム映像を呼び出すかのように見事なガトリング砲をその場に召喚した。
「私の能力は『投影』。想像したものをこうして具現化できる能力です」
「なんだと……? まさか『血戦』と似た能力が――」
「申し訳ありませんが、その『血戦』という能力は、私の能力の下位互換と言わせていただきます」
「なんだと!?」
「小晴姉さんの能力は凄いんですぜ! なんてったってなんでも呼び出せちゃうんですから!」
ロザリオが憤りと驚きが混ざったような声を挙げ、要がふふんと自慢げにいると、守矢小晴は両腕を広げてそこらじゅうにありとあらゆるものを投影し始める。
「何も万物とは言いませんが、私は武器や兵器以外にもあらゆるものの投影が可能です。生命を誕生させるのは私ではなく『創世者』の専売特許ですが」
「ば、馬鹿な……!」
多分この場にロザリオではなくロザリンデがいたとしても、まったく同じ反応を返していたであろう。自分を上回る――それも、はるか空高くからとでも言わんばかりの歴然とした差を見せつけられては、誰しもが目を疑い、絶句するに違いない。
「……力帝都市はそういう街だって、ロレッタに入ったはずだけど……あんたには言わなかったっけ?」
「くっ……しかしヴラド家は、スポーツマンシップだの騎士道精神などというルールに縛られた考えなど持たない。ヴラド家が出る時は、相手を殺す戦争をしに来ているという事なのだからな」
「その通りよぉ☆ よく分かっているじゃなぁい」
声がする方――寂れた五階建てマンションの屋上の方へと見上げると、そこにはロザリンデとロザリンデの両手によって宙づりにされているロレッタの姿が。
「お嬢!?」
「…………」
「くっ、おのれロザリンデ!! ロレッタお嬢に何をしたぁ!!」
無言で俯くロレッタを前に、ロザリオは思わず前に出てしまう。しかしそれを見越してかロザリンデは含み笑いを浮かべてロレッタをマンションの縁から外へと突き出す。
「おっと、それ以上は一歩も近づかないで下さるかしらぁ?」
ロザリンデの姿は見えている。だが手を出そうとした瞬間ロレッタは地面に激突することになるだろう。
「ぐっ、どうすればいいんだ……!」
「あら、もしかしてこの旧居住区画にゾンビさんを放っていらっしゃるのって、あの方?」
「そうだよ。あのロザリンデとかいう女がヴラド家っていう外部の能力者一族で、そいつらが魔法を使っているんじゃないかって」
「おかしいですね? 魔法を使うのであれば、能力は諦めなければならないはずですけど」「奴等は従者に魔法を覚えさせる。『血戦』は純血な一族だけの力だからな」
「そろそろいいかしらー? さて、ロザリオ。この場でどう落とし前をつけさせましょうか?」
どうやら相手は分家の、しかも一執事に過ぎないロザリオが反旗を翻してきたことに相当怒りを覚えているらしい。
「貴方みたいな奴隷育成施設上がりの俗物が、ヴラド家の崇高な目論見を潰さないで下さるかしらぁ?」
「何が崇高だ!! 幼い少女を爆弾にして爆破するなどという馬鹿げたものの、何処が崇高だというんだ!!」
「爆弾……?」
「あのロザリンデが握っている少女が命令されて、本当は自爆する予定だったらしいんですけど、そこにいる執事がそれを止めようとしているんです」
「まあ! 素敵な関係ね」
「素敵な関係? 薄っぺらな関係でしかないわよそんなもの!」
ロザリンデはもはや元のぶりっ子お嬢様という設定など捨てたのであろうか、もはや口調すら荒げてロザリオの全てを否定しようとする。
「ロザリオ、この世で最も大切な関係って何だと思う?」
この世で最も大切な関係と言われると、どうなんだろう? 親子? 親友?
そんな俺をよそにしてロザリオは一瞬だけ黙りこくった後に、ロザリンデの目をまっすぐと見つめて回答を返した。
「……互いを、愛し合う関係だ」
うーわ、俺だったら赤面するくらいのくさい台詞なんだけど、ロザリオのキメ顔のせいでイマイチつっこめない上にそれなりにいいシーンみたいになってる。
そんな俺の心の冷やかしなど余所にして、ロザリンデは激昂して吐きつけるかのようにその答えが間違いだという言葉を投げつける。
「ハンッ! やっぱり下民らしい下らない空虚な繋がりね! いいかしら、この世で最も重要視される繋がりは、血の繋がりよ!!」
ロザリンデは発狂でも起こしたかのように声を荒げ、ロザリオの主張を打ちのめさんと矢継ぎ早に言葉を並べ始める。
「貴方、知り合いに自分の肉親が悪い奴だから殺してくれって言われて殺す? 貴方、自分の親友に言われて実行する? 恋人に言われて実行する!? 血の繋がりの無い赤の他人なんて、そんなものでしかないのよ!!」
「フン! だったら肉親も何もかも失った俺には、何の関係の無い話だな!!」
だがロザリンデの主張など、ロザリオの一言の前には何の働きかけもなくなってしまう。
「何もない俺にいつも寄り添ってくれたのはロレッタお嬢ただ一人!! 俺からすれば、貴様等ヴラド本家の方こそ赤の他人!! 赤の他人にお嬢を殺させなどしない!!」
「だから、私とロレッタこそ血の繋がりがあるのよ!! 貴方のような赤の他人に――」
「血の繋がりなら、それこそ俺とロレッタお嬢にもある!!」
「うん!?」
……その場にいる中でロザリオの発言に驚いたのは、俺一人だけの様である。
「俺はお嬢から、黄金の血の輸血を受けたことがある!!」
「ッ! それがどうしたっていうのよ!」
「黄金の血ってなんだよ……」
俺はとっさに手元のVPで調べてみたが、調べてみたところこういう事だった。
通常血液型が違う人間同士で輸血をすると、拒絶反応が起きて血が固まったりして大変なことになるらしい。しかし黄金の血と呼ばれる血液を持つ者は、誰にでも輸血をすることができるとのこと。しかも世界中の割合的には相当低いとのこと。
「貴様の言う血の繋がりなら、俺にもあるという事だ!!」
「詭弁でしかないわ!!」
「詭弁かどうか、貴様の身を持って確かめてみるがいい!!」
ロザリオはついに狼男として、その姿を変化させてゆく――
「――貴様とお嬢の歪な関係など、この爪で引き裂いてくれるわ!!」
「くっ……あらあら、そんなにロレッタちゃんを早死にさせたいのかしら?」
ロザリンデはついにロレッタから左手を離し、右手一本でロレッタを宙吊りにし始める。
「ワタクシって非力だから、このままだと落っことしちゃうかもぉ☆」
「くっ、そんな事させてたまるか!!」
「ワタクシとしては、今の状況がたまらないわぁ」
ロザリンデが空いた左手でパチンと指を鳴らすと、今までどこに潜んでいたのであろうか、物陰からグールが続々と大挙して押し寄せてくる。
「どういうつもりだ」
「どういうつもりってぇ、要はロレッタちゃんを助けたかったら大人しくグールのエサになりなさいって事よぉ」
大体こういう時はお決まりで人質を取られた俺達が無残に食われて、最後にロレッタも落とされてバッドエンドなんだろうけど――
「分かりました。この場にいる四人は手をだしません」
「ウフフフ、それが賢い――」
「四人は、ね――」
俺はその瞬間、ロザリオが最初に言っていた意味を理解した。
守矢小晴のその意味深なセリフと共に浮かべる笑顔だけは、どうにも温厚な人間が浮かべる笑顔とは程遠いものだと思ったからだ。
「――隙ありッ!!」
「ッ!?」
そしてその言葉は、ロザリンデの右腕が宙に舞うことで見事その意味を成す。
「っ!? ぎゃああああああああああああぁっ!?」
「フン、他愛ない」
マンション屋上からはロザリンデの右腕が無残に落ち、その新鮮な肉にグールが群れる。そしてロザリンデの右腕を斬り飛ばした犯人が、ロレッタを抱えて同じくマンション屋上から落下していく。
「ちょっ、落ちたら死んじゃう――」
「和美なら大丈夫ですよ」
この守矢小晴が笑みを浮かべたまま一歩も動じないのが何よりの証拠とでも言いたいのか、そしてそれを証明するかのように和美と呼ばれたポニーテールの少女はまるで猫のように体をひねらせ、見事にその場に着地した。
「姉さん、この子を助ければよかったのですね?」
「その通りよ、和美。よくやったわ」
「お嬢! 大丈夫ですか!?」
「その少女は気を失っている。丁重にしておけ」
守矢四姉妹の次女、守矢和美。すらっとした体型はモデルと錯覚しそうになる。しかしどうしてこんなスタイルのいい姉二人からあんなちんちくりんの四女になるんだろう。
……手に持っている銃剣から血がしたたり落ちていることは見なかったことにしよう。
「姉さんこの程度のことなら容易いこと。それよりそこの二人は――」
「――あんた達ィ……何勝手になごんじゃっているのかしらぁ!?」
そういえば忘れていた。
「あんた達、こぉのロザリンデちゃんのキュートな右腕を吹き飛ばしておいて、何をしているのかしらぁ!?」
ロザリンデは自らの血で義手を生成し、更に義手を変形させて迫撃砲へと形を変えていく。
「それに、勝手にロレッタちゃんを解放しちゃってもいいのかしらぁ?」
「お嬢! お嬢!? お目覚めになられて――ぐはぁっ!!」
目を覚ましたロレッタがまず最初に取った行動とは、自らの血で生成した拳銃をロザリオに向けての発砲だった。
「お嬢!? 俺です! ロザリオです!!」
「言ったじゃなぁい。血の繋がりこそが、この世で最も強いつながりだってぇ……」
ロザリンデは恍惚とした表情を浮かべて、ロレッタに仕込んだ細工について話を始める。
「洗脳装置って知っているかしらぁ? 一時期本気で開発したところもあるらしいわよぉ」
「それが……ッ!? こういう事か……!」
「ピンポンピンポーン。正解よぉロザリオ。ご褒美にもう一発撃たれとく?」
更にロザリンデは笑みを浮かべて指を鳴らすと、ロレッタは虚ろな瞳で再び拳銃を構え始める。
「止めてくれ……俺はお嬢に手を上げれない……」
「フフフ……お嬢様に手を上げられなくても、ロレッタちゃんは貴方を躊躇なく撃てるわよ?」
ジリジリと後ずさりをするロザリオだが、既にグールの包囲網は徐々に徐々に狭まってきている。
「和美」
「承知しております。いざという時は、そのように」
「ウフフフフ、さぁて、右腕を飛ばした分、たっぷり楽しみましょうねぇ!!」
この編のラスボスまでたどり着きました。日曜には終わって次の章に移るように頑張ります。




