第二十八話 陽動
俺は元戦争の犬を、狂犬へと変えてしまったかもしれない。
「ではそろそろメインディッシュを、いただこうかと……」
あー、セバスチャンご愁傷様。骨は拾うよ。後は何分持つのやら。
「お願いだから殺しは御法度だからね、ラウラ」
「大いに承知しておりますとも」
でも溢れる高揚感からくる殺意が隠しきれていませんが。
セバスはそんなラウラの危険性に気づいたのか、その場から急いで離れるためにスナイパーライフルを捨ててその場から逃げていく。
しかしラウラは笑みをいまだに携えたまま、逃げ行くセバスの背中をずっと追い続けている。
「……マコさん」
「はい?」
「今すぐ命令を」
「……どんな命令?」
ラウラはひたすらに狩人としての笑みを浮かべたまま、犬で言うところの待ての状態を維持している。
「さあ、早くかの獲物を追い立てる指示を!」
「……えぇーと、取りあえずセバスを取り押さえて来て、それと――」
俺の指示を最後まで聞く前に、ラウラはその場に残像を残して走り去っていく。
「……とりあえず、後を追いますか」
「その必要はねぇ!!」
続いて俺達の前に現れたのは、兜まで被って完全に血の鎧で武装しきったロンドミール。
「てめぇ等はここで全員血祭りにあげられるんだからな!!」
「あっそ」
いくら自信満々でも、この前と同じなら倒すのにそう時間はかからない。
「お嬢はこちらに隠れていてください」
「ロザリオ、大丈夫なの?」
「お嬢に心配をかけるわけにはいきません」
しかも今回またも二対一。負けるはずがない。
「やってやりますか」
「今度は抜かるなよ」
「ロザリオこそね」
あの時同様、赤い槍がロンドミールの両手に握られる。そして今度こそ俺達の息の根を止めるべく、大きく体を逸らせて狙いを定める。
「死に、やがれぇっ!!」
「来る!」
超速の槍が、俺達に襲い掛かる。しかしそれももう俺達の目では慣れてしまっている速度。
「とれる!!」
「とれるものなら取ってみな!! 血の棘!!」
突如槍からいくつもの棘が生え、辺り一面を串刺しにかかる。
「あっぶな!」
「くっ! 遠隔でも血を操れるのか!」
「蛇の時点で気づくべきだったかもね!」
槍は壁に突き刺さり、なおかつ自ら生きているかのようにロンドミールの元に槍が戻っていく。
「少しだけ工夫してきたみたいね」
「少しで済ませる訳ねぇだろ!!」
更にもう一度投げた槍から、今度は血が流れおちてそこから血の蛇の群れが首を上げ始める。
「大分工夫したんだね」
「そうだ! てめぇ等に負けてから、俺っちは考えに考え抜いた!! だからこそ負けるはずがねぇ!!」
しかし方向性を間違っていたら、いくら考え事や努力を重ねていても俺達には勝てない。
「だからさ、最初からあんたを狙ったら意味がないってば――」
「それを狙ってたのよぉ☆」
声がする方を振り向けば、そこにはロレッタを抱え込むロザリンデの姿が。
「陽動か!?」
「確かに頭を使っているね……ロザリンデの方が!!」
「何を言っていやがる!! 俺っちが目立たなかったらこの作戦は破たんしていた――」
「ハイハイ、お兄様は凄いですね。ほら、ロレッタ。愛しのロザリオに別れの挨拶をしましょ?」
「ロザリオ!」
「お嬢!!」
ロザリオが手を伸ばそうとした途端に、ロザリンデは足元に小瓶を投げつけて魔法陣を生成、その場から消えていく。
「くそっ!」
「落ち着いて。あたしがこの場を引き受けるから、ロザリオは後を追って!」
ひとまず俺がロンドミールとの戦いにケリをつけないと、ロンドミールを引きつけたままロザリンデの相手やロレッタの救出は難しいだろうし。
「とにかく先に行って! あたしも後から――」
「ここは僕に任せてもらいましょうか」
それまで静観に徹していた之喜原先輩が、ようやく動き出そうとしている。
「ここは僕に任せて、二人で後を追って下さい」
「でもロンドミールは――」
「大丈夫です。今ので大体の攻略法は分かりました。後は――」
――僕の解釈次第です。