第二十五話 血祭り
「グググ……ロザリオ……貴様、何故そちら側に立っている!!」
「俺はロレッタお嬢の執事だ。それ以上でも、以下でもない」
名家の、しかも本家の長男に対して一介の執事が弓を引くなど、どれだけ屈辱的なのであろうか。ロザリオが拳闘する姿勢を見せるなり、ロンドミールはコケにされた怒りをあらわにして、そして再び全身に血の鎧をまとい始める。
「貴様等……二人とも血祭りにあげてやる……!」
「来るぞ!」
「言われなくても!」
ロンドミールはそれだけでは飽き足らなかった様子で、更に空いた片手にもう一つ同じような形状をした血の槍を生成し始める。
「二人だから二つとでも言いたそうだな」
「二兎を追う者は一兎も得ずて知っているのかな?」
「二対の血の鑓!!」
「やっぱりそうきちゃう!?」
とはいえ直線的な攻撃だから、簡単に逃げられる――
「――とでも思ってんのかぁ!?」
「いっ!?」
普通投げたものはまっすぐ飛んで行く。間違っても追尾する高性能な槍なんておとぎ話の中でしかないと思っていた。
しかし現実は、一撃目に回避したはずの槍が、再び目の前に迫ってくる光景だった。
「ぎゃははは! 一度覚えた血の味は、二度と忘れねぇよ!!」
つまりあの時の最初の投擲で頬を掠ったのがアウトってことか。それにしても面倒なことになってきた。
「くっ、こうなったら!」
避けられないのであれば、避けなければいい!
「反射神経を極限まで反転!」
常人から超人へ! 今の俺なら、光すら捕まえられるはず!!
「……へぇ、慣れると結構遅いんだね」
「なっ!? 俺の槍を捕らえただと!?」
――俺の手に握られているのは、ロンドミールによって放たれた死を振りまく槍。俺の手にはいまだに強い反抗心が見られるが、俺はしっかりと槍を右手に握りしめて離さない。
「随分と、手間を掛けさせてくれたね」
「馬鹿なっ!? 音速だぞ!? 人間が反応できる速度のはずが――」
「奇遇だな榊。俺も捕らえたところだ」
いやだからなんで音速越えのやつをあんたも捕らえられるんですかね……? やっぱり狼人間ってすげぇわ。
ロザリオは槍をへし折って道端に投げ捨てると、威嚇するかのように両手をゴキリと鳴らしながらロンドミールへと近づいていく。
「どうした? 次はあの蛇を出せばいいだろう?」
「くっ、言われなくとも……やってくれるわぁ!!」
ロンドミールは宣言通り、またあの蛇の大軍を地面から発生させ始める。
「殺しつくしてくれるッ!!」
「榊、蛇はいくら倒しても無駄だ!! 本体を狙え! アイツは今蛇の制御で動くことができないからな!!」
「了解!」
俺は蛇の猛追を全て回避し、そして本体であるロンドミールの下へと近づこうとした。
しかし――
「っ! がっ!?」
「――全く、ロンドミール様に単騎で暴れてもらっては困るのですよ」
「何だとセバス? 俺っちに口答えか?」
「まぁさか。滅相もない」
俺は完全に失念していた。この場にいる敵は、あくまでロンドミール一人だと完全に思い込んでいた。
「榊!」
痛い。右脚に鈍い痛みを感じる。ずきずきと痛い。やばい。呼吸が浅くなってくる。
「ここはひとまず俺達も退かせてもらいましょうか。ロンドミール様も輸血が必要でしょう?」
「ぐ……早く連れて行け!!」
「もちろんですとも」
俺の目の前で、再びロンドミールとセバスが姿を消す。そして次に俺が上を向くと、ロザリオと目が合う事になる。
「とりあえず止血だ! くそっ! セバスの存在を忘れていた俺が馬鹿だったか!!」
ロザリオはせっかく来ていた服を破って、俺の足にきつく巻きつけ始める。なんか柄にもないことをしますねこの人は。
「近くの病院に連れて行く! そこまで歩けるか!?」
「あはは……歩けるように見える?」
「くっ、仕方ない!」
ロザリオは俺を背中に背負って、その場を走り出そうとしたが――
「ぐ、ぶふぉっ!」
「あ……ごめん……」
そういえばこの人女の子が苦手なんだっけ。というかエロいのが苦手なのか。俺を背負うとなると自動的に胸が当たっちゃうもんね。
「くそっ! 反転できないのか!?」
あっ。冷静に考えたら傷とかも反転すれば治るのか。
……でもなんか面白いからこのままにしようかな。
「ごめん……傷が痛んで、能力が上手く使えない……」
「くっ、ええい! ままよ!」
ロザリオは一大決心をしたかのように目を見開くと、俺を今度はお姫様抱っこで抱きかかえてその場から走り出す。
「病院、近くにないのか!」
残念ながら、ここからだと少なくとも3キロは離れたところにしかないかなー。しかもそこは例の『ヤブ医者』のところだから、行ったとしても俺が拒否するからもっと走らないといけなくなるよね。
つまりその間、俺の胸が揺れているのをじっと間近で見ることになる訳だが、この人が失血死するのとどっちが早いのだろうか。
「止まれ、止まらんか俺の鼻血ぃ―――!!」
――残念ながら俺の服が赤く染まる方が早そうな気がする。