第二十四話 血流
それにしても運がいいのか悪いのか。まさか件のヴラド本家の長男と、まさか自分が女の子に反転している時に出くわすとは。
「誰だ、お前」
「あんたこそ、誰」
と口で言いつつも本当は分かっているんですけどね。さぁーて、今度の敵はどう料理してあげましょうか。
「クククク、わざわざ俺っちに声をかけるとは、自殺志願者か?」
「外では天狗でいられるけど、力帝都市だったらあんたより上のやつなんていくらでもいるわよ」
それにしても、干からびた人がいるってことは血を吸うってことでいいのかな? 吸血鬼じゃあるまいし。
「君! どこの誰か知らないが――」
俺は黙ってランクカードを隊員の一人に突き出すと、隊員は全てを察したのか即座に男の確保から周辺住民の避難指示へと行動を切り替え始める。
「皆さん急いで避難を! 被害規模Aランク以上のバトルが始まります!」
Sランクなんだけどねー。まっ、周辺に被害を出すつもりはないから安心して――
「う、ぐ、おおおおおおあああああああああッ!!」
「うぇっ!?」
ロンドミールと思わしき男がいきなり叫びだしたと思いきや、自分の右腕を掻き斬って血を噴出させ始める。そして噴き出した血で全身を包むと、まるで西洋の鎧でも見に纏っているかのように、真っ赤な血液を完全に凝固させていく。
「ククククク……」
「……それあり?」
血液が回らなかったのか兜は生成されず不完全とはいえど、そこには槍を携えた狂気の騎士が姿を現していた。
「さぁ! わざわざ声をかけたんだ、楽しませてくれよ!!」
「なんかめんどくさくなってきたな……」
ちゃっちゃと終わらせたいところだけど、あまりにもあっけなく倒したらわざわざ出向いた意味もないし……。
「まっ、適当に様子を見ますか」
「何をゴチャゴチャと言っていやがる!!」
ロンドミールと思わしき男は身体を逸らせてやり投げの体勢に入り、オレに向かって狙いを定める。
「はぁ、そんな悠長な攻撃が――」
「血の鑓!!」
しかし血の滴る槍の一撃は、俺の予想をはるかに上回る速度でがんぜんへと飛び込んできた。
「うわっ!?」
やっば!? 身体能力反転させたはずなのに少し掠って頬が切れたんですけど!?
「ちょっと! 女の子の顔に傷つけるとかどういう神経しているワケ!?」
「女だとぉ? どいつもこいつも、どうせロザリンデみたいな訳のわかんねぇ女狐ばっかだろうが!!」
そっちの家庭の事情なんて知ったこっちゃないけど、少なくとも世の中の女の子の九割はまともだと思います。
だけど顔を傷つけたことはちょっと許しがたいかな!
「天地無用!!」
「うおっ!?」
範囲内の重力の反転に加えて、対象の前後左右の感覚を反転させる。つまり俺が真正面に立っていても、相手は全く反対の真後ろに俺の存在を認知してしまう。
「ぐ、今何をしたぁ!?」
残念ながらいくら槍を地面に突き刺して体勢整えてから左手をぶん回そうが、そっちに俺はいないんだよねー。さて、背後から手刀でピシッと――
「俺っちを、舐めるんじゃねぇええええ!!」
ロンドミールは怒りに任せて地面に突き刺していた槍を通して、それまで見に纏っていた血液を地面へと流し込み始める。
「いやいや、何をするつもり――」
「血の蛇!!」
数秒置いてから、突然俺が立っている地面から、血を吸う獰猛な紅い蛇が姿を現す。
「うわっと!?」
「その反応だと当たりかぁ!! ヒャーッハァ!!」
どうやらロンドミールの意思とは独立した思考を持つようで、平衡感覚の反転を無視して蛇は俺の方向へと真っ直ぐ進んでいく。
「吸い尽くして帰って来い!!」
「気持ち悪いんですけど!!」
俺は周りにある適当なものと自分の位置を反転させながら何とか蛇の追撃を回避し続けるが、どうもロンドミール本人を何とかした方が早そうに思える。
「ロンドミールを意識のある状態から気絶状態に反転できれば――」
「ん? 気配が元に戻ってきたか……?」
あっ、やばっ。天地無用はまだそっちの方に意識のリソースをかなり裂く上に、身体能力反転も使っているから次を考えるとおろそかになっちゃう感じ?
「となったら無理やり近づいてぶっ飛ばすしかないってことかな!」
「接近する気か!? 俺っちを舐めるなよ!! 血の荊!!」
ロンドミールは即座に血の蛇を回収し、今度は自分の周りの地面から一斉に血の荊を飛びださせる。
「うわ、ますます面倒なことに……」
天地無用を戻したら高速の槍投げ、反転させた状態だと血の蛇に血の荊。
攻略法が思いつかない……。
「一旦引こうかな……」
「どうした!? 逃げるか!? 所詮このロンドミール様に勝てる器じゃねぇってことを学習したか!?」
カッチーン。こうなったら意地でも一発ぶん殴ってやる。
俺は天地無用を解除すると、右足で地面を強く踏みつけようと構える。
「感覚が完全に戻ったか……? これで次こそあの糞女を――」
「大震脚!!」
アスファルトの地面の硬度を反転、脆くひび割れた薄い板のような強度へと反転させる。そうなると俺の身体強化による踏み付けに地面が耐えられるはずもなく、右足の一撃は地面を割って巨大な落盤を引き起こす結果となる。
「うおわぁっ!?」
もちろん体制を大きく崩されたロンドミールがそのまま槍を投げられるはずがなく、そのまま地面の揺れへの対応に意識を取られている。
「隙あり!!」
そして俺がその瞬間を見逃すはずがなく、素早くロンドミールのそばに接近して右ストレートを打ち込む。
「まずは一発!!」
「ぐほぁっ!?」
ただの非力な女の子の一撃かと思いきや、ヘビー級ボクサーもびっくりな重いパンチにロンドミールは一瞬呼吸ができなくなる。
「が、こっ、はぁっ!?」
「っとぉ、危ない危ない」
我ながら大規模に地面を陥没させたものだと思いつつ、不安定な足場にこれ以上の追撃はできないと判断して後ろへと下がる。これでロンドミールが退いてくれればいいんだけど――
「うざってぇええええんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
一体体のどこにそれだけの血液が収納されていたのだろうか、先ほど俺に襲い掛かってきた血の蛇が、大軍をなして空へと昇っていく。
「何、これ……」
「ククククク……殺す、殺してやるぞ!! 皆殺しだァ!!」
血を吸う蛇は一斉に俺の方へと頭を向け、そして一斉に飛び掛かってくる。
「はは、流石にこれはどう反転すればいいのやら……」
更に面倒だなぁと思っていたその時――
「アォオオ――ン!!」
「ぐあっ!?」
そうだった、血の槍に追いつくような、もっと素早い狼がこっち側にはいたっけ。
どうやら完全にこっちに気が向いていたロンドミールに一撃を加えてくれたようで、一旦は俺に向かってきていた血の蛇が全てロンドミールの体内へと収まっていく。
「……加勢するぞ」
「毎回毎回思うけど、どこから嗅ぎつけてくるのさ?」
「文字通り、こいつ等の血の臭いだ。特徴的だからな」
「そーですか。ロレッタは?」
「あのラウラとかいうメイドに預けておいた。信用できるのだろう?」
不本意と言いたそうなオーラが満ち満ちていますが見なかったことにしましょう。
「即席タッグ、息が合うかな?」
「貴様が合わせればあうだろうよ」
そりゃ息が合いそうにないですね。