第二十一話 肩すかし
「はぁ……面倒なことになってきたぞ」
おあいにく様、それはこっちのセリフなんですけどね。
「とにかくさっさと片付けて、ロザリンデお嬢様のご機嫌を取らないと首を刎ねられてしまう……困ったものだ」
とか言いつつロザリンデからセバスと呼ばれた男は再び懐から手のひらサイズの小型拳銃を取り出し、更にこちらへと銃口を向ける。
もちろん街中でいきなり発砲音が鳴り響いたわけだから周りの者は避難を開始するし、結果その場にいるのは俺達とセバスだけ。
「となれば……」
――俺が反転しても誰にもばれなくなる。
「おやおや、敵に能力をお見せするおつもりですか?」
「記憶に残る間も無くぶっ飛ばすから大丈夫」
「お、おいおいどういうつもりだよ……ったく……」
俺の反転に文句をつけたいのか、セバスは俺に対してピンポイントで悪態をついてくる。
「……女の子だったら手を出せないようなタイプに見えるか? 生憎こっちとしちゃロザリンデお嬢様でストレスたまりまくってるからむしろ殺る気が満ちてくるわけだが」
「別にあんたの為にサービスして反転しているワケじゃないし、それに悠長に構えているようだけど、あんたよりあたしの方がよっぽど強いからね」
俺の言い返しに少しはムッときてくれた様子で、セバスは眉間にしわを寄せてさらに小言で愚痴を並べ始める。
「ケッ、何が楽しくて子供の学芸会に付き合わなくちゃならないんだ。それにそもそもロレッタをきちんと管理できなかったロザリンデお嬢様に全ての責任があるはずなのに、お嬢様の執事ってだけで俺まで駆り出されてしまって……ハァー、こうなったら――」
セバスは小言をやめて吹っ切れたかのように、明らかな怒りの表情を交えて拳銃の銃口をこちらへと向ける。
「――お前ら皆纏めてぶっ殺せばすっきりするかなぁ!?」
「榊、来るぞ!」
「分かっていますってば」
銃声と共にロザリオはロレッタを抱きかかえて付近の物陰へと隠れるが、発砲した結果を知っている俺と之喜原先輩はその場に立ったまま。
「馬鹿か! 何を棒立ちになって――」
「試合終了、ですよ」
之喜原先輩が指を指した先、そして俺の視線の先には、自らが放った銃弾で右腕を抉られてその場にうずくまるセバスの姿が。
「……えぇ……」
「流石は榊さんです。一瞬でケリをつけるとは」
「いや、銃弾に予想外の何か仕込んでいるかもしれないとか警戒していたけど……フツーに弾道反転させて終わりましたね」
銃弾が放たれた瞬間、セバスの腕が反動で少し上に上がる。まあ俺の反転のタイミングが悪かったのもあるのだろうけど、その瞬間に弾道が反転されれば弾丸はズレた銃口には戻らずに腕を貫き、肩まで抉り飛んでいく――というか、あんなに小型の銃なのに肩まで抉れる威力なのは確かに予想外だったんですけどね。
「ぐ、ああ……」
「さて、観念して――」
「チクショウ! チクショウ! 覚えてろお前等!!」
セバスは左手でポケットから小瓶を取り出すと、八つ当たりをするかのごとく地面へと叩きつける。
「ッ! 逃すな榊!!」
「えっ? どういう――」
「おせぇよバーカ!」
小瓶の中の液体は地面を焦がしながら広がり、一つの魔法陣を作り上げる。そして魔法陣が光った瞬間、上に乗っていたセバスの姿が消え始める。
「次は、殺す……必ず、殺してやる!」
怨嗟に近い声色で威嚇しながら、セバスはその場から姿を消していった。
「遅かったか……」
「一体どういう事です?」
「もしや今のが魔法では?」
之喜原先輩は俺より察しがいいようで、確信を持った顔でロザリオの方を向く。ロザリオは知っているのかとでも言わんばかりの驚嘆の表情を浮かべ、そして答え合わせをするかのごとくビンについて語り始める。
「あれは中に即効性のある薬液を詰めた魔導具だ。見ての通り、今回なら転移魔法を詠唱することなく魔法陣を生成しているのが分かるだろう」
「なるほど。では魔導具さえあれば、魔法使いにならずとも魔法を使えると」
「そうなるな」
明らかに今之喜原先輩があくどい顔をしたのが見えたんですけど、そこは置いておいて。
「となると、今のって取り逃がしたってことですか?」
「……そうなるな」
「…………」
あ、やっべぇ反転したことバレてしまう。やっちまったなぁ。