第十八話 隠し事はいけないですね
「ただいまー、ってなんでロレッタ達までこっちに?」
俺がラウラの方の部屋の扉を開けると、そこにはラウラ一人ではなくロレッタとロザリオの姿が。しかもロザリオはというと似合わないウサギのエプロンまでつけてキッチンに立っている。
「……えーと」
「皆まで言うな。俺がこの可愛らしいウサギのエプロンをつけていることがおかしいとでも言いたいのだろう?」
「いやそれもそうなんだけど、そもそもあんた達には俺の部屋を貸しているはずだが――」
「ただ借りておくのも失礼だと思ってな。こうして貴様等にも夕食を振る舞ってやる」
男の料理ですか……いや別に、元々一人暮らしの時は時々していたけどさ。ラウラのものすごく美味い手料理を食べるようになってから少し舌が肥えているんだよね。
「フン、軍上がりの平民と名家に仕える執事とで、料理の腕を同じにしてもらいたくはないな」
「私は動物の体毛が入らないかと気が気でなりませんでしたが、どうしてもこの駄犬がやると言っていたので、仕方なく! 貸しました」
「何だと? 貴様――」
「はいはい、もういいからそういうのは」
とりあえずロザリオに噛みつくラウラを仲裁して、俺とロレッタが先にちゃぶ台へと腰を下ろす。
「……実際のところはどうなの?」
「なにがでしょうか?」
「ロザリオの料理の腕」
「ええ、あの方のお料理の味は、私が屋敷で食べていたものと同じ味で、とてもおいしかったですよ。それにしても、今まであの方が私たちの家で料理を振るって下さっていたのを初めて知りました」
「お嬢がまだ家にいたころは、私はまだ見習いでしたからね。裏方で修業をさせていただき、今回迎えに来るという名誉を頂けました」
それにしてもこのロザリオとかいう男、初対面の少女にそこまでよく必死になれるよね、感心するよ。俺が同じ立場だったとしても、そこまで命かけてまでするかと聞かれたら首を傾げざるを得ない。
ロレッタもそれまで少しぎこちない雰囲気だった気がしていたけど、料理の味が同じだったことから自分の家の者なのだという事を信用したらしく、俺にも見せなかった年相応の行動をとるようになっていた。
「ねぇロザリオ、今日の料理は何かしら?」
「今日はお嬢が家でも食べていたビーフシチューです。少々調理器具が違うため、味が変わってしまうかもしれませんが――」
「じゃあ私が味見をしますよ! これでも家の料理をずっと食べてきましたから!」
「そうですか、では火傷しないように気をつけて」
エッヘンと胸を張るロレッタの前に、小皿を差し出すロザリオ。こうなると確かにそこいらにいるような五、六歳の幼い少女にしか見えない。というよりそれこそが正しくあるべき姿なのかもしれないが。
「そろそろ出来上がりますので、お嬢も手を洗いに」
「ええ、そうします」
流石にまだ洗面所に手は届かないので、俺が適当な台をロレッタの足元に置いておく。
こうして身を隠しているという割にはあまり緊張感のない、いたって普通の夕食が始まる。
「……確かに、うまい」
ラウラも悔しかったのか、眉をひそめながらスプーンを口元へと運んでいる。
「当たり前だ。俺がこの都市を走り回って素材を買い集め、更に俺が料理したのだからな」
「……もしかしてAランクのお肉を使いましたー、とかそういう訳じゃないよね?」
「ん? まさかお前は普段から食べているのか? 確かに値は張ったが、それだけの味は――」
「今度から買い物は俺もついていきます」
多分そうしないとロザリオの財布はすぐにぺらっぺらになる恐れがあります。
◆◆◆
「――ごちそうさまでした」
結局いただいちゃったワケだけど、やっぱりすごいよAランク。牛肉って舌の上で溶けるものだったっけ?
「私とてこれくらい……」
「ま、まあ俺が普段は普通の食材でって言ってたから仕方ないよね」
「フン、そこいらの食材でも同等のものを作ろうと思えば作れる」
そうですか……まあ、皿洗いまできちんとしてくれるのはありがたい事なんだけど。
それはそうと、まだ二人に言わなきゃいけないことを言っていなかった。
「そういえばロザリオさん」
「ん? なんだ?」
「昨日からロザリンデって奴が学校でロレッタのことをかぎまわっているみたいで――」
その瞬間、ロザリオは洗っていた皿をガチャンと音を立てて流し場に落としてしまった。
「なっ! 貴様、皿を落とすとは何事――」
「本当に、ロザリンデお嬢がこっちに来ているのか!?」
「た、たまたま俺の高校に転校してきたみたいな体でやってきたみたいだったけど……」
その時のロザリオの切羽詰ったような表情を見て、俺はラウラに皿洗いを交代させてからロレッタとロザリオの二人に詳細を伝えることにした。
「まさか、ロザリンデお嬢が直々に……?」
「お姉さまが……ここに来ている……?」
二人の顔色が悪くなっていているところを見る限り、やはり追っ手としてはあまり来てほしくなかった存在のようだ。
しかしその中でも少しは安心していたところがあるのか、ロザリオはまだ希望があるといった様子で俺に質問を投げかける。
「その時にロンドミールという男と、セバスチャンと名乗る俺みたいな執事がいなかったか?」
「いや、ロザリンデ一人だけだったし、特にそういう他に連れてきていそうな雰囲気も無かったよ」
「そうか……それならばよかった」
どうやらもっとヤバい輩が控えていたらしい。おお、怖い怖い。
「それでそのロザリンデって奴が今日この部屋に来て、なんか物色して帰っていった――」
「ちょっと待て! それだと話はまた別になる!」
ロザリオの表情はまたも険しい、更に言うとさっきよりも厳しい表情となって、部屋の隙間のあちこちを探り始める。
「ちょちょちょ、何やってんですか!?」
「貴様は馬鹿か! ロザリンデお嬢が盗聴器を仕掛けている可能性が――」
「ピンポンピンポーン、あったりー☆」
この場にいるはずの無い少女の声が、部屋のタンスの中から聞こえる。
「くそっ!」
ロザリオはとっさにタンスの引き出しを開けるが、残念ながらそこは俺の女の子のとき用の下着が入っているからして――
「ブフォッ!?」
「なっ、何をやっているのだこの駄犬は!!」
「ま、待て! そのタンスの中を調べろ! 小型のスピーカーがあるはずだ!」
流れ出る鼻血を押さえながらも、ロザリオはタンスの方を必死に指さす。そして俺はロザリオの言葉通り、タンスの中を隅々まで調べることにした。
「……どこだ?」
「あはは! ここよ、こーこ☆」
ロザリンデの声が近くで聞こえる中、俺はとうとう小豆のような小さい血の塊を見つける。
「これか!」
「その様子だと、やっと見つけたみたいね。あっ、流石に隠しカメラは無いから安心してねぇ☆」
いや、こうなったら全部信用ならない。
「――反転」
この部屋に隠してあるものを、全て露わに。
俺はその場で女の子に反転し、隠されているものを全て目の前に露わにさせる。
「……何これ?」
「そ、それは!」
うん、確かにロザリンデは嘘を言っていなかったようで、隠しカメラは目の前の床に落ちてはいない。しかしある意味隠しカメラよりヤバいものが見つかった。
「この明らかに禍々しい形状をしたものは何?」
「そ、それはですね! えぇーっと――」
「ねぇロザリオ、あれはなぁに?」
「お嬢が見ていいものではありません!」
うん、明らかに大人のおもちゃだよね? しかも女性向と思わしきもの。あれこれ俺怖くなってきたんですけど。ロザリンデよりも身近な人への恐怖が上回っているんですけど!?
「と、とにかくこれについての言及は後にするとして、人の家に盗聴器を仕掛けるのはいただけないと俺は思うが?」
「ワタクシとしてはそちらで何が見つかったのか気になるのですけど……まあいいわぁ。それにしても、まさかロザリオがそっちにいるなんてねぇ……分家の人間が送り込んだのかしらぁ?」
「お嬢の件は俺自身で決めた行動だ。家の者は関係ない」
「あらそう? ならよかったわぁ」
スピーカー越しに聞こえるロザリンデのクスクスとした笑い声の後、ヴラド本家の少女は狂ったような歓喜の声を交え、ロザリオが先ほど述べていた最悪のシナリオを再現しようとしている。
「クスクスクス……あっはははは! ねぇロザリオ、さっき確か、お兄様とセバスはいないようでよかったって言っていたわよねぇ?」
「まさか……止めろ、やめてください――」
「お望みどおり呼んであげるわぁ。ロンドミールお兄様と、セバスチャンの二人を、この力帝都市に! あっははははは!」
最後にプツンという音と共に血の塊は元の液状へと戻っていったが――
「――床思いっきり汚れしまったんですけど……」
この血だまり誰が掃除するの?、