第十話 動き出す、闇
「ふぅ、食後の運動にはちょうどいいかもな」
「全くもう……」
昼食を無事にすませた俺達が今何をしているかというと――
「んなー!? どうして球が左にそれるんですかー!?」
「ぷぷぷ、そりゃ右手の方に力入れすぎたらそうなるって」
「というより要ちゃん、大人しくガーターなしにしてもらった方がいいんじゃ――」
「それは絶対に嫌です! うちだってストライクとれるんです!」
そう言ってもう三ゲーム目にはいっているんですけど……ってかもう完全に俺の用事は無かった事にされていないこれ? 服かわなきゃいけないんだよね確か!?
「……あのー、緋山さん?」
「ん?」
「か、完全に遊んじゃっていますけど……大丈夫ですよね?」
「何がだ?」
うーん、なんか思っていたものと違うような……Sランクというからにはもっと研究所で色々と採血されたりとかってイメージなんだけど……。
「緋山さんって研究所に通ったりしないんですか? あたしが知っている能力者って結構通い詰めているイメージがあるんですけど」
「そりゃあ、強くなりたい奴とか社会に貢献したい奴とかは行くだろうよ……俺はそんなもん必要ねぇし、強くなりたくなくてもあの魔人が勝手に修行とかいって滅茶苦茶なこと押しつけてきやがるからよ」
「そうですか……」
「おい、そうこうしている内にお前の番だぞ」
「あ、はい」
俺はひとまず自分の番になったため、ボウリングの球を手にとる。そして適当に投げてはスペア辺りをとって、澄田さんとハイタッチをして、守矢から教えを請われる。
――こんな感じでいいのだろうか。こんな日常があったんだろうか。
「能力が目覚めなかったら、こんなことはなかったんだろうか……」
そうやって俺は一人たそがれていると――
「あっ、す、すいません……」
「いえいえこちらこそ、手が当たってしまいました」
「あぁん?」
急に緋山さんが不機嫌な表情になってる――ってかなんか俺の次に投げるはずの澄田さんと、なんか見知らぬ男の人の手が当たったっぽい。まあボウリングの球を吐き出すアレが、二レーンに一つだからなぁ。
見知らぬ男の風貌はというと、まったく染めていない深い茶色の髪をまっすぐに降ろした爽やか系の美青年とでもいうべきか。簡単に言えば緋山さんのようなやさぐれ系でもなければ俺みたいな地味系でもない、いたって普通の好青年だ。
「す、すいません、私の球と同じ重さだったから間違えちゃって……」
「いえいえ、こちらこそ」
「…………チッ!」
うわっ、すっごい気に入らないけど特に相手に非がある訳でもないから怒りのぶつけ所が分からないって顔してる……てか緋山さん嫉妬深くないか意外と!
そうこうしている内に、次のボウリング球が吐き出される。
「では私は次の球を使わせていただきます。貴方はそれをお使いください」
「えっ? あ、ありがとうございます」
なんかいい雰囲気で終わったけど、緋山さんの鬼の形相が消えていないんですけど。
「……? 励二、どうしたの?」
「なんでもねぇよ……とっとと投げろよ」
「もうっ!」
あちゃー、ちょっとヤバい感じ?
それにしても、このボウリング場なんか寒くない? なんていうか、もよおすんだけど。
「……ちょっと、トイレに行ってきます」
「お? おう」
「励二! そこは分かっていても返事しなくていいから!」
「なんだよ、ったく……」
なーんか嫌な雰囲気でその場を立ち去っちゃうことになっちゃうけど、しかたない。生理現象が優先だ。
「ふぅ……って、俺今女の子だっけ……」
……今だけ纏めて反転!!
「……誰も見ていなかったよな?」
一応死角になるところでやったし、カメラもない。
「よし、男子トイレに行こう」
流石にそこまで行く度胸は、まだ備わっていませんので。
◆◆◆
「――まさかお腹の調子も悪くなるとは……」
男榊真琴。今トイレの個室にこもっています。絶賛こもり中です。
「……そろそろ出るか」
そう思ってトイレットペーパーに手を伸ばした瞬間――
「あれが『晴れ女』、澄田詩乃か。クククク、いい女じゃねぇか……」
あれ? さっきの好青年君の声だけど、随分と物騒なこと言ってやしないかい?
「……ちょっとだけ気になるから――」
個室内で性転換。更に本来なら透けていない壁を、のぞき穴程度にだけ透けているように反転。
するとそこに映っていたのは――
「クククク……俺様の女にするのにふさわしい存在が、ようやく見つかったじゃねぇか!!」
さっきとはうって変わって、髪の毛を逆立て、瞳を鋭くしたあくどい男の姿がそこにはあった。