第一話 最底辺の存在
「くっ……今回も能力発現なし、か……」
「いや、いい加減諦めてもらっていいですけど……」
学校指定の制服ももうボロボロですし、正直言って帰りたい。
さっきから試験室とかいって何もない部屋に放り込まれてから、もう一時間近くも経過している。
嵐の中、吹雪の中、山火事の中。あらゆる条件を再現した空間に放り投げられ、ひたすらに能力の発言を試みる。
しかし俺には全くもって、そういったものなど備わっていない。そうとしか思えない。
「もう帰っていいですか?」
「いや、まだだ。俺が『全知』の期待を裏切るなどあってはならない。『解放者』の名に懸けて、グレゴリオ=バルゴードの名に懸けて君の力を必ず解放させる!」
そしてさっきからぱっつんぱっつんの白衣を着た男に熱心に両肩を掴まれてぐらぐらとゆすぶられるが、でないものは出ないとしか言いようがない。
「諦めてくださいよグレゴリオさん。俺は所詮Dランクなんですから」
そう言って俺は目の前の研究者の両腕を振り払い、静かにその場を立ち去る。
勉強も出来ない。運動も出来ない。そう、俺こそまさに――
「――役立たず中の役立たず、Dランク中のDランク。それが榊真琴なんですから」
そう。それがこの力帝都市で与えられた、俺の立ち位置なのだから――
◆◆◆
「――今日もまた、無意味な時間を過ごしちゃったか」
研究所から出る際に、衣服は全く同じでありながら全て綺麗なものへと取り替えられる。この研究所に足を運ぶようになって唯一得した点といえるだろう。
まあ、モルモットにされても他の奴らと違ってお金はもらえないのはいただけないが。
「……この街は、イカレてる」
頑張って裏の姿を見定めなくとも、少し遠くを見れば分かる。
辺りでは高校生同士が、両手から炎や風を巻き起こして戦っている。
裏路地では右手を刃物に変形させた不良が、善良な学生をカツアゲしている。
街の遠くでは幾つものビルが浮かび上がっていたり、とんでもない高さの火柱が上がっていたりする。
「……この街はイカレてる」
改めまして、ようこそ俺。
力が全ての力帝都市ヴァルハラへ。
この街では何も信じてはいけない。信じられるものはたった一つだけ。
――それは『力』。
腕力、能力、魔力、科学力、権力――何でもいい。力こそがこの都市における自分の存在の証。力こそがこの都市において唯一揺るぎ無いもの。
誰しもが力を欲し、誇示し、証明する。そのためにこの都市は存在している。
そして先ほど俺が呟いていたDランクも、れっきとした『力』によって振り分けられたもの。
ランクの大まかな指数として、Cランクはチンピラ数人とも渡り合える程度の力。Bランクは市民の大規模な暴動を一人で鎮圧することが出来る程度の力。Aランクは軍隊を相手に蹂躙できる程度の力。そしてSランクは、どんな形であれこの世界を一人で動かすことができる程度の力とされている。
ここまでの説明で俺の所属しているDランクが省かれていたが、それにもちゃんとした理由がある。
「……ランクカードも黄色いまま、か」
Dランクとはただの一般人を指している。腕力も普通、能力など無く、魔法も使えやしない。真の意味での普通の一般人。この都市でも人口の五十パーセントを上回る数の人間がこれに当てはめられる。
俺の場合、望む望まないに関わらずここにしか居場所がない訳だが。
「さて、今日もスーパーによって特売の――」
「おっと、今日は俺達について来てもらおうか」
同じ校章をつけ、同じ制服を着た集団が、俺の目の前に立ちはだかる。
「……まじで?」
「マ・ジ・で」
正直いって嫌も同然だった。何故なら俺達は今から、絶対に勝てるはずもない戦いに挑まされることになるのだから。
「とりあえず頭数足りねぇんだ。ツラ貸せよ」
「……はぁ」
一般人がいくら群れたところでDランク。無意味な戦いというものは、俺が最も嫌うものだ――
◆◆◆
「――つぅわけで今度こそくたばってくれよな穂村君よぉ!」
「チッ、面倒くせぇ」
「うわ、うわわわわっ……」
「おい榊! 今度はビビって逃げ出すんじゃねぇぞ! 逃げ出したらまた晒し上げリンチ確定だからな」
だからってなんでよりによってBランクの関門なんか襲撃しちゃうわけだよって話だ!
場所はお決まりの道幅の広い裏路地。今俺達の目の前にいる奴の通学路ってところ。そして目の前にいるのはBランク内のトップ。Aランクへの関門と呼ばれる男、穂村正太郎。
真っ黒な髪に、真っ黒な目。典型的な日本人だが、明らかに眼が人殺ししそうなレベルで鋭い眼光を放っている。多分今かなり機嫌が悪いと見える。
「おいてめぇ等。今日の俺は時田にボロボロに負けて気分が悪ぃんだ。今なら目の前から失せるだけで見逃してやるからとっとと失せろ」
「てめぇこそ馬鹿か? 上位ランクにボコられた後のてめぇくらいなら俺達でもぶっ殺せるだろ!!」
あーあー、もうヤダヤダ。これもう絶対に負けフラグでしかないじゃん。
「集団で囲んでボコれ! 容赦するな!!」
一応仕方ないと思いながら、手にむりやり持たされた角材を両手で持ち上げる――ってこれけっこう重くない?
そうこう俺が出遅れている中で、他の奴らが先に穂村へと突っ込んでいく。
「ぎゃはははッ!! ここでくたばっちまいな!!」
あのー、穂村さんの方は随分と余裕層に首をコキリと鳴らしていますが……。
「そうかよ、だったら――――死ねよ」
俺は見逃さなかった。穂村の目が、一瞬だけ紅く輝いたのを――
「――爆炎塔!!」
裏路地を形成している建物の屋上まで炎の柱が立ち昇る。俺はただ呆然とした姿で、俺を引きずり出した不良たちが宙を舞う風景を見上げるしかなかった。
「がはっ!?」
「ぐあっ!?」
「チッ、バカどもが」
右手を振るって炎を消し去り、穂村は腰をぬかした俺の目の前へと近づいてくる。
「で? てめぇはどうするつもりだ?」
「…………」
俺が何も答えられずに腰をぬかして口をパクパクとさせていることが気に入らなかったのか、穂村は俺の襟首を掴んで持ち上げてきた。
「ったく、答えろ! てめぇも潰されてぇのか!? それとも大人しく俺の目の前から消え失せるのか!? アァ!?」
「あっ、ひゃい! し、失礼しまひた!」
俺は涙目になりながら、その場を走り去っていく。
「――ん? なっ!? おい待て!!」
待ってって、えぇ!? なんで穂村が追ってきてるわけ!? てか今更戻る訳無いでしょ!
「な、なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだよチクショー!!」