名実19 {36・37合併}(77~78・79~80 東館身柄確保)
「西田課長補佐!」
そんな2人に、思いもかけない相手が廊下の向こうから声を掛けてきた。
「あ、方面本部長! どうも」
西田は安村の姿に気付き、すぐに頭を下げた。吉村もそれを見て、当然同じ動きをした。
「どうですか、状況は?」
「そうですね……。ちょっとずつですが、光が見えてきている段階じゃないかと考えています」
「ほう……。それは期待していいんでしょうか?」
「どうでしょう。安請け合いするのも憚られますが」
安村は笑顔だったが、西田は余りいい加減なことは言えないなと恐縮していた。
「まあ難しい事件だから仕方ないでしょう。えっと、ところで、そちらが課長補佐直々に指名して、北見に連れてきた吉村主任?」
「あ、はい! 主任の吉村です!」
紹介される前に、一緒に居た吉村について触れてきた。吉村も背筋を伸ばして改めて挨拶した。
それにしても、まさか吉村の顔と名前が一致しているとは思わなかったので、本人は勿論、西田も少し面食らった。
「折角引き上げてもらったんだから、西田課長補佐をしっかりサポートしてください。課長補佐同様期待してますから! それじゃあ、急ぐんで失礼しますよ」
そう言うと、安村は取り巻きの部下2名を従えて早足に去って行った。
「いやあ、びっくりしました。安村方面本部長が自分を知ってるとは!」
廊下を歩きながら、安村が去った方を振り向いて、吉村が西田に話し掛けてきた。満更でもないようで、心なしか嬉しそうではあった。
「まあおまえも主任待遇なんだから、知っていても全く不思議は無いわな。それに、俺がここに来た理由は、あちらさんは把握してるんだから、そのために、お前を連れてきた件も把握してんだろ」
そうは言ってみたものの、安村自身が、単に事情を知っているというだけではなく、西田達にある程度興味を持っていることもまた事実だろうと考えていた。
着任の挨拶をした後、安村とは会議などで、その他大勢として一緒になる場面は何度かあった。だが、直接面して会話したのは、初日以来だったにもかかわらず、今日、向こうからわざわざ声を掛けてきたからだ。本来ならちょっと会釈する程度で、そのまますれ違っても良かったはずだ。
「俺たち期待されてるんですかね?」
今度は、はっきりと嬉しそうな吉村の笑顔をよそに、西田は期待でもなく不安でもない、何か言い様がない感覚を覚えていた。これまでに感じたことのない、生まれて初めての不思議な感覚だった。
※※※※※※※
夕方、いよいよ仙台中央署から連絡が入った。絶妙のタイミングで、東館の店において傷害事件が発生したらしい。被疑者が逃亡した際に、被疑者の毛髪が残っていたため、それと区別するためと称し、東館から直接毛髪の提供を受けていた。そしてその結果が、DNAの一致だった。察庁の組対からDNA検査のゴーサインを受けたタイミングと事件発生が見事に合致した幸運だった。
ただ、大きな問題があった。現時点でまだ逮捕・確保出来ていないというのだ。別件でも該当しそうな案件がなく、すぐに逮捕したいなら、直接本件絡みでの逮捕状を北見で取って欲しいと告げられた。
さすがにこうなってくると、西田が出て行かざるを得なくなり、直接の事件担当所轄である北見署と連携する必要が出てきた。また、仙台中央署には、ファックスかメールでDNAの一致鑑定の報告書を送るように要請した。これがないと、釧路地裁北見支部に逮捕状を請求出来ないからだ。
更に、一度道警の捜査共助課と宮城県警の捜査共助課に話を通して、仙台中央署と北見方面本部、北見署で直接協力し合うことを許可してもらった。一応話を通しておいた方が、後から何か問題が発生した際に良いと考えたわけだ。
仙台で監視はしっかりしているとは言うが、どう考えても東館を早急に確保すべきだけに、時間との戦いになり始めた。既に捜査を受けた事件と東館自身は直接関係ないとしても、東館は元は「プロ」だ。何か察知しても不思議ではない。無論、車にDNA情報となる毛髪を落としたことまで頭が回っているかはわからなかったが、安心は到底出来ない。
北見「署」の刑事課長である松浦に鑑定報告を渡し、限りなく別件に近い、本丸関連の本件逮捕として、取り敢えず「車両の窃盗」での逮捕状を請求(作者注・逮捕状は司法警察職員の中でも、階級上は警部以上の職員しか、刑事訴訟法上請求できません。西田も階級上は警部ですが、通常は事件の担当所轄の担当課長が行うようです。因みに捜索令状は巡査部長で足ります)してもらった。また、北見本面本部の日下と黛だけでなく、北見署からも、専従だった久米と宮部の両刑事を派遣することになり、合計4名で仙台へ向かうことが決定。4名は逮捕状を持って今晩のオホーツク10号で札幌へ向かい、明朝新千歳空港から仙台へと飛行機で発つルートが決まった。
「難航してたかと思えば、動き出したら色々とあっという間ですね。まあいつものことですけど……」
一休みしていた休憩所の自動販売機の前で、吉村がしみじみと言ったが、確かに事件捜査の幕は、直前の暗転も抜きに突然開いたとしか言いようがなかった。
※※※※※※※
6月22日の土曜日、西田は官舎に帰らず、宿直室で一夜を過ごし朝を迎えていた。興奮気味でなかなか寝付けなかったせいもあり、顔を冷水で洗ってからも時折あくびが出たが、仙台へ送った4名と仙台中央署の捜査員が東館を確保するまでは安心は出来ない。
日下には随時報告を入れるように指示しておいたので、新千歳に着いてからまず連絡が来るはずだ。そこから仙台空港着、仙台中央署着、確保開始、確保と西田は連続して捜査状況を知っていくことが出来る。
但し、確保しても北見署まで連行されるのは、6月24日の月曜以降になる。何故ならば、殺人事件の被疑者を、日曜の人が多い交通機関で長距離移動させるのは、色々と問題があるからだ、月曜以降ならば、早朝に仙台を発ち、新千歳空港から警察車両で直に北見まで護送と言うルートを考えていた。
本来ならば逮捕から48時間以内に送検する必要(勾留請求決定まで更に24時間以内に担当検察官が判断)があるが、長距離での移動時間は、逮捕期間に含まれない(作者注・この辺の話全体的に法解釈、実務運用かなり素人には微妙な場面です。間違っている可能性もかなりあります)と考慮されるので、逮捕での拘束が許される範囲は、仙台中央署で取り調べさせてもらって、その後北見へ移動。その後すぐ釧路地裁北見支部に勾留請求という流れがもっとも綺麗な流れだろう。
日下から、まず第一報として新千歳空港に到着したとの連絡があったのが、午前7時半。声は妙に元気だったが、おそらく夜行のオホーツクに乗車している間も興奮して余り寝れなかったに違いない。西田もそういう経験があった。アドレナリンが出ている間は良いが、一息付くと疲れがどっと出てくるパターンでもある。西田は余り気負わないように伝え、会話を終えた。
他の部下達も続々集まってきたが、やはり留守番組とは言え、被疑者が捕まるかどうかという事態だけに、緊張感はみなぎっていた。さすがに遠賀係長は、年齢から言うとかなりのベテランだけに、落ち着きはあった。
仙台空港に日下達が到着したのが午前10時前、そこから迎えに来ていた仙台中央署の刑事と共に、直接東館を確保に向かった。仙台中央署に一度寄るのは無駄な時間と考えたらしい。確かに一刻一秒を争う事態に、その選択は西田もどうかと疑問に思っていた。ある意味当然の予定変更だろう。
東館は仙台の太白区にある長町という地区に住んでいるようで、仙台市内では、中央部よりも仙台空港のある名取市側であるから、地理的に考えても当然だった。
張っている捜査員によれば、日付が変わった本日の午前3時頃、自宅の賃貸マンションに帰宅して、まだ外出しておらず、おそらく寝ているらしい。家族は居らず1人暮らしのため、確保時の混乱もそれほど気にする必要はないはずだ。空港から東館宅まで30分弱、いよいよマンションに着いたと報告が入った。
ここからは電話をスピーカー状態にして、日下からの連絡を逐次全員が把握出来るようにした。日下は直接的には確保に参加せず、状況を逐一報告する役を西田に指示されていた。
午前10時41分、東館の部屋前で待機していた仙台中央署と北見署、北見方面本部の合同捜査員6名、及び事前に連絡しておいたマンションの管理人にマスターキーを持ってきてもらい、準備は万全に整った。勿論、チェーンを着るカッターも仙台中央署が準備済みである。
インターホンを押し確保作戦開始。東館の部屋は3階だったので、ベランダからの逃走にも備え、外部も仙台中央署の捜査員がガッチリ固めており、抜かりはないようだった。
ところが、東館は普通にパジャマ姿のままで何事もないかのように玄関に現れた。遅い朝食を食べていた最中だったらしい。
「逮捕? 心当たりはないんだが? 先日の事件でも、俺は関係ないとわかってるだろうが!」
このような発言に加え、風体に元暴力団員という貫禄は窺えたが、特に暴れるようなこともなく、その場で逮捕された。
日下からの連絡で、無事何事も無く確保されたと報告され、チームは誰彼と無く喜んだ。西田も日下に、
「こっちのメンバーは勿論、仙台中央署の捜査員によろしく伝えてくれ」
と大声で伝えた。
「はい! そのように伝えさせてもらいます! 取り敢えず今から仙台中央署へ向かいますので、連絡はまたその時に!」
日下の声もかなり弾んでいた。
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「よくやってくれた! おめでとう!」
確保についての情報を得て、状況を確認しに来ていた三谷一課長と小籔刑事部長も一緒になって喜んだ。ただ小藪は西田にボソッと、
「これから先は全く読めんな……。読めたとしても、それはそれで問題だ。俺も正直頭が痛いよ」
と耳元で打ち明けた。先が見えれば、相手にする敵もまた大きくなることは当然だ。西田もそれについては考えないこともなかった。
本橋にしてもそうだったが、ヤクザ関係の事件は、指示命令系統をはっきりさせるのはかなり厳しいのが現実だ。救いは東館が既に組み抜けしたことだったが、逆に言えば、何故そのような重要な役割を担った人間が組み抜けした、或いは出来たのかは未だに不明であった。
無論、汚い仕事をやらせることと引き換えに組み抜けさせることも無くはないが、この案件は、裏に政治家が絡んでいる可能性が高いとなると、手元に置いておく方が余程安全と言えた。そこも取り調べで明らかにしていく必要があるだろう。
小籔の「読めたとしてもそれはそれで問題だ」という発言の真意は、もし捜査の手が大島海路に及んだとしても、いずれ難しい場面に出くわすだろうと言う意味に違いなかった。先日の贈収賄での逮捕は、「金権政治家逮捕で変わりゆく民友党」という「マスコミの変換報道」で誤魔化すことは出来たが、民友党の内部力学の変化を以ってしても、さすがに殺人容疑で司直の手が大物議員に直接及ぶとなると、今度こそ民友党そのものへの批判へと結びつきかねない。決して楽な展開にはならないのは、ほぼ自明と言って良い。元箱崎派である梅田派の執拗な巻き返しもあるかもしれない。東館の殺人立件の先にある本当の「目標」は、東館の逮捕程度ではまだ、見えてきたとは到底言えなかった。
「それは取り調べしてから悩みますよ」
西田は小藪にそう言うと、愛想笑いをして誤魔化した。だが実際のところは、今からそんなことを気にするより、まず東館に真相をゲロさせられるか、そこに注力したいという思いがあったのだから、必ずしも嘘というわけでもなかった。
日下達と東館は、午前11時過ぎには仙台中央署へと入り、手続きを済ませるとすぐに取り調べに入った。その点の準備はある程度した上で仙台へと旅立っていたし、西田も旅立たせていた。
おそらく、逮捕容疑そのままに、殺人事件そのものの関与からではなく、盗難車両に絡めて聴取を始めるはずだ。特に事件発生日の11月11日、一体何をやっていたかという導入部から取り調べに入っているだろう。
盗難車両に毛髪が落ちていたことは、銃撃後、単に乗って逃亡したと言うだけでなく、盗難そのものへの犯行関与の可能性も考慮すべきことではある。一方で、現実に東館や鏡が盗難までしたかどうかは、やや捜査陣からすると疑問だった。
土地鑑(勘)の無い北見で、短期間に殺人から車両の調達まで実際に行うことはリスクを増やす。つまり、逮捕要件としては悪くはないが、微罪の別件逮捕以上に「(警察として)悪質度が高い」逮捕だったかもしれない。しかしストレートに殺人罪で捕まえるより、その後の再逮捕含めて尋問時間を長く取れることは事実だ。
西田は遠賀に後を任せ、吉村と共に昼食を済ませるため外へと出た。すぐにどうこうとなるはずもなく、先に済ませておくべきと考えたからだ。何かあれば、すぐに連絡してくれるように伝えてはいたが、元が付くとは言えヤクザをやっていた人間が、そう簡単に落ちるとは思えない。おとなしく捕まったのは、その段階で右往左往したところでどうしようもないという、ある種のプロの腹の据わり方故の態度と見るべきだ。
現に仙台での事前の捜査で、まさか北見で毛髪を落としていたとは思わなかったとしても、毛髪提供の際にも拒否するなど動じた様子がなかったのも、そのパターンだろうと西田は睨んでいた。いずれにせよ、テープの内容に踏み込んだ聴取や声紋分析については、北見に移送してから本格的に着手することに決めていた。
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その後、日下からの中間報告を受けたが、予想通り東館は「黙秘するわ」と宣言し、籠城作戦に出た。この宣言の意味する所が、盗難にも関わったので、盗難に対する容疑に対してそうしたという可能性については、捜査陣も若干考える必要があった。ただ、盗難に関わっていたとしても、北見で盗難車の件で逮捕されたとなると、当然その先に何が控えているかは、東館が理解していないとは思えなかった。この態度は、やはり先々に色々と突っ込まれるということを想定したものとして理解した。
こうなると、幾らベテランの捜査員が取り調べしたところで、そう簡単に動くわけはない。この後は毛髪のDNAが一致したことなど、正面から攻めていくことになるが、それでもおそらくは、知らぬ存ぜぬで通す方向に行くのだろう。
あの本橋のように、取調中に捜査員とそれなりに、破綻しないままジャブの打ち合いを楽しむような「高度なテクニック」を使うインテリ的ヤクザも、稀にいないわけではないが、通常この籠城作戦がもっとも取られ、一番難攻不落なやり方であることは間違いがなかった。捜査員側としても一番苛立つ展開だ。
「こっちで勾留してからが勝負だな」
西田はそう自分を納得させるように独り言を言った。日下は主任と言えどもまだ若いだけに、西田としても、仙台に居る間にどうにかなるという意味では、それほど期待はしていなかったのは事実だった。
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最終的に取り調べが終わるのは、午後10時前後になりそうだったので、西田は酒田と小出に全員分の夕食をコンビニで調達するように命じた。本来なら分担して夕食を摂っても良かったが、さすがに逮捕初日の取り調べ佳境ということもあり、昼食時と違い、全員でそのまま捜査一課の部屋に残ることを選択していた。
他の一課の刑事達も、今日は一日中ソワソワと落ち着かない様子で、たまに西田に状況を尋ねてきたりもしていた。勿論、捜査している「最終対象」がかなり微妙な存在であることは双方わかっているので、何となく探りを入れてくる相手に、濁して答えるという応酬が数回続いていた。
そして、午後9時半になり、日下から本日の取り調べは終わらせると最終報告が入った。電話ではあったが、さすがにかなり疲労の色を隠せない喋りで、西田は労ったが、日下としては全く納得が言っていないようだった。
「スイマセン、完全に黙秘されまして。何を言っても何を見せても反応せずという有様でした……。毛髪の件も偶然に紛れ込んだんだろう。何故北見にあったかは知らないと嘯かれまして……」
最後は歯切れが悪くなった。
「そんな簡単に落ちる相手なわけがない。その点は覚悟の上だ。このまま黙秘続けた所で、こっちにはDNA鑑定報告書があるんだ! これがあれば、車両盗難については勾留請求が認められないわけがないんだから、現時点で何も聞き出せないところで問題はない。お前も30半ばで、これだけの事件の取り調べを経験出来てるんだから、まずそこに満足しとけば良い! 勾留の先に殺人容疑で再逮捕すれば良いんだ。そして、最終的に声紋分析で殺人起訴! 自白が取れなくても最悪これで行ける青写真は出来てる。問題は、誰からの指示かを突き止めるには、東館の証言が必要になってくるということだが、まずは東館の立件が大前提だからな……。そこがハッキリと見えているのは十分救いだ」
西田は、詳細に状況を説明して、日下の落ち込みをフォローしようとしたが、日下もその状況を理解出来ていないとは思えなかった。
「しかし、東館で留まったら、捜査目的の半分も行けてないということになってしまいます! やはり、その先の指示系統まで暴いて結果出さないと」
責任感の強い男だけに、この時ばかりは語気を荒くして反論したが、焦れば焦る程、相手の術中にハマりやすいことも確かだ。西田はその点も言い含め、何とか落ち着かせた。
その後、夜勤の遠賀と久保田を残して、西田達は帰宅の準備を始めた。刑事課室では、他の夜勤の刑事達が、丁度始まった人気ニュース番組「報道センター」を見ていたが、吉村がそれを見ながら西田に、
「ところで、複数人を銃殺なんて事件の割に、逮捕情報は新聞含め一切報道されてないんですが、警察の判断ですよね?」
と尋ねてきた。
「俺達からみりゃ、そりゃ殺人の被疑者だが、現段階じゃ、表向きはあくまで車両窃盗容疑だからな。ただ、いずれにせよ殺人で再逮捕した段階でも、報道規制を継続することは上にお願いしてる。一応上もそれに沿った判断をしてくれるつもりだそうだ。念のため、察庁の須藤係長にも確認しておいたが、あちらもこっちの判断が正しいだろうと言ってくれた。北見で管理しても、察庁ルートで流れたら意味ないからな」
「基本的には、課長補佐の判断でしたか……。ところで、それは記者クラブには伝えた上でするんですかね?」
「いや、それ自体しないよ。別に協定結ぶとかそういうわけじゃない」
「大丈夫なんですかねそれ? 後でごちゃごちゃ言われませんか?」
「まあ基本的には余り良いやり方じゃないが、今回はちょっと特殊な状況だからな」
「特殊?」
西田と吉村はヒソヒソと話をしながらも、廊下に出て玄関へと向かい始めた。
「そうだ。まず東館が現在組を抜けているという事情がある。そして東館の居た駿府組には、まだ逮捕情報は行ってないはずだ。あの事件が、葵一家組織全体の構造内部で仕組まれたと考えている以上は、もし東館が逮捕されたと知れたら、連中がどういう動きをしてくるかわからん。現状他に居たかもしれない共犯や協力者に危害が及んだりするかもしれないし、他にも色々と読めない部分がある。だったら、取り敢えず東館が警察の手に落ちたことは伏せておくのが無難だろ?」
「なるほど」
吉村は心底納得したようだった。
※※※※※※※
6月23日日曜。西田達は相変わらず早朝から待機していたが、既に全員から殺気立った緊張感は失せていた。東館の籠城作戦が確定していたので、まず動きはないだろうと踏んでいたからだ。
また、逮捕と同時に行われた東館の部屋のガサ入れでも、特に事件に関係しそうなものは発見されなかったことも、その原因としてあった。勿論緩んだと言っても、北見署へ連行されてきたら、これからは、直接自分達も取り調べに加わる以上は、短時間のリラックスでしかなかったし、やる気が無くなっていたわけでもない。全員新聞を見たり、テレビを見たりしながら、日下からの定時報告を待つという流れだった。
しかし、西田としてはこの時間に1つやっておくべきことを昨日から既に考えており、それを実行することにした。大島が桑野の従兄弟の小野寺だとほぼ確定した今こそ、改めて北村が録音していた、松島の証言を聞き直すことにしたのだ。やろうやろうとは思っていたが、一気に事が進みすぎてそれどころではなかったからだ。
今は、その録音テープはデジタルデータとして取り込まれ、テープの巻き戻しなどによって劣化することもなく聞けるようになっていた。鑑識の資料から、音声データの入ったCD-Rを借り、自分のパソコンで久しぶりにじっくり聞く。吉村はともかく、他の捜査員はこの件については深入りしてないので、漏れないようにヘッドフォンを使用した。
最初の方の内容は、ほぼそのままストレートだったが、未だによくわからない箇所がそのうち出てくるようになってきたので、西田は注意して聞き入った。




