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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
名実
92/223

名実15 {28・29合併}(61~62・63~64 桑野の従兄弟である小野寺道利は機雷事故で死んでいた)

「おい! 最後まで見たが、これに一体何の意味があるんだ?」

西田はざっと確認し終わると、部下に問い質した。

「ちゃんと見ましたか!? 課長補佐! しっかりしてくださいよ! ここですよ、ここ!」

車から出てきた吉村が、今度は西田から冊子を奪うようにして取ると、冊子をめくってある部分を指した。西田は改めてそこに視線をやる。


 そして数秒見つめた結果、やっと吉村の意図を理解した。その部分にあったのは、「小野寺 道利」という名前だった。

「憶えてると思いますけど、俺の記憶が間違ってなければ、大船渡で受け取った、戸籍の写しの桑野欣也の従兄弟の名前、小野寺道利でしたよね? しかも、戸籍上の死亡年月日は、昭和17年の5月……、確か20……26だったはず!」

「おお! 言われてみりゃそうだったか! 昭和17年の5月の20何日だったかまでは、お前の言う通りだったはず……。そうか! あの時は、湧別機雷事故の発生日を意識することもなかったからな! それにしてもよく気付いたな! 最後まで読まないまま、竹下に送り付けていたら、この事実に気付かないままだったぞ!」

西田はそう言うと、吉村の肩を両手で力強く揺すった。


「さっきの突然のスコールのおかげですよ。俺なんて、頭から冊子の中身を見るつもりすらなかったんですから!」

「怪我の功名でも、何でもいいって! 早く戸籍確認しに戻るぞ! これ飲め!」

今度は、西田がコーラを部下の顔の前に何度も突き出した。

「わかりましたから! すぐ飲みますから!」

今となっては、吉村より興奮気味の上司をいなすように言う。

吉村はグイグイとコーラを飲み終えると、2人は急いで車内に戻り、狭い駅前の道を国道へ向けて急発進した。


※※※※※※※


 吉村の宣言通り、そこからは、赤色灯でも付けて走行した方が良いのではないかというぐらい飛ばしに飛ばし、30分経つか経たないかで、方面本部の駐車場に滑り込んだ。


 2人はダンボールに背広と冊子と空き缶を突っ込み、方面本部庁舎の階段を駆け上がった。そして、捜査一課の室内へ入ると、ダンボールを雑に机に放り投げるように置き、一目散に資料のあるキャビネットに駆け寄った。


 ガタンと扉を無造作に開け、捜査資料の入ったファイルの中から、綾里の出張所で貰った戸籍の写しを取り出した。


「あ、やっぱりドンピシャだな!」

2人は戸籍の写しを見て、一瞬で小野寺道利の死亡日時が、湧別機雷事故の発生日である昭和17年5月26日と一致していることを確認し、ハイタッチした。

「偶然じゃないですよね? 間違いなく、桑野の従兄弟はあの現場に居た。そして桑野もあの現場に居た!」

西田の顔を覗きこむように見る部下に、黙って頷く。


「よし、今から竹下に電話で確認するぞ!」

西田はそう言うと、携帯から竹下に連絡を取ろうとした。しかし、留守番電話になっていた。

「あら、この肝心な時に繋がらねえとはな」

舌打ちしながら座り、取り敢えず昂ぶりを沈めようとした。吉村も同様に椅子に座ると、手持ち無沙汰を誤魔化すように、ダンボールから空き缶を取り出し、分別のゴミ箱へと捨てた。


 そんな2人を黙ってみていた同僚達の中から、主任の日下が声を掛けてきた。

「何か遠軽であったんですか?」

「ちょっとな。銃撃事件と直接関係するわけじゃないが」

「そうですか。……もしかすると、佐田実の方?」


 西田の指揮下にある部下の内、吉村以外は、直接的には15年前の佐田実の事件捜査をしているわけではない。ただ、西田と吉村がそちらも念頭に置いて、銃撃事件捜査をしていることは知っているせいか、西田の言い方だけで、ある程度状況を把握出来たようだ。


「ああ、その通りだ。どっちにせよ、そちらにも直接的に結びつくというわけでもないんだけどさ」

「そうですか……。自分達は詳細はわかりませんが、スッキリするといいですね。おそらくそちらで動きがあれば、こちらにも良い影響が出るんでしょうし」

日下はそう言うと、再び当時のダミーとして利用されただろう、建設会社への銃撃事件に関与していそうな、道内の暴力団組織を洗った当時の資料に目を通していた。


 多くの人数分の情報があっただけに、4月以来暇な時には洗わせていたが、未だに全部は見直せていなかった。そろそろ完了しそうではあったが……。


「課長補佐! ところで小野寺の件ですが、桑野が鴻之舞金山の職員だったとすると、小野寺はどんな立場で現場に居たことになるんですかね? 常識的に考えれば、そこで一緒に事故に遭遇したのが、たまたま偶然なんてことは天文学的確率だろうし、何か一緒に居た原因があるとしか思えないんです」

日下との会話を終えたのを見届けて、吉村が話題を戻した。

「つまり桑野と同様、小野寺も鴻之舞で一緒に働いていて、そこで爆発事故に巻き込まれた、そう言いたいんだな?」

「その通りです!」

「言われてみれば、その流れがもっとも自然だよな……」

西田の頭の中は、従兄弟の小野寺が桑野と同じ事故現場に居たということで止まっていたが、吉村はどういう理由で現場に居たかも考えていたようだ。元々独特の閃きや運を持っているとは思ってはいたが、部下とは言え、確実に成長を感じた。


「しかしそうなるとですよ。桑野は、年下の従兄弟が爆死してる最中に、死亡確認だけして蒸発したってことですよね? ちょっと酷くないですか? 桑野という人間は、評判通り立派だったのは事実のようですから、あれだけの事故の最中に、自分だけ突然消え失せた時点でもかなりおかしい感じはしますけど……。その上更に肉親が死んだとすれば、こりゃ尚更酷い話じゃないですかね?」


 言われてみれば、確かに桑野が人格者だとすれば、阿鼻叫喚になった現場から、警察に死亡者の情報を提供しただけで、現場から居なくなるというのは、警察に報告したので完全に無責任とは言い難いものの、やや無責任なことは確かだ。先日、竹下と桑野の行動について討議した時も、どうも結論が出なかったが、吉村の話はそれを更に難しくしたように思えた。

「うーん、ホント吉村の言う通りだな」

西田はそう唸った。


 その時、突然西田の携帯が鳴った。竹下からだ。

「おう! 俺だ」

「すいません、さっきまで紋別市役所で取材中だったもんで、すぐに出れませんでした。何か?」

「おうそうか。実はな、お前に頼まれてた捜査資料を遠軽で貰ってきたんだ」

「あ、それはすいません。で、どうでした?」

竹下の声のトーンは、何となく頼んでいたことを、うっかり忘れていたかのような印象を与えるものだった。とは言え、そんなことを気にしている場合ではない。


「それがな、当時の資料は、今朝に連絡したもんだから、見つかってなくてな……。仕方ないんで、遠軽署が作った爆発事故60周年の冊子を……」

「あちゃー、それですか……。実は、今年の慰霊式典当日も取材してまして、それ、既に手に入れてるんですよ、現地で……。そもそも、そっちにも目新しい内容はなかったんですよねえ」

西田が言い終わる前の段階で、竹下が残念そうに反応した。

「そうだったのか……。まあ俺も竹下が書いた記事を見ていて、あんまりそれと変わらんと言う認識だったから、そう言うことは考えないこともなかったが」

「いや、ホント申し訳なかったです。そういうわけで、それ処分しちゃって構いませんから。じゃあ」

そう告げて、勝手に会話を終えようとした竹下に、

「ちょっと待て、まだ終わってないぞ!」

と慌てて制した。


「他にも何か?」

思い当たる節が無かったせいか、素っ頓狂な声を上げたが、

「桑野が鴻之舞で働いていたって話で連絡貰った時、俺と吉村が岩手に行った件も話したよな?」

と、西田が伝えると、

「あ、はい。それが?」

と、相変わらず西田の発言の意味がわからない様子だった。

「それでその時にだ。桑野の母親の出身地である大船渡で、桑野の母親の、おそらく姉の一家だろう戸籍を貰ったって話憶えてるか?」

「ええ、勿論」

「その戸籍の中にあった、桑野の従兄弟に当たる人物と同姓同名の名前が、今日貰ってきた冊子の犠牲者一覧に載っていたんだ。吉村がそれに気が付いてね」

「へえ! そいつは大変興味深いですね! もし同一人物なら凄い確率だ! でも珍しい名前でもなければ、別人って可能性もありますよね。まあ名前言ってもらえれば、自分の方にも、まだそれあるんで、今すぐ調べてみますけど」

竹下はそう軽く西田に伝えたが、

「そいつの名前は、小野寺ミチトシ。普通の小野寺に、北海道の道、利益の利でミチトシ」

と、西田の口からそれを聞いた瞬間、電話の向こうの様子が一変した。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 小野寺道利ですよね!? それ桑野と一緒に鴻之舞から湧別に行って、爆死した同僚の名前に間違いないですよ!」

と叫んだ。

「やっぱりそうか! 死亡年月日が、丁度爆発事故当日になっているから、おそらく間違いないとは思ったが!」

西田はそう言うと、吉村にOKサインを指で作って、推理が当たっていたことを示唆した。一方の竹下は、西田が喜んでいる様子にも構わず、勝手に独り言のように喋り始めた。


「桑野は鴻之舞で従兄弟と一緒に働いていたんだ……。今回の新聞記事で、鴻之舞のダイナマイト技師が巻き込まれた件を書いた時には、犠牲者の個人名は出してないですし、北見で西田さんや吉村に会った時に、頼まれて、西田さんのメモ帳に、大将の件を中心にして取材の概要を書いた時にも、遺族や大学教授に話を聞いたことについては、具体的に細かい名前は書いてなかったはずだし……。西田さんが、記事もメモも両方ちゃんと見てくれていても、そこから気付くことは、普通ならあり得なかったわけで……。今回、冊子の犠牲者名簿の方までちゃんと見て気付いたのは、まさに凄い引きでしたよ。神の導きとしか思えないぐらいです!」

確かに、吉村がしっかりと従兄弟の名前を記憶していて、しかも犠牲者名簿まで確認して初めて、この発見が成立したと言えた。


「いや、実際かなり運の要素が強かったんだ、正直に言うと。詳細は説明するのが面倒だが、冊子を貰ってきただけでなく、そこの部分に気付いたのは、ある種の運でしかなかったからな……。勿論、吉村のお手柄は、お手柄なんだけどさ、偶然も重なったんだよ!」

西田は遠軽からの帰途での出来事を思い返していた。

「そういう引きの強さがアイツにはありますからねえ……。自分の記憶では、その冊子の犠牲者一覧は、50音順で、どういう立場の人間かってのも書いてませんでしたよね? ちょっと今確認しますけど……」

そう言うと、しばらくガサゴソと、引き出しか何かを探すような音がした後、

「ありました! やっぱりそうでしたね」

と言ってきた。


「でも、吉村が戸籍の写しに記載されていた死亡年月日をしっかり憶えていたので、そうありふれた名前でもないし、間違いなく載っていたのが従兄弟だと確信したんだ。そして常識的に考えれば、2人は一緒の立場で、事件に巻き込まれただろうってのも奴が言い当てた」

「そこもですか! 吉村もたまにはやりますね! あいつに、『明日は雪が降る』と伝えておいてくださいよ」

軽く憎まれ口を叩いた竹下だったが、声は明るかった。


「ただな、そうなるとだ、これも吉村に言われたんだが、先日お前と話したことも絡んで、色々とおかしい話が出てくることになる」

西田は対照的にやや暗い声になっていた。

「えーっ、おそらくですが、同僚であり従兄弟が死んでるのに、桑野が忽然と消えた理由は何だってことですかね?」

「さすが竹下だな。ビンゴだ。どう考える?」

「この前の話も絡むと、ショックを受けたってのは、その場合には一応筋は通ります。ただ、死んでるのが従兄弟となると、ショックを受ける度合いが強すぎて逃げる気にすらならないか、或いは肉親として、最後まで付き合う責任感が出るかってパターンもあり得ます。それに今更ですけど、大事故の後逃げ出すような無責任な人間じゃない気がするんですよ、桑野は。今までの情報をよくよく精査した限りですが」

「その点については、吉村も妙に薄情過ぎだと言ってた」

「そうですか……。うん、そうですね……。本当にそのまま消えたなら、吉村の言う通りでしょうが……、やっぱり何か引っかかる」

「他には、元々何処かへ消えるつもりだったのが、たまたま事故と重なった、或いは爆発事故により、何か消える理由が出てきたってのが、前話した時に出たな。だが、最後の奴は、桑野が荷物を事前に持ち出していたことを考慮すると、突発性という矛盾が出てきて、かなり甘いように思う。そもそも爆発事故で逃げる必要があるってのが、どうにもわからんのだ」

西田はイライラしてきたせいか語気を強めた。


「元々消えるつもりだったという話にせよ、事故により何か理由が出来て、逃げる必要が生じたということにせよ、桑野という男が、従兄弟が爆死してるのに放置して逃げるということには、人物評価含めて、前より繋がり難くなっちゃってます。むしろショックで逃亡の方が、こちらも怪しくはなってますが、比較すればまだ通じる。前は否定しましたけど、肉親が死んだとなると、逃げ出した後どこかで自殺説も少しは目が出てきたぐらいでしょう、ホントに僅かですが」

竹下も同じ所を堂々巡りしつつ思案しているようだったが、いずれにせよ状況はさらに混迷を深めたと言えた。


 そんな中、西田は大事なことを思い出した。

「ちょっと待て! 小柴が送ってきた大島の端布はぎれ!」

「ありましたね端布……。なるほど! あの破れ方と血痕は!」

竹下はそこまで言うと、急に無言になった。

「あれが機雷爆発の際に発生したモノで、しかも血痕は、爆発事故で死んだ従兄弟の小野寺のモノだとすれば、そこまでは辻褄が合うな!」

西田が「そこまでは」と言ったのには意味があった。竹下もそれは認識していた。


「問題は、消えた桑野は大島ではない、そこですね」

「そこだ! 大島と桑野は指紋が一致してない。もし桑野が大島と一致していたならば、小野寺の形見として、大島が東京まで端布を持っていたことで綺麗に話は繋がるが、現実は違った……」

「しかし、極論すると問題はそこだけなんですよねえ……。7年前もそうでしたが、唯一おかしくなるのは、桑野の指紋と大島の指紋が一致しないことだけなんです。大島が桑野だとすれば全ての辻褄が合うんです!」

やけに力の入った言い方だったが、竹下の力みは、西田にもよく伝わると同時に、その気持ちも痛い程理解出来た。唯一の問題が大きすぎる障壁だったからだ。


「大島も桑野と小野寺の女系親族だったって話についてはどうだ?」

苦し紛れだったが、西田は、95年の年末の温根湯温泉の潜入捜査で、大島海路と端布に付着した血液のミトコンドリアのDNAが一致した点(血判のDNAについては、当時酸化度合いが強く、ミトコンドリアのDNA含め鑑定不能だった)を踏まえ、新たな考えを唱えた。

「うーん……。戸籍が津波の影響で、桑野だけでなく、小野寺側も再製されたもので、それ以上先へと辿ることが不可能だったんですよね? となると、その端布を持っていった人物、つまり大島海路と思われる実人物が、2人と女系で繋がってるか、現時点では戸籍からはわからないんですよねえ……。鑑定上、そういう推理は無くは無いですが……」


 竹下が言葉に詰まったのを認識すると、西田は更に具体的な考えを入れてみる。

「桑野と小野寺は一緒に鴻之舞で働いていたが、機雷事故で小野寺が爆死し、桑野はその形見として服の切れ端を持って、現場から逃げ出した。そしてどこかで桑野は大島の実人物と落ち合い、形見を手にすることになった……。それにしても、あまりに色々勝手な筋書きが入ってしまってるな」

西田は意見を聞く前に自分で苦笑いしていた。

「そこはどうであれ、結局大島が桑野として入れ替わっているという部分の問題はついて回りますからねえ。殺害されたのかとか、何があったかはわかりませんが」

竹下もお手上げという言い方だった。


「正直、この場で悩み続けても、どうにも結論が出そうにもないな、これは」

西田はそれほど時間を置かずに、そう切り出した。

「ええ。残念ながらちょっとすぐには思い浮かびません」

竹下も同意した。

「よし! じゃあ棚上げにしとこう。幾ら考えてもアイデアが出ないなら仕方ない。それにしても、捜査も微妙に行き詰まってるし、思い切って東京の察庁の方にも行ってこようかな」

「察庁に寄るってのは?」

「鏡の件は知ってるよな? 共立病院の共犯について、色々また情報が出るかもしれないんだ」

「え? そうなんですか! そいつは楽しみですね」

竹下はそう言って喜んだのもつかの間、

「と言っても、もう自分は警察の人間じゃないんで、聞いても無駄でしたね」

と、急激に冷めた言い方になった。


「おいおい、確かにお前はもう刑事じゃないかもしれないが、俺にとっては、完全な部外者じゃないんだ! ある意味頼りにしてるんだよ! 今回も、わざわざ桑野の件を知らせてくれたじゃないか! 無論何でもかんでも明かせるわけじゃないけどさ」

西田はそう言って、竹下を気落ちさせまいとした。

「こっちが知らせるのは当然の話ですよ。刑事とか新聞記者とか、そういう次元じゃないですよ! ある意味、市民の通報義務みたいなレベルです」

竹下は、西田の思いを知ってか知らずか、原則論を持ち出した。

「相変わらずお堅いな」

西田は軽く笑ったが、

「そのお前の堅さが、警察を離れて尚、未だ信用に値し、捜査でも頼りにしてる理由でもあるんだから、仕方ないよな」

と、真剣な口ぶりで続けた。

「そいつは過分なご評価いただきまして光栄に存じます」

敢えてふざけて返したように、あくまで社交辞令と取ったようだが、

「適正な評価だよ、元上司とやらのな。それに刑事を辞めてもまだ、このヤマには思い残してるところがあるんだろ?」

と、西田は改めて尋ねた。


 竹下はそれについて終始黙ったままだったが、それこそが肯定の返事だと、元上司として確信していた。辞めた理由に、捜査が思うように出来ないことへの「静かな怒り」があったのは間違いない。

「お前の頭脳で何か気になることがあったら、遠慮せずいつでも教えてくれ! こちらも、提供できる範囲内の情報は、何時でも提供するつもりだから」

答えを聞く前に、西田はそう口走っていた。


「そりゃ何か気になることがあれば、西田さんには報告させていただきます。いや、と言っても、さすがに報道に携わるものとしての倫理面での問題があれば、そこは確約は出来ませんけど」

竹下らしい「留保」を付けたが、そのようなケースの存在はほとんど気にする必要はないだろう。


「ところで桑野については、東京の三友の本社で色々調査出来たようだけど、小野寺についても調べられるかな? 調べられるなら、東京でそっちも済ませておく手があるが」

「それは資料があるはずで、出来ると思います。あっ、そうだ! ちょっと待って下さい。少なくとも事故調査報告書については、桑野の件で貰ってきた奴と当然一緒のはずですから、そこで小野寺についても書いてあると思いますんで、今手元にあるので確認してみます!」

竹下はそう言うと、しばらく2人の会話は一度途切れた。


※※※※※※※


「お待たせしました! 当時の状況ですが、小野寺含む亡くなった3名は、桑野が警官にした証言では、警防団や警官が機雷を移動させている最中、それを傍で監視していたとのことです。やはり、『余り動かすべきではない』と言うアドバイスはしていたようですが、強くは指示しなかったみたいですね。まあ機雷とダイナマイトじゃ、前者は爆発させるため、後者は安全に使用するためにそれぞれ作られてますから、そりゃ単に爆発物という共通点だけで、扱いに長けているとされたら、困ってしまったでしょうよ」

「そういえば、桑野は一体何故その作業に加わっていなかったんだ?」

「ここに書いてある限りですが、たまたま責任者の指示で、何かの道具を、持ち物をまとめて置いていた場所に取りに行った、まさにその時に爆発したようですね。九死に一生とはこのことですよ」

「そうか、そいつは悪運が強いな。それにしても、小野寺は桑野より先に鴻之舞で働いていたんだろうか? それとも後かな?」

「常識的には、桑野が先で小野寺が口を利いてもらったというストーリーがわかりやすいんじゃないですか? 事故報告書に関しては、行方不明になった桑野については、採用の経緯なども詳しいんですが、死んだ小野寺らについては、そういうところまでは書いてないですから……。桑野については、行方不明になった理由を考えないといけないんで、そこまで記述したんだと思います。ですから、ちゃんとそこら辺も調べた方がいいと思います」

「やっぱり、他の資料を当たるには、察庁ついでに東京の三友本社に行った方がいいかな?」

「行けるなら是非」

西田は竹下の即座の回答を受け、気持ちは固まった。


「わかった。警察庁にも捜査依頼してる最中だし、そちらの話も直接調べておきたいから、東京行ってこよう!」

西田はそう言うと、遠賀の方を確認した。当然、会話の大まかな中身は遠賀の耳にも届いているはずだ。


「東京行くけど後頼めます?」

目が合ったので西田は躊躇なく、携帯から顔を一度離して年上の部下に許可を求めた。

「仕方ないんじゃないですか?」

番頭役の遠賀は、いつもより少々ぶっきらぼうな言い方だったが、「おまえらちょっと出張しすぎだぞ!」という気持ちが内心あったのかもしれない。実際、捜査に当初から関与している西田達にとっては大きな前進でも、遠賀達から見れば、あまり具体的成果がないように見えていて不思議はなかった。犯人検挙に直接結びつくような発見は、西田達が動き回っていることからは、まだ見つかっていないからだ。


 しかし、当の西田や吉村から見ると、事態は着実に進展していた。これらの「些細」な事実の積み重ねが、突然目の前の壁を破壊する爆薬の導火線として機能すると信じていたからだ。そして、吉村と車中で話したことを急に思い出し、電話に顔を付けると、

「ところで、慰霊式典に取材に行ったなら、そこで大将と会わなかった?」

と竹下に確認してみた。

「いや、大将の姿は一切見てませんね。色々取材してたんで色んな人と会いましたが、間違いなく来てないと思います」

竹下はきっぱりと否定した。


※※※※※※※


 6月10日正午前、西田と吉村は、女満別空港から羽田空港へと空路到着し、空港のレストランで昼食を摂っていた。北見を出た際には気温は10度程と、つい最近までと比較すると信じられない低温だったが、東京は24度程と丁度良い気温だった。


 西田は食後のコーヒーを飲みながらスケジュールの確認をしていた。まず三友金属鉱業の本社に寄って、小野寺道利関連の資料の提供を受け、その後、警察庁で捜査協議の算段だ。


 本来であれば、翌11日の午前中、鏡の共犯として最も怪しいと見られていた「大下」を内偵している目白署に寄って、詳細な話を聞くつもりだったのだが、当日の朝、目白署の組対から、警察庁の組対の指示に従っているので、来られても2度手間になるとやんわり断られていた。そういうわけで翌日のスケジュールが突然ぽっかり開いてしまったわけだ。それを利用して、情報交換と言う名の夜遊びという手もあったが、高垣が仕事で忙しいと断られ、どう時間を潰すか考える必要があった。


 一方、東京と言っても羽田空港の中でしかないが、オーバーに言えば異様な空気に包まれていた。前日の夜、W杯の1次リーグで日本はロシアに勝利し、リーグ突破に向けて盛り上がっていたのだ。吉村もスポーツ新聞を見ながら日本の勝利を喜んでいた。西田は野球派なので、世間や吉村程の喜びはなかったが、次の6月14日チュニジア相手に勝てば、サッカー日本代表史上初の、W杯1次リーグ突破は確実とあって、多少は浮かれていたかもしれない。


 昼食後はモノレールで浜松町へと向かい、そこから京浜東北線か山手線か迷ったが、京浜東北線で新橋駅へと降り立った。そこから、三友金属鉱業の汐留の本社へと向かう。


 2人を出迎えたのは渉外課の久住という主任だった。竹下から五十嵐の三友への派遣の件で聞いていた分には、確かその時も担当がこの男だったはずだと西田は思いながら、名刺を受け取った。



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