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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
名実
89/223

名実12 {23・24合併}(50~52・53~54 桑野が爆発事故現場を立ち去った理由の考察 捜査で再び奥田の元へ)

◯佐竹 大輔 

葵一家門下 2次団体 関東貴刀かんとうたかとう組(練馬区) 本部長(1995年当時 若衆)

1960年 1月20日生まれ 岩手県 水沢市出身

「95年 11月近辺のアリバイ不明」


東館とうだて あきら

葵一家門下 2次団体 駿府組(台東区) 既に組抜け(1996年1月頃 1995年当時 若衆) 1959年 6月10日生まれ 岩手県 大槌町出身

「95年 11月近辺のアリバイ不明 (組抜けの影響もあって周辺調査上手く行かず) 現在所在地不明」


中谷なかたに 尚志ひさし

葵一家門下 3次団体 棟居むねすえ組(水戸市) 本部長(1995年当時 若衆) 1958年 9月21日生まれ 岩手県 遠野市出身

「95年 11月上旬、海外旅行に行くと称してしばらく組に顔を出さなかったという話があるも、入管の記録なし」


◯大下 栄一

葵一家門下 3次団体 旭恵きょっけい興業(豊島区) 組長補佐(1995年当時 若頭補佐)

1955年 5月31日生まれ 岩手県 久慈市出身

「95年10月から11月にかけて、役員をしていた傘下のフロント企業に顔を出さない日が多かったらしい」




 以上の4名が、察庁・組対部がリストアップした、鏡と共犯した可能性の高い、岩手出身の暴力団構成員ということだった。いずれの所属組織も、鏡が所属していた紫雲会と強弱の幅こそあれ、一定の関係性のある組織だという。


 ただ、実際に鏡本人と面識があったかまでは、現時点で確認出来ていないという。一応「デカイ仕事」を成し遂げた以上、何らかの「見返り」があったという推測の下、「出世」している構成員を中心に選出した模様だ。


 唯一、この中で東館と呼ばれる構成員は、事件後かなり早い段階で組を抜けていたが、紫雲会と駿府組の関係は、双方の組長同士が、若い頃から兄弟の杯を交わす程の盟友関係にあり、最も強い関係だということで、念のためリストに残されたようだ。


 また紫雲会と駿府組は、共にシャブ、つまり覚せい剤の仕入れから売却に至るまで、協力関係にあり、それによる潤沢な資金を有していた。葵一家系・2次団体の中では、両方とも舎弟頭ですらない、あくまで一般の舎弟扱いでありながら、組織内部でも有数のシノギ力があるということだった。


 本来であれば、資金提供の貢献度から見ても、どちらかは舎弟頭として執行部に入ってしかるべきと目されているが、組長の瀧川が、元々シャブ絡みの金を余り良く思っておらず、莫大な資金提供があって、初めて舎弟として扱われているというのが現状のようだ。そもそもシャブが嫌なら、瀧川は一切受け取らなければ筋も通るところだが、しっかり受け取っている辺り、そういう都合の良さが、ヤクザ業界のドス黒さを表しているとも言えた。


 但し、リストについて言えば、該当人物全体において、7年前ということ、そして秘密裏の調査ということもあり、本人に直接当たってはおらず、周辺にぼやかしての聴き込みでは、中谷以外のアリバイ関係においては、イマイチ信憑性に欠ける部分があるという注釈があった。


「これ、アリバイについては、アテにならないという但書が書いてあるんですけど、他の連中については、割とはっきりしてるんですか?」

リストを確認してから、須藤に尋ねてみた。

「基本的に、中堅以下のヤクザが、1週間近く組に顔出さないってのは、まああり得ないんでね。となると、顔見せないこと自体が、『珍しい』ということになって、ある程度周囲の人間からは違和感を持たれることが多いって話ですよ。事件の形態から見て、ある程度まとまった期間居なかったのは間違いないでしょ? ただ、問題は、それが事件発生日である、95年の11月11日の近辺だったかどうかの信用度がどうかってことです」

「ああ、なるほどね。その辺はやっぱり難しいかな……」

西田としても、その言い分には頷くしかなかった。


「もしかすると、本人に直接当たる必要が出てくるかも知れない。その場合には他の事案で……というパターンですかね……」

須藤は、本人に直接当たるということは、すなわち別件逮捕での捜査を念頭に置いていることを匂わせた。それは邪道ではあるが、現実問題としては、十分に考え得る手段だろう。


「紫雲会絡み以外を捜査することは、これであぶり出せなかった場合には……」

「まあ、そちらさんが望むなら、そっちの方まで協力することは、やぶさかじゃないですが……」

須藤は、言葉と裏腹に歯切れの悪い返答をしたが、どこまで捜査対象が広がるかわからないという、不安や文句は当然あるだろう。現実問題、範囲を広げて捜査するとなると、大変なのは西田にも十分理解出来た。とは言え、これ以上先の仮定の話をしても埒が明かない。

「わかりました。取り敢えず、この4名の捜査続行お願いします」

西田としては、そう言うより他なかった。


「でもこの4名から、何らかの形でDNAサンプル入手出来れば、例の逃走車から出た毛髪サンプルに合致すりゃ一発ですよ」

西田が会話を終えるのを待っていた吉村が、リストを見ながら笑顔で喋りかけてきた。

「そりゃそうだが、鏡以外のもう一人が、毛髪を確実に落としていたとは限らんからな……。鏡の分は見事に一致したけど。毛髪は7名分出てるが、盗難車の持ち主とその家族や周辺人物以外の不明分が、必ずしも犯人そのものとは限らんわけだ」

「6名分でしたっけ、鏡を除いて……。まあガソリンスタンドやらカー用品の量販店なんかでも、車預けたりと、犯人以外の人間の毛髪の可能性も、十分に考えられますからそりゃそうですが……。でも、鏡が目出し帽を脱ぐか何かで落としたとすれば、共犯の方も同じような形になった可能性は高いと思いますよ」

「出来ればそう願いたいもんだな……」

西田は気のない返事をしたが、竹下に一致の報告をしておかなければということが念頭にあったせいで、吉村の発言を軽視したわけではなかった。


 軽くあしらわれて、少々むくれたように見えた吉村を無視しつつ、西田は竹下に指紋の一致を伝えた。竹下は言うまでもなく喜んだが、そうなると次に浮上する疑問を口にした。

「しかし、一致したらしたで、今度は、桑野が何故現場からすぐに立ち去ったのかと言う問題が出てきます。どう思います?」

いきなり思わぬ展開になったので、西田としても返す言葉に詰まったが、

「うーん、そうだよな、今度はその謎を考える必要があるのかな」

と、取り敢えず誤魔化した。

「あ、いやすいません……。もう自分は刑事でもないでもないし、口を挟む余地は無かったですね」

はっと我に返って、自分の立場を顧みたようだったが、西田としては、竹下の推理は聞いてみる価値のあるもので、余計な発言ではない。


「いやいや、お前の考えがあるのなら、それについて聞いておきたいところだ」

「そうですか。そこまで言っていただけるとは光栄ですね」

「いや、勿論本音だぞ本音!」

竹下の言い方に刺があるような気がしたので、皮肉と取られたかと早合点して弁解した。

「え? そのまま受け取ってますけど、ずうずうしいですかね?」

そう竹下に笑いながら返されたので、

「いやいや、そのままで! そのままで受け取ってくれ!」

と慌てて繰り返した。ついさっき、吉村にも誤解されたようだったので、連チャンで誤解されるのは是非とも避けたいという思いがどこかにあったかもしれない。


「それはどうでもいいんですけどね……。じゃあ幾つか挙げさせてもらいます」

竹下はそのように前置きすると話を続ける。

「現時点で僕が考えているのは、同僚が爆死するというショックな出来事で、その場から逃走したくなったというパターンですか。これは心理的にはあり得ない話ではないですね。ただ、そのまま職場放棄して、ずっと戻らないということとなると、大袈裟に思えます。責任感の強い人だというのは、佐田徹の遺した手紙の文面からも窺えますから」

「確かにな。それでその場合、そのまま自殺という可能性は?」

「どうでしょう……。あり得なくはないとは思いますが、さすがにショックで自殺までは……」

竹下は口にはしなかったが、そこまで考慮する必要はないという考えなのははっきりとわかった。とは言っても、西田自身もあくまで仮定を言っただけで、確率的には相当低いとは思ってはいた。


「じゃあ次に行きますよ、いいですか? まあ、これはちょっと大胆ですが、実は爆発自体に何か関与していたので、逃げる必要があった」

竹下はそう言いながら苦笑した。あり得ないとは思っているのだろう。

「現実的には可能性は低いと思ってるんだな?」

「まあ、そうですよね。あくまで実際に機雷を人力で動かすという愚行の最中での事故だったようですから、何か仕掛けていたわけでもないと思いますし、たまたまなのかはわかりませんが、爆発時に遠くに離れていたからこそ助かったんでしょうし、遠隔操作を、当時出来るとも思えませんからね。まずないと思います」

西田の意見を聞くまでもなく、自分で提案から否定まで完結させた。


「他は何かあるか?」

「ええ。これもちょっと飛躍があるようには思いますが、たまたま事故と本人の逃亡が一致しただけということですね」

「うん?」

西田は意味がわからず聞き返した」


「五十嵐先輩に、訂正記事のための取材を依頼した時の話なんですが……。当時の報告書によれば、どうも桑野が行方不明になった後、三友金属鉱業の方で桑野の宿舎を調べてみたところ、既に彼の持ち物が持ち出された後だったと言うんです。当然事故の後に隠れて戻ってきたとかそういうことでもない限りは、事前に必要なものを持ち出してから、あの湧別の事故現場へと出かけていたということになるわけです。そうなると、その時点で、消えるつもりがあったんではないか、そういう考えです。見方を変えれば、たまたまではなく、ヤマから仕事で出る機会を利用して逃亡したということが言えるかもしれませんが」

「うむ、確かに最後の話は、筋自体は結構上手く通るかもしれないな」


 そう西田は言い終えた直後、ふと釜石での天井老人の発言が頭をよぎった。桑野が実は社会主義・共産主義に傾倒していたということだ。その時西田の中で、先程竹下が否定した、「爆発に意図的に関与した」という話と突発的に再び結びついた。ひょっとすると、桑野による警察へのテロだったのではないか? 最初から爆発を起こした後、逃げるつもりがあったのではないか? そのような疑念が急激に頭をもたげてきた。


 西田は、天井から聞いた、桑野の学生時代の詳細な話を竹下にしっかりと説明した上で、先程の説を蒸し返した。竹下も自分で一笑に付した説とは言え、西田の考えを改めて考慮しているようだった。そして徐に口を開いた。

「そうですか……。まさに左翼が、政府の赤狩りの弾圧を受けて先鋭化していた時代ですから、それ自体は荒唐無稽とは言えないかもしれません。しかしですよ、インテリであったとしても、そういう遠隔爆破の技術を桑野が獲得していたかどうかは、やはり疑問ですね。そして何より、公開爆破を決定したのは、公開日より1週間もなかったはずです。そこから鴻之舞金山へ技師派遣要請があったとすれば、それより後の数日前程度でしょうか。その間に、桑野が警察へのテロなのか何なのかはわかりませんが、それを企てて実行したというのは、かなり無理があるような気が……。それに当時の資料などにも、杜撰な機雷の移動の仕方をしていたことは明白ですから、爆破の原因はそちらの可能性が断然高いでしょ? まあ、桑野による意図的な機雷移動についての「杜撰な指導」があったというのは、桑野は技師の「見習い」状態だったことから考えても、まあ無理な話でしょうから……」

「そうか……、特に時間的な問題はデカイな……」

西田は自分の頭を軽く叩いた。


「それに、もし桑野が赤色テロをするというなら、資本家の金のなる木であった金山そのものを爆破することを、既にやっていておかしくないように考えます。ダイナマイトは、業務で日常的に使っていたはずですから。他にも、爆発事故の直後、警官に同僚の死亡を伝達するなど、もし、そんなことをやらかしていたら、わざわざしないだろうことをしています。やっぱり考え過ぎじゃないですかね。大体、今、西田さんから聞いたその天井さんの話だと、思想面はともかく、桑野は同僚まで巻き沿いにするような、そういう過激派にはなりそうもないんじゃ……」

竹下は口調はやんわりとした否定だったが、どうも語った内容からは、完全に切って捨てられたような気が西田にはしていた。


「そうか……、わかった。そうなると、湧別への派遣を利用して、元々消える予定を立てていたというのが、竹下の中じゃ有力なんだな」

そう結論付けようとした西田に、

「いや、もう1つあるにはあるんですが……」

と口ごもった。

「何だまだあるのか?」

「ええ、一応」

「折角だから言ってみろよ」

「そうですか……。まあじゃあ」

竹下は、余り乗り気ではないような雰囲気を携帯の向こうから漂わせていたが、思い切ったように、早口で喋り始めた。


「かなり抽象的な話になるんで、その点はご容赦してもらえれば……。端的に言うと、爆発事故に偶然巻き込まれなかったことで、突然桑野に逃亡する必要が出来た、そういうことです」

これを聞いた西田は、到底竹下らしくない考えだと思った。

「ちょっと待てよ。しかしそうなると、準備良く桑野が荷物を持ちだしていたことの説明が、全く付かないんじゃないだろうか?」

「いや、その通りですよ。全くその通り!」

竹下は「その通り」を繰り返して強調した。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「じゃあ何なんだよ!」

西田は少しの苛立ちを隠さずに問う。

「申し訳ないんですが、正直、そこを筋道立てて説明することが出来ないんです。だから言いたくなかったんですが……」

竹下らしくないを通り越して、どうかしたのかというレベルの回答だった。

「おいおい! そういう理屈の通らないことを言うのは嫌いなタイプのはずだぞ!」

珍しく竹下をやり込めるチャンスと見たわけではなかったが、西田は一気呵成に責めた。

「ホント申し訳ないです……」

それしか言わない。


 しかし、こうなればなったで、西田としては発言の意図を探りたくなってきた。幾ら何でも、全く脈の無い説を述べるタイプではないはずだ。そこに直感が入り込んできていたとしても、竹下の勘なら聞いて損はないように思えた。

「よしわかった。不完全でいいから、そんな考えをする理由を言ってみろよ。いちいち文句言わないからさ」

宥めすかせるような言いぶりに、竹下は意を決したかのように語り始めた。


「わかりました。じゃあ遠慮無く……。三友金属鉱業に取材した五十嵐さんの話や、自分の取材から見て、少なくとも、当時の桑野が置かれていた職場環境は、そう悪くはなかったようです。鉱夫として入った時は大変だったかもしれませんが、すぐに発破技師に鞍替えですからね。見習いと言っても。給与も当時としては良かったそうです。相場は私も知識があるわけではないので、なんとも言い難いですけど」

「しかし、桑野自身は、そういう資本家とは対立する政治思想の持ち主だった。否、それが当時も続いていたかどうかの保証はないが……。となると、待遇はともかく、真の意味での居心地は良くなかった可能性は高いんじゃないだろうか?」

西田としては、桑野の思想からのアプローチにこだわった。

「当然そういう側面はあったかもしれません。しかし、その天井という桑野の後輩だった人の話を考えても、桑野という人物は割と温厚で、そういう思想に目覚めたのも、当時の世相から、地元の困窮する人々を見ていたためとも考えられます。翻って当時の鴻之舞金山の状況が、逃げ出す程居心地が悪かったかは疑問ですね」

「しかし、わざわざ労働者にとって待遇の悪いところを、実地で見ていく『実践』のために渡り歩いていたかも知れんような人間だぞ。待遇以前に、思想的に資本主義の塊のような大規模金山自体が、居心地が悪いことは十分あり得る」

西田は少々ムキになって反論していた。


「それは完全には否定しません。ただ、学生時代から傾倒していた左翼思想ですから、桑野が生田原の砂金掘りをしていた当時、既にかなりの年数を経ていたはずです。しかし、桑野の人物評は、天井が感じていた当時のモノと、佐田徹が手紙を書いた辺りのモノでも完全に一致しています。西田さんの話を前提とする限り、左翼思想に傾倒した理由を考えると、ゴリゴリの資本主義や全体主義に、当時も疑問を持っていた可能性は高いとは思いますが、わざわざ三友金属鉱業に入るぐらいですから、テロを起こす程、当時極端に嫌悪していたようには思いません」

「しかし、敢えてそういう弱い立場の人間、つまり鉱山労働者みたいな連中と同じ位置から社会を見るという目的があったってのは、さっきも言ったがあり得なくはないだろ?」

西田は天井の説を、しつこく援用した。


「まあそういうことはあったかもしれませんね……。ただどちらにせよ、破滅的なことや短絡的なことをしでかすタイプでは、おそらくなかったと自分は考えます」

「わかった……。その点は取り敢えず置いておこう。確かに知性派だったことは間違いないから。まあ、インテリはインテリで暴走することもあるがな……」

西田は最後の方をぼそっと付け加えた。


「じゃあその上で……。そうなると、直接的には、桑野が鴻之舞金山から突然逃げ出す理由は、事故の前までは見当たらないことになります。仕事もしっかりこなしていたようですし、技師に昇格するという話もあった」

「まあな」

「しかし、爆発事故が起きると、同僚の死亡はきっちり警察に伝達するという、ある意味責任感のある行動をとりつつ、自分は鴻之舞金山の上司などには会わないまま、報告しないままで消え失せた……。ここにかなりの齟齬、違和感を感じてしまうんですよ。それに何か重大な意味が隠されているんではないか? それが桑野が現場から消えた理由と関係しているんじゃないか? そういうことです。しかし荷物の件と併せて、説明が上手く付かない、悔しいですが……」

「ふーん……。説としては不十分だが、竹下が気になっていることは、確かに『ない』とは言い切れん。一方で全体として話がまとまらないのが残念だが……」

西田はそう言うに留めた。竹下がわからないことは、悔しいがそう簡単に西田が見破れることはなかろうという自覚があった。ただ、説明が付かない以上は、それにこだわっているわけにも行かない。現時点では、ショックで逃げ出したか、或いは、鴻之舞を出るきっかけとして、始めから消える算段だったという2つが、説としては「それなりに」あり得そうだと言う結論に取り敢えずはなった。


※※※※※※※


 6月6日。察庁の組対と連絡を取り合いながら、4名の捜査を注視していた専従チームに、突然思わぬ事態が降って湧いた。未明に、北見署管轄の置戸おけと町内で、コンビニ強盗が発生したというのだ。殺人までは至っておらず、あくまで夜勤のアルバイト店員が、ナイフで切りつけられた強盗傷害ではあったが、初動捜査が肝心なため、方面本部の捜査一課からも、初期に応援する必要が出来た。そのため専従チームとは言え、西田達も捜査に駆り出されたというわけだ。


 犯人が国道242号(留辺蘂を経て遠軽へと繋がる、西田達が遠軽と北見の行き来をしていた際に、遠軽・留辺蘂間で使っていた国道と同一)を、白か銀の乗用車で北上したとの情報により、そのまま留辺蘂方向へと抜けたか、或いは途中から分岐する道道(北海道・道)50号を、訓子府もしくは北見方向へと逃走したかということになっていた。


 またナンバーは確認出来ていなかったので、北見市境界近辺のNシステムに引っかかっているかは、該当しそうな時間帯を精査してみないとわからなかった。そのため西田のチームは、朝っぱらから訓子府町の一部の地取り捜査を任されることになっていた。


 それにしてもこの日は、北海道の6月の上旬とは言え、午前中から急激に暑くなり、昼前には25度を超える陽気になっていた。道東地方は、基本的に真夏以外は冷涼なのだが、網走北見地方は、時に大雪山系を挟みフェーン現象のような気象に見まわれ、突発的に気温が急上昇することがある。年に1度程度ではあるが、日本全国の中でもっとも気温が高くなることも珍しい地域ではない。


 5月ですら雪が降ることがある地域であると同時に、同じ5月に30度を超えることすら起こりえる、大変気温変動の波のある地域なのである。勿論、北見や以前居た遠軽はそれに加え、盆地という特性があるので、更に輪をかけて気温の上下動が激しい。


 そんな状況下であったので、西田と吉村は背広を脱ぎ、車で移動中はウインドウをフルオープンで走行していた。冷房という手もあったが、西田が冷房の臭いが嫌いなのと、幸い北海道は気温が上がっても湿度が低いので、車に入ってくる風で冷やした方が心地良いということもあった(作者注・尚、「名実」章より、気象庁のホームページにて過去の気象状況を確認しておりますので、基本的に気象条件は史実に基いて書いております)。


 さて、西田と吉村はそんな中、しばらく割り当てされた地域での聴き込みなどをしていたが、そのうち見覚えのある家の周りに西田は来ていた。95年当時の捜査で、かなり重要な情報を幾つか提供してくれていた、奥田満の家の傍だった。


 当然ながら、捜査対象が訓子府町の一部ということで、奥田の地元という認識もあり、任された地区が記憶が確かなら、奥田の家がある所だという意識も事前にあったので、さほど驚くことはなかった。


 ただ、実際目の前にしてみると、急に懐かしさがこみ上げてきた。当然、捜査のために来ているのではあるが、意図的に「寄り道」したくなった。吉村も、当時、西田の相棒が北村だったため、一緒に聞き込みで訪れてはいなかったし、奥田が遠軽署を訪問した際にも、たまたま署に居なかったこともあって、直接的な面識こそなかったが、奥田の存在は捜査でも重要なキーポイントになっていたため、当然彼のことはよく知っていた。西田が奥田の家であることを告げると、

「そういえば訓子府の人でしたよね」

と頷いた。


 周辺の他の家をまず最初に「潰して」おいてから、奥田宅を最後に訪ね、チャイムを押し、警察であることを告げると、奥田はのっそりと玄関先に現れた。さすがに7年前よりは何となく小さくなった印象だ。しかし、その警察が西田であることを、自分の目で直接確認すると、驚くよりむしろ喜んでくれた。西田としても、多少驚かせようという意識があり、インターホンの時点で、直接名乗っていなかったせいもあった。


「いやあ、西田さんだったよな!? 久しぶりだなおい! 7年ぶりだべか?  北村さんの葬式の時以来か?」

「そうですね……。間違いなくあの時以来だと思います。自分の隣に居るのは、部下の吉村です。当時も、遠軽署で一緒に働いていたんですが、奥田さんとは初対面です」

西田は取り敢えず、吉村を紹介すると、

「初めまして。奥田さんのお名前は、重要な捜査情報を提供してくださった関係で、西田からも常日頃から聞かされていたこともあり、よく存じ上げております」

と、らしからぬ妙に殊勝な挨拶をしてみせた。


「ああ、そう! あ、ここじゃなんだから、あがってくれや! 大したお構いも出来ないが」

西田は内心この展開を予想はしていたが、さすがに大した事件ではないとは言っても、捜査中ということもあり、どうしようか迷った。ただ、どちらにせよ聴き込みはするわけで、10分程度なら、大きな問題にはならないだろうという気持ちに傾いていた。


「実は、奥田さんもご存知かとは思いますが、隣の置戸で起きたコンビニ強盗の件で、この周辺で聴き込みしてまして、それでお伺いしたものですから、折角のご厚意ですが、余りお邪魔出来ないんで」

一応は形通りに、軽く断わってみせた。同時に、それはどうせ無視されるだろうと思いながらの断りでもあった。

「ちょっとお茶飲んで、話すだけなら、捜査の一環で誤魔化せるべ?」

そう笑うと、奥田は2人を半ば強引に、玄関先から家の中へと引き入れた。

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