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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
名実
85/223

名実8 {15・16合併}(34~35・36~37 田老でアベの新たな解釈を知る)

 その夜、宮古の旅館に宿をとった2人は、夕食後も出かけることなく部屋に居た。緊迫した状況でもないので、繁華街にでも繰り出して、「一杯」程度は別に許されない状況ではなかったが、何となくそういう気分ではなかった。というより、吉村はそういう気分だったのかもしれないが、西田がそうではなかったので、吉村も何となく察して遠慮したのかもしれない。一言も、「飲みに行きましょう」という類の言葉は発しなかった。


 西田は、テレビの音量を遠慮して小さくしながら見ている吉村にも構わず、桑野欣也の新たな情報を元にして、持参して来ていた、過去の捜査情報が記入された数冊の手帳を見ながら、人物像を組み立てていた。


 桑野は、想定通りかそれ以上のエリートで、会話能力についてはよくわからないが、少なくとも外国語の読解には長けていた。世界的な不況下ということもあったか、最終的に日雇い人夫的な立場に身をやつしていたと西田は考えていたが、天井は、不況だからと言って、二高を退学してもそこまで堕ちるようなレベルのエリートではないと考えていた。


 最後に天井が桑野に会ったのは昭和7(1932)年の夏休み。様子は至って元気そうだった。その後、津波の後の田老でおそらく目撃され、その時点で流出した戸籍を再製し、再び世の中に痕跡を現すのが、昭和16年(1941)年の生田原での砂金掘り従事。


 天井は、桑野の社会主義・共産主義的な思想が、そういう立場に自らを置いたのではないかと推測していた。また、在学時代の桑野は達筆だった記憶があるが、証文の桑野の署名はそれとは違う印象があると語っていた。但し、これについては記憶は曖昧だったと本人も認めている。


 また、今回の天井の証言は言うまでも無く、佐田徹(実の次兄)の手紙や北条正人から弟・正治への手紙でも、桑野は人望のあるところが垣間見えていた。少なくとも、手紙の文面を見る限り、学が一切なさそうな北条正人に対しても、馬鹿にするような態度を示していれば、正治に書き残した手紙のような印象は抱かなかったはずだ。


 そういう境遇に堕ちていても、高潔な部分は依然保っていた。確かに、ある程度意図的にそういう立場に自分を置いたとすれば、理解出来る態度ではあった。勿論、自分の意思とは無関係でそうなっていたとしても、高潔な人間であれば、やさぐれることもなかったかもしれないが……。


 西田としては、高垣から写真の一件の連絡を受けた後、今日まで、写真に桑野が写り込んでいると天井が証言し、そこから科学的解析で大島海路こと田所靖と骨格的に一致し、指紋の不一致以来の別人説を、土俵際で「うっちゃる」ミラクルストーリーを少しも夢見ていなかったとは、嘘でも言えなかった。ただ、写真に桑野が写っていなかったこと以上に、天井の桑野の人物像の具体的な証言を受け、そのような「奇跡」はこれ以降は諦めるべきかもしれないと、テレビを見ながら笑っている吉村を横目に腹を括り始めた。やはり、今の大島海路と桑野欣也像は不一致点が多すぎるからだ。


※※※※※※※


 翌日、5月24日金曜日の午前9時前、宿から宮古駅に徒歩で向かっていた2人は、肌寒さに震えていた。気温は10度を切っており(作者注・気象庁HPで確認済み)、前日の大船渡とは、訪れた時間が昼だったこともあったかもしれないが、かなり体感的に違っていた。この時期であれば、北見であっても15度近くにはなるが、駅前の温度計を見ると、やはり10度を切っていた。


「これがヤマセのしわざか……」

などと吉村は呟いていたが、それに対し西田は、

「そりゃ夏じゃないのか?」

と否定気味だった。しかし、ヤマセの定義上は、「春から秋に掛けて太平洋上から吹く、冷涼な北東風」なので、実は吉村の発言は間違いではなかった。だがイメージとしては冷夏をもたらす「風」というものが一般的には強かっただろうし、西田もそれに影響されていた。


 三陸鉄道・北リアス線の普通列車で、田老駅には20分程で着き、そこから1キロほど歩いて田老町役場(02年当時。05年宮古市と合併により、現在は宮古市・田老総合事務所)へと向かう。進行方向右手に巨大な壁が見えた。


「あれが、津波対応するための防『波』堤ですか?」

高さ10mはあろうかという防潮堤を眺めながら、吉村は感嘆の声を上げた。確かにそれほど目の前という距離でもないが、見るとなかなかの威圧感がある。海も全く視界に入らない。過去大きな津波被害を受けてきた町の、叡智の結晶と言える構造物だ。


 ところで、7年前である前回の捜査で、田老にやって来た竹下と黒須は、地元の田老駐在所に協力してもらっていたが、西田と吉村は自分達だけで直接役場を訪れた。というのも、今回の田老訪問は、新たな捜査というより、あくまで「確認」目的だったので、大袈裟にしたくなかったからだった。


 桑野欣也含む一家の戸籍は、桑野が生きていた時点では、津波で流された後再製されていた。しかし桑野の父親の、結婚して新戸籍が出来る前までの戸籍が確認出来なかったため、桑野の戸籍(現・除籍簿)上確認出来なかった親戚が、7年前には全く調査しなかったものの、町内にまだ在住している居るケースが考えられた。同一町内で同じ名字とくれば、血縁関係がある可能性は十分にある。血縁関係者が見つかれば、桑野欣也についての新証言が出てくるかもしれない。そのために、西田は田老役場に桑野姓の家庭があるかチェックを依頼していたのだ。しかし、その結果は、西田達が岩手に来る二日前の段階ですぐにわかっていた。桑野姓は、現時点で田老には一軒も存在していない(あくまで小説上)というのだ。よって、田老に来たのは、その事実をほぼ確認するためだけと言っても、さほど言い過ぎではなかった。


 当然、本来であれば田老を訪問する必要自体なかったが、過去も含め居なかったかどうかの再調査を、役場から報告を受けた段階で依頼し、その結果を含め直接聞きに来たというわけだ。ただ、それだけのために直接訪問する意味もほとんどなかった。少なくとも同姓の親戚は現時点で居ないことは確実で、実際に聴き込みをすることも出来ないのは確実なわけだから、調査結果だけなら電話で済ませる事も出来たはずだ。


 それでも、西田が訪問を中止しなかったのは2つの理由があった。1つは、多少邪よこしまな考えで、この日は札幌まで戻って自宅に泊まり、翌日午前中のオホーツクで北見へ戻ると言う「魂胆」があった。北見赴任以来、札幌の自宅には戻っておらず、また、吉村も実家が札幌にあり、宿泊代も必要ないことから、少し「寄り道」して、正当な「帰宅」のための時間を稼ぐことを考えていたのだ。夜行のオホーツクだと最終便でも間に合うが、さすがにそこまでは要求されない。


 もう1つは、「犯罪に関係していると思われる人間の背景はきちんと知っておけ」という先輩刑事の教えからだった。「気になったことは、些細な事でも徹底して調べろ」と言う言葉と共に、西田にとっては印象的ないましめだった。


 「犯罪に関係している」とは、言うまでもなく被疑者だけではない、被害者や周辺人物も含めた意味だ。桑野欣也は、今となっては大島海路とは別人の公算が極めて高いのだから、あくまで捜査上は事件の「周辺人物」ではあったが、いずれにせよ背景を徹底して探っておくためには、桑野の生まれ故郷を、自分の目で直接見ておくのも1つの手段ではないか、そんな気持ちも少しは影響していたと言えた。


※※※※※※※


 田老町の役場は、階段を登った小高い場所にあった。津波を考えての立地なのだろう。そこから住民戸籍課を訪ね、担当の佐々木主任を応接スペースに座って待っていた。早朝ということもあり、すぐに佐々木は現れた。


「遠路はるばる、わざわざ来て頂いて申し訳ないです」

開口一番、人の良さそうな笑顔で目の前に座った。

「お約束の、調査の件ですが……」

「時間もない中ご迷惑かけました」

西田がそう謝罪するも、

「いやいや、こういう過疎の町ですから。大して苦労はないんで」

と愛想笑いした。自嘲気味だったが、言葉とは裏腹に普段より忙しくなったのは間違いなかろう。


「それでですね……色々調べさせていただいたんですが……、桑野姓でわが町に戸籍として残っていたものは、桑野欣也さんの家族のモノ以外だと、かなりさかのぼっても見当たらなかったというのが結論でして……」

歯切れが悪い切り出しの口調に、結果は大体想像出来たが、良い意味での裏切りはなかった。


「そうですか……」

「ええ……残念ですが。元々岩手では、桑野姓は一般的ではないんですよ。どちらかと言うと岩手よりは青森の方が多いみたいですね、あくまで周囲に聞いた限りですが……。そして、やはり明治と昭和の大きな津波で死者が多数出て、戸籍自体も流出してしまったことも影響しているかもしれません。勿論、昭和三陸(津波)以降はそれは理由になりませんが」

「うーん……」

吉村も出された茶を飲み終えた後、そう少し声を漏らしたが、少なからず無念の思いはあったようだ。


「折角ですから、インターネットでも一応調べてみたんですが、全国的に見ると、徳島とか福岡とかそっちの方に多い苗字のようです。東北ですと、福島から岩手の内陸と沿岸南部、青森辺りにちらほらと見られる程度みたいですよ。もしかすると、元々は三陸の岩手南部の出かもしれませんね。西田さんの事前の話では、桑野欣也の父親の職業は、漁師というか網元だったんでしょ? だったら余計その可能性はあるんじゃないですか?」

佐々木の発言に、こういうことも普通にインターネットで簡単に調べられる時代になったのだと、西田は痛感していたが、自分でも調べておくべきだったと反省もした。機械音痴というわけでもないが、捜査にインターネットを使うという発想は余りなかったからだ。


「仮に、桑野欣也に直接の家族以外の親族が居たとしても、基本的には津波で戸籍ごと流されたというのが現状の認識で良いんでしょうねえ」

西田のやりきれない質問に、

「まあ……、そういうことですかね、この結果を見る限りは」

と佐々木も答えざるを得なかった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「なるほどわかりました……。ところで、それにしても、あの堤防ですか? 凄い高さですね。津波を押しとどめるためのものですか?」

西田は場の空気を変えるように、話題を、捜査とは何の関係もない防潮堤に変えた。

「いわゆる防潮堤ですね。世界一ですよ。高さ10mで、Xの字の形で町を囲んでいます。総延長で2キロを超えます。海外からも視察に来るぐらいですから。過去の2度の津波被害を糧に作った、わが町の守護神です」

佐々木は胸を張った。

「ただ、あれだけの壁だと、三陸の綺麗な海が見えないのは残念ですね」

吉村が、悪意は無かったのだろうが、取りようによってはケチを付けるようなことを言った。

「それについては、防潮堤の向こうに行ったら幾らでも見れますから。それに防潮堤の上は普通に道になってるんで、その上から見た眺めもなかなかのもんですよ」

佐々木はそう言って笑った。


「じゃあ、後で行ってみようかな……」

西田は、時間がかなり余りそうな結果を踏まえて、時間つぶしを考えざるを得なくなっていた。勿論、ある程度そうなる覚悟はその前からあったが……。

「あ! お時間あるんですか?」

「ええまあ……。昼ぐらいまであると言えばあるんですが」

バツの悪そうに頭を掻いた西田に、

「もし良ければ、町内を案内しましょうか? 昼までならそこそこ名所は案内出来ると思いますよ」

そう佐々木が言ったと同時に、岩手美人とも言える、若い女性職員が茶菓子を持って入ってきた。


 佐々木は、女性職員が西田達の目の前に菓子鉢を置くなり、

「あのなはん、警察のお客さん時間余ってるみてえだがら、ウチの名所みたいなどご、せえでぐってくれねが?」

と話し掛けた。地元の人間同士らしく、訛のキツイ会話だった。 

「そんなら、三王岩さんのういわあだりでええのでは? ただ、わだしもすごどありますから、午後は無理です」

「うるでるこどねえ。午後じゃなぐて、午前中だ」

「そんならでえじょうぶです。でもわだすひどりで行ぐのすか? 佐々木主任もあべ」

「わかった。おれもあべ」

「そんならそういうことで」


 2人は、お互い地元の人間ということもあって、ずっと強い訛りでしゃべっていたが、吉村がチラチラと女性職員の胸元あたりに視線を2、3度やっていた。

「ああ、こいつは、胸が大きい女好きだもんなあ。おまけに美人だし」

西田は部下の様子を窺いながら、その視線の理由まで、心中考えていた。


「もう一度確認させていただきますが、お昼、つまり12時前後までは、お時間あるって話でしたよね?」

「大体午後1時前ぐらいまでなら、花巻空港の最終便に間に合うかなと思ってます」

女性職員が話し終わり出て行った後、佐々木が時間の確認を再度してきたので、西田はそう返した。

「じゃあ、私とさっきの彼女が、三王岩という景勝地を案内させてもらいますから。ついでに自慢の防潮堤にも登ってみましょう! 大した距離もないんで、三王岩見るのにそんなに時間は掛からないですから。その後防潮堤に寄って時間潰せば、丁度良いぐらいでしょう」

「そうですか。じゃあご厚意に甘えようかな……。案内よろしくお願いします。ところで、これは何ですかね?」

西田は菓子鉢に入った、丸い小さい煎餅のようなものを指さして尋ねてみた」

「これはですね、ウチの町で有名な菓子店のかりんとう(作者注・田中菓子舗の『田老かりんとう』で、そこそこ有名な菓子のようです)です。見た目は、普通のかりんとうとはかなり違いますけど、かりんとうです」

「ほう……、この形でかりんとうなんですか。じゃあちょっといただいてみようかな……」

そう言うと口に運ぶ。確かにかりんとうの味がする。そしてかなりの歯ごたえだ。バリッボリッと音を立てながら香ばしさを味わっていたが、いつもなら食い物には目がない吉村が、まだ手を出してないので、不思議に思っていると、突然口を開いた。


「すいません、さっきの女性、名札見たら、『及川』さんって方のようでしたが?」

その発言を聞いた西田は、思わず咳き込んだ。結婚している部下が、気に入った女性の名前を聞き出そうとしていると思ったからだ。すぐにでも止めさせようと、急いで口の中にまだあったかりんとうを飲み込もうとした。


「ちょっと、聞いてもいいですかね?」

飲み込んでいる最中にも、更に何か聞き出そうと吉村はした。

「お前! ちょっといい加減にしろよ!」

吉村は、西田が突然太ももを叩いて、発言を止めようとしたことに驚いた表情を浮かべ、

「え、何かまずいんですか?」

と聞き返してきた。さすがに具体的な「理由」を、この場でそのまま口にするのは憚られたため、西田は口ごもった。


「何にも問題ないですよね? じゃあ……。佐々木さんと及川さんのさっきの会話聞いていて、少し気になったことがありまして……。方言について詳しくないんで、もし間違ってたら申し訳ない。アベさんという人が、さっきの話に関わってるようには聞こえなかったんですが?」

吉村の言いたいことが西田にはよくわからなかったが、佐々木にもよく伝わっていなかったようだ。

「ちょっと意味がよくわからないんで……」

そう言いかけた後、突然

「ああ!」

と声を上げると、

「そうかそうか! 確かにねえ」

と笑い声を上げた。


「『あべ』の部分ですね、おっしゃってるのは?」

「ええ」

吉村は、佐々木に確認されて深く頷いた。

「あのですね、『あべ』ってのは、こっちの言葉で『行こう』とか『行きましょう』って意味なんですよ。紛らわしくて申し訳ない。そりゃ、地元の人間でもなければわからんですよね」

苦笑した佐々木を尻目に、西田は、吉村が重大な点を突いていたことをやっと理解した。女性職員の胸元をチラチラ見ていたのは、彼女の名札をチェックしていたかららしい。話を聞き出して、西田の方へ顔を向けた吉村も明らかに興奮している様子が見て取れた。


「その件で、もうちょっと確認させてもらっていいですか?」

「はい? どうぞ」

突然、西田が話に割り込んできたので、佐々木は再び素っ頓狂な顔つきになった。

「あべってのは、岩手じゃ一般的に使われる方言ですか? それとも田老周辺だけの方言なんですか?」

「理由がわからないけど、また随分突っ込みますね。御二方がそこまで執心する理由はわかりませんが、『あべ』は『ああべえ』やら『あえべ』、『ええべ』などある程度パターンがあるかと思いますよ。それから、私も詳しくはないんでわからんのですが、宮古や田老だけじゃなく、おそらく岩手県全体的に使うと思いますね」

そこまで聞くと、西田は吉村に、

「ひょっとしたら、ひょっとしたかもしれんな」

と小声で告げた。

「ぶちあたりましたかね……」

吉村も短く応じた。


「もうよろしいですか? 構わないなら、出かける準備をしてきますが」

「あ、いやどうもすみません! 早速行きましょう! いや、『早速アベ!』」

西田は付け焼き刃の知識で応じてみせた。

「そうですそうです! そんな感じ」

佐々木も内心は呆れていたのだろうが、愛想よく付き合ってくれた。


「じゃあちょっと用意してくるんで。すぐ戻ります」

佐々木がそう言って退出すると、2人にとっては、もはや観光話などどうでも良くなっていた。すぐに北見の遠賀係長に電話し、警察庁・組対部・須藤係長の電話番号を聞き出した。勿論すぐに須藤に連絡を取る。


※※※※※※※


 死んだ鏡の関与がわかった後、テープで「早く一緒にアベ」と叫んだ人物が、鏡本人かどうか親族に確かめた際、「似ていないような気もするが、本人かも知れない。正直よくわからない」という回答を得ていた。残念ながら、殉職した北村の録音状況が、鮮明な音声を録音出来る状況でなかったこと。そして実行犯の二人共、声が特徴的ではなかったことの2点から、「アベと叫んだのが鏡ではない」という否定論とは、当時の捜査で結びついていなかった。


 しかし、もし「アベ」の意味するところが、相手の苗字ではなく、方言の「行こう」だとすれば、テープを聞いた鏡の親族の違和感と、捜査線上にアベが浮上してこなかった理由の説明がいとも簡単に付く。勿論それだけではない。「早く一緒にアベ!」の意味も全く問題なく通じることになる。そして、その後の「悪い癖が出た」発言も、思わず出た、他者には理解できない自分の方言に対し、「悪い癖」と考えたことにも繋がる。


 勿論、話の辻褄が合うようになるのはそれだけではない。鏡を殺したホステスの証言で、鏡が事件後にうなされていた時に発した言葉が、現場で録音されていた「コンセントの所だってよ、早くしろ!」と言うものと、ほぼ一致していた。しかし、話の流れ上、「アベ」と呼び掛けられた方が叫んだセリフとするなら、今までのアベが姓だという前提では、鏡がアベと呼び掛けられたことになり、辻褄が合わなくなっていた。しかし、アベが名字でないとするならば、その点についても問題がなくなるわけだ。まさに、新たな捜査の道筋が見えてきたと言えた。


※※※※※※※


「北見方面の西田ですが!」

「はいはい、先日はどうも」

決まりきった挨拶だが、若干冷淡な気がしたのは、お互いに余り好印象を持っていないせいか。

「鏡の共犯の件で、確認してもらいたいことが急遽わかったんだが、調べてもらえますかね?」

「それは別に構わないですけど……、調べるに値するんでしょうね?」

須藤は、何やらいきなり牽制球を投げてきたが、その時、佐々木が戻ってきたので、西田はそちらに向けて軽く会釈して会話を続ける。


「値するかどうかはわからないけれど、ひょっとするとと言うところかな」

既に、西田の中では確信に近いものがあったが、須藤の

「それじゃあ困るんですけどねえ、こっちも暇じゃないから」

と、舌打ちしながらの発言を聞き流しながら、本題に入る。

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