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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
名実
83/223

名実6 {11・12合併}(26~27・28~29 西田・竹下・吉村北見で会う 高垣からの連絡で岩手へ)

 他にも色々聞いて、大内への取材を終えると、ビジネスホテルの北見ミントホテルを予約していた2人は、大学からそこへ向かった。本来であれば、当日中に紋別に戻ることは十分可能だったが、竹下は、敢えてデスクにそのまま北見で宿泊することを要求していた。デスクは、

「ホテル代を出張名目で出してやることは出来んぞ! ウチの予算なんて雀の涙程で、そんな余裕はない! それは自分で持て! その代わり北見泊は認めてやる」

と言って、何とか竹下の要求を飲んでくれた。そういうわけで、竹下は濱田の宿泊費も持ってやっていた。


 というのも、竹下は北見へ赴任してきた西田と吉村に、北見へ来たついでに会っておこう、否、おかねば、と考えていたからだ。刑事である2人も忙しい身分であるし、竹下自体も暇ではないので、そうそう会える機会はない。特に捜査情報を手に入れようというより、自身が関わった事件が解決へと少しでも進んでいるのか、それだけでも知っておきたいという欲求が内心あった。2人の北見への赴任を知ってから、沸々とそういう感情がほぼ、無意識の内に高まっていた末の行動だった。


 向坂も呼ぼうかと思ったが、その日はどうしても、警備会社の勤務の関係上都合が悪いということで、参加を見合わせていた。とは言っても、西田や吉村以上に、竹下が警察を辞めてからも交友関係があるので、それほど残念という感じもなかった。そして、事件の状況を知るという目的を考えれば、現役ではない向坂の存在は、今回は余り重要ではなかったとも言えた。


 ただ、西田が推測していたように、今の新聞記者と言う立場を考えると、現時点で余り立ち入ったことは聞けないという自覚はあった。これが刑事として一緒にやっていた経験がなかったら、むしろ逆にガンガン聞き出そうとするだろう。そこが通常のブンヤとしての立場とは明らかに違っていた。


 さすがに立ち入った話に、何の関係もない濱田を連れてくるわけにも行かないので、彼には小遣いを渡して、自分の選んだ店で勝手に飲み食いするように指示していた。しかし、よく考えれば、濱田としても、知らないおっさん共に囲まれるよりは、1人の方が気楽で喜んでいるだろうと、竹下は思い直してもいた。


 そして午後7時過ぎになると、携帯に連絡が入ったので、竹下は、西田に指定された店へとホテルから徒歩で向かった。西田の指定した店は、向坂とも以前よく飲んだ店ではなく、係長の遠賀に紹介された焼き肉屋だった。向坂が来るとなるとそっちにしたのだろうが、たまには別の店ということになったようだ。


※※※※※※※


 焼き肉屋「野付牛豚鶏のつけうしとんけい屋」は、ビジネスホテルから然程離れておらず、5分程で着いた。野付牛のつけうしとは北見の以前の地名である。北見は人口あたりの焼き肉店が多い街としても有名であり、旧名の野付牛と牛・豚・鶏肉を併せた店名のようだ。暖簾をくぐって、店の人に小上がりに居ると聞き、フスマをがらっと開けると、すぐに2人の姿が視界に入ってきた。


「どうもどうも!」

フスマを閉めながら、らしくない明るい声で挨拶すると、

「おう! 元気そうだな」

と、西田は声を掛けた。直接会うのは、竹下が札幌勤務時代以来だったが、吉村は、竹下が紋別に赴任してきてから2度ほど会っていた。


「左遷された割には元気そうだな」

西田は既に酔っていて、憎まれ口を叩くほどご機嫌だったが、

「まあやりたくないことを嫌々やるよりは、今の方が居心地は悪く無いですよ」

と答えた。決して強がりではなく、実際そう思っていた。勿論、西田も前会った時にそういう印象を抱いてはいたが……。


「竹下さんはホントそう思ってますよ、そういう男です!」

大して飲んでないだろう割に、やけに持ち上げるようなことを吉村に言われ、気恥ずかしくなったが、こちらも以前会った時に、熱く語り合った時のことを思い出したのかもしれない。


「ところで係長、あ……」

竹下が西田に呼びかけた時、思わず昔の癖が出てしまった。基本的に遠軽以降は、「西田さん」で通していたが、何となく遠軽署時代の感覚が蘇って、そういう言葉が口をついていた。

「あ! 竹下さん、今は課長補佐ですから!」

と言って吉村が茶化したが、西田は、

「正直な所、課長補佐よりは係長の方が、何かしっくりくるんだよなあ。『課長』だとそんなことはないんだが、語呂の問題かな?」

と首を捻った。

「まあまあ! 今日は久しぶりに遠軽時代の気分で、係長に主任に、おれが平! この関係でいいじゃないですか!」

吉村がそう言って場をとりなしたので、西田は

「じゃあそういうことで! 乾杯といこうか!」

と竹下のコップにビールを注いだ。


 しばらくは昔話に花を咲かせていたが、西田達が完全に酔わない内に、竹下は頃合いを見計らって、西田にそれとなく捜査状況を尋ねようとした。

「細かいことは言わなくて構いませんが、やはり昔携わったものとしては、事件がどうなっているか気になって、我慢出来そうもないんですよ最近は……。どうです、イケそうですか?」

「お前が、これまで余り聞き出すつもりが無いようだったから、俺としても、遠慮してんだろうなとずっと思ってたんだぞ」

竹下の言葉に、西田はそう返した。

「ちょっと遠慮してたのは確かです。今は警察から色々聞き出すのが仕事になってしまったんで、対立関係にありますから」

「竹下のことだ、そこら辺はきちんと区別してくれると俺は信じてるから……。勿論、教えられることに限度はあるけどさ……」

西田がそう言いながら牛タンを頬張ると、

「と言っても、竹下さんにわざわざ話すべきことも、起きてないんじゃないですかねえ」

と吉村が絡むように西田に話し掛けた。


「あれ、鏡の件は、報道もされたから知ってたんだよな?」

「西田さん、それは勿論把握してます。前電話で話した時も話題の上ったでしょ?」

「そうだったっけ? まあ、あれはニュースにもなったから、当然だな……。その件で、アベが鏡相手の共犯と見て洗ってたが、今まで何も出てこなかった。竹下も、その後ニュースになってないということは、そういうことだと想像付いてただろ? それが俺達が赴任してからもまだ続いてる。最近ちょっと怪しい話はあったが、すぐに無関係だとわかっちまってな」

そう言うと悔しさをにじませるように、ビールを一気に飲み干した。


「佐田実の方はどうですか?」

「年末には、いよいよ時効迎えるから何とかしないといけないが、全く何もわからん。まあ仕方ないよな、みんな死んじゃってるんだから、大島以外は……。奴に直接吐かせるぐらいしかない。頼みの綱は、病院銃撃事件に大島が関わっていることを立証し、そこから更に佐田の事件についても大島の関与を導くだけだが、最終的には大島自体に吐いてもらわないとならんだろうな。やる気を持って引き受けたが、先を考えると嫌になってくるわ……」

そう言うと、多少酔っていたこともあったが、わざとへたるように上半身を突っ伏し、机に顎を乗せた。

「そんな弱気じゃ困りますよ。2人にはしっかりしてもらわないと!」

ここに来て、竹下の遠慮度合いは影を潜めつつあったが、西田と吉村が諦めたらそこで終わりだということを意識したのだろう。


「そうは言いますけど、『主任』の方はどうなんですか? 紋別でも不満はなさそうですが、これから先も、地方の支局でくすぶってるつもりですか?」

絡み気味に、やや挑発的な言動をした吉村をあしらうように、

「ああ、それなりにやってるし、そのままならそれでも構わん! 今日も取材で佐呂間から北見まで駆けまわってた」

と告げた。

「取材? 何の?」

西田に尋ねられて、

「あ、そうだ! 『湧泉』の大将の相田さん憶えてるでしょ?」

と話題をそちらに向けた。

「ああ勿論だ! 大将なあ。懐かしいわ」

「大将がどうかしたんすか? 昨年遠軽に寄る機会があったから、顔見に店で飲食したけど、相変わらず元気そうだったけど」

西田に続いて、吉村が反応した。


「その大将、父親が機雷の爆発事故で亡くなったって話してたの憶えてます?」

「おうおう! 言われてみれば、吉村に連れられて初めて湧泉に俺が行った時に、そんな話になったような記憶があるわ」

西田は思わず手を叩いて、記憶がすんなり蘇ってきたことを無邪気に喜んだ。どうも最近は年齢のせいか、記憶力に自信がなくなっていたからだ。

「その大将の亡くなった父親ですけど、血のつながりがない、継父だったみたいです。しかもその継父は、事故当時、遠軽署所管の芭露駐在所勤務の警官だったそうで」

それを聞いた西田と吉村は、

「へえ! 遠軽しょの先輩だったんだ。なんで同じ警官の俺達に言わなかったんだろう?」

と同様に疑問を呈した。特に吉村は、大将とは最も仲良くしていたはずで、

「どうして黙ってたんだろ……。なんか気分悪いなあ」

と納得いかない様子だった。

「黙っていた理由はわからないけど、それは間違いない事実。取材で大将の実質、従兄弟、例の佐呂間で漁師やってて、店に魚介持ってきてくれるって言ってた人のことですけど、その人に今日会って直接聞いたんで」


 今度は「実質従兄弟じっしついとこ」なる、「面倒な」言葉を聞いて、更に酔ってイマイチ頭が働いていない2人は、意味がストレートに入ってこず渋い顔になっていた。

「もう1つ。大将のお母さんがアイヌ人なんで、大将はああいう顔立ちみたいですよ。父親は和人、つまり自分達と同じ普通の日本人だそうですが」

そう竹下に伝えられると、

「取材がなんだか、聞いてるだけじゃよく話が見えてこないが、大将の店で初めて見た時、やけに端正な顔立ちしてるなと思ったら、アイヌと日本人のハーフだったか。そりゃああいう顔にもなるわ!」

と、西田は妙に納得していた。


「それと、大将の名前。泉って奴ですが、あれは実の父親の姓が由来らしいですよ」

再び、すぐに訳のわからないことを言われ、西田はまた眉間にシワを寄せ、

「多少酔ってるせいもあるが、竹下の言ってることがようわからん。これに説明を書いておいてくれ。シラフの時に読んどくから! お前ならわかりやすい文章書けるだろ?」

と言うと、自分の捜査日記代わりにしている手帳とペンを、胸ポケットから出して竹下に預けた。

「全く仕方ないなあ」

そう言いつつも、竹下は、今日の「機雷事故60周年」の連載記事取材の全体的な中身と、それで付随的に発覚した大将の逸話をスラスラと書きあげた。

「折角書いたんだから、後でちゃんと読んでおいてくださいよ!」

手帳をパタンと閉じて西田に突き返すと、

「はい」

とやけにかしこまったような言動になった。


※※※※※※※


 西田と吉村は、その後も竹下から、大将に関すること以外の「湧別機雷事故」の話を聞かされていた。色々と悲惨な話だけに、印象に強く残ったらしい。しかし、さすがに2人とも聞き飽きて、無理やり話題を遠軽署勤務時代の話に戻して、意外に盛り上がった。


 残念ながら翌日も仕事なので、3人は余り深酒にならない程度で酒席を終え、9時過ぎには解散した。西田は官舎へとタクシーで帰ろうかと思ったが、それほど遠くもないので、酔い覚ましに歩いて帰ることにした。正味2キロもない距離だからだ。ちょっとした運動にもなるだろうと思い立ったわけだ。


 5月の最後の日とは言え、昼間は20度を超えたものの、北見らしく、夜間は急激に気温が下がり、春物の背広では寒く感じるほどだった。おそらく12、3度だろう。すぐにアルコールが身体から抜けていくように感じたのと反比例して、手足が急速に冷えてきた。路上の自動販売機にある「あたたかい」という文字が目に入り、思わず駆け寄ってコインを投入した。そしてガタンと落ちてきた缶コーヒーを取ろうとして屈むと、先程までピピピと鳴っていた音が急に騒がしくなった。手に取ったコーヒーを持って立ち上がると、もう1本当たったことを知った。

「おお! こいつは珍しいこともあるもんだ!」

元々運が強い方ではないが、自動販売機のルーレットで当たったのは、間違いなく生まれて初めての経験だった。思わずにやけたまま、今度はココアのボタンを押した。そしてコーヒーとココアをそれぞれを各手に持ち暖を取りながら、気分よく家路を急いだ。


※※※※※※※


 家に着いてからは、熱い風呂で体を温め、風呂あがりの水分補給を兼ねて、道中飲まないままカイロ代わりにしていた缶コーヒーとココアをビールの代替として飲み切った。さすがに風呂の後に温かいものを飲むのは、明らかに喉がスッキリしないことを痛感した西田だったが、酒が大分抜けたこともあり、気を取り直して、さっき竹下が手帳に書いてくれた説明を、手帳を開いて見始めた。


 大将の出自の件はともかく、西田達には直接関係があるとは言えない、7年前に「湧泉」で大将から軽く聞いた程度だった、湧別機雷爆発事故の概要や、海沿いの爆発事故でありながら、山中の鴻之舞金山の労働者から死者が出たことまで、きちんと書かれた内容は、如何にも生真面目な竹下らしいものだった。それにしても、短時間で良くここまでの内容をまとまった文章として書けるものだと、西田は今更ながら感心していた。


「父親と言っても、母の内縁の関係で、自分の実の父でもない『薄い関係』とくれば、浅井稲造が俺らと同じ警官だと言うのも、何となく気が引けたのかな?」

大将が西田達に、亡くなった父親が遠軽署所属の警察官だったと言わなかった理由を、そう推察した西田だった。が、もしそうであるならば、そもそも「オヤジが機雷の爆発事故で死んだ」などと、西田達に対し、ああ言う言い方をする意味があったのかとも思い、大将の心情をきちんと慮ることが出来なくなっていた。


「あの時は酔っていて、ついつい口をついて出たか……」

そういうことで無理やり納得すると、時間が午後10時過ぎだったので、テレビを付けてニュースにチャンネルを合わせた。すると、何やら中国であったらしい。注意して見ていると、中国は瀋陽の日本総領事館に、亡命を求めて駆け込んだ北朝鮮の親子が、中国の警察に取り押さえられ、その際に領事館の中にまで入り込んだ治外法権侵害問題と、外務省職員がそれを認めたかのような態度を取ったことで大事になったようだ。

「また、こりゃしばらく揉めそうだな……」

西田はそう独り言を言うと、プロ野球の結果が始まる前に、口直しのビールを飲みたい気分になった。

「さっきまで飲んでたけど、1本ぐらいならいいか……」

一人暮らしで誰に許しを請う必要があるわけでもないが、定期健診で多少尿酸値が高く出たことを意識しつつ、結局は自分に甘い結論に至った。


※※※※※※※


 その後は、捜査に進展が見られないまま時が過ぎ、5月14日になっていた。そんな中、高垣から西田に突然連絡が入った。思わぬ情報だった。


「以前、竹下の頼みで調べていた際に世話になった旧二高のOB会から、ちょっと興味深い話が入って来たぞ! 当時の二高には、幾つか寄宿寮があったって話で、その中に聡明寮という寮が存在したんだが……」

「二高の話は、前の調査では、詳しいことは良くわからなかったって話のはずですけど、何か出て来たんですか!?」

当然、焦りもあった西田は、ダボハゼの如く飛びついた。

「だからそう言ってるじゃねえか! それでだ、その寮は昭和20(1945)年7月の仙台空襲の際も、他の寮と違って唯一焼失を免れたそうだ。その後は、戦後に民間の会社の寮として、しばらく利用されてたらしい。しかし、昭和40年過ぎからは、寮としても使われなくなって、建物本体は既に取り壊して、どっかの民間会社の社屋が建ってるらしい。ただ、その当時からあった物置? みたいなのがつい最近まで健在で、その会社がそのまま使ってたって話なんだ。しかし、さすがに古くなって危ないということで、最近取り壊すことになり、色々中を整理してたんだと。そうすると、当時の寮時代の資料が色々と出て来たそうだ。中でも、昭和元年ぐらいから昭和18年ぐらいまでの、当時それぞれの年代に、寮に寄宿していた寮生と思われる連中の集合写真が出てきた! おそらくだが記念撮影みたいのを恒例行事にしてたんじゃないか?」

「その中に桑野が!?」

思わず西田は先走っていた。

「いやいや、ちょっといいから落ち着いて、最後まで俺に言わせてくれ!」

そう言うと、西田の反応が面白かったか、高垣は小さく乾いたような笑い声を上げた。

「当時の二高には、全部で5つの寮があったらしいんだが、そのうち4つが昭和20年7月の仙台空襲でやられ、さっきも言った通り残ったのが聡明寮だけ。確率としてはかなり低いのは確かだが、もしそこに桑野が寄宿していたら、写真に写っている可能性がある。当然だが、桑野が聡明寮にいたかどうかの資料は、既に無いとは言え、年代的にはドンピシャだ。地方から来ていた学生のほとんどが寮に入っていたと言う話だから、それを前提にすれば20パーセント程度は見込める!」

「確率的には5分の1というわけですか」

西田は少しだが落胆を隠さなかった。単純計算の20パーセントをどう捉えるかは、考え方にもよったのだろうが、西田としては高いとは思えなかった。

「おい! そんなにつまらなそうな声だすなよ! ないよりいいだろ?」

高垣は、西田の先程までとはまるで違う様子に、困惑したような口ぶりだった。


「そもそもですよ高垣さん! その写真に、名前が割り振られてるわけじゃないんですよね? 二高のOB会でも、桑野について知ってる人を探したが出なかったと聞いてます。だったら当時の桑野を知る人が居な……」

西田はそこまで言って、やっと高垣の意図を理解した。

「そうでした! 確か釜石二中時代の……」

天井あまい!」

「そうそう、天井とか言う人が桑野を知ってたんですよね。その人に聞けばいい! あ、でもまだ存命なんでしょうね? 何しろ何時死んでもおかしくない年齢のはずですから」

西田は、失礼なことを言っている自覚は微塵もなかった。


「喜べ、まだ存命してた。ちゃんと確認したみた。それで、何時でもいいから来てくれという話だ。本来なら、俺が仙台のOB会から、昭和7年あたりからの写真を受け取って、天井の居る宮古へ確認しに行ってもいいんだが、本を執筆してる最中で、佳境に入ってる段階なんだ。できるだけ勢いで最後まで書き上げてしまいたいんだよ。『原発ジプシー』って名著(作者注・1970年代末に発表され話題になった、原発作業員として作業に従事した作者のルポ本)を意識した本で、ヤクザの手配師(いわゆる違法職業斡旋人)によって、貧困にあえぐ連中が食い物にされてるって話のルポだ」

「へえ。じゃあ、東西辞めた時の原点回帰みたいなノリですか?」

「原点回帰……。うむ、言われてみればピッタリだな。俺のフリーライター人生の出発点も、原発問題だった。あんたの言う通り、原点回帰だな!」

受話器の向こうから力強い声が響いた。

「おっと、俺の話はどうでもいいんだよ。それでどうだ? 折角だから、あんた方で直接聴き込みに行ってみたら? 竹下達は7年前に田老まで行ったそうだが、吉村とあんたは北見で居残りだったんだろ? いい機会じゃないか?」


 思わぬ提案に西田は一瞬逡巡した。確かに良い機会ではあるが、予算の問題もあるし、責任者が直接出張る理由としては、「確度」的に少し苦しいような気がしていた。自分が捜査の主体だけに、自分に甘いという印象を部下にもたれると困るという思いもあった。


「うーん……」

「なんだか迷ってるな」

唸る西田に、高垣は少し不満気だった。良い案を提示してやったのにという気持ちだったのかもしれない。しかし、このまま北見で手をこまねいていても仕方ないのも事実だ。西田は、携帯から顔を離すと、近くに居た遠賀係長に向けて、

「遠賀係長、申し訳ないが出張してもいいかな、2、3日だけど……」

と本当に申し訳なさそうに尋ねた。

「このままではどうしようもないですから、課長補佐がやる必要があると思うなら、どうぞどうぞ」

年上の部下ながら、人の良い遠賀は特に嫌な顔もせずに、西田に「許可」を与えた。


「わかりました。何とかします。で、高垣さん、写真はいつ送ってくれます?」

再び顔を携帯に近付けてそう伝えると、

「俺の手元にあるわけじゃないからなあ……。OB会にそちらに送付するように依頼しないと。多分すぐやってくれるとは思うが、現時点で何時送るかと言う確約は無理だ。確認した後、電話させてもらうよ」

と返した。


「じゃあ、そっちについてはよろしくお願いします。ついでに天井さんにも、自分達が行く旨、伝えておいてください。それから連絡先についても教えてください」

「わかった!」

高垣は、最後までいつもより機嫌良く会話を終えた。執筆中の作品に手応えがあるのかもしれない。


 2人の会話が終わると、様子を見ていた、いや聞いていた吉村がやって来た。

「出張って話してましたが、何処へ?」

「岩手だ」

「岩手? 桑野の故郷に?」

「当たらずとも遠からずだが……」

西田はそう前置きしてから、話の詳細を吉村に説明し始めた。



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