表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
名実
79/223

名実2 {3・4合併}(5~6・7~9 竹下の近況 西田・吉村北見赴任 キャスト名変更あり大藪小籔 久保田真田 宮田浅田)

 年賀状の束もドンドン薄くなり、残り僅かとなったところで、竹下からの年賀状が出て来た。竹下が警察を辞めたことは既出の通りだが、警察を辞職したのは、正確には96年の3月だった。新聞社への再就職の話がそれ以前からあったので、可能性については西田も考慮してはいたが、まさか翌年の春に辞めるとは思っておらず、沢井課長や同僚、そして北見署の向坂まで、共に強く慰留したものの、彼の決意は変わらなかった。


 竹下は直接言及したわけではなかったが、一連の捜査において、警察が事なかれ主義に陥ったことが、進路の変更に大きな影響を与えたと西田は確信していた。竹下自身は、「記者に転職するなら、やはり早い方がいいと思うに至りました」

とは語っていたものの、そういうことを突発的に決めるような、直情型の人間ではない。


 やはり、警察に「嫌気が差した」のが直接的な理由だろう。向坂の予言が期せずして的中してしまった形だ。最終的には、皆納得して、というよりせざるを得なくなって、快く送り出すことになり、大将の「湧泉」で竹下の前途を祝し、送別会が開かれた。


 そして竹下は、その年の7月に、五十嵐の斡旋もあって、見事「北海道新報」の社会人中途採用枠で入社した。刑事としての経験を買われたことと、五十嵐とその上司のデスクの強い推薦もあって(本橋の佐田殺害自供スクープに、竹下の情報が大きな寄与をしたことが影響した模様)、道警本部の捜査一課記者クラブに配属された。ただ、本人としては、実は「記者クラブ」配属は好ましいと思っていなかったようだ。


 警察記者クラブ、特に本部レベルの捜査一課記者クラブ配属は、マスコミの社会部所属としては、相当の華形なのだから、中途採用としては異例中の異例の厚遇だ。しかし、竹下は、警察と記者クラブの癒着自体が、事件報道を歪めている要因の1つだと、学生時代から認識していたらしく、配属後しばらくしてから、札幌に帰宅した西田と会った時に不満を漏らしていた。


 そして98年の10月から、希望を出していた、社会部でも地味な社会問題担当に鞍替えした。皮肉だが、刑事の経験を活かして、記者クラブで短期間に成果を出したが故に、一気に希望が認められた形だった。勿論、形式上は「降格」だったことも、希望がすぐに叶えられた理由ではあったが。


 そこで、93年7月の、奥尻島を津波が襲った北海道南西沖地震から6年、95年1月の阪神大震災より4年経った、99年の1月から7月にかけて、「北海道南西沖地震」と「阪神大震災」の連携シリーズ記事・「奥尻、そして神戸」を、神戸を本社にする「兵庫新聞」の社会部担当と共同取材且つ共同掲載することに携わった。更にこの連載記事は評判も良く、後に新聞協会賞を受賞するという栄誉に輝くこととなった。


 西田も竹下の署名が入った記事が、道報に連載されていたのを、リアルタイムで喜ばしく思いながら見ていた。記事の中身は、ほぼ、同時代に起きた2つの震災を対比しながら、同時に社会問題を炙り出していく内容だった。


※※※※※※※


 北海道南西沖地震では、その海底の地殻変動で発生した津波により、最大被害を生じた奥尻島を中心に、200名を超える死者・行方不明者が出た。ただ、地震、津波の規模と比較すると、過疎地域だったこともあり、被害は最小限に抑えられたとも言えた。一方で、社会に与えた衝撃は大きく、復興予算はもちろん、全国からも多額の募金などが集まり、奥尻島ではいち早い復興がなされた。


 その2年弱後に発生した阪神大震災は、南西沖地震以上に強烈なインパクトを、日本のみならず世界に与えた。燃え盛る街並みや横倒しの高速道路など、戦後日本が体験したことのない惨劇が、テレビを通じ全国にリアルタイムで流された。


 100万都市神戸が崩壊した様は、あの地下鉄サリン事件が起こるまで、報道のほとんどを席巻していた。逆に言えば、3月末のサリン事件以降は、ある意味、記憶の片隅へと無理やり追われたような形になってしまった。


 当然、南西沖地震より桁違いの義援金や寄付金が集まったが、そこで問題になったのが、あまりに被災者が多いことだった。南西沖地震と比較して、1人当たりの金額がこれまた桁違いの少額になってしまい、被災者の支援としては、かなり物足りないものとなってしまっていた。また、全壊はともかく、半壊などの場合も、実質取り壊さざるを得ないなど、その被害認定もかなりの問題となっていた。


 そして、震災からそれぞれ数年経った奥尻と神戸。完全に立ち直りつつあり、新居や新設備が立ち並ぶ奥尻と、復興道半ばの神戸。多額の金が動くことで、きな臭い動き(後に奥尻町長が収賄で逮捕されることになる)が出た「過疎地奥尻」と、仮設住宅で、多くの身寄りのない老人が暮らし、中には孤独死する者も居た「大都会神戸」のパラドックスは特筆に値した。


※※※※※※※


 西田も、当時竹下に電話で、「なかなか良い記事だな」と伝えていた。ただ、順風満帆で記者生活を送り始めた竹下が、その記事の出来故に、厚遇から不遇へと突き落とされるとは、自身も想像していなかったに違いない。


 2001年の1月に、その年の4月から「栄転」という形で、今度は札幌地検の記者クラブ担当となることを打診されたのだった。竹下としては、最初の記者クラブ担当はある意味仕方ないと受け止めたが、その後のこの配属はむしろかなり不満のあるもので、らしいと言えばそれまでだが、人事に強く異議を申し立てた。


 このことで、栄転が一転、社会問題担当は変わらなかったが、場合によってはサツ回りも含めたあらゆる担当をしなくてはならない、地方支局への異動を命じられた。直接的な左遷ではなかったが、一種の報復人事的な人事異動である。


 竹下としては、その結果に不満がないわけではなかったが、記者クラブ詰めよりは良いかと思ってはいたようだ。但し道報に再就職後に、札幌で出会って結婚したデパート勤務の女性とは、彼女が社内でそれなりの立場にあったこともあり、別居という形を採らざるを得なくなっていた。そして01年4月より、竹下は紋別支局へと「飛ばされた」のであった。


 そんな状況の竹下ではあったが、年賀状には、それなりに充実した日々を送っている様子が記載されていた。実際、昨年の夏に札幌へ出張してきた竹下と飲んだ時は、良い顔付きをしていたのは確かで、言葉だけでなく、事実として良い仕事が出来ているのではないかと、西田は推察していた。時として、人は肩書よりもその仕事の中身に生きがいを見つけることがある。竹下もそういうタイプだと西田も感じていた。


※※※※※※※


 02年3月25日月曜、西田は吉村と他数名の異動組と共に、北見方面本部捜査一課長、「三谷みたに 賢治」により、職員の前で紹介されていた。


「この度、共立病院銃撃事件の専従捜査について、総責任者として赴任して来た、西田敏弘警部、一課長補佐だ。95年11月の事件発生当時も、遠軽署からの応援という形以上に深く携わっていたそうだから、当時の情報については、ほとんど把握している。ただ、昨今新たに出て来た情報については、完全に把握していないだろうから、その点については、課長補佐に聞かれたらきちんと伝えるように!」

それを受けて、

「今、三谷課長のご紹介に預かった西田です。まさか迷宮入りしていた事件に、7年後に再び携わることになるとは、この間思いもしなかったけれども、この立場を拝命した以上は、是非事件解決に向けて、全力を注ぎたいと思っている次第です。同時に皆の力なくして、事件解決はあり得ないことは明白であるから、是非、若輩ではあるが自分に協力していただきたい! よろしく!」

と挨拶した。


 吉村達もそれぞれ挨拶した後、西田は、既に挨拶していた刑事部長の「小藪こやぶ 一郎」に部長室に呼び出され、朝方は所用で遅れて不在だった、北見方面本部長「安村やすむら 卓見たくみ」に紹介されることになった。(作者注・本編では大藪でしたが、95年当時の刑事部長が「大友」だったので、小藪に変更します。変更ミスがあるかもしれませんが、以降は小藪ということで)



 部長室を出て、本部長室へと向かう廊下をゆっくりと2人は歩き始めたが、

「西田、さっき安村本部長が出勤してきたから、今から挨拶に行こうと思うが、事前に一言言っておきたいがいいか?」

と小声で小藪が口を開いた。

「何か問題でも?」

訝しげに上司を横目で見た西田に、

「いや、大したことじゃないんだが、本部長はかなり若くてね」

と切り出した。


「若いと言いますと?」

「実は……知っていると思うが、本来、道警の方面本部長職は、基本的には道警プロパー(作者注・地方自治体採用の地方公務員としての警察職員。キャリアは警察庁採用の国家公務員)のポジションなんだが……」

「ええ、そうみたいですね」

西田はその手の話題に疎い部分があるが、その程度の知識はさすがにあったので相槌を打った。

「ところが今の安村本部長は、東大法学部出のキャリア組で、まだ43歳なんだ」

「へえ! 43ですか? ということは42で方面本部長に就任したんですか!? そりゃ凄いですね。本部長クラス(作者注・方面本部長は、全国都道府県警の本部長会議にも出席することになっている)で40そこそこだと、ほぼ最速レベルじゃないと無理ですよね?」

西田は率直に驚いたが、年齢はともかく、どうして本庁採用のキャリアが、北見方面本部長なのかが気になった。ただ、よく考えるとそれ以前の問題として、北見方面本部の刑事部長職は、以前仕えた大友がそうであった様に、基本的に察庁(警察庁の略語)キャリアポジションなのだから、小籔も一応はキャリア組のはずだ。


 小藪の年齢は確認してはいなかったが、これまでの発言内容と「見た目」を考えれば、ほぼ間違いなく、彼の方が方面本部長より上だろう。これはまたマズイ発言をしたなと、西田はかなり肝を冷やした。しかし、小藪は特にそれを聞いて何か反応する素振りを見せなかったので、西田は急いで話題を変えようとした。


「それはそうとして、察庁のキャリアがまたどうして方面本部長に?」

「それについてはだ……、一昨年の12月に、旭川警察署の署長が急死したのを知ってるか?」

「いや、ちょっと記憶にないというか……」

「そうか……。結構道警内部で話題になったらしいんだが……。俺はその時、道警こっちに居なかったから、昨年こっちに来た時に聞いただけだがね。それで、実は愛人宅でやらかしちゃったそうだ……。というわけで、本来なら、その署長が昨年の1月から、定年退職する前任の後を受けて北見の本部長に内定してたもんだから、どうするかって話になったところで、『不祥事』を嗅ぎつけた察庁が介入してきて、キャリアの安村『君』が送り込まれてきたって話だ」

小藪の「君」付けに、彼なりの年長者としての屈折したプライドを西田は感じ取ったが、それを表に出さないようにした。


「なるほど……。そういうドロドロした話でしたか」

「そう言うことだ。まあいきなり会って、若いことにびっくりしないように、事前に言っておいた方がいいかと思ってな。単にそれだけの話だ」

西田はそれを聞き終えると、倉野も人事上関わっていただろう話だけに、「どうせなら教えておいてくれれば良かったのに」とも思ったが、よく考えれば、西田にわざわざ伝えておくべき話でもないと思い直し、

「いや、気を遣ってもらってありがとうございます」

と礼を述べた。


 そして本部長室を小藪が数回ノックすると、

「どうぞ」

と短い答えが返ってきたので小藪はドアを静かに開けた。目の前に開かれた、窓から入ってくる光越しの視界に、上半身だけ見える分には、聞いていた年齢より若い、と言っても30後半程度には見えたが、安村のシルエットが入ってきた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「どうも、ちょっと公安委員に呼び出されてまして、入りが遅れて申し訳ない」

小藪と西田が挨拶する前に、安村が謝罪してきた。若手とは言え、キャリアだけに、この態度の方にむしろ西田は意表を突かれた。

「いやいや、お仕事ですから」

先程と違い、小藪は妙にへりくだった言動をした。多少嫌味もあったかもしれない。西田も、

「どうも初めまして。この度捜査一課・課長補佐を拝命した西田敏弘です」

と名乗った。

「ああ、銃撃事件の専従捜査の。事実上の総責任者として赴任された西田さんでしたね。昨年からまた事件が動き出したものの、どうも捜査が上手く行って無くて……。道警本部の方から、1人適任者が居るということで、それで来ていただいたというわけです。あ、そうそう、私、安村卓見と言います。以後よろしく!」

立ち上がって握手を求めてきた安村に、西田は少々呆気にとられたが、背広でサッと手を拭うと握手した。その後は捜査の話はせず、小藪を交えて世間話を少々した後、本部長室を後にした。


※※※※※※※


「若いとは言え、キャリアにしては腰が低いですね」

部屋を出て、階段を下りながら小藪に感想を話しかけると、

「まあな。本当は俺らを馬鹿にしてるような気もするが」

と苦笑いで応じた。やはり思うところはあるようだ。

「そうですかねえ……。そういう感じは受けませんでしたが」

敢えて反抗してみた。

「内心何考えてるかなんてわからんよ。確かに1年以上見てるが、腰が低いのは変わってないがね」

「へえ。そこまで徹底してるなら、嘘でも大したものじゃないですか?」

この時は率直な思いをそのまま述べた。

「まあ、それはそれで認めてやらんとダメかな」

と、面倒な上司は少し顔を歪めた。


※※※※※※※


 その晩、新入り組の歓迎会が行われ、西田と吉村は2次会まで飲んだ後、吉村に誘われ、彼の自宅へ招かれた。既に愛娘は寝ていたが、妻の陽子が起きていて、歓待してくれた。


「いやあ、遅くに悪いね」

「いえいえ、お世話になっている西田さんですから」

陽子はそう言いながら、つまみの唐揚げを揚げて、食卓に出した。

「しかし、また係長と……、おっと、課長補佐と一緒に事件を追えるとは、1年前には想像すらしてませんでした」

吉村は噛みしめるように言った。

「課長補佐ねえ……。どうもしっくりこないな。なんというか、長いな! 課長だと収まりがいいんだが。だから本部内はともかく、二人きりの時は『西田さん』か係長でもいいぞ!」

西田は吉村の話の「本題」より、役職名についての方が気になっていた。

「課長補佐も係長も、ひらがなにすりゃ大した字数に差なんてないでしょ?」

吉村が半ば呆れてそう言うと、

「それもそうだな!」

と、夜中にもかかわらず大声で笑った。一戸建てならともかく、賃貸のマンションとは言え、集合住宅だけに、かなり迷惑だったろうが、その調子で日付が変わるまで陽子を交え、思い出を振り返りながら過ごした。


※※※※※※※


 北見共立病院銃撃事件の専従捜査体制は、課長補佐の西田筆頭に、係長の遠賀おんが、主任の吉村、もう一人の主任の日下くさか、「平」刑事に真田(作者注・本編では久保田としていましたが、後に出てくる久保山と混同させかねないので、真田に変えます。というわけで、久保田から真田へ変換し忘れることがあるかもしれませんが、その際は脳内で真田と読み替えしてください)、まゆずみ、酒田、小出、浅田(作者注・こちらも宮田でしたが、後から出てくる宮部と勘違いしやすいので、浅田に変えます)、早野の合計10名で構成されていた。西田、吉村が赴任する前までは、8人態勢だったが、10名に増強されていた。基本的にトップと主任が組むということはあり得ないのだが、西田のたっての希望で、吉村とのコンビが復活していた。


 また専従捜査は、捜査本部を立てない場合、専従捜査班として、基本的に主任が班長になって組織されるのが通例だが、小規模な捜査本部的な組織体制を敷くことが今回選択され、直接的に課長補佐の西田が、事実上の総責任者として当たる特殊な形態が許可されていた。そして、主任ポジションとしての吉村も、組織上の主任としてではなく、あくまで西田の補佐として動くことがメインの役割となっていた。


 更に形式上は、佐田実殺人事件は既に実行犯本橋の裁判で「解決済み」とされていたが、当然ながら西田は、それを本当の解決とは思っておらず、西田を北見へ送り込んだ倉野もその認識だった。この点については、北見方面本部上層部にも「一応」共有された認識であった。


 そういう事情もあって、西田と吉村が銃撃事件専従捜査の中でリーダーシップを取ると同時に、ある種「遊軍」として機能することも考えられた今回の異例の人事方式は、2人だけで、佐田実殺害事件を秘密裏に追うことを可能にするという目的にも合致していた。これは、倉野が西田への「置き土産」として最大の配慮をしたということでもあった。


 赴任翌日の26日には、新専従体制において、具体的な捜査情報の確認が行われた。言うまでもなく、西田が事前に把握していることばかりではあったが、こういうのは「通過儀礼」のようなもので、一々文句を付けるようなものではない。まして、それを率先してやっているのは、トップである西田自身なのだから、文句を言えるはずもなかった。


「西田課長補佐! 察庁の組織犯罪対策部の担当官である須藤係長が、4月1日にこちらにやってくるようですが、お聞きになってますか?」

係長のベテラン刑事である遠賀が、かしこまった言い方で確認してきた。

「一応昨日聞いてますが? しかし7年前にも出なかったことをまた繰り返し調査して、また出なかったのに、来てもらったところで意味ないよなあ」

そう言うと、北海道特有の暖房設定が多少高めの室温が気になったか、資料のコピーの紙の束で団扇のようにパタパタと仰いだ。

「一応は顔合わせしておきたいということですから、そう言わずに」

「係長、勿論合う時はちゃんとしますよ」

心配そうな遠賀を制すように背筋を伸ばした。遠賀は西田より年上で、50前半の高卒叩き上げの刑事という話だったが、生真面目さはかなりのモノのようだ。


「じゃあ用意しておきますんで」

「用意? あ、アレですか? じゃあよろしく」

西田は遠賀の言葉にそう言うと、乾いた喉を潤しに席を立った。


 その後は、午後から、担当所轄である北見署の、当該事件担当の刑事2名と面会する機会があった。ベテランの久米と若手の宮部というコンビだった。ただ、西田は宮部に明確に以前面識があった。

「あれ? 宮部君は以前遠軽に居たよね?」

「あ、憶えていていただけましたか! 光栄です。生安課に居た宮部です!」

「やっぱりそうか! あの時は世話になったな。希望通り刑事になってたか!」

「おかげ様で刑事になれました!」

西田は握手を求めると、宮部は両手で西田の手を握った。


 宮部は、西田が遠軽の冴島骨董店で、篠田が『骨壷』か何かを買い求めたのではないかと推理した時に、実際に訪ねた際に案内人として手伝ってくれた、当時刑事志望の警官だった。しかし、7年あったとは言え、北見署のような大きな所轄で、刑事をやっているのだから大したものだ。おそらくまだ30は超えていないだろう。相当努力したに違いない。


 ただ、思い出話ばかりしているわけにもいかないので、必要事項の確認をした。基本的に一度捜査本部を畳んだ事件だけに、所轄の明確な専従は、目の前にいる2名態勢のようだった。鏡の逮捕で一度事件が動き出した直後は、北見署でもかなりの動員態勢を取ったようだったが、それ以上のことがわからず再び縮小したらしい。まあその分は、北見方面本部の方で力を割いているのだから、リアルタイムで色々忙しい所轄としては仕方がないのかもしれない。


※※※※※※※


 4月1日午後、北見方面本部に、警察庁・組織犯罪対策部・組織犯罪対策第4課・第4係長である須藤が部下を連れてやってきた。玄関先まで吉村が出迎え、専従捜査の捜査員が詰めている、間借りしていた刑事部の第3小会議室へと案内した。

「今回、北見方面で専従捜査の指揮を執る西田です」

「どうも。須藤です」

かなり威圧感のある感じで、さすが察庁の「組対」の係長という感じがしたが、喋りはスマートだった。


「ところで、そちらとしてはどうしたいんですかね?」

「どうしたいのと言われましても?」

突然脈絡のない話を振られたので、西田は戸惑った。

「いやだから、葵一家系列からは、どうもアベという姓での怪しい人物は絞れなかったわけだから、この後どうして欲しいのかと」

「ああ……」

西田は、せいぜい顔合わせ程度のものだと思っていたので、正直余り深く考えていなかったのだ。

「何のためにこっちからわざわざ、はるばる北見まで来たかってわかってないみたいですな。電話で済ませても良かったんですがね!」

この時の須藤は、先程までとは違い完全にヤクザを恫喝するような勢いだった。しかしここで怯むと、新しい部下の前で更なる失態を重ねることになりかねない。そこは落ち着いて対処する必要がある。


「私が捜査に参加していた7年前も、今回と同様の捜査でしたが、やはりアベ姓で該当しそうな構成員の類は浮上しませんでしたから、これはもう無駄だったと見てますよ。となると、葵一家の直接の系列ではなく、何らかの形でちょっとした接点があるだけのような、別の組織の方の目はあるんでしょうか?」

「なくもないが、私が捜査情報を拝見した限り、これだけの犯罪を下に頼むなら、3次団体までが限度で、それ以外のルートで頼むということは、まずないと見ていいと思いますがね。実際のところ、鏡は龍川の舎弟筋の、2次団体組織である紫雲会の構成員だったわけだから。ただ、葵一家の場合は3次団体は勿論、場合によっては4次団体レベルまで直系と呼べる組織があるんで、そこの可能性をどう考えるかでしょうな」

「しかし、それについてはもう調査やったわけですよね?」

「それはそうなんだけれども、4次団体の下に更に、いわゆるチンピラみたいなのも居るわけですわ。ただ、チンピラが本州から北見まで遠征した挙句、チャカぶっ放して3人殺害ってのは、例え共犯の1人が本職のヤクザだったとしても、厳しいのが現実でしょうな」

「素人ってのはありえる? もしそうなら、捜査は相当難しいでしょ?」

「基本的に言うと、そうならお手上げ。まあ幾ら何でも、それはないだろうってのが現状認識というところで」

須藤はあっけらかんと言い切った。


 西田としては、そんなことを言う為にわざわざ顔合わせしに来たのかと、内心憤慨していたが、しかし、まさかそれはないだろうと言う思いもあった。

「何か考えがあるわけですよね?」

西田にそう問われると、

「勿論、全くないということはない……が……」

と言ったところで、それより先を口にするのを止めた。

「是非」

西田に促されると、

「組対では、葵一家の今の若頭補佐を組織する、神戸・九重ここのえ組の十河そごう組長の外孫に興味を持ち始めてるんですよ。素人ではあるが、本当の意味での素人ではないという」

と言い出した。


「外孫ってのは、組長の娘の子供ということ? その言い方だと構成員ではない?」

「今のところはね……。ただ、姓も阿部で、兵庫、特に地元の姫路じゃ、相当名の知れたかなりのワルらしく、少年院にも少年刑務所にもブチ込まれた経験がある輩らしいんですわ。フルネームは『阿部 晋也』。25を超えた今でも色々悪さしているようだが、立件できないモノも多いらしくて、兵庫県警の生安課も手を焼いてるみたいで」

「なるほど。しかし、そこまで中枢の組の血縁関係者で、悪さ重ねて、未だに構成員じゃないというのも不思議な話だな……」

「それはね、元々十河組長と娘が仲違いして、実質絶縁状態だってのが大きいそうで。もし良好な関係でもあれば、間違いなく構成員だったと言う話ですわ。これは兵庫県警の生安(生活安全部門)というより、県警の組対からの情報ですがね……」

「ちょっと待ってくださいよ! 絶縁状態であるなら、どういうコネを想定してるんですか?」

西田はややこしい話に、少々戸惑っていた。


「それが、親子間では絶縁状態なんだが、祖父孫という関係では、チョイチョイ付き合いがあるらしいんですわ。ただ、母親思い、いや、そんな悪さばっかりしてる奴に母親思いも糞もないんだが……フッ」

須藤はそこまで言うと、自分でもおかしかったのか、笑いがこみ上げていた。

「……失礼。それで爺さんところのヤクザになることはないと、ワル仲間の間で昔から本人が言ってると」

「なるほど。杯も交わしてない?」

「そう。ただ、どうも銃撃事件のあった95年の11月から12月に掛けて、妙に羽振りがよかったという話が、色々調べまわっているウチに、兵庫県警から入ったというわけでね。しかも兵庫県警に協力してもらった限り、銃撃事件発生前後の数日間、地元の姫路に居なかったという話があって、これは怪しいなと。不在についての詳細情報については、まだちゃんと聞いてないですがね……」

「確かに興味深い情報だな……」

西田の目は、新たな取っ掛かりを得て、やや輝きを増した。


「その情報が入ったのが3月23日。それで、北見の方もリーダーが変わるということで、お邪魔しようかなと思い立って来たわけです。構成員じゃないが、実の血の繋がりというモノがある。ひょっとするとひょっとするかなという考えですよ」

ここまで言うと、須藤は満足したか出された茶に初めて手を付けた。


「いやあ、その情報は確かに興味がそそられる。あれだけ出なかったアベ情報に、1つの光明が差してきた感じがしますよ。ただ、幾つか問題があるなあ……。まず拳銃の扱い。そして、それまで面識がなかった鏡といきなり協力して殺人するとなると、それはそれでハードルは高いように思えますが?」

「まさに問題はそこなんですよ! どうしてもそこがクリアーしきれない。そこを兵庫県警と協力して詰めておきたいというのが、今の我々の立場」

「そこは是非よろしくお願いしますよ」

西田はそう頭を下げた。

「じゃあ伝えるべきことも言ったし、本日のところはこれで終了とさせてもらおうかな」

須藤はそう言うと、西田に、

「もう流氷の季節は過ぎたんでしょ?」

と、尋ねてきた。

「とっくの昔に去りました」

「ああ、やっぱりねえ」

それを聞くと、内心「そんぐらい自分で調べろよ」と思ったが、

「夜の方は美味い海鮮料理の方は既に準備出来てますから」

と、横にいた遠賀に目配せしながら言うと、

「ああ、それは助かりますな。ところで、この時期に何か見どころは?」

そのように、さりげなく須藤は尋ねてきた。


「この時期は、全てにおいて中途半端ですから……。取り敢えず、眺望の良い美幌峠まで部下が案内しますんで。まだ、あそこなら、まだ壮観な冬景色の屈斜路湖が見渡せるでしょう。そこからは温泉にでも入ってきたらどうですか? そこら辺は柔軟に対応しますから……。それではまた夜にお会いしましょう」

と応じると、

「なるほど。じゃあお世話に成りますよ」

そう須藤は満足げにほくそ笑んで、自分の部下に資料を仕舞わせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ