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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
明暗
70/223

明暗49 {56・57合併}(238~240・241~243 高垣捜査協力編1)

「しかしだ、俺がいよいよ東西新聞を辞めることを決意させた出来事は、続けざまに翌年起きたんだよ。これは、うーん……、簡単には信じてもらえないかもしれんな……。まあ信じないなら信じないでもいいが、1978年に関東電力の双葉発電所で、実は臨界事故が起きていたんだ!」

「臨界事故?」

当然、原子力関連の知識がなければよくわからない言葉だ。竹下も聞いたことはあったが、中身についてしっかり知っているというわけではなかった。


「臨界事故っていうのはだな、簡単に言えば、原子炉やきちんとした施設の外で、核分裂の連鎖反応が発生することだ。放射線の中でも最も危険な『中性子』が発生するので、大変危険な事態だ。それが当時秘密裏に発生していたんだな」

「そんな事故の存在は、今まで全く聞いたことがないんですが?」

竹下が当然の反応を見せた。

「ただでさえ、核アレルギーのある日本において、原子力発電所は、根拠のない『安全神話』に基いて建設され続けているからな。言うまでもなく、そんな危険なことが起きていたら社会的に許されない。公表は当然されなかった」


※※※※※※※


 2007年3月22日、驚くべき事実が公表された。その30年近く前の1978年、東京電力福島第一原発3号機において、日本初と思われる臨界事故が発生していたというのだ。原子炉内部の制御棒が抜けたことで、7時間近くもコントロール出来ない中で臨界が起きていた。当時国への報告義務がなかったため報告されなかったが、原発内部の人間にすら情報が共有されなかったという。2011年3月11日の、東日本大震災によるメルトダウンよりはるか昔、既に福一並びに東京電力は『そういう』体質にあった証左と言える事故だった。参照http://www.asyura2.com/07/genpatu4/msg/133.html


※※※※※※※


「そうだったんですか……。それで高垣さんとどう関わっていたんですか、その事故には?」

竹下が更に情報を求めた。

「先日、シャルマンでもあんたに言ったが、俺は、福島の片田舎、具体的には、太平洋側の原町市(現・南相馬市原町地区)と言うところの出なんだ。オヤジもお袋も、福島の太平洋沿岸沿い、現地で言うところの「浜通り」って言う地方の生まれだから、親戚もその周辺に住んでいるものが大半でね……。その中に、これまた浜通りにある、関東電力の双葉原発に勤務している従兄弟が居た。俺より10程上の兄貴分みたいな人だ。1978年の4月に、その従兄弟から、『とんでもない事故が起きたが、情報が全くマスコミにも出てない』と、新聞記者だった俺に『タレコミ』があった。親戚で内実に詳しい人から情報だから、言うまでもなく確証度は高い。当然、俺はスクープとして、社会部のデスクに記事にするように掛け合った。ところが、デスクが記事にしようとしたところで、上層部から圧力が掛かったんだ。最終的に記事にはならなかった」

そう言った高垣の表情は、また修羅の如き様相を呈していた。いわゆる「はらわたが煮えくり返る」という心境だったのだろう。


「どうしてスクープは捻り潰されたんですか?」

吉村の問いに、高垣は今度は無念の表情を浮かべ、

「知らないかもしれないが、東西新聞の創始者は、正田梅太郎と言う、戦前は高級官僚をしていた男だ。そいつが戦前に不祥事で官僚を辞めてから東西新聞社を設立した。設立の時点で実はかなり怪しい新聞社だったと、辞めた後で色々と知ったが、まあそれはどうでもいい。それでだ。この正田が、民友党と共に日本の戦後の原子力発電の普及・推進にかなり関わった人物でもあったわけなんだ。東西新聞は、与党民友党寄りであるのは知っていると思うが、それに輪をかけて、「楯突いたら」いけない事案だったんだな、原発関係のネガティブな情報は……。結局社会部長により、『残念だがこれは出せない』と言われ、世に出ることなく抹消されちまった。従兄弟も、難癖付けられて、関東電力を退社することになったが、おそらく俺に情報を渡したということが、東西新聞から民友党、そして関東電力にまで流れたんだろう……。従兄弟にも悪いことをした。幸い再就職先で充実した生活を送ってくれていたようだが、当時は申し訳が立たなくてな……」

と語った。


「それが直接の引き金になって退職したんですか……」

「全くその通りだよ竹下さん! いよいよ宮仕みやづかえに嫌気が差した。報道が利権でねじ曲げられる世界にね……。退職後はまず第一に、その話を何とかして社会の表舞台に出したい一心だったんだが、関東電力という大企業の力の凄さをその後思い知る羽目になった。何せどこの出版社も、関東電力に背くことを恐れるんだな。出版関係やメディア関係に、大量の「資金」を流してる関東電力がお得意様だから、それを失いたくないわけだ。それなりに有名で、聞いたことがあるかもしれないが、『危ない真実』と言う月刊のアングラ誌に記事を載せてもいいと言われたが、基本的にゴシップ誌に近い内容が多いから、そういうのに紛れて信ぴょう性が落ちるのを俺は良しとしなかった。結局今に至るまで、この話は一切世の中には流れていないということだ」

高垣はここに来て、割と淡々とした語り口になっていたが、怒りに満ちた顔つきはそのままだった。


「高垣さんがフリージャーナリストになったことには、そういう背景があったんですね……。こう言っちゃ失礼かもしれないが、そういう怨念が高垣さんを突き動かし、ああいう著書の数々を生み出してきたということですかね?」

竹下の感想に、

「うむ……。認めたくはないが、そういう側面は否定出来ないかもな……」

と、今度は少し悲しそうな表情を浮かべた。


「高垣さんの話は大変重い。ただ、それらの出来事と、今回の事件との直接的関連性はないですよね? あくまで東西新聞が色々外部の圧力に左右されやすいというだけで」

西田は話が一段落した時点で、そう高垣に言ったが、相手には軽薄な感想に聞こえたらしい。

「まだわからないのか、あんたには! あんなことが20年近く前に起きたにもかかわらず、未だに沖縄は、基地問題や地位協定に苛まれてるんだ! 暴行事件が発生してここ2ヶ月程、全く俺はこの長い年月、一体何のためにこの仕事に携わって来たかわからなくなってしまった……。そしてあんた達が、今俺の目の前で繰り広げた茶番は何だ!? 社会に影響を与える大事件のはずが、傍から聞いた限りじゃ、どうも警察権力と政治権力によって握りつぶされようとしているんだろ? しかも、それに相変わらず東西新聞のヤロウが関わってると言うじゃないか! 俺はね、警察のメンツの為なんかに、協力したいと思ったことは今までない! 今回北見くんだりまでやって来たのも、単に警察に協力するというお題目じゃなく、真相の解明に役立ち、自分の好奇心も満たせ、自分の『失敗』を取り返せると思ったからこそ来たんだ! そしたらどうだこのザマは! 目の前であんたらに『ヘタレ』た態度見せられて! ここに至って、俺が今までやってきた、1人のジャーナリストの端くれとしての人生に意義を見出すためには、つまらん『反権力』のポリシーの維持に汲々とするより、警察に与しようが何しようが、この局面を打開することが最重要だと考えてんだ! わかるか? あんた方に俺の今の思いが!」


 余りの剣幕に、刑事4人は思わず圧倒され、たじろいだ。凶悪犯とも対峙する刑事であれ、高垣のこの時の「凄み」は、ある意味経験したことがないものだった。本橋にも表現しにくい威圧感や大物感を感じたが、この高垣の「熱情」は動的にそれをはるかに凌駕していた。逆に言えば、これぐらいの気性の激しさがなくては、一匹狼として、あの業界で生きていくことは出来ないのだろう。警察官としての自分達と政治的スタンスが合うか合わないかはともかくとして、ここまで真実を追求するという「姿勢」を自分達は取れるのかと、自問自答したくなる程の迫力だった。


「高垣さんの心意気は確かに伝わりました。しかし、東西新聞の動きを探るためとは言え、捜査情報の提供と言うのは、我々にとってハードルが高過ぎることは間違いない」

西田は言い訳をした。

「こっちはブンヤ時代含め、この業界で長くやってきた以上、東西新聞だけじゃなく、あらゆる方向に人脈が出来てる。政治や官庁絡み、その周辺の裏事情の情報が入ってくる確率は、申し訳ないが地方の警察官のあんたらとは段違いだ。今回の政治と警察庁、東西新聞の絡みでの情報収集なら、俺の方が遥かに適任だろう。しかし、事件の背景を知らないことには、東西以外のどこを調べればよいかの見当がつきづらい。東西の知り合いも全てを知っているわけでもないだろうし、言いづらいこともあるだろうから」

「なるほど……。しかしですね、やはり高垣さんは、我々から見れば、敵対する立場だと言っても過言ではないです。こちらの手札を見せていくことは、かなり危険ですよ」

西田は慎重な姿勢を崩さなかった。


「孫子の呉越同舟という言葉を知ってるよな?」

「当然知ってますよ」

西田は馬鹿にされたようで気分が悪かったが、我慢してそう答えた。

「1つの大事のためには、敵同士であっても協力するということだろ? 言い換えれば、『小異を捨てて大同につく』と同じだ。今回の件にとって、何が大同であって、何が小異か、その価値観が問われていることに、まともな人間なら気付くはずじゃないか?」

感情溢れる言動から一転して、落ち着いた口調ではあったが、むしろ挑発的な度合いは増したように刑事達は感じていた。


「言ってることは理解出来るが、あなたとは立場が違う! こっちは組織、あなたは個人! 組織の中の人間が勝手に動き始めたら、収拾がつかなくなる。個人の思惑で動けるような立場にないんですよ、残念ながら自分達は!」

西田はそうムキになって反論してみたが、高垣は更に挑発してきた。

「じゃあ聞こう! 警察組織の目的は何だ? 単なる権力構造の維持か? いやいや、無粋なことを聞いたな。確かに警察は権力構造を維持出来ればどうでもいいんだったわ。組織の犬だということを忘れてたよ。悪かったな!」

そう言って嘲笑あざわらった。

「治安の維持と国民市民の安全の確保が我々の目的だ!」

西田はそれに対して気色ばんだ。

「そうは思えんな! あんたはさっき組織の論理が重要だと言った。組織の論理は時に、正義に反することも多々あるのが実情だ。どっちがあんたの本音だ? そして今回の正義はどこにある?」

西田は答えに窮した。正直、こうなることは薄々わかってはいたが、高垣のしつこい「正論」に、場当たり的な感情論を出さずにはいられなかった。高垣はその様子を見ながら、表情1つ変えなかったが、それ以上の追及もしなかった。論理的には自分の側の「勝利」を単純に確信していたからだろう。一匹狼の論理と組織の論理が小会議室という小さなスペースでぶつかり合い、重苦しい空気が支配していた。


 しかし、その雰囲気を最初に切り裂いたのは、やはりというか竹下だった。

「係長、こう言ってはなんですが、正直どっちかと言えば、自分が高垣さんの側のタイプだということはわかってるかと思います……」

「ああ、わかってる!」

西田は不愉快そうに応じた。

「どうでしょう? あくまで自分が個人的に高垣さんの側についたということにしては?」

表情1つ変えなかったが、かなりの危険な発言であることを理解していないはずはなかった。

「竹下、お前正気か?」

「勿論。自分で責任をとりますよ。……いや、と言っても上司の係長にも責任が及ぶのは避けられないでしょうね……、申し訳ないですけど」

本当に申し訳なさそうな顔をしたので、口だけではなかっただろうが、要は自分以外の人間を巻き込んでもやり遂げるという意思表示をしたということでもあった。冷静沈着ながら、大胆さは相変わらずだ。いや、西田にとってみれば、傍若無人と言い換えても良かった。


「申し訳ないで済むなら警察いらねえだろ! お前が責任とるだけで済むなら勝手にすればいいが、俺はともかく、沢井課長、槇田署長、果ては北見(方面本部)や本社(道警本部)まで、何だかんだ言って巻き込むことになりかねないんだから! 自分勝手にも程があるぞ……」

お手上げという感じで自虐ギャグ含めて言い捨てたが、同時に竹下がここまで言ったのだから、おそらく翻意は無理だろうという確信も持っていた。

「すいません。ですが仕方ありません!」

そう謝ったが、この時の竹下は、先程の謝罪時とは違い、覚悟を決めたという顔つきだった。眼光からして違っていた。テクニカルノックアウト寸前のボクサーが、精気を取り戻し、フィティングポーズを取った姿を竹下に重ねた。


 同時に西田はここで逡巡し始めた。どっちにしても竹下の行動が自分にも火の粉として降り掛かってくることは、いざ何かあれば避けられないということに変わりはなかった。そうだとすれば、組織の論理に甘んじて処罰されるか、それを打ち破って処罰されるかは、処罰の程度の差こそあれ、さして変わりはないような気がしたからだ。


 実際問題、そうなったら、知らない振りをしたところで、その後も警察に留まることは無理である確率が高い。50近くであれば、結果としての「表向き」の自発的退職なら、仕方ないと何とか諦められるかもしれないが、40未満という今の自分の年齢的には、まだ警察でキャリアを積んでおきたい以上は、完全に不本意な退職であることは間違いない。


 一方、今回の一連の捜査では、これまでも危ない橋を渡る覚悟は何度かしていた。程度の差こそあれ、その時の捜査に懸ける思いは、決して嘘ではなかった。


仮に、竹下の「暴走」の結果責任を、「知らなかった」として、「自主退職」で取らされるとすれば、竹下と共に、捜査のため暴走した挙句に強制的に退職させられるのと、退職金やその後の再就職の違いはあるものの、西田が望まない結果であるという点において、本質的な差はないと言えた。


 だとすれば、「捜査のために」と言う信念に最後まで殉ずることもまた、そう間違ってはいない1つの結論だろう。そういう思考の「道」に乗った西田の考えが、それまでと180度変わるのに、自分でも驚くほど、そう時間は掛からなかった。


「到底納得出来ないが、お前の覚悟もわかった……。バレれば、俺が乗ろうが乗らまいが、どっちにしても巻き込まれるんじゃやってられん! 進むも地獄、退くも地獄ってことだな……。ここまで来てしまったら、結果に大した差なんざないとも言える、頭に来るぐらいにな……。よし! こうなったら、俺もお前と船に一緒に乗り込んで暴れてやるしかないか!」

その突然の心変わりを聞いた高垣は、

「一体全体何がどうしたっていうんだ? 急に態度変えて? 否、でも理由なんてどうでもいいんだ! そうこなくっちゃ! しかし、何で急に態度を変えたのかやっぱりわからん」

と、笑みを浮かべ、一度は西田の翻意の訳を聞くことを否定しながら、やはり興味深そうに尋ねてきた。


「警察に居られなくなることは、どっちにでも同じだからって話ですよ! 直接追い出し喰らうか、表向き自分の意志で出て行くような形を取るか……。退職金はともかく、職を全うするかどうかで言えばその程度の違いです。意志に反して巻き込まれるぐらいなら、敢えて意志に従って、自分から巻き込まれるのも選択肢じゃないか……。たった今、そういう考えに至っただけの話ですよ」

そうサバサバと答えた西田に、

「ご家族の居る方に、迷惑かけることになって……」

と、竹下は、再び本気で申し訳なさそうな表情へと戻っていた。


「盛り上がってるところ申し訳ないですが、2人はそれで良くても、俺達はどうすりゃいいんですか? 放置されても困るんですが」

黙ってずっと聞いていた吉村が、あからさまに不満気な言い方で割り込んだ。

「お前らは問題ない! 役職に就いているわけでもない。大きなことにはならないはずだ。こっちのことは知らなかった、それでいい」

西田はそう言ったが、やはりというか、当たり前に不安そうではあった。

「正直言って、面倒に巻き込まれたくはないのが本音ですけど、このまま事件を有耶無耶にされるのも癪に障りますね。何かわからんですが、どっちに行ってもろくな事にならないのは間違いないですよ。クソッタレですね!」

黒須は、不条理な展開に苛立っていた。部下であれ、どちらも茨の道であることは間違いなかった。


「ただ、そこまで気持ちが切り替わったのならあれだな」

高垣は空気を読まずに口を開いた。

「一体なんですか?」

竹下が確認する。

「2人は俺に協力してくれるわけだろ? そこまで言ってくれるなら、概要ではなくこの事件の全容をしっかり教えてもらえないかな? 話を聞く分には、それをしようがしまいが、警察官にとっての不利益という意味では結果は同じなんだろ?」

「……確かにそうですけど」

西田もダイレクトに否定する術がなかった。一部の情報を漏らした上で楯突くか、全部漏らして楯突くかでの結果は同じだろう。だとすれば全部打ち明けて対策を考える方が利口かもしれない。ただ、さっきまでは「概要」と言っていたのに、今度は「全容」となると、明らかに相手の要求はエスカレートしている。何だかんだ言ってこの手の人間の「欲望」は尽きることはない。一々応じていると危険度が増すのは自明だ。


「しかし、全部を教えるとなると、口先だけで済ませても、高垣さんには伝わらんでしょ? そうなるとこれまでの捜査資料を見せる必要がでてくると思います。だけど、そうなると、今度は遠軽署にある資料を見せないといけないわけで、どう考えても沢井課長の許可がいると思います。さすがに沢井課長が許可するとは思えないんですが?」

竹下の真意がどこにあるのかはともかく、言われてみれば危険云々より前に、そういう懸念は的を射ていた。


「さすがにそれは色々と無理ですよ」

西田が言う前に吉村が結論を告げた。

「残念ながらそれが現実です」

吉村の言葉を援用したが、西田も全く同じ考えだった。危険性のアップ以前の問題で、それ以上でも以下でもない。

「そうか、わかった……。現在はその点については諦めることにしよう……」

さすがにそれ以上の無理を強いることはしなかったが、強いた所で実現性がなければ意味が無いことは高垣にもわかっているはずだ。


「じゃあ、色々やらないといけないことがあるけれども、先に記事関係の方を完全に片付けておきますか……。細かいことは後からにしよう」

西田はそう言うと、高垣が北見で取材した際の、栗山と田辺の様子について、聴取をさせてもらうことにした。


※※※※※※※※※※※※※※


 問題の本質は、本当のところ誰が高垣の取材相手だったかであり、取材の中身は大体が虚偽だったことが明らかなので、それほど時間も掛からず聴取を終えた。本当に重要なのは、ここから先の捜査情報の伝達についてだった。


 これまでの事件の捜査情報を高垣に伝える作業に入ったが、事件が複雑なだけに、口だけで説明するのは、わかっている側からすれば何とかなるが、それを聞いている側がそのまま理解できるかは別問題だということだ。


 一度昼食を挟み、午後2時を回った辺りで、西田はそろそろ捜査本部に戻る必要があると感じ始めた。高垣は高垣で、事件の発端が戦前の話に遡るという事実に触れ、相当驚き、また本橋の犯行の裏にも政治の陰が及んでいることに怒りを覚えるという状態だったが、さすがに口だけの説明では実感が湧かない部分もあったようだ。佐田徹の証文や直筆の状況説明の手紙等がないと、それも仕方がないところはあった。


「高垣さんもずっと話を聞いてきて疲れたでしょ? 一気に全部説明するのは無理がありますから、今日はここで打ち止めにして、ホテルに戻って休養してくださいよ」

西田は腕時計をチラリと見ながらそう伝えた。

「認めたくないが、実際その方がいいかもな……。少し頭の中を整理しておきたい」

高垣もさすがに強がりは言わなかったが、

「俺が現時点で協力出来そうなのは、結局のところ、最初に言った通り、警察庁にどういう介入があったかということと、東西新聞の記事がどういう流れで出て来たかということを調べて、あんたらに提供することだけだな。今聞いた分の古い話については、余り思い浮かばない。葵一家と箱崎派のことは、既に大阪府警のマル暴から情報はしっかりレクチャーされたようだし、俺の出る幕じゃない」

と椅子から立ち上がって腰を伸ばす仕草をしながら、自分の果たすべき役割について語った。


「出来ますか?」

「何度も言わせないでくれ! 俺は一匹狼と言っても、業界内に隠れシンパは居るんだよ。それなりの情報源ソースも抱えてる。東西新聞にも色々思いを持ったままでとどまってる連中はたくさん居る。そういう連中から情報は結構入ってくるんだ! それより、また民友党の大物やら、ウチの椎野やらが関わってると聞いて、闘争心が湧いてきたところだ。あいつらロクなもんじゃないからな!」

竹下は懐疑的な意味で確認したわけではなかったが、高垣は自信を持ってその言葉の裏付けを語り、再び怒りを露わにした。

「最後の頼りですからよろしくお願いしますよ」

西田にもそう言われると、

「あんたらに覚悟を決めさせた以上、こっちも覚悟を決めて動くつもりだから……。ただ、週間FREEにどういう指示があったかの調べは放置させてくれ。ただでさえ連載を中止にして怪しまれてるところに、なにか動きがあると、こっちが完全に気付いたことが、ヤバイ方にも伝わる可能性があるから。それにもう結果はほぼわかりきってるから、そっちは焦る必要もないだろう」

と喋った。


「わかりました。その点は任せますし、高垣さんはともかく、警察としてはそっちの細かい話は、仰るとおり必要ないんで構いませんよ。それじゃあ竹下と黒須でホテルまで送ってあげて! 俺らはそろそろ本部に戻って、聴取の結果だけ報告しないと」

「いやいや、大した距離じゃないし、ホテルぐらい自分の足で帰れるぞ!」

高垣は西田の話に憮然(作者注・敢えて誤用で)としたが、

「僕らは捜査本部の正式メンバーじゃないんで、忙しくないですから送らせてください」

と竹下に言われ渋々受け入れた。

西田はその様子を見届けると、高垣に会釈して小会議室を吉村と共に出た。


※※※※※※※


 北見署の捜査本部に戻り、口頭でも大友と倉野、比留間に報告を済ませた。ただ、高垣に情報を漏らした上で捜査協力を依頼するという「非行」はともかく、高垣の聴取自体が既に完了したという点についても嘘をついた。それは高垣がしばらく北見へ留まる理由が必要だったからだ。


「もしかすると、土建業界の関係者とやらも、ヤクザもんの可能性もありますから、そっちについてもついでに、これから聞こうと思ってます。割とすぐにヤクザ関係者を名乗っていた人物が特定出来たんで、日程にも余裕が出来ましたから」

西田はそう言って、既に高垣の証言で割れた、業界関係者を詐称した双龍会の田辺の話はしなかった。さっき電話で倉野と話した時に、『面通しの結果、双龍会の幹部構成員と判明』とは言ったが、『暴力団関係、土建業界関係の両者が判明した』とは一言も言っていなかったことを思い出し、上手く利用したわけだ。


「ああ、時間があるならやってもらえばいい! まあそれが無駄になったら、西田達にも、高垣とやらにも悪いが、やれることはやっておくしかない……」

大友は西田に伝えるというより、自分自身に語りかけるように口を動かしていた。取りようによっては、上を気にしながら下の捜査も見守る必要に苦しんでいたのかもしれない。


※※※※※※※


 上層部への報告を済ませ、今度は西田は向坂の元へ向かった。向坂にだけは、自分達の内なる「宣戦布告」を伝えておこうと思ったのだ。向坂は相変わらず所轄の担当係長として、かなり忙しそうだった。ただ、まだ大友や倉野から捜査について「妨害」があったことは聞いてないだろうと思っていた。ずっと捜査本部で指揮命令している向坂には、おそらく倉野達が話す暇はなかったのではないか? と考えていたからだ。タイミングを見計らって、話し掛けた。


「向坂さん、倉野さんか大友さんから、今朝の記事について話聞きました?」

軽く探りを入れてみる。

「ああ、聞いた」

あっさりと認めたので、西田は面食らった。

「え? もう聞いてたんですか?」

「さっき。飯の時にな」

何の感情もこもっていない口調に、むしろ西田は怒りが頂点に達していると感じた。

「どう思います?」

「8年前の二の舞だな。それだけだ」

その言葉に、今回の捜査が有耶無耶になることについても、既に覚悟しているように思えた。

「そんなことにはならないようにしないといけない」

そう言った西田の顔を向坂がマジマジと見つめた。そして、

「今回は察庁が動いてる。道警の本部ほんしゃじゃない! 察庁だぞ! レベルが違うんだ! 相手も本気だ。明確に『あいつ』が関与してるという証拠がないと……。浜名のガサ入れも記事絡みで封じられたとなると、実行犯のアベの特定が唯一の手がかりだが、テープの件をこれから捜査本部全体で共有する自体出来るのか? こんな圧力受けた後で?」

と、鼻息を荒くしながら西田に尋ねた。いや、尋ねたというより、「出来るか? 出来るわけないだろ?」という反語的な意味合いだったはずだ。結論はある程度わかってる上で確認してきたわけだ。


「それはわかってます。だけど、竹下は処分食らっても抗戦するつもりです。俺も必ずしも本意じゃないが、巻き込まれました」

そう言うと、西田は思わず苦笑したが、それを聞いた向坂の顔は対照的に強張った。

「竹下が!? あいつはやはり命知らずだな……」

そう言った後、とまどった態度を見せた。

「知ってるでしょうけど、東京から連れてきたフリージャーナリストの高垣って人に感化されたみたいですよ。たまたま、倉野さんからの『今の話』を俺としているのを聞かれる羽目になって、激怒されましてね」

「激怒?」

「ええ。警察はそんな圧力に負けるようで許されるのかとね……。自分はなんか反論してみましたが、まあまさに『無理筋』でして、あっという間に論破されました」

「そういうことか……。まあ竹下ならそっちに付くよなあ……」

向坂はさもありなんという顔をしたが、竹下が警察を辞めかねないと指摘していた人から見れば、至極当然の成り行きなのかもしれない。


「それで、高垣って人が、東西新聞と察庁の圧力の件で、何があったか探ることに協力してくれるそうです。詳しいことはともかく、大体は予想が付いてるのも確かですが……。そして、それが竹下が翻意した最終的な後押しになったんですよ」

「協力ねえ……。たかが個人のフリージャーナリストレベルに期待出来るのか? 大手マスコミ外の人間だぞ?」

「フリージャーナリストにはフリーなりのソース元があるらしいです。そこら辺は業界人じゃないのでわかりません」

「大体、こっちの捜査情報も渡さないといけないだろ?」

向坂は高垣の要求を読みきっていた。

「まあそうなんですが……」

西田は口ごもったが、

「程度にもよるが、モロに渡しても黙っていてくれるほど信頼おけるのか? どうも信用ならんな……」

と向坂は首を捻るだけだった。

「もう遅いですよ。既に大半の一連の事件情報を喋りました」

と告白すると、

「はあ?」

と向坂は意図せず大声を上げてしまい、捜査本部に居た他の捜査員の視線を一点に集める始末になった。西田は、捜査員の注目が分散したのを確認した後、

「ちょっと、外に出ましょう」

と提案し、休憩所へと向かった。


「もう賽は投げられました。それだけです」

と、休憩所の自動販売機に硬貨を投入しながらポツリと言った。向坂はそれには一切反応せず、目をシパシパと瞬かせた。そして、

「遠軽の沢井課長は?」

と確認してきた。

「当然知りません」

缶コーヒーのプルタブをプシュッと開けながらの西田の即答に、

「全く馬鹿野郎が……」

と小さく罵って舌打ちしたが、

「捜査情報を喋っただけか? 全ての資料見せなくて理解出来るのか?」

と突然話の方向が変わった。


「いや、見せてないですよ。どうせなら見せた方がいいのはわかるけど、どう考えても見せられないでしょ、こっちの一存じゃ……。課長の決裁ないと……。さすがに一部はともかく全部は課長の許可なしに持ち出しってわけにはねえ。迷惑掛けるにしても、課長は一切知らなかったという形を採るならまだしも、責任をより問われる形にしちゃったらマズイですよ……」

西田はとんでもないというジェスチャーをして、コーヒーに口をつけた。

「その状態で口頭だけで説明は無理だろ?」

「まあ、細かいところは……。取り敢えず、今回の圧力について、政界の動き含め調べてくれるとは言ってます」

「そんなもん、これまでの捜査の話を詳しくしなくても、大して結果は変わらなかったんじゃねえかな?」

「それは……。大島の属する箱崎派と葵一家の話も知ってたみたいですが、それはこっちも既に府警から情報得てましたから、無意味でしたね」

西田の発言に、向坂は呆れの意味でお手上げと言った感じだったが、

「もし高垣とか言うのに何か協力してもらえるとすれば、警察の持ってない情報や推測出来ないレベルの情報を探ってもらうことに意味があるんだろうが、何かあるか?」

と言い出した。

「何があるかなあ……。まあ政治やら官庁方面の情報は警察より詳しいと自認してましたけど、それはハッタリではなく事実だとは思います。そこで何か他に洗ってもらえるような話があれば」

「まあ、経歴見てもそこに嘘はないとは思うが……」

向坂はタバコを取り出して火を付けようとしたが、急に動きを止めると、思いもしないことを言い出した。


「情報ってのとは違うが、あれ何とか手に入らないか?」

「あれって言われましても……」

西田がそう言いかけたところで、

「指紋、指紋! 大島の指紋!」

と焦ったように何度も口にした。言われてみれば、もし「大島海路」の指紋を入手出来れば、証文の「桑野欣也」名義の拇印と照合できる。そして一致すれば、戸籍の流れだけでなく、科学的にも同一人物と確定出来る。一連の犯行の前提となる、過去の「物語」はそこで証明出来るということになる。


「そういう方向ですか……。正直思いもしなかったですね。しかし、大島本人のモノは、警察でも怖くて入手するのはまず厳しいのに、あの人に調達出来るかはちょっとね……」

「警察じゃ圧力もあって色々と無理がある。だとすれば別ルートに期待したいが、アウトサイダー故に政界に届く人脈はないのか? まあ反体制派じゃ無理か……」

向坂は悔しそうにタバコを咥えると、忙しなくライターのフリントを回した。


※※※※※※※


 当日中は既に北見ですべきことが無くなった竹下と黒須も遠軽に戻し、夕方、捜査本部のその日のまとめの会議に西田と吉村は出席した。会議中も「首脳」からの察庁の圧力絡みの話は、一切出なかった。トップシークレットたる「アベ」の手がかりも、未だに倉野達は掴めていないし、一般の捜査員も、銃撃犯の情報を掴むに至っていない。


 だが、西田が今回掴んだ、伊坂組と関わりの深い「双龍会」が、今回の事件に「遠巻き」ながら一枚噛んでいる情報については、倉野は捜査員全体に報告した。そうなるに至った週刊誌記事などの理由については、特に隠す必要もなかったが、細かく話すと色々面倒な方向になるので、あくまで「8年前の佐田実殺害事件に伊坂大吉を中心として伊坂組が関わったため、それと関わりのある双龍会にも疑惑がある」とだけ説明した。


 捜査員の一部からは、「8年前の佐田実殺害事件に、双龍会自体が関わったという明確な捜査情報はなかったはず」との疑問が出たが、「念のため」で押し通した。


 捜査本部全体としても、情報の共有について何か隠されているという感覚を持つ者も徐々に増えてきた感があったか、その「言い訳」の後、しばらくモヤモヤとした空気が蔓延したままだった。


 ※※※※※※※


 会議が終わったのは、珍しく考えていたより早く、午後7時ぐらいだった。せっかくなので西田は向坂も誘い、高垣と一緒に夕食も兼ねて一杯やることにした。高垣も今度は誘いに乗ってきた。西田が他の捜査員にも会わせたいと言ったことも、その理由だろう。当然のことながら、実際にレクレーション目的の類ではなく、何か捜査に役立つ情報交換が出来ればという狙いであった。以前、向坂と、伊坂組聴き込みの前日に、竹下について語り合った店に高垣を連れて行った。吉村は「メンツを考えると」連れて行くか迷ったが、遠軽に戻るには、酒を飲まないで車を運転してくれる人間が必要だったため、「酒を飲まないなら」の条件で連れて行くことにした。

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