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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
明暗
69/223

明暗48 {54・55合併}(233~235・236~237 高垣激昂 新たな提案)

「いえ、高垣さんがセッティングされて会ったヤクザが実際に存在して、今特定出来たわけですから、面通しとしては十分です」

そう西田に返された高垣は、

「土建業界の人物として、村山組関係者として会わせられた奴の方は?」

と何かを訴えかけるような目で聞いてきた。

「村山組の実際の役員、従業員ならともかく、会ったヤクザが、自称日照会だったものが実は双龍会だったことを踏まえても、嘘の自己紹介なのは自明。そうなるとさすがにそれは対象が広すぎますから……」

西田は遠慮がちにそう告げると、、

「いやいや、そいつはこれなんだよ!」

と、さっき一度読み進んでいたページまでめくってから、そう叫ぶように言った。

「え? 土建関係者として会った奴もここに載ってるってことですか?」

「そうだ、こいつがそう!」

驚いたことに、栗山のページから数ページ先に行ったところに載っている、「田辺一博」という人物がソレだと言う。


「こいつは双龍会のフロント企業の1つで、『端野たんの建設興業』の役員をやってますが、勿論実体は双龍会の幹部です。栗山よりは下ですが……」

真野の解説に、西田と竹下は思わず笑みを交わし、

「と言うことは、高垣さんを嵌めた取材相手は、どちらも双龍会の絡みか……。村山組とそのケツ持ちのヤクザではなく、共に双龍会の構成員だったとはな……」

と喜んだ。そして当然のことながら、双龍会と言えば伊坂組に繋がる可能性も相当高くなる。東西新聞と資本関係のある東風出版による工作に、伊坂組と縁の深い暴力団が関わっていた。これまで見えていた大島と伊坂組のラインに、大島の所属する民友党との強いパイプがある東西新聞の関連会社・東風出版のラインがまさに重なった。そして今日の東西新聞の「大げさ」な記事と来れば、無関係だとは到底言えない状況を露呈している。だが、そんな余韻に浸る間もなく、西田の携帯が鳴った。倉野からだった。おそらく伝言を聞いたのだろう。


「西田、面通し中で話せるか? いやあ相当マズイことになったぞ……」

倉野は話せるかどうか聞いてきたにもかかわらず、相手の返答を待たずに勝手に喋りだした。そのせいもあって、今しがた発覚したばかりの事実を報告するタイミングを失ってしまい、仕方がないのでそのまま倉野の話に合わせることにした。


「朝刊の記事の件で呼ばれてたそうですが?」

「それなんだがな……察庁(警察庁)の方から警告を食らった」

「サツチョウ……? えっ警察庁から警告って!? ちょ、ちょっと意味がわからないんですが?」

思わず聞き返すと、

「8月の喜多川の件と絡んで、2度目の『やらかし』の上に、全国紙の東西新聞にデカデカと出たことで、『世論に配慮しないとならん』と言ってるみたいなんだな、あっちが」

と語った。

「いや、あの……、えっと、待って下さいよ……。 確かに8月の喜多川の件はこっちというか、『本社』の道下さんがやらかしたとは言えますが、今回の浜名の自殺をウチの責任にするのは無理があるでしょ? それに警察庁が世論に配慮ですって? それは絶対違いますよね?」

思わずヒートアップした西田に、

「そうなんだが、新聞記事はあくまで表向きで、どうも官邸通して政治圧力が掛かったんじゃないかと、ウチの園山方面本部長が、本部の遠山刑事部長から電話で言われたらしい。浜名の自殺で、『あちらさん』も尻に火が付いたんだろう……」

と歯切れ悪そうに告げた。それを聞いた西田は愕然とした。

「政治的圧力って……。じゃあ、捜査はどうなるんです? まだやってない浜名関係のガサ入れは?」

「浜名の件でガサ入れは明確に厳しいと言われたよ。余程の確信に至るものが出てくれば別らしいが、かなり厳しい圧力みたいだな今回は。こっちは大島の話もテープの話も一切してないが、どうも浜名関連だけでも、圧力掛けてきてる連中はかなり焦ってる模様だ」

「うーん……」

西田はそう言ったきり、次の言葉がすぐには思い浮かばなかった。しかし、いつまでも黙っているわけにもいかない。振り絞るように、

「……わかりました。それはともかく、こっちは今、高垣さんに面通ししてもらって、その結果、双龍会の幹部構成員だったようです。会った暴力団関係者そのものも、土建会社の関係者も」

とやっとの思いで報告した

「そうか……。伊坂組へのルートが新たに繋がったってことになるのか。よくやってくれた……。高垣にも礼を言っておいてくれ」

倉野は力なくそう言った後、

「しかしそれもおそらく無駄になったかもな」

とポツリとこぼした。


「そんな弱気なこと言わないでくださいよ。まだ諦めるような段階じゃないでしょ!」

西田はいきり立ったが、大元の警察庁まで動き出したとなると、エリートとは言え、大きな意味での中間管理職に為す術はなかろう。わかってはいたのだが……。

「スマン……。今のところは、やはり実行犯のヤクザを洗うことでしか、大島ルートの直接捜査は考えられないかな……。そっちでダイレクトに大島まで繋がればいいのだが……」

「捜査本部の連中には伝えるんですか? 少なくとも浜名のガサ入れしないことについては説明しないと!」

西田は畳み掛けたが、それに対し、

「説明しないといけないが、現時点では保留でまだ決定済みというわけじゃないからな。それほど文句も出ないんじゃないか? とにかく今わかってるのはそういうことだ……」

と倉野は歯切れの悪い応答に終始した。

「揉めるでしょ……。俺らと違ってテープの件は知らないとは言え、あからさまに怪しい対象を無視するんじゃ……」

食い下がる西田に、

「とにかく、そういうことだから……。そっちの件は後で詳しく報告してくれ」

と倉野は無理やり打ち切るように電話を切った。


※※※※※※※


 腹立ちまぎれに携帯を机に軽く叩きつけた西田に、残り4名の刑事はただならぬものを感じたか、

「何があったんです? 傍から聞いていた限りですが、政界と察庁が介入してきたんですか?」

と口々に聞いてきた。

「そんなところだ……。東西新聞の記事絡みで、あっちから警告食らったらしい……」

「やっぱりそうですか! どう考えても、自殺した浜名が一種の自供したようなもんでしょ? どうしてこっちの責任になるんだか」

西田の報告に、吉村はかなり憤慨した。

「しょうがない。倉野さんの話だと、おそらく浜名の関与がバレたのが、あっちには痛かったので、政治圧力かけて、察庁を動かしてきたんだろうって話だ。おそらく、そのための理由付けが、東西新聞の今朝の記事って奴だよ。最初から予定調和のマッチポンプだな」

言い捨てるような言葉の後、西田は高垣が目の前に居たことを改めて思い出した。倉野もこっちが高垣と一緒だったことをわかってはいたはずだが、気にしている余裕がなかったのだろう。正直今の顛末を全部見せ、聴かせたたことはマズイと思ったが、後の祭りだ。


 そして、高垣は突然口を開いた。

「話を一方的に聞いているだけで、俺には状況がはっきりとは飲み込めていないが……」

高垣はそう前置きを言ってから、

「銃撃事件に絡んで、今日の東西新聞の記事、そして政治圧力? それらが結びついてるのか? だとすれば、俺の記事の件じゃないが、上手く利用されたな……」

と質問してきた。

「まあ……。高垣さんには関係ないですから。捜査情報なんで詳しいことは……」

西田は口を濁した。その時竹下が不意に、

「真野刑事、一応確認はとれたんで、今のところ、4課にはこれ以上協力してもらう必要がなくなったから。資料のコピーだけもらって、帰ってもらって結構だよ」

と指示した。

「……わかりました。じゃあコピー取りますんで」

そう言うと、室内のコピー機で田辺と栗山の資料のコピーを取り、西田に渡した。

「それから、四課長によろしく言っておいてくれ。倉野課長か大友部長辺りからも挨拶が後であると思うから。ホントありがとう」

そう西田が真野に言うと、

「わかりました。それじゃお先に失礼します」

と逃げるように退出した。明らかに雰囲気の悪さが若手刑事にもよく伝わってしまったらしい。それを見届けると、竹下は思わぬことを西田に聞いてきた。


「ちょっと、道報の五十嵐さんに確認させてもらっていいですかね?」

「何を?」

思わず西田は聞き返した。

「今朝の記事です。道報がどういうスタンスで記事にしたか確認したいんです」

正直、竹下の言いたいことがよく掴めていなかった西田だったが、やる気をなくすような倉野からの報告もあり、少々投げやりになっていたせいか、

「わかった。ここは今遠軽の連中と『お客さん』だけだから、勝手にしていいぞ!」

と余り考えず許可を与えた。


 竹下が連絡すると、すぐに五十嵐に繋がった。

「どうも竹下ですが?」

「今朝の記事の件だろ? 絶対来ると思ったよ」

五十嵐は、すぐに竹下の用件を言い当てた。

「じゃあ話が早いですね。どっからリークされたんですか? 社会部ならわかりませんかね?」

「そっちもリサーチ済みだ。お前の聞いてきそうなことは大体読める」

少々自慢げで、世話になっているとは言え鼻についたが、そんな小さいことでイライラしている場合ではない。

「それは助かります。お願いします」

「リークは北見方面公安委員会の誰からしい」

「公安委員会ですか。警察組織のどっかじゃなかったんですね」

「まあ、でも公安委員会は、監察官室同様、警察の不祥事についても扱ってるからおかしな話じゃないだろ?」

「ええまあ」

竹下はそう答えるのが精一杯だった。


※※※※※※※


(都道府県)公安委員会とは、簡潔に言えば、「警察の運営を管理監督監視する委員会」である。他にも、運転免許の交付や風俗業の営業許可などの権限も有する。委員会の委員は、基本的に民間人(各都道府県での被選挙権の保有者)から都道府県の知事が都道府県議会の同意を得た上で任命される。


 現実は、地元の名士や有力経済人などが選ばれることが多い。また、北海道の場合、北海道警察本部の中に、更に「方面本部制」を採用しているのと同様、公安委員会も各方面本部ごとにあり、北見であれば、北見方面公安委員会として組織されている。


※※※※※※※


「でも今回の件は不祥事じゃないですよ」

「そりゃ任意で引っ張る前に自殺してるんだから、こっちもわかってるが、過去の例においても、適正な捜査であっても自殺者が出た場合には報道されるだろ? 今回はウチも報道はするが、批判はしないという、そっちにとっても、不利益のない報道に止めたはずだぞ?」

「しかし、東西新聞だけは全国の3面で扱ったみたいですが?」

「俺も自分の目では確認はしてないんだが、らしいな。どういう意図だかはわからない。ただ、これまでのお前との話を総合すると、政界絡みの匂いがプンプンしてるが、そうなんだろ?」

五十嵐は核心を突いた。

「まあそんな感じです」

竹下は電話越しとは言え、苦笑いで応じた。


「そうか……。気をつけるんだな。8月の別件逮捕の際の意識不明の時は、ウチの記事を利用しようとしたが、今回はウチは特に何も言われず、いきなり北海道飛び越えて、全国シェア1位の東西新聞でこれだからな。話がでかくなってるような気がする、いや確実にデカくなってる」

五十嵐はなかなか鋭い読みを披露してみせた。

「ところで、リークした公安委員わかります?」

「ああ。さっき聞いた分には、元北見市長の二川ふたがわらしい。あいつも民友党だろ。で、死んだのが北見共立病院の浜名理事長だっけ? 民友党の死せる協力者と生ける協力者ってところか。対照的だな」

「そうでしたか……。大体の状況はわかりました……。道報やらその他へのリークはあくまで、『他にも情報を与えたよ』程度の意味だったんでしょうね。最低限の公平性を見せておかないとってことで」

「そうじゃないかな。あ、ちょっとデスクが呼んでるわ! じゃあ、後で何かまたあったら電話してくれ」

「忙しいところすみません」

竹下が言い終わる前に五十嵐は電話を切っていた。


※※※※※※※


「どうだった?」

すぐに西田が報告を求めた。

「浜名の自殺のリーク元は、元北見市長の二川らしいです。ただ、道報への報道圧力はなく、単なる通常のリークというか、普通にある形での情報提供だったってことで」

「つまり、道報は完全に自由に任せられた報道をしただけということか?」

「はい。ですから、警察を批判するような記事にはならなかったらしいです。今回の自殺であれば、こちらに非がないのは、誰でもわかる話ですから……」

「しかし、東西新聞は大々的にこっちに責任があるかのような記事にしたと」

「ええ、今回のリークの目的もそっちであって、道報とかその他は、公平性を担保するために、渋々教えた程度じゃないかと、五十嵐さんは言ってました。要は、警察うちの総本山たる警察庁が問題視する形を作り出すために、政治の力で全国紙の東西新聞にやらせたと」

「ったく小賢しいことばかりやりやがって」

西田は苦り切った顔で舌打ちした。そんな状況で、高垣が再び口を開いた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「今朝の新聞から今までの話、自分の体験……。これ考えると、また東西新聞がやらかしたってことでいいのか?」

「また」を強調してメガネを外すと、ケースからメガネ拭きを出して、しきりにレンズを拭いた。

「まあそういうことですね」

竹下はその様子を見ながら、棒読みで返答した。ただ、高垣が東西新聞を辞めた経緯も少し聞いていたので、その思いはある程度理解していた。それを聞き終えると、メガネを再びかけ、刑事4名を睨むように見据え、思わぬことを言い始めた。


「俺に何か出来ることはないか? 例えば、この記事の出るまでの流れを調べてもいいんだぞ! ただ、そのためには、これまでの捜査の情報の概要が欲しい! 相手が何を狙っているのか、それを知った上で調べないと掴めないものがあるんだ。それが条件だ」

「?」一同は目を剥いて高垣をマジマジと見つめた。。

「いや、だから協力出来るならしたいと言ってるんだが? 勿論情報を外にバラすことはしない。誓約書も実際出してるだろ?」

4人の煮え切らない態度に不快感を隠さなかった高垣だったが、

「失礼な言い方になるのを承知で言いますが、高垣さんは完全に部外者ですよ! 協力の申し出はありがたいんですが、捜査情報を他にも色々流すとなると厳しすぎます。捜査協力は今回の面通しで十分していただきました」

と黒須に言われると、

「こっちは好きでもない警察に協力してやってんのに、その言い草はないな」

と今度は突き放すように反論した。その直後から小会議室はピリピリしたムードが張り詰めた。刑事側としては、何とも対応しようがなかったので、黙っているしかなかった。だが竹下が最初にそのムードを破った。


「係長、どうでしょう? ここまで来たら、高垣さんにも協力してもらったら?」

それを聞いた西田は、口をあんぐりと開けた後、

「おい竹下! これまでの捜査でも、組織に抗って、多少際どいことはやってきたのは事実だが、警察内部の問題で済ませられる次元だったと思う。だが、かなりの捜査情報を与える前提となるとな……」

と、憂慮を示した。

「でも、五十嵐さんにこっちの情報バラして、捜査情報得たのも確かですよ。五十嵐さんは最終的に記事にしましたが、高垣さんも最低限出すべき時が来るまでは出さないと言ってくれてます」

竹下は一応は道理の通った異議を唱えた。確かに五十嵐の時と論理的にはそう変わらない。しかし、真の問題は、五十嵐の際には、情報の与え方の主導は警察側にあったが、今回はそうとは言い切れなかった。高垣側の仕掛けに乗るわけだから当然だ。


 そして今回は、相手の捜査妨害のレベルが格段に上がっているということがあった。本気度合いが違う。高垣に協力を依頼するということは、ある意味全面戦争になりかねないという点だった。これは、状況が大きく変化したことを意味しているのは間違いない。黒須、吉村も心配そうに状況を窺っていた。


「そうは言ってもだ、あれはこっちが与えてもなんとかなる次元での情報提供で、しかも『周辺』を探らせるだけだったが、今回は本丸を調べることになるんだぞ? 危険性が段違いだ」

西田はそう言うしかなかった。

「係長! しかし、これまでの事件で何人の人間の死が無駄にされることになるか……。自分なら高垣さんを利用してでも、何とかしたいという気持ちがあります」

それを横から聞いていた高垣は、

「その通り! 真実の追求のためには、俺のことはどんどん利用してもらいたい。例えそれが警察という権力側を利することになってもな! それこそがジャーナリストの本分だ」

と笑顔で煽った。

「高垣さん、あんた一体何故そこまで……」

西田は怪しむと言うより、単純に高垣のこれまでやってきたことと比較して、その強い動機を理解出来ないでいた。その点は、高垣と直接辞めた経緯について聞いていた竹下も、イマイチ釈然とはしていなかった。

「高垣さん、協力の申し出を受けるのに賛同しておいてなんですが、実は僕も単に協力してくれるというだけでなく、そこまでしてくれると言う理由については、東京で聞いた理由だけからはちょっと違和感を感じてるんですが……」

そう正直に語りかけた。


「そうだな。確かに一文の得にもならんことで、警察含めた権力叩きしてきた俺にこうまで言われたら、怪しまれるのも仕方ないか……。まあ、もし事件が解決すれば記事に出来るというメリットは当然あることは、あんたらもわかるとは思うけど」

そう言うと、

「じゃあこっちが先に腹を割る必要がありそうだ。ちょっと個人的な話で長くなるが聞いてもらえるか?」

と4人に許しを求めた。


「竹下さんは知ってると思うが、つい先日まで、俺は例の沖縄の米兵少女暴行事件の取材で沖縄に行ってた。それ絡みでよく出てくる、『日米地位協定』ってのは、あんたらも今回のニュースで聞いたことあるよな?」

そう振られた西田達だったが、確かに米軍の犯罪者を、日本側は米軍の許可なしに捜査できない等という法律で、問題視されていたのは知っていた。

「ええ、聞いてます。沖縄県警もかなり苛立ってるようでした」

そう答えた西田に、

「中身も大体知ってるだろうが、言わば現代の『治外法権』みたいなもんだ。明治政府が陸奥宗光の交渉で撤廃させた奴だが、日本も日米安保条約の発効により、事実上の治外法権が戦後しばらく経ってから再び生まれたわけだ。沖縄は、本土復帰前までは、それ以前の問題として、植民地の二級市民扱いで、米軍の犯罪に悩まされてきたが、復帰後もそのせいで、しばしば問題になってた。そこに今回の事件だぞ! そりゃ怒りも爆発するだろ。でもな、本土でもそれが大きな問題になったことがあった。これもあんたらの世代なら普通に知ってるだろうが、1977年の横浜での米軍機墜落事故だ」

高垣はそう言うと、悔しそうに拳を握った。


※※※※※※※


 一般的名称としての、「横浜米軍機墜落事故」とは、1977年9月27日、横浜の住宅街に、アメリカ海兵隊の偵察機がエンジン火災を起こして墜落。周辺の住宅で火災が発生し、計3名の住民が死亡した事件である。尚墜落前に、パイロットは脱出し生還した。


 しかしながら、そのことで、機体のコントロールは早期に失われており、住宅地における危険回避という意味ではかなりずさんな対応であった。ただ、問題の本質はその後の米軍と日本側の対応の方だったかもしれない。日米地位協定もあり、事故の責任やエンジン火災の原因究明などが米軍主導により行われ、且つ米軍側による究明はきちんと日本側に説明されなかったという問題である。また刑事責任も一切問われなかった。


 特に、事故で犠牲となった母子のエピソードが日本人にとっても怒りを覚えさせるもので、また同情を禁じ得ないものだったこともあり、未だに長く語られることとなっている。


※※※※※※※


「その取材で、当時社会部に居た若手のペーペー記者の俺は、先輩達と精力的に日米地位協定問題について記事にしようと奮闘したんだが、東西新聞は日米安保維持を至上命題とする政権与党の民友党とベッタリだから、たまたま連日で発生した、『ダッカ事件』が、この問題の矮小化に使われ、記事の大事な部分の大半がもみ消された。勿論、他社は墜落事故の件もしっかり報道してたが、こっちは上手く問題の本質をはぐらかすような記事で、日米地位協定の悪辣さを扱うことを避けることに成功したわけだ。頭に来たね! 新聞ってのが、全ての社会問題を必ず扱えるもんだと思ってブンヤになった程、当時ですら俺も青くはなかったが、これほどの問題を扱わない新聞に公器としての意味があるのかと!」


※※※※※※※


 「ダッカ事件」=「ダッカ日航機ハイジャック事件」とは、1977年9月28日(つまり横浜米軍機墜落事故の翌日)、フランスのド・ゴール空港発羽田行き(途中数カ所の国際空港に寄る航路だった)の日航機が、経由地のムンバイ空港離陸直後に、5名の日本赤軍によりハイジャックされた事件である。


 その後、バングラデシュの「ダッカ国際空港」に緊急着陸し、犯人グループは身代金と日本で勾留・服役中の9名の解放を求めた。これに対し、当時の福田赳夫政権は、「人命は地球より重い」発言でも知られる、いわゆる「超法規的措置」と呼ばれる措置をとり、服役・勾留中のテロリストを解放した。


 これについては、当時からかなりの批判があったのも確かだが、実は、当時は日本だけでなく、諸外国でもテロリストの要求を受け入れて、身柄拘束中のテロリストの解放をすることがあり、必ずしも日本だけが「テロに屈した」というわけではなかったことは明確にしておかなくてはなるまい。


 しかしながら、この直後(1977年10月13日)に起きた、「ルフトハンザ航空181便ハイジャック事件」では、ハイジャック後に行き着いたソマリアで、当時の西ドイツ政府が特殊部隊を派遣。イギリスの特殊部隊と共にテロリストを射殺・制圧し、乗員乗客全員を解放(その突入前の時点で既に機長は射殺されていた)したことで、流れが完全に変わったとされる。


 ダッカ事件はその直前だっただけに、日本の対応がピックアップされやすいものの、時系列的に見れば、日本政府の対応だけが、国際的に見て「異質」だったわけではないのである。当然、法治国家としての自殺行為であることは全く別の問題ではあるが。


※※※※※※※


 昨日のことのように怒りを露わにする高垣だったが、その次に思わぬことを言い出した。

「だが、そんな日米地位協定であっても、必ずしもアメリカだけが一方的な悪者というわけじゃないんだな。失礼かもしれないが、日本の刑事訴訟手続きは、非情に前近代的な代物で、アメリカ側がそういう点において、『日本の司法には任せられない』という思いを抱くのも、全く理解できないわけじゃない。あんた方警察の非人道的なやり口もまた、問題の本質の1つだと俺は思ってる。今日記事になった件でも出た、夏場の別件逮捕の後、取り調べ中に意識不明になった話だって、警察がまともに対応してたら、避けられた話だろ? おまけに事件の解明にも支障をきたすんじゃ、なんのための取り調べだかわからん!」


 火の粉が自分達自身にも降りかかってきた4名だが、困惑する3名をよそに、竹下はその意見に深く頷いていた。勿論、これまでの流れを考えれば、竹下にはそういう態度を示す資格があったのは、西田から見ても確かだ。それを尻目に憤慨する高垣の話はまだ続いた。

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