明暗47 {52・53合併}(228~229・230~232 高垣・北見へそして聴取)
倉野は向坂、西田、吉村を呼び出しその事実を告げた。3人は当たり前のように色めき立った。浜名と大島のラインが、民友党の党員というだけでなく、具体的に繋がったと言えたからだ。しかし、大島に浜名が頼んで大島が行政に働きかけたという証拠は、関係者による証言頼みとなると、まず具体的になるのは期待薄だ。取り敢えずは、大島の関与は堅くなったという意義を重視しておくに留めるべきというのが倉野の意見だった。
だが、大友はこのことで、午前には態度を決めかねていた高垣への協力依頼に、突然ゴーサインを出すことにした。高垣を警察内部情報に関わらせるリスク以上に、大島へと繋がる可能性が僅かでもあることを調べるべき時期に既に来ていると、浜名と大島の関係の新情報を元に判断したのだった。但し大友は条件を1つ出した。
「西田! 竹下に、『この件について、事件が完全に解決した場合を除き、如何なる公表もしない』という誓約書を高垣との間に作成できるかどうか確認してくれ。それが出来る場合のみ、面通しを頼む。それが出来ないのなら、この話は永久になかったことにする」
それを聞いた西田は即座に、
「それはどうですかねえ……」
と口走っていた。相手が硬骨の反権力ジャーナリストとなると、西田はかなり厳しい条件ではないかと思ったが故、はっきりと厳しいという見通しを伝えたのだ。かと言って大友の言っていることが間違いだとは言えない。捜査の成功裏の終結を前提としない限り、万が一公表されれば、実際大きなリスクを大友や倉野は負うことになるからだ。
「出来るか出来ないか、それは西田達の説得次第じゃないのか!」
大友は決断を迫った。もはや西田としては受け入れて、竹下に指示する以外に選択肢はなかったと言って良かった。
※※※※※※※
「大友本部長が、高垣に、捜査情報を事件が解決しない限りは一切口外無用と言う条件を飲めるか確認しろとさ」
そう連絡してきた西田に、竹下は、
「急に動きましたね」
と感想を述べたが、悪条件も含めた上で歓迎していた。浜名の「負い目」についても、聞いてもそれほど驚かなかった。本人談としては、「党員という関係以上に、何かしがらみがあったかも」とは予期していたらしい。
「誓約書書かせられるのか?」
かなり懐疑的な西田に対し、
「絶対とは言えないですが、おそらくは大丈夫じゃないかなと考えてます」
と自信ありげに語る竹下の言葉を、西田は不安を抱きながら聞いていた。
「早速高垣さんに連絡取ってみますよ。絶対大丈夫だと思うけどなあ……」
竹下の自信は、高垣のプライドが、警察に協力する「敗北感」より、虚偽の取材に利用されたという「怒り」や「真相」を追求したいという「欲求」の方に作用すると考えていたからだった。誓約書を作成することで、高垣のプライドは間違いなく害されるとしても、それ以上に立ち向かうべき敵が居ることを、重視するはずという確信があった。
※※※※※※※
早速高垣と連絡を取り、誓約書を書いてくれれば、面通ししてもらうと伝えると、
「うーん……」
と唸り、10秒ほど黙ったが、
「よしわかった……。今回は条件を飲もう! 警察に利用されるだけなのは到底本意ではないが、事実解明の方が重要だ! 小異を捨てて大同につくのが、今問われていることだからな……」
と自分に言い聞かせるように喋り、竹下が思っていた以上にあっさりと受け入れてくれた。
こうなると話は一気に進み、大友の許可も得て、翌日11月20日に、竹下と黒須は高垣を連れて北見へと戻ることになった。
※※※※※※※
当初は朝一の便ということも考えたが、高垣が「朝は弱い」と拒否したので、昼過ぎの女満別行きの便になった。竹下は、
「防寒着は絶対用意してきてください」
と注意しておいたので、ダウンジャケットを羽織って浜松町駅の改札前に高垣は現れた。
「先週は温かい沖縄だったのに、今週はクソ寒いだろう北海道とはな……」
と愚痴をこぼしたが、一々そんなことに構ってはいられない。
一行は、モノレールで空港まで行き、羽田の搭乗カウンターで手続きを済ませ、手荷物検査を受けてラウンジでNHKの11時のニュースをなんとなく見ていた。すると北見地方の天候は小雨で、気温は最高気温が8度ぐらいらしい。まあこの時期の北見にしては暖かい方ではあるが、高垣はそれを見ながら、
「10度近く気温差があるな……」
とボヤいていた。
軽く昼食を済ませるとすぐに搭乗し、女満別空港には午後2時過ぎに無事ランディングした。昨日の時点で、西田と吉村が空港に迎えに来てくれることになっており、預けていた手荷物の受け取りを済ませ出口を出ると、手を挙げる2人が視線の先に飛び込んできた。
「こちらが上司の西田、部下の吉村です」
早速、竹下が高垣に2人を紹介すると、
「どうも、高垣です」
と素っ気ない挨拶を交わした。基本的に「警察権力」と言うものは嫌いなのだろう。隠そうとしても態度に出てしまっていたが、まあ仕方ない。西田と吉村もある程度は予期していたか、特に嫌な顔はしなかった。運転席に吉村、助手席に西田、後ろは運転席の後ろから竹下、高垣、黒須の順に座り北見を目指す。
「今日はこのまま取ってあるホテルに泊まってゆっくりしてください。明日面通ししてもらいますから」
西田からそう告げられると、
「最長で4日ぐらいを予定してると、この竹下さんから言われてるけれど、それで大丈夫なんだよね? こっちも仕事柄、締め切りってのがあるから」
と、高垣は無愛想に聞いた。
「そうですね。明日朝から入ってもらったら、それだけあればなんとか……」
安請け合いも出来ないが、機嫌を損ねるのも得策ではないわけで、西田は誤魔化した。
「そう……。それにしても何だな、こうやって刑事に挟まれて車乗ってると、逮捕されて護送されてる気分だな……」
竹下と黒須を交互に見ながら不満そうに言う。
「じゃあ窓側に変わりますか?」
気を遣った黒須に、
「いやまあいいよ、今更面倒だから」
とあっさり断ると、高垣は目を閉じたまま沈黙した。
さすがに車内は気不味い空気で満たされたが、対処しようがない。「取り残された」形の4人も会話が弾むこともなく、高垣を北見方面本部・北見署近くの「北見ミントイン」というビジネスホテルに送り届けた。
※※※※※※※
ホテルから北見署の捜査本部へ戻る途中の僅かな時間、車中では西田が、
「あれで本当に協力してもらえるんだろうな? おい!」
と竹下に確認をしてきた。
「利用されたことに頭に来てますから、協力はしてくれるでしょう……。協力と言うより、自分の復讐のためみたいなもんかもしれないですけど……」
竹下としては、ここに来て少し高垣の様子に不安な面が出て来たこともあり、そちらに気持ちが行っていた。そのため多少投げやりな言い方に聞こえたか、西田はカチンと来たようで、
「そんなじゃ困るぞ!」
と言葉を荒げた。
「まあまあ。大丈夫だと思いますよ。相手も警察相手ですから警戒してるんでしょ」
黒須が仲裁に入ったこともあり、ちょっとした言い合いになる前に芽は摘まれ、いよいよ北見署や北見方面本部のシルエットが道路脇に見えてきた。
結果的に見れば、竹下も黒須も捜査本部の一員として東京に派遣されていたようなものだったが、実際には捜査本部のメンバーではないので、西田に連れられ、竹下と黒須は捜査本部のある北見署ではなく、北見方面本部に入った。
そこで大友刑事部長(捜査本部では本部長)と倉野課長、管理官の比留間に、高垣に事前に書かせた誓約書を提出すると共に、捜査状況を報告した。2人は西田の独自判断による派遣で、一応派遣することは、捜査本部上層部にも西田から伝えられてはいたとは言え、その後の具体的な行動の多くが事後報告的なものだけに、3人の上役は岩手から東京での捜査状況を竹下から聞いている間も、硬い表情を崩さなかった。だが、内容的にはかなり事件の核心に迫るものだけに、次第に真剣に質疑をしながら報告を受けることとなった。正味1時間強にも渡る報告が終わると、説明した側も、聞いていた側も疲れがどっと出る程、濃密な時間だった。
「大島の素性については、2人の捜査でかなり明らかになったと言って良いだろう。直接指示はしていないが、よくやってくれた……。それに竹下の推理が正しければ、初の選挙運動中に伊坂と再会し、そこから2人の、政治と土建という一蓮托生の関係が始まったわけだな……」
大友刑事部長はそう言うと、椅子から立ち上がり、シェードの隙間から暗くなった窓の外を見やった。
「それにしても、国会議員になるまでにそういう話があったとはな……。なかなか権力欲の強い人物だという認識は、事件の前からあったが、成り上がり故の貪欲さがなせる技か」
そう喋りながら窓から離れ、再び席に座った。
「それで、その高垣とか言うフリージャーナリストはちゃんと協力してくれるんだろうな? こっちの懐にだけ入られて情報取られただけじゃ困るぞ。誓約書は提出してもらったから、その点は多少は安心できるにせよだ!」
比留間管理官は3人の顔をジロジロと見ながら信用ならんという態度を崩さなかった。
「協力については問題ありません! 但し、それよりも構成員の情報の中に、彼が会ったという人物が居るかどうかの方が心配です。そこはジャーナリストとしてのこれまでの経験から培われた勘に依存してますから」
竹下は確信と不安を口にした。ただ、その不安は客観的なもので、主観的には大丈夫という妙な安心感も伴っていた。そして、相手がヤクザであるならば、取材される際に地元の事情に詳しい必要があるため、ある程度北見地域と縁のあるヤクザだとも思っていた。
「そうか……。しかし、この捜査は今回に限らず、際どい賭けの連続だな。この先も綱渡り状態がずっと続くのか……。それでいながら、それなりに結果も出てるから失敗しているわけでもない。大島本人が直接関与した証拠がなければ……、ともずっと思っているが、状況証拠という外堀はドンドン埋まって行っているのも実情だ。なんとも歯がゆい状況だが、それでも動かざるを得なくなる覚悟もしておかないといけないか……」
大友はそう言うと、肩が凝ったのか首を回し、伸びをした。
「大体、高垣は週刊誌の編集部に騙されたんだろ? そういうことから見ると、『人を見る目』はかなり怪しいんじゃないのか?」
比留間はまだ高垣についてグチグチ言い続けていたが、
「それはそうでしょうが、取材対象に対するチェックと、依頼主の出版社へのチェックは、当然後者が緩くなっても仕方ないんじゃないですかね? 一応その道じゃ有名な人ですから、そういう目は信用していいと思います」
と西田が助け舟を出し、その場を収めた。
※※※※※※※
部屋を出て、遠軽のメンバーだけになると、西田は急に弱気の虫が顔を出した。
「ああは言ってみたが、本当に大丈夫かな……」
「係長らしくないですよ、そんなのは」
黒須が冷やかし気味に言ったが、西田は本気で心配していた。
「どうなんだ、竹下? 奴のさっきの態度を見る限りじゃ、どうも上手くいかないような気がしてならんな」
そう問われるも竹下は、
「今更心配しても時既に遅しです。わざわざ北見まで付いてきて、協力してくれないなんてことはないはず。素っ気ない態度は警察におもねるのが性分に合わないんでしょうよ。腹くくりましょう!」
とだけ言って前を見据えようとした。
念のため、遠軽署の捜査員は、その日の夕食に高垣を誘ってみたが、
「今日は執筆したいから遠慮させてもらう」
と断られ、さすがにこの時は竹下も少々心配になった夜だった。吉村含め4名は、高垣に断られ、同時に大友から早目に勤務から解放されることが許されたこともあり、夕方には遠軽に戻ることにした。
※※※※※※※
11月21日早朝、自宅アパートで早目の朝食をとりながら道報の朝刊を見ていた西田は、3面の小さな記事に目が止まった。
「北見共立病院銃撃殺人事件で、任意の参考人聴取を求められた男性が自殺」という記事だった。特に見解も無く、実名は当然だが職業も完全に伏せられた、単純に事実経過を記載してあるだけの記事だったが、世間的にも一応は表沙汰になったかという、ちょっと神妙な気持ちになった。
アパートの前で待っていると、やってきた車の運転席には黒須が座っていて、今日は吉村が助手席に居た。一番若い黒須が今日は運転士役ということなのだろう。竹下は右側後部座席で新聞を読んでいた。早速後部ドアを開けて、車内に上半身を入れると、着席する前に、
「竹下、記事見たか?」
と尋ねた。そう聞かれると、竹下は意味をすぐに理解していたようで、何のことか確認することもなく、
「はい見ました。むしろちょっと遅かったぐらいですね。これ捜査本部はプレスリリースしてたんですか?」
と言った。
「正式なプレスリリースはしてないが、まあリークはしてたんじゃないかな。俺は上からは聞いてはいない」
「そうですか……。まああくまで自殺したってだけで、事実経過だけの記事で、批判的論調じゃないですから、仕方ないですね」
そうあっさりと言うと、竹下は新聞をバサバサとめくった。
「喜多川の時みたいに、取調べ中に何かあったならともかく、任意の聴取に応じる予定の人間が勝手に死んだだけだからな。警察に落ち度なんてない。堂々としてりゃいい!」
西田は肩を揺すって開き直りに近い発言をした。
「まあ、叩かれる要素はないですよねえ」
吉村もそれに応じた。
※※※※※※※
前日約束した通り、午前9時に「北見ミントイン」の前に車を止め、待ち合わせしていたフロントの、ビジネスホテルらしい小じんまりとしたロビーへと歩を進めると、高垣が新聞を読んでいるのが視界に入ってきた。
「どうもお待たせしました」
竹下が声を掛けると、
「あんたら、大丈夫か?」
と、いきなり予想もしない返しをされたこともあり、竹下はキョトンと突っ立ったまま、首から上だけを高垣の方へと突き出した。
「これ見てないのか?」
そう言うと、立ち上がって東西新聞の3面を開いて4人に見せつけた。
「北見共立病院銃撃事件、参考人自殺 経緯を警察庁が調査」
と、かなり大きめの記事になっていた。これには、竹下のみならず全員呆気にとられた。
「どうなってんだこれ!?」
黒須が思わず声を荒らげたが、他の3名も同じ気持ちだった。
「何だやっぱり見てないのか?」
拍子抜けしたように高垣は言ったが、
「道報の方の記事は見てますけど……。北見地方で東西新聞なんて見てる人はほとんど居ませんよ。全国ナンバーワンの新聞社なのは確かですが……。ここはホテルなんで、主要紙は全部置いてあるから見れるんですね」
と竹下はあっさりと返した。
「そうか、北海道は道報が強い上に、更に札幌でもなく地方だから余計か……。東西なら夕刊もないだろうしな」
高垣はそう言うと、
「でも確かに、道報だけじゃなく、毎朝も日報も似たような小さめの記事だな。東西だけ異様な扱いだ」
と、机の上においていた他の新聞社の朝刊をそれぞれ手で持ち上げながら言った。
「なんて書いてあるんですか?」
西田が聞くと、
「自分で読んだほうが早いと思うぞ」
とぶっきらぼうに東西新聞を西田に差し出した。
西田が記事を読むと、要約としては、「北見方面本部の捜査により、再び犠牲者が発生した。夏に容疑者を別件逮捕した際の取り調べで、水分を十分に与えない状況を作り、くも膜下出血により結果死亡させた。そして今回、北見共立病院の銃殺事件で、重要参考人としてH氏に任意で聴取する予定だったものの、当日朝にH氏が自殺した。どういう状況下で聴取を要請したかはわからないが、高圧的だった可能性も考え、警察庁並びに道警監察官室が介入する可能性がある」
と記載されていた。
「なんじゃこりゃ……」
西田はそう呟くと、高垣に新聞を力なく返した。
「東西だけやけに誇張して書いてあるところを見ると、実際に捜査してるあんた等から見ても、この記事は『飛ばし』に近いのか?」
「高垣さん、事実8月頭に別件逮捕絡みでそういう不祥事があったのは……」
竹下が説明しかけた時、
「あ、思い出した! あったな確かに。全国ニュースにもなってたっけ」
と思い出したように遮った。竹下は仕切りなおすと、
「ただ、その件と違い、今回は任意の聴取を依頼して、相手がそれを飲んだ矢先の出来事ですから、捜査本部としてもそういう圧力めいたことはしてないはずです。と言っても、自分は捜査本部付けではなかったので……」
と言って西田に確認した。それを受けて西田も
「ああ、それについては全く落ち度はなかった」
と答えた。
「常識的に考えて、確かに任意の聴取前に自殺したってことは、警察に問題があったというより、自分に後ろ暗いところがあったと考えるのが妥当だわな。それでいながらこういう記事になったのは、何やら『思惑』があると見て良いはず……」
そう高垣は言うと、眉間にシワを寄せて、何やら考えていた。
「どっちにしても、ここで喋ってると他の人に邪魔だから、庁舎の方へひとまず行きませんか?」
黙っていた吉村が冷静な提案をした。
「それもそうだな。高垣さん、じゃあ話の続きはそっちで」
西田はそう言うと、高垣を外の車へと案内した。
※※※※※※※
北見署と北見方面本部の合同庁舎の駐車場に着くと、そこから高垣の聴取のための、方面本部庁舎・小会議室への案内は竹下と黒須に任せ、西田は北見署内の帳場こと捜査本部へと向かった。おそらく、新聞報道の件は既に捜査本部に上がっているだろうから、情報をそちらでも入手しておこうと思ったのだ。
予想通り捜査本部は慌ただしくなっていた。ただ、慌ただしいと言っても、その範囲では比較的落ち着いていたのも事実だった。西田は目の前に居た、北見署の刑事の玉木に声を掛けた。
「浜名の自殺の件で新聞報道あったみたいだけど?」
「あ、はい! 今大友捜査本部長と倉野課長と、北見署の刑事課長と江頭署長が、園山方面本部長のところに呼ばれて行ってます。そんなに大事にはならないと思うんですが……」
玉木の表情を見ても、それほど深刻と言う印象は受けなかった。道内ではほとんど流通していない東西新聞だけが大騒ぎしていたということもあったかもしれない。
「あ、そうかい。じゃあいいんだけど……。そうそう、ついでと言っちゃ何だけど、申し訳ないが倉野さん達が戻ったら、『例の件で方面本部の方で聴取してるから』って伝えておいて欲しい」
そう伝言を残すと、吉村と共に高垣の聴取へと向かった。
※※※※※※※
方面本部庁舎の小会議室で、既に面通しは始まっていた。4課の真野という刑事も立ち会って、暴力団関係者のリストに、高垣は目を通していた。邪魔にならないように、そっと近くの席に座る2人。嘘の可能性は高いとは言いつつ、最初に高垣がヤクザが自称したという日照会を調べてみたが、案の定そこには該当者が見当たらなかったそうだ。その後高垣は1つ1つゆっくりと吟味しながら記憶と照らしあわせていて、今まさにその作業中の最中らしい。
そんな作業が20分程続いただろうか、高垣が突然資料から顔を上げると、また資料に視線を落とし、一度パラパラっと後ろのページを見た後で、
「ヤクザとして会ったのは、こいつに間違いない」
と再び元のページに戻ってから伝えた。5人が一斉に群がるように資料の該当部分を見ると、双龍会の「栗山隆康」という、幹部構成員の名前と写真がそこにあった。
「栗山で間違いないですか?」
須藤が確認すると、
「ああ、こいつだ」
と高垣は確信を持って言い切った。
「こいつは、双龍会の幹部の1人ですね」
真野はそれを受けて、残る4人の刑事にそう教えた。
「大物か?」
西田に問われると、
「特に何か派手にやらかしたってことはないと思います。前(歴)も、若い頃の暴行とか傷害とかそのレベルですね。ただ、割と金には鼻が利くタイプですね。経済ヤクザに近いかと。そっちでのし上がったタイプらしいとのことです」
と答えた。
「双龍会ってことは伊坂組と絡んでる?」
竹下が早口で尋ねると、
「勿論! ここのフロント企業に2社土建会社があるんですが、いずれも伊坂組からの仕事の受注が多いはずです」
と告げた。
西田はそれを聞いて満足そうに頷くと、高垣に向かって、
「いやあご協力ありがとうございます! ここまでスンナリ行くとは思いませんでした」
と、半ばこれまでに疑念について謝るような形で礼を言った。それに対し、
「おい! 本当にこれだけでいいのか?」
と、高垣は拍子抜けしたような反応を示した。




