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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
明暗
58/223

明暗37 (194~197 大島海路の戸籍入手 動機として成立するかという竹下の懐疑)

2017年12月27日付 一部改稿(戸籍情報の重要性についての考察面)

 帰署の道中、吉村にも向坂にした話を繰り返し説明して、急いで遠軽署に戻ると、課長を始めとしてメンバーにも、すぐさまテープを聴かせた。驚くべき真相だったせいか、終始落ち着かない感じのまま皆はテープを聞いていた。


 しかし、さすがに北村の最期のシーンの音声を聞くに至ると、直接の同僚ではなかったとしても、一緒に捜査していた仲間だったこともあり、目を瞑り、悔しさをにじませる部下の姿が目に映った。


 また、竹下が考えていた、佐田実の「危機感が無さ過ぎる」という疑問が、このテープの中身から解消したことを、西田は竹下に伝え、同時にすまなかったと謝罪した。この点については、北村の最期を聞いたこともあり、複雑な心境だったのは間違いないが、正直かなり満足していたようだった。竹下の性格的に、西田よりも己の推理が正しかったという自己肯定感以上に、推理の辻褄が合ったことに対する満足だろうと西田は思った。


「これで、大島海路が桑野欣也であった可能性が限りなく高くなり、同時にそれが佐田実殺害に関与した動機にもなっていた可能性があるということだ。かなり大きな一歩になった。今回の北村殺害に関与している可能性も言うまでもない! そしてアベなる苗字の男が一体何者なのか、大事なのはこれだな」

沢井課長は吉村が停止ボタンを押すと、そう口を開いた。

「主任の大島関与説も証明されて、胸のつかえもこれで取れたんじゃないですか?」

黒須がそう竹下に切りだすと、

「まさかこういう話でわかるとは……。ただ、それにしても代償が大き過ぎた……」

と、竹下は北村のことを思ったか悔しそうに舌打ちした。

「終わってしまったことは仕方ない。俺達が出来る供養は、大島海路と今回の実行犯を挙げることだけだ」

沢井は冷静に語ったが、その冷静な口調に、怒りが含まれていないはずはなかった。あくまで一度は高ぶったであろう感情が落ち着いただけだったとも言えた。


「でもね、他にもちょっと悔しいこともあるんですよ」

「何だ竹下?」

大島をどうやって挙げるか、そんな考えを巡らせていると、竹下が口を開いたので西田はすかさず尋ねた。

「自分は、大島が伊坂に協力した、いや協力させられたという以上に、大島自身にも佐田殺害に積極的に関与する大きな理由があったと思ってたんですが、これだとそれが薄いような気がするんです。あくまで伊坂に対する『従』という関係になってしまう。なにしろ、これらの理由は、これ以前に、大島が国会議員として、土建業者の伊坂に利益提供してきたことの理由でも、既にあった訳でしょうから」

如何にも納得が行かないような素振りで答えた。

「そうは言っても、大島自体が伊坂と共に遺産を横取りしたんだから、少なくとも佐田実は大島が桑野だと知らなかったとしても、大島にも、真相の一部は確実に知っている佐田への殺意が芽生えて不思議はないだろ?」

西田は苦し紛れに理由を取り繕った。

「まあそうとも言えますが、そういうのを超えた殺意があると思っていたんですけどねえ……。それ以上のリスクが、殺し屋を調達することにはあると思ってましたから……。正体についても、戸籍辿ってバレる様なことなら、そこまでの動機には結び付くかなあ」

尚も竹下は疑問を口にした。

「竹下、ちょっと気にし過ぎだぞ! さすがに、今そんな瑣末さまつなことにこだわる必要はない」

西田は若干の苛立ちを我慢して、竹下の言動を制そうとした。


 竹下がそこまでこだわる理由は、西田には到底理解出来なかったが、完璧主義故の感情なのだろうか?

「後、何ですかね? 伊坂が言った、大島の『古い名前』が桑野って……。本名って普通言うでしょ?」

「それは単に松島の表現の問題じゃないか? 実際に伊坂が言った言葉とは限らないだろ? 何せ瀕死の病人なんだし」

「それもそうか……」

そう言うと、やっと竹下の心配性的言動は収まった。否、収まったように見えた。しかし、これらの竹下の懐疑は、それなりに意味があると、後年気付くことになる。


「ところで、吉村は従兄弟に、住民票の件で協力してもらえる返事はまだ貰ってないんだろ?」

「ええ。自分だけじゃ決められないから、カミさんに聞いてみると言われて、まだ返事貰ってませんよ。拒否もされてないですけど……」

吉村は自信なさげにボソボソと答えた。


「それで住民票から更に戸籍を調べて、大島海路が桑野欣也だったということがわかった場合には、そこからどういう風に持っていきますか?」

大場が捜査方針を確認してきた。

「こういう事実が証明できれば、今回松島を殺害するためにヒットマンを調達したのは、大島かその指示を受けた周辺人物なのは間違いないだろう。大島の周辺でヒットマンとなれる連中となると、今回もやはり葵一家絡みの可能性が十分にある。そしてアベという名前だ。これで更に絞れるだろう。どっちにせよ、やはりまずは今回の実行犯を挙げることが、大島を挙げるための鍵になるんじゃないか? そしてそこから大島まで辿り着けるかどうか……。そして大島まで行き着けば、8年前の佐田の件も同時に取り調べられる。とは言っても、銃撃事件はウチの案件じゃなくて北見署の案件だが……」

沢井はやや残念そうな顔をした。


「この情報を以ってしても、8年前の件をウチが直接捜査するのは、やっぱり無理ですか?」

大場が今度は西田に聞いた。

「現時点で、北見に先んじて勝手に動けるわけがないだろ、情報が限られてるんだから。そもそも、本橋が裁判で大島について口を割ることはないと断言していい。だったら、目の前にある銃撃事件からアタックする方が可能性は高いはずだ。8年前の事件はほとんどの奴が鬼籍に入ってしまったからな……。やっぱり今の銃撃事件に対する北見(署)の捜査次第だろ。そこから先が見えてくれば、佐田殺害が管轄内であった以上は、ウチの出番ということも、まあな……」

西田はそう言うと、

「ヤクザの抗争説は北村のテープで崩れたとしても、実行犯の性質を考えると、結局ヤクザ周りを洗わないといけないという点では、捜査本部の捜査方針はほとんどこのまま変わらないように思えるんだよなあ」

と続けた。それに対し、

「こっちは、北見の捜査本部の動けないところを、見えないように、独自に、そして静かにサポートするために動くという形でいいんだな? 西田」

と、沢井は幾つか副詞を並べ立てながら尋ねた。

「ええ。倉野さんとの兼ね合いもありますが、そういうことにしてもらえると助かります。連携と独立行動の両輪でお願いします。あくまで今は隠密活動で」

西田は感謝の意を示しつつ念を押した。


 全体での話し合いを終えると、北見に戻る前に、西田は竹下を手招きし、週刊誌の記事と今回の事件の奇妙な結びつきについて話し、見解を求めた。沢井に話さなかったのは、刑事課全体として動くには、まだ荒唐無稽の域を完全には出てないような気がしたからだ。


「係長が証文偽造についてヒントを得た週刊誌の話ですか……。言われてみれば、確かにあの後追いで事件が次々に起きていたんですよねえ……。係長はそれが、事件の本当の目的を隠蔽するための情報操作の可能性があったと考えてるわけですね」

「端的に言えばそれがあり得ると思うんだが、竹下はそれについてどう思う?」

竹下の表情を探りながら聞いた。


「微妙なところと言えば否定出来ないです、正直。ただ、週刊誌の記事が先行して、事実が後から付いてきたという状況証拠は実際に出ているわけですし、当たってみる価値はあると思いますが」

口ぶりは必ずしも意見を後押しするものではなかったが、表情は肯定的だと西田は受け取った。

「よし! 当たってみるかな、やっぱり」

「ええ。だけど時間的余裕はないに等しいですね、見立て通り……」

「うむ」

当然のことながら、優秀な部下からの後押しを受けたとしても、状況に根本的な変化があるわけではなかった。だとすれば当たってみる方法は限られる。

「もしかしたらだが……」

「もしかしたら何です?」

「俺が東京に行く時間がなかったら、沢井課長に頼んで、お前に東京に行ってもらうことがあるかもしれない。あの記事を書いた高垣に聴きこむ為に」

突然の西田の案に、竹下は戸惑った。

「ちょっと待って下さい? いいんですか?」

「お前ぐらいしか頼めねえよ、この件は」

「はあ……。そこまで言ってもらえるなら……。わかりました。一応頭の片隅には置いときます」

竹下はらしからぬ自信なさげな顔をしてそう言った。


※※※※※※※


 西田と吉村は北見にとんぼ返りすると、捜査会議に出席した。事実を把握しているのは、この場にいる中では、西田、吉村、向坂の3名のみ、あとは出席してはいないが柴田だけだ。目立つ進展もなく会議が進行する中、吉村が胸元に手をやり携帯を取り出した。バイブ機能にしていたようだが、

「住民票の件で来たみたいです。ちょっと外で会話してきます」

とヒソヒソ声で西田に告げると、隠れるように会議室の外へと出て行った。


 5分もすると戻ってきた吉村は、

「喜んでください、住民票どころか戸籍を既に入手してくれたみたいです」

と静かに言った。

「ホントか!? まずは相手に了解を取ってからだと思ったが、いきなりなんだな。戸籍を取ったってことは、網走に本籍があったか!」

喜びよりもまず驚きが先行した。

「そんなことより結果ですよ、結果!」

吉村の声が急に大きくなったので、捜査の状況説明をしていた比留間管理官が、

「なんだ、何かあったか?」

と問い質して来た。特に怒らせたわけではなかったが、西田は無言のまま頭を何度も下げ、平謝りしてその場を収めた。

「スイマセン」

比留間への謝罪が終わると吉村が小声で詫びた。

「それはどうでもいいから。で結果は?」

「それがですね、細かいことはわからんのですが、生まれの時点では間違いなく桑野欣也で合ってたようです。それで色々あって大島は婿養子に入っていたようで、今の戸籍の筆頭が妻の『田所 佳子』で、現在の本名が『田所 靖』ということらしいです」

「え? 婿入りの結果の、田所姓なのか?」

「どうもそうみたいですね。取り敢えず細かいことは、コピーを取ったから、それを見てからにしてくれと言われまして」

「そうだな。実際に見たほうが早い」

西田は満足そうに頷いた。

「とにかく、電話じゃ詳細がわかりませんから、会議終わったら、網走までかっ飛ばしてコピー受け取ってきます」

吉村が予想外のことを口にしたので、

「ファックスで送ってもらえばいいじゃないか?」

と突っ込んでみた。

「まあそうなんですけど、直接礼を言いたいのと、数年会ってないですから、顔を見たいってのもありまして……」

「なるほどそういうことか。まあそれはいい。よし、じゃあ俺も一緒に行くぞ!」

予想もしなかった突然の話の流れに部下は困惑し、

「え? いや、そこまでしてもらわなくても。俺1人で行きますよ?」

と言った。

「すぐにでもチェックしたいんだよ!」

西田はそう理由を告げたが、

再び声が大きくなったせいか、比留間がわざとらしく咳払いをして注意してきた。


「そういうことだから、終わったら俺も行くぞ」

比留間の顔を窺いながら、西田はそう小さく念を押した。

「わかりました」

小声というより、囁くようにして会話を終えると、2人は何事もなかったかのように、配られた資料に視線を落とした。本来なら確かに西田も網走まで行く必要はなかったのだが、何故か1人で北見に残るのが気まずい感じがしていた。重要な情報を隠したまま、ここに一人で居ることに、潜在的に罪悪感があったのかも知れない。


※※※※※※※


 会議が終わった午後8時から車を飛ばして、午後9時には吉村の母方の従兄弟だという、藤井という網走市役所の職員の家に着いた。向坂にも網走に向かう前に状況を説明していたが、直後に幹部との打ち合わせがあるということで、入手後も、当日中は電話連絡で済ませることとなっていた。


 チャイムを押して出て来た職員は、吉村と親類だと言う割に、かなり落ち着いた佇まいの男で、「血縁」と言う言葉は当てはまらないように思えた。最も吉村もよく知らない人から見れば「普通」の公務員であることには変わらないだろうし、そう思えたのは、吉村について過小評価しているだけかも知れないと、思い直した。


「何だかよくわからないけど、お前が必要だというからカミさんに頼んでコピー取ってもらったよ……。ホントバレたら困るからな頼むぞ……」

「本当に悪かったな」

吉村はそう言ったが、藤井は既に自己紹介していた西田をちらりと横目で見ながら、

「なんか大島がやらかしたのか?」

と尋ねてきた。確かに、上司まで来ていて、「捜査上」ではないというのもおかしな話だ。西田は一緒に来るのを自重した方が良かったかもしれないと反省した。


「いや、そういうわけじゃないから、気にしないでくれ。いずれにせよ本当に助かった。この借りは返すから。奥さんにもよろしく! 取り敢えず今日はすぐ戻らないといけないが、礼はまた今度するから!」

吉村はそう言うと、コピーを受け取り、何度も礼を言いながら玄関を後にして車に乗り込んだ。しかし、藤井宅から車が見えない位置に来るとすぐに停め、助手席の上司と共に中身を急いで確認した。


※※※※※※※


 事前に確認していた通り、「大島海路」の戸籍筆頭は妻の「田所 佳子」で、昭和31(1956)年7月に「、多田 靖」が婿入りの形で結婚して新しい戸籍が作られ、「田所 靖」になっていた。そして書面を読み込んでいくと、大島海路こと田所靖は、大正4年(1915)年5月20日、岩手県の田老村(その後1944年に田老町へと昇格、2005年より宮古市に吸収合併)に父「桑野 辰之助」 、母「桑野 トキコ」の間に生まれ、桑野 欣也として6月1日に出生届がなされたことになっていた。


 そして岩手県田老町から昭和22(1947)年10月に東京都千代田区に分籍後、昭和25年の2月に、おそらく東京家裁に許可され「靖」に改名していた。昭和26年に同じ千代田区別住所の「多田 桜」という女性と養子縁組を結び、「多田 靖」として新たに多田桜の籍に入籍。その後婚姻により、昭和31(1956)年に網走の新たな田所佳子の戸籍筆頭である戸籍に入籍されたことが、網走の戸籍に記載されていた(作者注・現在の戸籍謄本は平成6年つまり1994年以降、パソコンで順次情報管理しており、かなり見やすくなっておりますが、1995年当時は、大半がまだ昭和23年式と呼ばれる形式の書面で、かなり読みづらい文面だったようです。現在でも全ての市町村の戸籍がコンピューター管理されているわけではありません。また、小説の設定上或いは作者の知識面の問題で、多少実際の戸籍表記・手続きとは違った面があるかもしれませんが、ご了承ください)。


「大島は岩手県で生まれてたんだ。喋ってる印象は、なまりもなくて東北出身というイメージは全くなかったんですけどねえ。それにしてもこうまでしないといけなかったのか……」

食い入るように戸籍謄本のコピー紙面を見ながら、吉村は当時の桑野欣也の戸籍の変動に思いを馳せていた。

「結婚でこっちに来る前に、戸籍が東京に移して、養子にまで入って……。まあこれだけの年数を地元から離れていたら、訛りは抜けて不思議はないよ、東北の強い訛りであっても」

西田も横からコピー紙面を見ながら喋った。

「ただ、どうなんでしょうね。ちょっと不可解じゃないですか?」

吉村が唐突に疑問を呈した。

「何が?」

「桑野がこういう風に戸籍をロンダリングした意図は何だと思います?」

「そうだな……。……やっぱり自分の身元、出自を隠したかったんじゃ……」

突然の部下の質問に、西田は思わず窮したが何とか誤魔化した。

「それは常識的に考えればそうでしょうけど、この時代じゃ整形なんてのもないでしょうし、顔はそのままですよね? で、わざわざ東京にまで戸籍移した人間がですよ……。昔、生田原に居たことがあったにもかかわらず、網走という割と近いところに、国会議員として戻ってるんですから、伊坂は勿論、他の誰かに気づかれる危険性が皆無なわけがないですよね? なんかやってることが矛盾してるんですよ……。それに出自を隠したい理由って何ですか、そもそも?」

吉村は畳み掛けた。

「それはだな……。その伊坂と一緒に働いていた時の、雇い主の仙崎爺さんの遺産の横取りが原因じゃないか? 一種の犯罪だからな。そういうことに関わっていたことを隠したいという意識がそうさせたんじゃないか?」

西田も内心、吉村の指摘が的を射ているような気がしていたが、形式上、出自を隠しておきたかった理由については、一応説明しておいた。


「うーん。そうだとしてもですよ、ここまで躍起になった理由には思えないんですよねえ、自分には……。伊坂も名前変えてますけど、それを隠すこともなかったわけで。で、結果佐田実に見つかっちゃったんですけど……。桑野も結局、北海道に多分戻ったという形になって、その伊坂と戦後も深く関係してるわけですから、はっきり言って徒労ですよね、このロンダリングは。事実、今、戸籍からも結局バレてる訳ですし。しかし、東京に行って養子になって、苗字まで変えて、しかし北海道に戻って、婿養子入って、更に通名で議員になった……。どういう心境の変化、或いは状況の変化があったのか、全くわからない……」

どうにも理解しがたいという顔で首を捻った。

「メインの隠したいことは、出自自体というより、名前じゃないか?」

西田はそう言うしかなかった。

「そう考えるのが妥当なんでしょうけど、過去を探ろうと思えば、戸籍でも割と簡単に探れるだけに、何か引っかかるなあ。主任もさっき言ってましたけど」

上司に言われても、やはり納得するのは無理のようだったが、今回について言えば、吉村の疑問の方がかなり筋は通っていた。そして、竹下がさっき言っていた疑問についても、こうやって戸籍から探ってみた結果からは、同意出来なくはなかった。


「こりゃまた東京にも行かないとダメですかね? 東京にある戸籍も見てみた方がいいかも」

吉村は、自分の発言で、やや困惑している様な上司の表情を窺った。

「うーん、出来るなら岩手含め、しっかり順に戸籍の裏を取った方が良いのは間違いない。特に東京では養子に入ったことになっているからなあ。どういうところに養子に行ったかも調べておきたいところだ。ただ、行くのは構わんが、理由をどうするか……。ウチ単独で捜査してる分にはいいが、すでに北見で協力してる形だから。勝手に出かけるわけにも行かない」

思案にくれる上司に、

「週刊誌の件、あれで行けないですか?」

と吉村が提案してきた。

「やくざの抗争を予言したような記事があったから、それについて高垣に聴取するって形でか?」

「ええ。それに高垣にも会う必要があるし、一石二鳥じゃないですかね?」

しくも、吉村は西田と同じ考えを持っていたようだった。


「なるほど……。良いアイデアかもしれないな……。ただ、俺達は佐田の事件絡みでの捜査に関わってるから、ヤクザ絡みの捜査は越権になるし、そもそも出張の理由として認められるかどうか……。いや、俺が行けないとしても、いざとなったら竹下に頼むという手はあるし、実はさっきも竹下に、念のため言っておいたところだ。あいつは遠軽の独断で動けるわけだから。うむ! 最悪それでいい。 それにだ、どっちにしても事前に竹下通じてチェックしておきたいことがあるんだよな。やはりどの道竹下に頼むしかないか……」

そう言うと、思い立ったが吉日とばかりに、竹下に西田は車中からすぐに電話を掛けた。


「竹下か? スマンが、お前の大学の先輩で道報の記者、五十嵐って言ったか? その人で何とかならないかと言う話があるんだが……。口利いてもらえないか?」

「はい? 五十嵐さんですか……? 自分は構わないですけど、相手がそれに応じてくれるかどうかはまた別問題ですね」

突然の上司の頼みにも、電話を受けた竹下はその理由を問い質すこともなく、率直に状況を語った。

「そうか……。何か与えるモンがないと厳しいか……」

「そこはどうでしょう。自分と五十嵐さんの関係では露骨にそうなりますが……。聞いてみないとわからんですよ。ただ、確実に将来的な借りはあると思ってください。すぐにどうこうということはないにせよ……。おっと、肝心の頼み事ってのは何ですか? それを聞かないことには始まらないですよ!」

言われてみれば当然のことを指摘され、西田は一瞬焦ってしまった。

「そ、それもそうだったな。じゃあ、ジャーナリストの高垣真一について、どういう人物か知っていたら教えて欲しいと伝えてくれないか?」

「高垣ってことは、例の記事に関してですか?」

「そうだ」

「なるほど……。予言めいた記事を考えると、確かに、実際に当たる前に色々事前調査しておきたいところですね。そしてその前にひょっとしたら、記事が大島に有利になっていたおそれがある以上、高垣自身がアッチの側の可能性もありますから、尚更事前に下調べしておくべきということはわかります」

竹下はさすがに西田の思惑を理解していた。そして、

「わかりました。すぐ連絡しますよ。ただ、係長に対してしつこくて悪いんですが、ホント、将来的な『利益供与』については、一応覚悟しておいてくださいね」

と念を押した。


「ああ、わかってる。それじゃあこっちは今網走に居るんだが、車で北見に戻る最中なんで、ひょっとすると受信出来ないかもしれないから、しばらく電話はいらん」

と、西田は竹下の念押しに返答しつつ、現状を説明した。

「え? 今網走に居るんですか? もしかして住民票取れました?」

「うん。住民票どころか戸籍も網走にあって、今コピー入手したところだ。大島海路が元々『桑野欣也』だったことまでしっかり確認出来たが、色々確認するのに本州に行く必要があると思う。そのついでに高垣にも話を聞けたらということもあって、下調べのために電話したんだ」

「そうでしたか……。とうとう辿り着きましたか……」

竹下は感慨深そうにしみじみと言った。


「それから、言い忘れてたが、もし俺と吉村が東京に行けない場合には、竹下! さっき話した高垣に当たってみる『任務』に加えて、大島についての捜査も依頼するかもしれんぞ!」

西田が突然そう付け加えると、

「勿論それは構いません。もし係長が行けなかったら自分が行きます! 決着を付けられるなら本望ですよ!」

と先程とは違い、状況がより進展してきたせいか、今度は任せてくれと言わんばかりの勢いだった。

「北見へ戻ったら、戸籍のコピー、ファックスでお前の家に送るから。色々竹下にも考えてもらいたいんだ」

西田がそう頼むと

「了解です! それじゃまた後で電話します!」

と竹下は力強く言い、電話は切れた。


※※※※※※※


「どうでした、聞いてる限りは問題なかったような?」

「ああ、話してくれるって」

それを聞くと、横の吉村は安堵していたようだったが、

「ところで、東京の捜査ですけど、戸籍調べても、大島の方へは大丈夫ですかね?」

と、新たな不安を口にした。

「絶対とは言えないが、戸籍を網走で調べない限り、東京でいきなり戸籍を調べられることは、大島も想定してないと思うぞ。戸籍の移動が東京を経由してることは、網走で調べない限り出てこない情報だからな。従兄弟がバレなければ問題ないと思う」

「言われてみればそうですね。大元を抑えておけばたどり着けないですからね。じゃあ安心したところで、北見へ戻りましょうか」

吉村は深く納得すると、サイドブレーキを元に戻してギアを入れた。

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