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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
明暗
53/223

明暗32 (174~175 本橋の発言の真意 遠軽署事実上の白旗)

「で、『青い紅玉』と『ノーウッドの建築業者』って、そもそもどんな話なんだ?」

西田は根本的な疑問を口にしたが、いつの間にか、車中で本橋が言っていた題名まで加わっていた。

「簡単に説明するとですね……、『青い紅玉』の方は、盗んだ宝石をクリスマスに出荷するガチョウ(作者注・七面鳥ではないので間違いではありません)に紛れ込ませたが、それがホームズの元に来る羽目になって……。それで宝石を盗んだとして冤罪で逮捕されていた男を救う話ですね」

「ふーん」

なんとなくわかったような、よくわからないような状況だったが、西田は話をそのまま流した。

「『ノーウッドの建築業者』の方はですね、これまた冤罪話なんですが。はるか昔に横恋慕した女の息子を、自分を殺害した犯人に仕立てあげようとした、建築業者の話でして……。最後はホームズに悪巧みを暴かれて御用という話です」

「ほう」

これまた、聞いただけで全てを把握するのは不可能だったが、よくわかったような振りをした。そんな状況を察したかはともかく、急に竹下が会話に割って入ってきた。


「ノーウッドの建築業者って、かなりホームズが苦戦した話だったよね?」

「そうですね。ホームズはかなり追い詰められたけど、建築業者とそのお手伝いの女が余計なことして、逆に息子の無実と陥れようとしたそいつらの悪事がばれたって話だったはずです」

「ああ、そうだそうだ! 確か、現場に当時なかったはずの血のついた指紋を、壁に偽造して付着させて、殺害の決定的な証拠にしようとしたって話だったなあ。いわゆる蛇足って奴の典型例だった」

竹下の話を聞いた北村はそうそうと言わんばかりに相槌を打った。


※※※※※※※


 遠軽署に戻った西田は、作業着から着替えて一服しようと刑事課を出ようとしたが、竹下に急に呼び止められた。

「なんだ?」

「係長、ひょっとしたら……、あくまでひょっとしたらなんですが、あんな調子だった本橋は、実際には自分達に自白していたのかも知れません」

竹下は少し興奮気味だった。

「お前正気で言ってんの?」

西田は思わず持っていたライターを落とす寸前まで行ったが、ギリギリで何とか踏みとどまった。

「どういうことだよ? あいつは最後までしらばっくれたままだっただろ?」

「勿論表向きはそうでした。ただ、課長や北村の話から考えると、どうも自分が居なかった札幌からの護送中の話も含めて、実は何かヒントみたいなものを出してたんじゃないかなと思って」

「わからんなあ。しっかり説明してくれ」

西田はそれを聞いてもまだ思い当たる節がなかった。

「シャーロック・ホームズの作品で好きなのが『青い紅玉』と『ノーウッドの建築業者』と言ってた話と、『事件を俺の自供なしで、俺まで辿りつけたのか?』と言う質問を合わせると、ちょっと気になるんですよ。まあ時系列から行くと、『青い紅玉』については何とも言えませんが……」

ためらいがちに喋る部下に、

「それでどうだって言うんだ!」

と、もどかしくなった西田は続きを急かした。


「正直、『青い紅玉』については、話の流れから行って、たまたま本当に好きだったのかもしれませんが、わざわざ2日目にして急に変えてきた『ノーウッドの建築業者』は明らかに何か狙ったんじゃないかと……」

竹下は、普段よりはモゴモゴとした喋りで、自信に満ち溢れる姿には見えなかったが、かと言って、何の確信も持てていないという風でもなかった。


「この話は建築業を経営している真犯人が、余計なことをして悪事がバレルんです。さっき北村が話の概要を言ってましたが、自分の若い頃の恨みを晴らすために、昔愛して、そして憎んだ女の息子である依頼人を、自分の殺害犯に仕立てあげるわけです。自分は焼死したように見せかけて。で、まんまと警察を騙して、助けを求められたホームズも、残念ながら依頼人の無実を証明出来ないままでした。ところが、犯人が最後の駄目を押すつもりで、敢えて余計なこと……、つまりホームズが丹念に現場を調べていた時には無かった、依頼人の血染めの指紋を壁にわざわざ付着させたんですが、それを警察が発見した。警察はこれを『依頼人による殺害の確たる証拠』として喜びましたが、これにより、逆にホームズは依頼人が明らかに嵌められ、おそらくその首謀者は殺されたことになっている業者だろうと確信を持ったわけです。そして屋敷のどこかに隠れている真犯人を、ボヤをわざと起こしてあぶり出すという話でした」

西田は竹下による話の概要を聞いた上で、

「話の中身はわかったが結論は」

とぶっきらぼうに告げた。


「どうも、それが今回の件と微妙に繋がっているような気がするんです。もしかして、いや本当にもしかしてですが、本橋は、自分の『自供』を血染めの指紋となぞらえてるのかもしれないと……」

西田はここまで聞いて、何となく話の筋が見え始めた。

「竹下の言いたいことはあれか? 佐田の殺人事件は、確かにこちらの独力で佐田の遺体を発見するというところまで来てはいたが、あのままで、実際に殺害した犯人である本橋にまで辿りつけたとは、お前が本橋に言ったように、自分達のことながら正直思えないわけだ。しかし本橋が自供してくれたせいで、少なくとも実行犯は間違いなく確定出来た。が、その自供の真の目的が、殺害を企てた生ける黒幕を隠蔽するためだったとすれば……。つまり事件を完全に本橋と死んだ人間達におっかぶせる為だったとすれば、妙なタイミングで自供という余計なことをしたが故に、俺達、特に竹下にとっては更なる疑惑の存在をより確信することに繋がった。本橋がそれをホームズの話になぞらえて皮肉った。そういう意味か?」

やっと「意味」に気付いて、真顔で確認した西田に、

「ええ、まさにそれです! 自分もそうじゃないか思います。こちらの捜査が進んでいることに必要以上に危機感を感じ、本橋に自供させることで警察側に捜査の終止符を打たせようとした輩が居たが、その描いた筋書きが反ってほころびを露呈させ、今自分達がそれから飛び出た糸を少しずつ手繰っている、そんなところを『裏』で伝えたかったんじゃないでしょうか」

と竹下は語った。


「黒幕の連中が余計な策を弄して、安心したいがために事件に終止符を打たせようとしたわけだが、結果的には蛇足だったってことだな……。そして頭は良い本橋は『余計なことを俺様にさせてくれたな』との思いを持ったってわけか」

西田は一人頷くと、タバコの煙を吐き出した。すでに持っていたタバコの大半は燃え落ちていた。


「本橋は、これまでの佐田実殺害についての自供で、殺害の『指示』と『依頼』を区別して、警察に勘違いさせながら、自分のポリシーを守っていたと言うのが自分の推理です。そして今回も、絶対供述調書には乗らない形で、今回の自供劇の真相を我々に伝えていたんじゃないかと……。そしておそらく殺害の元請けであり、今回の突然の自供にも一枚噛んでいただろう葵一家には、直接捜査が及ばない形を取りながらも、不満を口にしてみたと……。こんなもんは公的な自白になりませんから……。自分の勝手な推測ですが、これまでの組への忠誠という点を考えれば、不満があったとしても、それだけをそのまま理由にして、あんな発言をしたようには思えないんですよ。だから今回はかなり頭に来てたんじゃないかと思うんです。そこに我々が、本橋が自供を指示されたと見破ったことを知り、それに乗じて不満を我々だけがわかるように伝えた、そんなところじゃないですか」

竹下は西田の説に補足したが、西田はそれに対し特に何の感情も抱かなかった。筋としては優秀な部下の方に分があると思ったからだ。しかしそうなると、今回の取り調べで気になったことがあったので、竹下に確認してみることにした。


「お前があの手紙の解読をした直後、本橋はちょっと動揺したようなところを言動に出したのは記憶にあると思う。でもなあ、そのちょっと前、ほんの……、本当に一瞬だったが、本橋はニヤついたように見えたんだよ」

「いや、それは全く気付きませんでした。何とかして追い込んでやろうと必死でしたから……」

「確かに竹下にしちゃ、かなり冷静さを失ってたよな」

西田がそう言うと、竹下は気まずそうな笑みを浮かべた。

「それはともかくだ。あのニヤつきも、その不満説と絡んでるんだろうか? 『よく気付いたな。だったらヒントぐらい出してやろう』という感じで」

「そこは何とも言えませんが……」

竹下はそう前置くと、

「オーバーに言えば、我々のこれまでの取り調べに対して、『人生最後のゲームを楽しませてもらった』と言うような、ある種の見返りみたいな意図と、係長が言うように、暗号に気付いたことへの『褒美』みたいな意味があったのかもしれません、あいつのことですからね……。いや、それ以上に、何か我々への一種の同情があったのかも知れない」

と自説を述べた。竹下は、「同情」という言葉を使ったが、その真意は事件解決への熱意を自分達から本橋が感じたと言う意味だと西田は解釈した。


「そうだとすれば、相変わらず遠回しに遠回しを重ねて言いたいことを伝えてくる、本当に嫌味な野郎だったな……」

西田はそう表向き罵ったが、内心では感心するのは良くないと思いながらも、稀代の極悪人に対する一種の敬意を抱かざるを得なかった。常に駆け引きを意識して上手く立ちまわる姿は、犯罪者という前提を抜きにすれば、ある種の知的なやりとりとも言えたからだ。


「結局、本橋がそういうヒントを与えてくれたところで、こっちが立件出来るような証拠が無い以上は、ただの刑事と犯罪者の『心温まる』エピソードにしかならないのが悔しいですよ、畜生です! そして相手が上手うわてでした」

竹下はわざわざ「心温まる」というフレーズと共に、そう乱暴に語ると自分の席へと戻った。竹下の悔しさは西田もよくわかっていたが、もうこれ以上本橋の口から何か新しいことが出ることはないだろうし、本橋が佐田の殺害で起訴されれば、余程の証拠がない限りは、黒幕と思われる大島海路に罪を償わせることも、事実上不可能になるのは時間の問題だった。その現実は認めたくなくてももう目前に迫っており、この期に及んでは如何ともし難い状況だったわけだ。


※※※※※※※


 その日の深夜、再び、今度は美幌で建設業者に銃弾が打ち込まれる事件が発生した。翌日の11月1日の午後に北見方面本部から入ってきた情報では、それは「大平技建」という土建業者だったが、前回網走で銃撃された「村山組」と8月の小清水町の公民館建て替え入札で最後まで争った会社だったらしい。


 裏情報では、町役場から落札想定金額の情報を入手した村山組が、太平技建をギリギリで競り落としたという話があり、今回の双方への銃撃は、ケツ持ちのヤクザ同士がそれを元にした抗争をしたのではないかという、北見のマル暴の4課(作者注・当時。現在は組織犯罪対策部などとして、警察組織の中で、刑事部から完全に独立している本部組織がほとんど)の見立てだった。


 ただ、以前は大平技建も村山組も、国政単位では大島海路の支援者として、公共事業でもキチンと住み分けが出来ており、如何にも公共事業費削減の煽りから発生している抗争と言う見方も出ていたようだった。また、大平技建についても、代が変わってからは、やくざとの関係はほとんど無くなっていたという話もあり、警察としても全面的に、やくざ「同士」の抗争という線で考えがまとまっているわけでもないようだった。そして西田は週刊誌の記事を再び想起していた。


※※※※※※※


11月3日、4日と、所轄署中心に北見網走地区管内の土建業者を警察がパトロールしている最中にも、社長や重役宅含めて拳銃が撃ち込まれる事案が相次いだ。4日深夜には、村山組にも再び銃弾が撃ち込まれた。これの線条痕と3日に撃ち込まれた銃弾の線条痕、10月28日に村山組に撃ち込まれた線条痕は一致していた。また、各建設会社やその役員のところに発砲した拳銃はいずれも、最近北海道で蔓延しつつあるロシア製のトカレフで共通だが、それぞれ線条痕は別であったので、それぞれのバックに居るヤクザかチンピラが独自に動いているのだろうと推測された(作者注・この点について、本編では拳銃の使い分けについて明確に記述していなかったので、名実147・148に加筆しておきました。本編読んでいない方は意味が理解出来なくて問題ありませんし、気にしないでください。そのうちわかります)。


 北見方面本部は、暴力団対策の4課以外の刑事課、警備課など、所轄は当然のこと、かなりの動員を掛けて捜査していた。それぞれの土建業者に近い暴力団事務所も片っ端から捜索したが、なかなか実行犯確保には至らず、どうでもいい軽犯罪で別件逮捕してはいたが、事件の根本的な解決の道筋は見えていなかった。


 遠軽署でも地域課、生活安全課に、西田達刑事課もサポートとして近隣の建設業者を見まわったが、遠軽地域の場合、余り北見網走地区の業者とバッティングしているモノも少なく、幸いなことに巻き込まれる会社は、その時点では皆無だった。一方で、本橋の勾留延長期限も刻々と近づいており、強行犯係は何とか大島海路に至る証拠を得たいと熱望してはいたが、気持ちだけでどうにかなるようなものではなかった。


※※※※※※※


 そしていよいよ、11月8日に、本橋の佐田実殺害での起訴が決定。同時に事実上、遠軽組が追っていた大島の関与についての捜査は、新たに確たる証拠が出てこない限りは、打ち切りという憂き目を見たのであった。


 また伊坂大吉においては、佐田実殺害の共謀共同正犯として、被疑者死亡による書類送検が決定していた。喜多川と篠田については、当初、殺人幇助か共同正犯とするか見解が分かれたものの、殺害関与の度合いが強いこともあり、通例通り、こちらも共同正犯として被疑者死亡による書類送検となった。そもそも、死体遺棄については、3年が時効なので、いずれにせよ書類送検すら無理であった。本橋を伊坂の居た喫茶店まで連れて行った、秘書の「重野 善昭」については、どこまで事件を知っていたか相当疑問なため、殺人幇助による被疑者死亡の書類送検は見送られた。西田としても、核心を知っていた可能性は低いと考えていた。


 事件の発端となった、北見の吉見忠之の死亡については、偶然の事故だが、喜多川友之はそのカメラを持ち去った為、被疑者死亡扱いながら、占有離脱物横領にて書類送検とすることにした。本来であれば、書類送検すらする必要のないレベルだったかも知れないが、喜多川のやってきたことを勘案すると、それでも「名目上」は犯罪の俎上に上げたいという意図があった。


 米田雅俊の殺害については、篠田道義の犯行の蓋然性が高いのは当然ではあった。だが、篠田が米田を殺害したという確たる証拠は残念ながら無かった。佐田実の過去の殺害に関与した篠田が、米田が遺棄されていたのと同じ場所から、それより前に遺棄されていたと見られる佐田実の遺骨を取り出して、「辺境の墓標」にあった他の遺骨と混ぜた(骨壺・壺に付着した篠田の指紋並びに壺の購入履歴より確定済み)ということ。そして当時借りていたツルハシと同じ形状であろうツルハシと、米田の頭蓋骨の創傷が一致したことの2つの状況証拠のみであったことが痛かった。


 佐田実の遺体が、以前埋められていただろう同じ場所に、篠田が米田青年を殺害して埋め、より発見されづらいと判断した「辺境の墓標」に、佐田実の遺骨を移したことは、つまり、佐田の遺体の在処を知っていたはずの篠田だからこそ出来たことではあるものの、送検するには、米田殺害と遺骨移転の関連性の証明が、あくまで推測に過ぎず「弱い」という点が問題視されたのだ。


 米田青年が失踪した同じ日に、篠田が現場を訪れていたことが、完全に証明できれば、他の状況証拠も含めて、殺害関与をある程度固められたのかも知れないが、それが推測だけでは厳しいのも仕方がない。そのため、被疑者死亡による書類送検も厳しいという結論になり、残念ながら米田青年の殺人事件は事実上の「お宮入り」となってしまった。米田の死体遺棄についても同様だった。


 また、伊坂大吉の息子の政光については、佐田実殺害への父親の関与について知っていた可能性を遠軽署としては重要視していた。しかし、知っていたかどうか、任意の取り調べ上もはっきりしなかったため、そのまま有耶無耶となった。そもそもが親子関係があるため、証拠隠滅罪や犯人隠避罪を適用して起訴することはそもそも無理(そもそも親族間においては法文上「刑の免除」される)であった。


 それにしても、佐田実の殺害について、大島の関与に辿りつけなかったのも悔いが残ったが、遠軽署が直接端緒を掴んで捜査してきた米田青年の殺人事件が、被疑者死亡が理由とは言え、不完全燃焼のまま終わったことは、ある意味、西田達遠軽署捜査員にとっては大きな痛手だった。米田の母に対しても申し訳ない結末となった。


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