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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
明暗
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明暗29 (157~161 暗号解読)

 そして、手紙のコピー3通分を取り出し机の上に並べた。本は出版出来るはずもなかった。だが本の題名を決めてくれと本橋に手紙を出し、そして決まったと手紙を書いた。わずか数日の間、しかも面会でも済ませられる内容にも関わらずだ。


「最初の2通にも何か意味があるのは間違いないな……」

そう言ったところで、すぐに思い付くものでもない。ただ妙に気になったのは、どちらも英語の題名だ。何故英語なのか。却下された「ことになっている」、THE CROSSは、副題の十字架という言葉と同じことなのだろうが、わざわざ英語で言う意味があるのか。そこが引っかかった。

「CROSSと言えば、交差する、横切るなんかの動詞の意味もあったな……」

そう呟く竹下に黒須が、

「主任、何か呼びました?」

と声を掛けたが、

「いや、言ってない」

と、名前を呼ばれたと勘違いした後輩に無愛想に言い放ち、思考に集中する。


「吉村! JAYWALKって信号無視するとか、そういう意味だったっけ?」

不意に質問された吉村は鳩が豆鉄砲食らったような態度だったが、

「え、あ……。は、はい。そうですよ」

と答えた。竹下は特に礼も言わず、

「しかしそれだけじゃわからん。こりゃ、詳しく載ってる辞書でも立ち読みしてくるかな……。課長! ちょっと本屋行ってきます」

と沢井に唐突に言うと、沢井の許可の言葉を聞き終わる前に本屋へと向かうため、背広を羽織っていた。


※※※※※※※


 本屋で英和辞書を吟味していると、CROSSには、「十字架、十字記号、受難(キリストが十字架に磔にされたことから)、交配」などの名詞の意味の他に、竹下が知っていたように、「交差する、横断する、十字を切る、交配する(他動詞、自動詞含む)」などの意味があった。


 確かに受難という意味では、当時無罪を主張していた「てい」の本橋の本という意味ではしっくり来る題名ではあった。特に、定冠詞であるTHEがわざわざ付いているのだから、辞書通りなら、(キリストの)受難と掛けていると見て良いだろう。勿論、本など出版されるはずもなかったのだが……。


 それに対して、JAYWALKの意味を調べると、吉村の言った通りに、「信号を無視する、交通規則を破る」などの意味がほとんどだったが、辞書によっては、「斜め横断する」という意味を載せているものもあった。これは「交通規則を破る」の中の具体的な形態の1つを意味しているのだろうとは思ったが、細かく記載してあるのは悪いことではない。


 ただ、題名がTHE JAYWALKINGであるからして、JAYWALKを動名詞にして定冠詞を付けているのだろうが、これはCROSSと違って定冠詞が付くことによって「意味が違ってくる」という意義はなさそうに見えた。


 結局、一番詳しい高い辞書を念のため購入して署に戻り、同じページを何度も「往復」しながら思索し続けた。そうこうしているうちに、大場が先日竹下に言った一言が考えに影響し始めた。3通目だけが、便箋というよりは原稿用紙に書いてあるような書き方だったと言うことだ。


「CROSSもJAYWALKも共に『横断』するという共通点が見いだせる。そして突然の自供に影響したに違いない3通目の手紙の書き方には、不思議な特徴がある」

竹下はうわごとのように繰り返しながら、縦書の便箋に「横」の視点(作者注・本サイトは横書きですが、マス目が意識されているレイアウトなので、さほど違和感なく読めるかと思います)を導入しはじめた。


※※※※※※※3通目 9月29日付け消印 同日拘置所着 30日に本橋の元へ


本橋さん


 先日の今回の判決は、あなただけでなく、私もとても落胆するものでした。

これから時が経てば、受け入れられる……、いや受け入れられるはずもなく。

正直言って、自分があなたともう会えないという事実に愕然としています。

それでも、まだ白旗を上げずに特別抗告という手段も残されてはいます。

ただ弁護士の方々の判断では、それでは覆る可能性がないとのことでした。

確かにあなたのやったことが本当なら、法的にも社会的にも許されません。

しかし、私があなたと居たこの1ヶ月の間に、あなたが凶悪犯であると

自分に感じさせるものは未だにありませんでした。これまでであれば

容疑者の時点で、完全にみんなと同じように憎しみしか持ちませんでした。

ただ今回だけは違った。その具体的な理由を言葉で説明できないもどかしさ。

そしてそれが何なのか、もう突き止めることすら出来そうにありません。

前回の接見が、あなたの顔の見納めとなってしまったのは残念ですが

あの時の笑顔だけが私の救いとなっています。とにかく自暴自棄にだけは

最後まで、絶対にならないようにしてください。それでは、取り敢えず

今回はここまででやめますが、手紙を送れる機会があればまた書かせて

いただきます。


                          椎野 聡



※※※※※※※2通目 9月8日付け消印 同日拘置所着 9日に本橋の元へ


本橋さん


 いよいよ上告結果が出ます。なんとか死刑判決を回避して、また笑顔で再会したいと思っております。昨日面会した時に本の題名のご希望を伺いました。

「THE JAYWALKING 今から始める自省と着た濡れ衣」

にしたいとのことでしたが、出版社の許可も得て、それに決めさせて

いただきます。それでは


                        椎野 聡


※※※※※※※

 

 最終的にはJAYWALKの方にしたということは、単純に考えればこちらに意味が出てくるということだろう。「斜め横断」と言う意味が鍵になるかもしれない。そしてマス目の意識も絡んでくる。ここまで来て、竹下は3通目の便箋の文字を縦書ではなく斜め横に見始めた(作者注・携帯やスマホからでは、ここから先の、この手紙に含まれている暗号のトリックがわかりづらいかと思います。パソコンが画面の大きいタブレットでご確認ください)。


 まずは1行目の行頭は1マス分下がっているから、斜めに読むと、最初は、読むモノがなしで、順に「れ」、「言」、「も」、「士」……。これでは意味が通じない。行頭が空白なのだから、2行目の頭である「こ」から行ってみる。「こ」、「直」、「で」、「護」……。これまた意味が通じない。最後の行からやってみる。「い」、「回」、「ま」、「の」下から斜め上への動きも考えてみるが、これまた全く通じず。今度は下から上へ斜めに上がっていくという流れも考えてみるが、最初の行からでも最後の行からでも、行末からも同様に意味がわからない。


「やっぱりダメか、この考え方じゃ……」

そう諦めかけた時、ふと題名の後のサブタイトルに目が行った。


 採用されなかった「THE CROSS-生まれより背負った十字架そして負わされた冤罪と、採用された「THE JAYWALKING 今から始める自省と着た濡れ衣」のどちらのタイトルも、サブタイトルが付いているが、「生まれより」「今から」と、どちらも起点を表す「格助詞」の「より」と「から」が付いていた。竹下はひらめきと共に、再び3通目に目をやり、今という言葉が「今回」というフレーズと共に3回使われていることに着目した。

「もし今という言葉から斜めに読んでみたらどうなるか……」

当然1行目の今から見る。上へと行くにはすぐに行頭にぶつかってしまうので下へと向かう読み方を試した。


「『今』、『が』、『自』、『白』……!?」

いきなり「鉱脈」の先端にぶつかった竹下は一瞬たじろいだ。しかしすぐに「掘削作業」を再開する。

「『の』、『た』、『居』、『未』、『ん』、『具』、『き』、『め』、『て』、

『く』、『れ』」

竹下は最後まで読み終えると、軽く天を仰ぎ、

「やっぱり、この手紙は本橋に自白するように仕向けた指令だったか……」

と言って大きく深呼吸した。


 竹下が一文字ずつ、「今」という言葉から、縦書の文章を横斜め下の方向にマスを意識しながら横断させて続けて読んだモノは、「今が自白のた居未ん具きめてくれ」になっていた。「今」は文中では、「こんかい」だが、単独なら「いま」、居は「い」、未は「いまだ」という文中の流れではあるが、単独なら「み」とも読める。具はそのまま「ぐ」で良いだろう。つまり、「今が自白のタイミング 決めてくれ」ということになる。これが偶然そうなったということは、確率的にまずあり得ない。明らかに意図的に隠された文章だ。すぐに沢井と西田に声を掛けトリックを解説し始めた。


※※※※※※※


「こいつは見事だ! ついにやったな! よく解いた!」

沢井は手放しで賞賛した。西田も同様に労をねぎらった。何しろ竹下が在阪中から取り組んでいた課題だ。難儀していたのも見ていただけに、自分自身のことのように喜んだ。しかし、当の竹下は達成感こそあったが、今やほとんど喜びはなかった。


「確かにこの手紙が、捜査状況の進展を感じた、椎野、いや背後にいる黒幕の意向を反映したんでしょうが、本橋の自供を促したのは、間違いないとは思います。ただ、わかったのはそれだけで、どうやってそいつらの犯罪への関与を結びつけるかは、全くわからないままです。時間も余りない状況ですし、結構厳しいもんがありますよ。正直言って、もっと具体的な意味や記述があると期待していたんですが……」

そこまで言うと、竹下は軽く言葉を失った。西田も沢井も、竹下がこの手紙の解読に想像以上に賭けていたことを、この時はっきりと理解していた。


「結果的にこの解読は、状況証拠から推測されるものを裏付ける効果しかなかったってのがもう……」

やっとのことで言葉を継いだ竹下だったが、明らかにがっかりしている竹下の様子を見た沢井は、

「思っていたような結果が出なかったのは確かだろうし、思うところもあると思う。ただ、気になっていたことがはっきりしただけいいじゃないか! このままモヤモヤしているよりはな……。この手紙に指示されて自供したのはこれでほぼ明確になった。まあ、あれだ……、この先が色々厳しい点は仕方ない……」

と最初は励ますつもりだったのだろうが、最後は現状を言葉にしただけになってしまった。何となく、最近の沢井から真相解明を諦めた印象を受けたのも、そういう認識が無意識に出ていたせいではないかと、西田はここに来て思い当たった。


「取り敢えずは、本橋にこの件について取り調べでぶつけてみるしかないだろ?」

「ええ……。でも相手は本橋ですからね。これ突き付けたぐらいで動揺してベラベラ喋り出すようなタマじゃないでしょう……」

西田の話も竹下にとってみれば慰めにすらなっていないようだ。

「外堀は埋まってきているが、本丸に突っ込むだけの武器がないことにはな……。下手に突っ込むとこっちの兵を失うだけだ」

沢井は捜査を城攻めに例えて表現したが、実際相手が「強敵」である以上は、慎重にならないといけない。大胆に行くには「決め手」となる武器が必要だ。


「椎野しょっ引いて何か吐かせられないですか?」

横でじっと聞いていた黒須が発言した。

「バカタレ、相手は政治家の懐刀だぞ! この程度の根拠で引っ張るのは無理がある。明らかに黒だろうが、こっちがキチンと証明出来ない限り難しい。下手に動くと力のある奴らに致命的な先手を打たれる!」

無神経な黒須の発言に頭に血が上ったか、穏健な課長にしては叱責するような物言いだった。


「ひとまず報告としてはこれで終わりですが、前提として幾つか背景が必要な気がするんで、念のため確認しておきたいんですよ。ちょっと大阪府警に電話させてもらいます」

沢井と黒須のやりとりが終わると同時に、竹下はそう言って府警に電話を掛け始めた。


 竹下は大阪府警捜査共助課長の須貝にまず連絡し、捜査4課の吉瀬に連絡を取りたいと告げた。吉瀬の電話番号を聞き出し、掛けると、

「おお、竹下君か! 先日の護送の時にテレビにしっかり映っとったで!」

と、先日の調子で切り出された。

「そうですか。自分としては目立って良かったのか悪かったのか……。まあそんな話はどうでも良くてですね、数点ちょっと聞きたいことがあるんですが……」

「何や? 辛気臭い声やね」

「本橋についてなんですが、彼は英語についてある程度喋れるというか、知識があったんですか? 若い頃フィリピンに行っていたような話を、この前聞いた記憶があるんですが」

「ああ、そうや。フィリピンに行っていて、拳銃なんかの密輸に関わってたって話よ」

「ということは、やっぱり本橋は英語が堪能なんですか? タガログ語を使うというわけでは無さそうですし……」

「正直堪能かどうかはわからんが、現地のブローカーとは、あんたの推測通り、多分英語でやりとりしてたんとちゃうかな? 日本国内で本橋が英語を使う様子はそれほど目撃はされていないが、結構喋れるという噂を耳にしてるウチの捜査員は多いんや」

だったら、前回言ってくれとも思ったが、特に英語についての知識を問われるような話にはなっていなかったので、今更文句を言っても仕方ない。ただ、ここで1つの疑問が生じたので、それをぶつけてみる。


「若い頃にフィリピンで拳銃の密輸に関わっていた本橋が、使用していた拳銃がトカレフってのはどういうことなんですかね? 今でこそトカレフは北海道中心に少しは入ってくるようになってますが、当時はほとんど無かったでしょ?」

「いいところに目をつけたな! これについては俺の推測でしかないが、慣れ親しんだフィリピン系のコルトやらリボルバーでは、葵一家系の人間が疑われやすい、つまり足が付きやすいと言う判断からやないかな? 当時はトカレフもソ連からというより、中国からの密輸ルートが一般的やったらしいで。まあ数自体が入ってきてなかったはずやが。今じゃそれこそあんたの地元の北海道に、ロシアルートで直接入ってくることもあるようやね」


 なるほど、吉瀬の言う通り、フィリピンルートで頻繁に入ってくる拳銃では、殺しの際に、漠然とだが葵一家のヤクザとして、捜査線上に浮上することも、万が一だがあり得たかもしれないし、それは葵一家自体に迷惑が懸かる可能性があった。それを避ける名目があったとすれば納得できる答えだ。


「そうですか。確かにそれはあり得ますね。あともう1つ聞きたいことがあるんです。電話で説明するのは難しいですし、吉瀬課長もわかりづらいと思うんで、説明をファックスで今から送付させてもらいますから、これについてもお聞かせ願いたい。ファックス番号教えてください」

竹下は吉瀬からファックス番号を聞き出すと、吉村に命じて、コピー用紙に殴り書きに近い、椎野の手紙に隠された別の意味についての「説明文書」を書いた上で、椎野の手紙のコピーと共にファックスで送信させた。


「そっちに行きました?」

「ああ、今見てるが……」

吉瀬はファックスを受け取って、文書を眺めているようだ。しばらくすると、

「これについては、俺よりもたかさんの方が詳しいんじゃないかな……」

とポツリと言うと、

「マル暴一筋35年の超ベテランの捜査員がウチにはいるんだが、その人なら何かアドバイス出来るんやないかと思う。こっちから電話するから、そう時間は掛からんと思うからちょっと待ってろ!」

と続けた。


 30分程連絡を待っていると、吉瀬から連絡が入った。

「待たせたな! さっき話した高さんこと高橋っておやっさんに聞いたら、心当たりがあるって言うから、今から2人で話してみ。それじゃ替わるで」

そう言うと、

「もしもし? 自分が高橋っちゅうモンですが……」

と如何にも年配という声で新たな人物が名乗り出した。


「どうもお忙しいところお世話になります。私は竹下という者ですが、それで心当たりがあると?」

「ああ。確かにある。と言っても、かなり前になるな、この手の暗号文があると聞いたのは……」

と竹下に語り始めた。

「聞いたことがある?」

「そうだ。直接見たことはないんや。あくまで聞いただけで申し訳ない……」

「いやそれは構わないんですが、こういうやり方について知り得たことを教えて下さい」

竹下はそう頼むと、高橋はボソボソと説明し始めた。

「今でこそ多少は緩和されたが、昔はヤクザが一度収監されると、なかなか面会が許可されない時代が長かったのは知ってるやろ?」

高橋の言う通り、ヤクザの場合には、拘置所や刑務所側が秩序が乱されるのを警戒して、なかなか面会許可が下りない。一昔前は更に厳しかったという話は竹下も伝え聞いてはいた。

「はい」

「そうなると、例えば幹部などが収監されている場合に、警察側に知られたくない重要事案について、どうしても至急意見を聞きたいことがあると、手紙でやりとりする必要が出てくるわけや。勿論、同じ時期に収監されている、直接的にヤクザとは関係なさそうな人間のツテを使って、そいつらの面会者を通じて連絡するという方法もあるにはある。しかし時間が掛かり、伝言ゲームになってしまう危険性が出てくる上に、途中で情報流出してしまう可能性も出てくるわけや。それはかなりマズイことだから、その方法は採るべきではないやろ? 弁護士を介するという手も無くはないが、弁護士も裁判を請け負ったりしてる接見時には刑務官は立ち会わないが、そうじゃないただの面会では立ち会いがあるから、おいそれとは話せないわけやね。まして、弁護士先生に直接『マズイ』案件の伝達役になってもらうってのも、そう簡単に頼めるはずもないやろ? 例え組の顧問弁護士だったとしてもや。それで検閲を通すとは言え、直接相手とやりとりする手紙を使うわけやね。ただ、しっかり中身を見られるわけやから、そのまま伝えたいことを書くわけにはいかない。当然他の相手に悟られないように、真意を伝える必要もある。かと言って、まともに、ストレートに読めばわけのわからん文章を書けば、如何にも暗号だと教えてしまうことにもなる。その時に、あんたが送ってくれたように、普通の縦書の文章を横や斜めになぞると、別の意味が出てくる方法が取られることがあると、かなり前に聞いたことが有るんや。ただ当時ですら、かなり重要な案件について、幹部の間でしか使わなかったような特殊な方法であったらしいことも確かやね。自分も直接見たことはない。葵一家の幹部だった奴から聞いたことがあるだけや。そういう意味じゃ、若い頃から幹部クラスに可愛がられていた本橋なら、こういうやり方について知識があったとしても不思議ではないとは思うで。解読方法については、捕まったり収監される前から決めておく場合もあれば、捕まった後、読み方のみ伝達する場合があるようやね。その際にも何か相手が気付くようで、他の連中にはわからないヒントを混ぜた手紙を使ったり、それこそ弁護士に気付かれないようにしながら、弁護士に読み方のヒントを伝えさせたりってのがパターンのような。更には、事前に決めておいた読み方で、更に新たな読み方を指示する手紙を書いたりするような変化球もあり得るってこと。今回の場合には、事前に決めておいたルールがあったのかはわからないが、何度かの手紙にやり取りで、題名の選択が解読の指示に関係しているのは間違い無いとは思う。もし何の打ち合わせもなしにやったとしたら、かなり高度なパターンのやり取りと言えるんやないかな」


 高橋の発言をそのまま受け取れば、そうそうお目にかかれない手法ではあるが、竹下が発見したやり方は、高いレベルのヤクザの間である程度認識されていた事実はあると見て良かろう。今回は確定死刑囚になり、勘当状態で本橋の家族の協力を得られない以上、手紙でしか情報の伝達が出来ないという事情が、その特殊な手法を取らせたとしても不思議ではない。そして、ワシントンでの勤務歴があるという椎野と、フィリピンでの数年の活動履歴がある本橋という、おそらく、共に英語についてある程度の知識があるという2人の「前提」が、出版されることがなかったはずの本の題名に出てきた不自然な英語と相まって、竹下に確信を抱かせた。


「そうですか。そういう方法について本橋が知識があったとしても不思議はないんですね。確認出来て助かりました。ありがとうございました!」

竹下の声は、読み解いた時点で自信は持ってはいたが、背景についても裏付けが取れたことで、この点については納得が言ったという意味で、さっきまでよりは弾んでいた。あくまで、自分の推理の達成感が満たされたというだけで、捜査上の成果という意味での喜びではなかったのだが……。吉瀬にも挨拶を済ませると、沢井や西田に、

「やっぱり間違いないと思います」

と言って、会話の中身を説明をした。


「問題は出す側だった椎野にその知識があったかどうかだが……」

沢井の疑問に、

「その点の問題はありますが、箱崎派を介すれば、椎野がそういうやり方について葵一家から知識を授けられていたとしても、それほど不思議ではないように思います」

と竹下は答えた。

「うむ、確かに不自然ではないか……」

沢井は何度か頷くと、それ以上口を挟むのを止めた。


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