明暗28 (153~156 何故、伝達に弁護士を直接利用しなかったか)
10月20日金曜日。午後からすぐ、強行犯係は実況見分の際に本橋を受け入れる際の取り調べ方針についての会議を開いていた。琴似留置場での道警本部組による取り調べは、基本的に西田達が大阪で聴いたことの確認作業の繰り返しとなっているはずなので、遠軽での取り調べは、それまでに聴けなかったことや、更に追及しておくべきことを聴くことになる。
問題はむしろ、どこまでやるかということになる。正式な取り調べではないこともあるが、最終的には、言うまでもなく道警本部や北見方面本部の意向との調整が必要だ。遠軽署で留置すると言っても、暴走が許されないのは言うまでもなかった。
そうなってくると、当然いの一番に議論の的となったのは、本橋に殺害を依頼したのが誰かという点をどこまで突っ込むかということでもあった。その議論の急先鋒に立つ竹下と沢井の間で特に「静かな激論」が交わされた。
「おそらく本橋は伊坂に殺害を具体的に指示され、篠田と喜多川が協力したのは、本橋の証言とそれに付随した裏付けから見て問題はない。言うまでもなく本橋を起訴すること自体に障壁は存在しない。後は更にどこまで捜査が及ぶか。竹下としては、もっと『上』まで調べてみたいということなんだろ?」
「課長! その通りです。果たして伊坂までの関与で終わらせて良いのか疑問があります。幾つかの周辺事実からも疑念は解消しきれません」
竹下は歯切れよく言い切った。
「竹下の気持ちは理解出来る。ただ、追及する先が『ああいう立場の連中』となると、なかなか難しい面が出ることもわかってくれているとも思う。本部や北見がどこまでそれを許可するか、情けない話だが、所轄の刑事課長レベルでは明確にサポート出来る状況にない。確証があるなら話は別だが……」
西田としても課長の発言はよくわかる話だった。8年前程の「圧力」は掛かっていないとしても、政治家周辺を洗うとなると、それなりの覚悟がなくてはならない。所轄が勝手にやったことで済むならまだしも、当然上級幹部も責任を負うわけで、正義の御旗だけで突っ走ることは、組織である以上は厳しいわけだ。
「西田としてはどう考えている?」
沢井にそう話を振られ、
「警察は組織ですから、個人或いは所轄とは言え、課長の言う通り単独でどこまでやれるかについての限界があるのは承知しています。一方で、竹下の言っていることも単なる漠然とした疑惑だとは思いません。これにおいては、結局のところ、上とのギリギリの調整を課長や自分がやっていくという形にならざるを得ないかと考えていますが」
と答えた。幸い、北見方面本部の捜査一課長である倉野、道警の刑事部長である遠山とのパイプは、今回の捜査で確立出来たと西田は考えていた。本人には直接確認してはいないが、竹下もその点を考慮しているだろう。それを最大限利用していく選択肢があるのなら、積極的に利用していくべきはずだ。
それを聞いた沢井は、
「結局そうなってくると、こちらの覚悟と同時に、上層部にも覚悟してもらわんと成り立たないなあ……。どうなんだ、直接会っていることが多いのは西田達だと思うが、感触は悪くないのか?」
と西田と竹下に問いかけた。
「どうでしょうねえ……」
西田は感触は悪いとは思っていなかったが、安易に答えるべきではないと思い敢えて明言を避けた。それに対し竹下は、
「可能性はあると思います。こっちが一定の証拠を示せれば」
と沢井をじっと見つめ言った。
「そうだな……。確証があれば言うまでもない。そこまで行けば動くのは当然の話だ。そのレベル以下であっても、上を動かすだけのモノが出せるかどうか……。最終的にはそこに行き着くわけだ。竹下もそれがわかっているなら、俺も中間管理職として安心出来るってもんだ」
沢井は苦笑しながら自虐して見せたが、本音だろうと西田は自分も省みながら思った。
遠軽に何時本橋が来るかまだ正式決定していない以上は、結論を早急に出す必要もなかったこともあり、「方向性」を見出すだけでその日の会議は終わった。どちらにせよ、最期は上との協議次第だ。所轄での結論は、どういうものであれ最終的な結論ではない。そういう「甘え」が曖昧な結論のままの会議を正当化したことは言うまでもないが、それは何も沢井以下、所轄の刑事達だけの責任でもないのは自明だった。
竹下はその後、大阪以来自ら取り組んでいる、椎野からの獄中の本橋への3通の手紙の分析に再び入った。
※※※※※※※1通目 9月5日消印 同日拘置所着 6日に本橋の元へ届いたモノ
本橋さん
本の題ですが、先日お話した通り
「THE CROSS-生まれより背負った十字架そして負わされた冤罪」
或いは
「THE JAYWALKING 今から始める自省と着た濡れ衣」
のどちらかでいこうかと考えています。どちらがよろしいでしょうか?
次回の面会までに決めておいて下さい。
椎野 聡
※※※※※※※2通目 9月8日消印 同日拘置所着 9日に本橋の元へ届いたモノ
本橋さん
いよいよ上告結果が出ます。なんとか死刑判決を回避して、また笑顔で再会したいと思っております。昨日面会した時に本の題名のご希望を伺いました。
「THE JAYWALKING 今から始める自省と着た濡れ衣」
にしたいとのことでしたが、出版社の許可も得て、それに決めさせて
いただきます。それでは
椎野 聡
※※※※※※※3通目 9月29日消印 同日拘置所着 30日に本橋の元へ届く
本橋さん
先日の今回の判決は、あなただけでなく、私もとても落胆するものでした。
これから時が経てば、受け入れられる……、いや受け入れられるはずもなく。
正直言って、自分があなたともう会えないという事実に愕然としています。
それでも、まだ白旗を上げずに特別抗告という手段も残されてはいます。
ただ弁護士の方々の判断では、それでは覆る可能性がないとのことでした。
確かにあなたのやったことが本当なら、法的にも社会的にも許されません。
しかし、私があなたと居たこの1ヶ月の間に、あなたが凶悪犯であると
自分に感じさせるものは未だにありませんでした。これまでであれば
容疑者の時点で、完全にみんなと同じように憎しみしか持ちませんでした。
ただ今回だけは違った。その具体的な理由を言葉で説明できないもどかしさ。
そしてそれが何なのか、もう突き止めることすら出来そうにありません。
前回の接見が、あなたの顔の見納めとなってしまったのは残念ですが
あの時の笑顔だけが私の救いとなっています。とにかく自暴自棄にだけは
最後まで、絶対にならないようにしてください。それでは、取り敢えず
今回はここまででやめますが、手紙を送れる機会があればまた書かせて
いただきます。
椎野 聡
※※※※※※※
竹下の見立てでは、死刑確定により「部外者」とは面会が出来なくなった後から、自供する直前に届いた3通目が最重要だが、他の2通が何か関係しているかもしれないと言うことで、大阪を離れる直前に念のため再コピーを入手していた。
しかし、その前の2通は大変短く、果たして手紙で出さなくてはならないようなモノなのかと疑問が湧く。同時に面会での会話よりも、文字として残しておくことに意味があるとすれば、そこには忘れては困る何かが記述されていた可能性があった。
この日は特に3枚を並べて比較することにした。昨日の大場のコメントを思い出して急に気になったからだ。あらためて並べて見ると、他の2通は最後の3通目と比較して、几帳面な字で書かれていた点は共通していたが、3通目程、原稿用紙のようにきちんとマス目を意識したような文字の配列にはなっていなかった。今までは文章自体から何か掴もうとして全体を俯瞰する意識はなかったが、こうして比較して見ると、確かに3通目は異質な文字の配列だ。
「これに意味があるのか?」
自問自答するが、すぐに答えが出るわけでもない。仕方がないので、1通目2通目へと再び目をやる。
「しかし、なんというか両方とも題名は英語なんだな……。十字架をクロスねえ。白々しい……」
竹下はそう言うと便箋を軽く放り投げるように机に置いた。
※※※※※※※
一方、西田達は佐田宅から新たに発見された偽証文と、それの原本になったと思われる北見で押収した北条正人の証文について考察していた。
「しかし精巧ですよねえ、作るのはそれほど難しいわけじゃないんですけど。本物とよく比較すればわかるかもしれないですけど、作った本人ならわかっても、そうじゃない限りは、相当じっくり見ないと見分けは付かないでしょうね」
黒須が両方を見比べながら感嘆した。
「伊坂は自分の証文を当時まだ持っていたのかな? 持っていたとすれば、少なくとも後から比べなかったんでしょうか……」
吉村は西田に質問した。
「何とも言えないところだ。もう自分の分の砂金以上に北条や免出の子供の分までぶんどったんだから、必要ないと思って捨てていたんじゃないか? それにあったとしても細かくチェックするとも思えんが。おそらく伊坂の分も同じ文面と文体だったろうから、持っていたとしても、少なくとも会食で渡された際には、十分本物だと考えるだろうな……。自分の本物を敢えて持ってきて、念入りにチェックでもしていない限りは」
「年月考えたら、もう捨ててたと見るのが妥当かな」
人に聞いた割には、自分で結論を導いたように吉村は呟いた。
※※※※※※※
10月21日土曜日。悪い知らせが沢井課長に飛び込んできた。当初の予定では、勾留延長過程の途中、実況見分を生田原の事件現場でするため、遠軽署で留置。その留置には3日程度使う計画だった。しかし、実況見分に移動時間を含めたとしても3日掛けるのは無駄ということで、「2日が限度」だと、短縮される公算が強まったとのことだった。
それ以上に問題になったのは、竹下が主張する、「別の人物の関与」についての取り調べについてだ。現時点で具体的な証拠が挙げられていない以上、かなり詳細に捜査状況を把握している北見方面本部、捜査一課長・倉野も、それを強くバックアップする主張が出来ていなかった。割と現場重視、且つ遠軽組や倉野とも近しい、遠山・道警本部刑事部長も今回の件では、「危ない橋」は渡りたくないだろう道警本部上層部へ対抗することが厳しいという現実が存在した。
このままだと、元々怪しかった、西田達が札幌まで「遠征」して取り調べるという時間はやはり取られないまま起訴される可能性が高くなった。ただ、倉野と遠山は、遠軽組が本橋の遠軽留置期間で独自の聴取をすることは認めてくれたので、最低の最低限度はクリアーしたことも事実だった。
竹下はそれを沢井から聞くと、さすがに遠軽での簡易的な取り調べ自体は認められたとは言え、
「うーん……」
と唸った後黙り込んだ。一方で、仮に札幌と遠軽での取り調べにある程度の時間が割かれていたとしても、大島海路を追い込む証拠がなければ、本橋の口の堅さを考えれば意味が無いだろうという考えもずっと持っていた。
つまり、時間的な余裕の「有る無し」より、実質的な証拠の「有る無し」がもっとも重要だと言う思いが強くなっていた。結局状況がどうであれ、竹下がやるべき取り調べ内容が変わるわけでもないし、証拠を見つける必要はあった。そのように考えると、開き直りで多少気が楽になった。
そうやって、辛うじて自分を納得させようとしていた竹下に、突然五十嵐から携帯に連絡が入ったのは、初雪らしきものが空から舞い降りてきた午後2時過ぎだった。
※※※※※※※
「よう! しばらく連絡しなくて悪かったな。あ、そうそう、本橋の護送の時におまえが居たのをニュースで確認したよ。生で見るより男前だったな!」
五十嵐は相変わらずだったが、世間話もそこそこに重要な話を切り出してきた。
「あれから例のサツ回りについて調べたが、笠原って奴だった。若手なんだが、どうもこいつも椎野と同じ早稲田の政経出身で、おまえの想像していたように、椎野とのコネがありそうだ。だから椎野が笠原から色々道警情報を仕入れていたってのは、結構あり得ると思う」
「大学の先輩後輩ですか……。五十嵐さんと自分の関係と同じですね。そうなると、椎野はある程度、その笠原ってのに指示出来る関係かもしれないですね」
「まあそれはそうなんだが、それ以前に、どうも椎野ってのはこっちが思っている以上に力があったみたいだぞ。やっぱり与党、しかも最大勢力のところの番記者ってのは、将来は幹部、しかも社長やらそのレベルになる確率が高く、記者の癖に下手な重役より影響力があるらしいな。だから、仮に笠原が大学の後輩じゃなくても、単なる『コマ』として使えるだけの権力があるようだ。大体今の社長も現役時代は民友党の番記者やってた人物だからな。椎野からも上層部からも、どちらからでも自分達で好き勝手できる体制が出来ているってことだ」
竹下はそれを聞くと、
「そんな状況だから、政治家から何か頼まれれば、それに応えるだけのシステムが出来上がってるとも言えますかね?」
と思わず反応した。五十嵐はその発言を聞いた上で、
「今回の椎野の移動については俺は知る由もないが、それはそうだろう。それにしてもやっぱり政治が絡んでるのか、本橋の件は? どうもそうじゃないかとおまえに椎野の件で報告した時に感じたんだが……」
といつもよりやけにゆっくりとしたテンポで尋ねてきた。
「いや、まあそれは……」
竹下ははっきりと答えず口ごもったが、
「まあお前が今話したくないならそれで良い。俺はそう思ってるってだけの話にしとこう。ただな、もう一つ面白い話がある。本橋の独白録を東西新聞出版から出すって話しただろ? その後も色々ツテを頼って、俺が勝手に調べさせてもらってたんだ」
と五十嵐はいつもの早口で得意げに言った。
「それで何かわかったんですか?」
「ああ、東西新聞出版は企画を東西新聞の上層部から出されていたらしい」
「なるほど。出版は新聞社側の都合ですか」
「そう。ただ、問題はそこだけじゃない。現実には出版の企画自体が最初から不可能なモノだったらしい」
竹下は思わず、
「えっ?」
と聞き返した。
勿論、本橋の本の企画自体、元々椎野と本橋の「リンク」を作り出すための隠れ蓑だという認識は竹下も持っていたが、当初から不可能となると話が違う。
「結局のところ、東西新聞出版の内規で、この手の犯罪者、つまり起訴された人間の意見のようなものを垂れ流すことは不可とされていたらしい。だから、本橋の独白録なんてのは最初から無理な案件ってことだ」
五十嵐はそう断言した。
「となると、椎野の取材ってのは、何の意味もないと?」
「その通り。出版されないもんの取材なんて、出版社も関知してるわけがない。一応企画としてそういう話があったということは、出版社内部でも認識はあるが、永久に企画のまま表に出てこないということだから、取材の依頼はあり得ない。ただ、企画として話があったという、一種のアリバイ作りだったんじゃないか?」
竹下はそれを聞くと、よく出来た筋だと改めて思った。本橋の告白本を出版するという名目をまず作り、それに椎野を取材者として送り込み、本橋との「自然な関係」を表向き構築して、いざという時の連絡者として仕立てた。
しかし、検閲をすり抜けるため、椎野や手紙に含ませた暗号のようなモノを使用せず、既に「存在していた」弁護士を介在させて直接口述と言う手もあったはずだ。まして弁護士事務所は椎野同様「箱崎派」の手先、つまり本橋にとっても味方であり手先のはずだ。
ただ、弁護士を使うにしても、直接の担当弁護士の2人に加え、遠軽署が絡んだ事件が発覚し始めた頃から、箱崎派有力議員の親戚である梅田という、箱崎派により近い弁護士が絡んできたことから見ても、直接弁護する2人が、事件化していない佐田殺害の件について、何か具体的に知っていたかどうかはかなり怪しい。その上、梅田弁護士自身も椎野を本橋に紹介して以来、直接的な働きかけはしていないようだった。
伊坂が佐田との殺害前日の会食に、顧問の松田弁護士を同席させなかったこともそうだが、いくら自分達の利益のために働いてくれる「手先」とは言え、やはり殺人絡みの陰謀に、「法曹」を直接関与させるのは躊躇する可能性があった。
確かに本橋の起訴されていた事件の弁護に「御堂筋リーガルオフィス」が関わっている以上、箱崎派もしくは葵一家から本橋への、弁護人紹介という利益提供もしくは「監視」の意味はあったのだろう。実際、本橋の弁護料は本橋が負担していることになっているようだが、ほとんどが「リーガルオフィス」側の手弁当だろうという話だ。そして、それは勿論そのままの文字通りではなく、裏では葵一家から資金が流れている可能性が高いということも聴いていた。竹下は、それがあるなら箱崎派からの提供の可能性もあると踏んでいたが……。
しかし、さすがに法的に未知の殺人(佐田殺害)までを、弁護側が具体的に知った上での弁護だったかは疑問だ。起訴済みの既知の殺人についてすら、本橋が実際に関わっているとの蓋然性は高いという認識程度はあっただろうが、明確に知っていたとなると弁護士としてはかなり危険な領域に踏み込んでいたことになる。
それは、いくら依頼者の利益の為に働くのが弁護士の使命とは言え、さすが犯罪行為を確認した上で無罪前提で依頼人に関与することは、弁護士としては致命的な危険(弁護士会による懲戒)を抱えることになるからだ。勿論、それ以外の社会的制裁を食らう可能性も高い。
同時に、弁護士を利用する側としても、そういう不安定な状況に『手先』を置いておくと、最終的に裏切りに合うおそれもある。そうなると、その「周辺」を誤魔化しながら、肝心な「汚れ仕事」の部分は最終的に、本当の「懐刀」である椎野に任せたということはあり得る。
そもそも、唯一、警察官や刑務官の立ち会い抜きに接見出来る弁護士であっても、その接見が本当の意味で監視されていない空間で行われるかは疑問だ。
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弁護士は逮捕時には唯一被疑者と接見(弁護士面会)が出来、勾留後の留置場や拘置所でも警察官、刑務官の立ち会い抜きに接見が可能である。
また刑務所に既に収監されている場合でも、受任弁護士としての立場で面会する場合には、刑務官の立ち会いは原則無い(但しそのような関係が無い、或いは判決確定で無くなった場合には、一般の面会希望者同様、刑務官の立ち会いがある)。これは憲法34条及び刑訴法39条1項に基づく法的な権利である。いわゆる「秘密接見交通権」というものである。
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と言うのも、特に警察の管理下にある留置場では、接見時に立ち会いの警察官が居なかったとしても、場合によっては、違法性のある方法(つまり盗聴等)で接見・会話内容が把握されている可能性は、残念ながら完全に無いとは言えないからだ。
中でも、被疑者が取り調べに素直に応じていない重大事件などではその可能性がある。実際、袴田事件では弁護士との接見内容がテープに録音されており、再審請求絡みで最近になって発覚し問題になった(http://s-bengoshikai.com/bengoshikai/seimeiketsugi/s15-4bengoninn/)。他にも警察が接見時の会話内容を把握している可能性を感じている弁護士は、一昔前まではかなり多かったようである(http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20150414)
法務省管轄下にある拘置所や刑務所の場合、遵法意識は警察よりは高い上、直接的な捜査権限が無い(管理施設下で発生した事件は除く)ので、更に確率は低いものの、過去含め全くなかったかどうかは微妙なところだ。
いずれにせよ、これらの現実から見て、重大な犯罪事実などに関する発言は、相手が受任弁護士であれ、出来るだけ避けるべきというのが、おそらくその筋のプロであるヤクザならば当然の認識ではないかと竹下は踏んでいた。それ故、警察官や刑務官の立ち会いを前提にしても、椎野を使って面倒な手法を敢えて採ることは、決して不合理なわけではない。
しかしそれらについてはともかく、1番の問題は椎野から本橋への手紙にあった。2通目に、「出版社の許可を得て」題名を決めたとあったからだ。あり得ない出版を前提にすれば、明らかな嘘である。となると、3通目だけでなく、2通目にも明らかに何か「意味」があるに違いない。
「おい! 竹下、聞いてるか?」
五十嵐が考えこんでいた竹下に応答を呼びかけた。
「あ……、はい聞いてますよ」
「8月にお前から抗議食らったウチのあの記事、大島が関与して圧力掛けたって話だったが、今回の件で、佐田の事件について、当時のことを仲間に色々調べてもらった分には、失踪当時、大島が捜査に圧力掛けたらしいな?」
いきなり五十嵐は核心を突いてきた。もうここまでわかっているなら否定しても仕方ない。
「リアルタイムでは関わってないので、直接見聞きしたわけではないですが、当時捜査に関わった先輩の捜査員から聴く限り、そうだと思います」
竹下はためらうことなく率直に認めた。
「最終的には……、大島まで行くのか?」
五十嵐は切り込んできた。さすがにそれをストレートに認めるにはまだ確証が足りない。時期尚早だ。かと言って今更否定するのも無駄だろう。
「どうでしょうねえ……」
煮え切らない返答で五十嵐を納得させることは出来ないが、ある程度は察してくれるだろうと考えた。
「そうか……。まあいい。とにかく現状俺が知り得る限りのことは伝えた。その点は理解してくれ」
五十嵐の言葉は、対価を貰う時が来るならそれは当然貰うという意思表明でもあったが、それは「大人の関係」でやっている以上は仕方がない。
「わかりました。ではまた何かあったら……。ひとまず失礼します」
竹下はそう言うと電話を切った。




