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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
序章
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序章4

 その後課長に北見での聴取内容を説明し、その結果として、再度の現場検証の必要性を説くと、課長もすんなりと同意してくれた。吉見の死とは直接関係ない、幽霊の行動そのものの事件性については、確実性に欠けるのは間違いない。しかし、刑事課自体がそれほど忙しくないこともあり、気になる点はチェックしておくべきという判断が沢井にもあったのだろう。


 勿論、場合によっては、吉見の死に関係する新たな発見があるかもしれない。不審死や人魂の「消失」から日数が経っていることもあり、できるだけ早い時期の捜査が必要である。署長にも報告して許可を得た。また、天気予報が晴れということもあり、早速翌日の朝から、刑事課の他の係の一部に加え、警備・生活安全課、鑑識などからも応援を得て、現場検証を行うことになった。


※※※※※※※


 翌日の早朝、現場にはおそらく人気ひとけ無い山中の普段では考えられないであろう数、具体的には18人の「人間」が周辺を静かに蠢いていた。念の為、熊避けの鈴を数人が持ってきてはいたが、これだけの人数が居るにも拘らず、それにヒグマが驚かない時点で、その効果はほとんど無い様に思われた。更に刑事課の数人が拳銃所持を許可されていたが、熊に拳銃がどれほど効くかは、彼ら自身半信半疑だっただろう。否、ライフル銃でもなければほとんど効かないことは、残念ながらよくわかっていたはずだった。つまり「気休め」程度の意味しか無かった。


 事件からほぼ一週間経ったとは言え、人がほとんど入ってこない場所だけに、事件発生からそれほど状態は変わっていないように西田には感じられていた。立ち入り禁止の規制線は、場所が場所だけにほぼ必要がなかったこともあって、遺体発見から2日程経過した時点で丸山駐在所員に回収してもらった。また、「人魂」の本体と思われた幽霊、否「人物」の下足痕げそこんは、雨がこの間1度しか降らなかったこともあり、まだかなり原型を保っていた。


 保線区員も気を遣ったのか、単に死者が出た場所を忌避したのかはわからないが、余り現場に近付かなかったらしく、前回から新たな長靴らしき痕跡は見当たらなかった。ただ、おそらく鉄道写真の撮影に来た、新しい他者の下足痕はあった。幸い、おそらくだが「彼」は、それほど現場を荒らすことなく立ち去ってくれたようだ。一応事件に関連がないと断定はできないので、鑑識に頼んで型を採って貰った。


 今回の現場検証の方針や目標として、力を入れなくてはならないのは大きく3点に分けられる。まずは、前回検証しなかった場所において、吉見の死に関係しそうな遺留品の発見。そして「人魂と誤認された発光体を所有していた人物」が持ち主である遺留品の確保。或いは、「人魂の元」が一体何を目的としてここに居たのかを、認識もしくは推察出来る証拠の発見にあった。


 そのため、前回見た箇所は割と早目に切り上げて、同心円状に徐々に目視による捜査を開始した。ただ西田、大場、小村の強行犯係3人の面々は、同心円状ではなく、前回出来なかった「人魂」の靴跡を追跡することに専念した。吉村、黒須、澤田は、他の応援組と共に同心円状をしらみつぶしに、沢井課長と主任の竹下は、それぞれそれらの指揮をしていた。


 下足痕が残りやすい土の部分が、遺体発見現場から離れるとすぐに草地が多くなり判りづらくなるのでかなり念入りに調べる。すると、30m程現場から遠軽方向に離れた辺りの土の部分に、再び痕跡を発見。追跡の歩みを更に進めると、運転士達が証言していた「発光体」が出現する地点のおそらく手前辺りに、焚き火をしたような痕跡を発見した。


「係長これですかね、人魂の正体は?」

大場が軽目に叫んだ。

「いやちょっと違うんじゃないか? ここは軽く窪地になってるし、線路方向に木がびっしり生えてるから、向こうからは夜でも見えないんじゃないかな?」

西田も一瞬、人魂の正体を発見したような喜びを表に出しかけたが、咄嗟の小村の冷静な一言で考えを改めた。そもそも、焚き火の火の燃え方であれば、人魂と勘違いはしないだろう。


「なるほど、小村の言うことは一理ある。ただ、この焚き火自体は、人魂幽霊騒ぎの奴が起こした可能性は十分にあるな。鑑識呼んで遺留物調べさせないと」

西田は残された灰を軽く指先で触りながら言った。

「確かに言われてみれば、小村さんの言ってることが正しそうです。一方で、焚き火の周りの下足痕を見る限りは、係長の言ったように、焚き火したのは奴の可能性は高い」

西田の横で燃えカスをしゃがんでじっと見ながら、大場も頷いた。


 西田は更に周囲を見回す。足跡の方向はまだ複数、先まで続いているようだ。

「まだ向こうの方まであるな……。大場、ちょっと鑑識呼んできてくれ。俺は小村と先の方まで調べるから」

「わかりました。鑑識呼んできたら俺もそっち行きます」

そう言うと、大場は元来た方向へダッシュして戻って行った。


「さてと……。小村はそっち方向の下足痕を辿ってくれ! 俺はこっちを行くわ。他の下足痕は、あっちで捜査してる課長達の仕事が終わってから、応援呼んでじっくり調べればいい」

そう指示すると、ゆっくりと2人はそれぞれの方向へ散らばった。


 やがて、大場と共に鑑識の三浦が戻って来て、三浦が色々調べ始めてから更に15分ほど経った頃であろうか。30m弱離れた場所を捜索していた小村が突然声を張り上げた。

「係長! こっちに何か掘ったような痕跡があります!」

西田と別の所を捜索していた大場が、小村のところへ駆け寄ってみると、確かに最近地面を明らかに弄ったような跡があった。


「ここら辺りにも下足痕が結構残ってるな……。何かを埋めたのか?」

「人魂の元」がなるべく見つからないようにしながらした作業である。場合によっては、とんでもないモノを埋めた可能性も考えられた。

「どうでしょう。逆に掘り返した可能性もありますよ。取り敢えずスコップ持って来て、掘り返しましょうか?」

小村はそう確認した。だが、

「うーん……。いや、もうちょっと周りを調べてからにしようか。他にも何かあるかも知れない。きちんと全部を調べ上げてからにしたほうが良いだろう」

と西田が答えると、3人は持ち場に戻って再び念入りに調べ始めた。一通りの鑑識作業を終えた三浦にも、捜査を手伝って貰うことにした。


 すると5分もしない内に、西田の持ち場にも、地面が「弄られた」箇所が複数見つかった。大場と三浦が発見したものも含めると、合計6つもあった。その後も靴跡が追跡できる場所はしらみつぶしに調べ上げたが、更なる発見はなかった。西田はこれ以上はないと一旦判断し、元の場所に戻って課長とまず相談することにした。


 西田から話を聞いた課長は、

「何だって? 本当か!?」

と思ったより驚き、

「何処だ? 早く見せろ!」

と、西田に連れていくように急かした。

早速課長を連れて3人の元に戻ると、弄られた箇所付近ではなく、山側の少し小高くなっている、やや離れた所に3人が固まって何かを見ていた。


「おい、そこで何やってんだ? 課長が来たぞ!」

西田は両手を軽くメガホンの形状にして、口元に当て叫んだ。

その声に気付いた大場が、

「課長、係長! ここに面白いモノがありますよ」

と叫び返してきた。大場に言われてしぶしぶ行ってみると、簡易な石碑らしきものと墓石だろうか、更にかなり朽ちた卒塔婆があった。面白いと言う言葉とは到底無縁のモノであった。本人も本当に面白おかしいという意味で言ったのではないだろうが……。


「なんじゃこりゃ?」

西田は少々面食らって、思わずそう発していた。やや遅れて付いて来た課長も、先程聞いたのと全く関係ない話で少々戸惑っているように見えた。

「石碑を見る限りですが、常紋トンネルのタコ部屋労働犠牲者の慰霊碑兼墓標でしょう」

小村の指差した石碑には、若干風化していたが、確かに常紋トンネル工事殉難者慰霊の字が読み取れた。


「墓石に卒塔婆もあるってことは、ここに見つかった犠牲者の遺骨か何かが埋まっているのか……」

常紋トンネルの逸話を思い出し、思わず手を合わせた西田だったが、課長と他の3人も西田を見て同様にした。各々のしばらくの黙祷の後、目を開けて振り返ると、いつの間にか竹下も様子を見に来ていたようで、状況を察し黙祷していた。改めて石碑の部分を詳しく見ると、西田が黙祷の前に思った通りで、周辺の探索の結果見つかった遺骨が納められているらしい。昭和52年の秋に建てられたようだった。


「こんな山の中に埋葬されるんじゃ、死んでも報われんな、タコ部屋の犠牲者は……。誰も普段お参りなんてしてくれないだろ、こんな辺境にあっちゃ……」

西田はボソッと言った。

「さすがにここを辺境ってのは、人家が全く無いとは言え、ちょっとオーバーじゃないですかね? 鉄道も近くを走ってるし」

大場が西田の発言を聞いて、苦笑しながら論評したが、

「いや十分辺境だろ? 半径数㎞、人っ子一人いない山の中だぞ!」

と少々大人げなく反論する西田であった。援護するかのように課長も、

「辺境か……。そうなると、まさにこれは辺境の墓標ということになるな……。うむ、この寂寥せきりょう感というか、そういうものを表現するのに『辺境』って言葉の選択は悪くない」

と、神妙な顔付きで頷きながら静かに言った。

「そんなもんすかねえ……」

課長の反応に多少不満げに大場は呟いたが、竹下も、

「まあ、我々のような道民からすると、あれですけど、本州ないちの人とかにとっては、十分辺境に値するんじゃないでしょうか」

と、西田と課長に配慮しつつも、余り同意は出来ないと言ったような、微妙な表現をしてみせた。


 しかしその直後、

「こんな状況だと、うちらが掘り返して、例えば骨が出て来ても、『こっち』の骨の可能性もありますよね?」

と、鑑識の三浦が、刑事課の4人がこれまで敢えて言わなかった「死体遺棄」の可能性に突拍子もなく言及したことに、刑事達はちょっと驚いて顔を見合わせた。だが実際問題、「人魂の元」の謎の大掛かりな行動を考えると、死体が埋められている可能性が、全く無いとは決して言えないだろうと、刑事達は僅かだが思い始めてもいた。


 そして墓標から離れ、課長に6箇所の痕跡を見せると、

「これは確実に何かあるな……」

と呻くように言った。ただ、いきなり調べるようには指示せず、

「ひとまず『腹が減っては戦が出来ぬ』って奴だ。飯食ってから一気にやろう!」

と西田達に告げた。

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