明暗10 (58~64 遠軽での捜査再開 旅館「志野山」聞き込み 重)
9月14日木曜日の午前7時半、伊坂組の駐車場の外れで沢井課長、竹下主任、小村、澤田、黒須、大場の6名が車の中に待機していた。喜多川と篠田の8年前の勤務状況、特に佐田実殺害実行日と目される9月26日のそれについて、情報を調べるための、前日に請求しておいた捜索令状を携えていた。
「そろそろ、数人出社してきてるな。良い頃合いだ……」
沢井は外の様子を見ながら、タイミングを窺っていたが、
「行こうか!」
と無線で他の車両にも連絡すると、一斉に6人が車のドアを開けて建物に向かった。突入と言う程でもないが、ドアを開けて沢井は令状を呈示した。驚きというより「またか」という表情を職員はしたが、
「喜多川と篠田両専務が一般社員だった、8年前9月の勤務状況について、必要書類を調べさせてもらうから」
と沢井は気にせず通告した。
「担当者、責任者共にまだ出社してませんが……」
と言った女性職員に、
「それじゃ、来るまで待たせてもらいますんで。その代わり、皆さん机から勝手に離れないでください」
と竹下が冷静に呼びかけた。
課長である沢井と小村、黒須は前回の喜多川逮捕のガサ入れの際、喜多川の家の方のガサ入れには参加したが、伊坂組のガサ入れには関与しなかったので、事務所の中ではやや落ち着かない感覚を覚えていた。6人は事務所の壁際に立つとそのまま監視を始めたが、ほどなく総務部で労務担当の鎌田という男性職員が出社してきたので、事情を説明して勤務のデータが残っているかチェックさせてもらうことになった。
「8年前となると、残ってないだろうねえ、さすがに。工事日誌の類は残してるんだけど……」
鎌田は捜査員達に告げたが、
「ちょっと見せてくれ」
とそれに構わず、小村と黒須はキャビネットを調べた。確かに3年前までのものしか見当たらなかった。
「本当にこれだけ?」
振り返って確認した小村に、
「8年も前の勤務関係の奴なんて、保存しておく理由がないですからね。法的には賃金台帳とかは3年までが義務なんですわ」
と鎌田は冷たく言い放った。
「工事の日誌か何かに、勤務していた人間の状況記録みたいのは残ってないのかな?」
と沢井が改めて鎌田に尋ねると、
「残ってるかどうかは知りませんがね。多分記載されてないと思うなあ。ただ、そっちは工事関係の部署、当時2人が所属していた建設部が記帳責任を持ってる訳で、保存もそっちがしてるから、そっちに聞いてくださいよ。私は門外漢です、保存担当外!」
と軽くあしらわれた。沢井達はそれを聞くと建設部の部屋に向かった。
建設部では既に部長の志賀という人物が出社していたので、令状を呈示して協力を頼んだ。
「8年前の9月頃となると、網走のフィッシャーマンズスクエアのジョイントベンチャー(作者注・特定建設工事共同事業体のこと。複数の建設会社で1つの建設事業を請け負う)で網走の方で工事してたんじゃないかな……」
資料を探しながら独り言のように志賀が言っていると、副社長の三田が出社してきたのか室内に入ってきた。
「何、また捜索ですか?」
以前と違い明らかに不満そうな言い方だったが、令状を沢井は見せて、
「まあそういうことで」
と牽制した。すると三田の後ろから更に中を覗いている中年の男が見えた。
「伊坂組の2代目社長の政光ですね」
沢井に竹下が耳打ちした。沢井は勿論、竹下も目の前で見たのは初めてだったが、捜査資料で見たことはあった。政光は様子を少しの間見ていたが、不敵な薄笑いを浮かべるとすぐに部屋から去った。
「何か嫌な感じの奴だな」
沢井は嫌悪感を隠さなかったが、その直後、
「やっぱり個々人の勤務関係のちゃんとした情報は入ってないですね」
と、志賀は申し訳無さそうな顔をした。
「うーん」
それを聞いて沢井は改めて深いため息を吐いた。
「やはり時間の壁は高いか」
小村も舌打ちした。
「これは係長と吉村が札幌から戻ってくる前に、余裕で署に戻れますよ。2人の方は成果もあがったんですから、盛大に歓迎しましょうか」
竹下も自嘲気味に言った。
※※※※※※※
沢井達が苦闘していたそれより後、西田と吉村は、札幌駅発網走行き、午前9時40分の特急オホーツク3号に乗車するため、駅のコンコースに居た。15時過ぎの5号でも良いかと考えていたが、それはちょっと遅すぎるということで、やや早目の遠軽への帰還となっていた。直前に道警本部で遠山部長に別れの挨拶をしてきたところでもあった。
「係長、みんなへのお土産どうしますか?」
吉村が駅の売店を見かけて西田に問いかけた。
「同じ北海道内なんて、売ってるもんはどこも同じだろ……」
西田は少々苛ついたが、まあお茶受け程度に買っていくのも悪くないと思い直した。
「おまえのセンスで好きなの選べばいい」
西田の「お許し」を得た吉村は、5分程品定めをしていたが、マルセイバターサンドと札幌タイムズスクエアなる菓子(作者注・バターサンドは六花亭の有名な北海道土産ですが、札幌タイムズスクエアもここ20年ちょっとでかなり有名になってきています。萩の月のような菓子だと考えてください)をそれぞれ1箱ずつ購入して西田の元へ戻ってきた。それを見た西田は、
「バターサンドは俺も食ったことあるが、札幌タイムズスクエア? 聞いたこと無いな。美味いのかこれ?」
と箱をジロジロ見ながらブツブツと軽い文句を言った。
「最近販売されるようになって、かなり人気になってきた菓子みたいですよ。一度食べたんですがまあまあ美味いです」
と吉村が返した。
「ふーん。それならいいけど。まあそんなことはどうでもいいや。間に合わなくなるから早く改札通るぞ!」
西田は早足になると、吉村も後を追った。
2人が遠軽駅に着いたのは13時を少々回った頃だった。駅前では大場が署まで送るために待ち構えていた。
「悪いな。忙しかったんだろ伊坂組のガサ入れで? 近いんだから迎えに来てもらわなくても良かったんだぞ」
西田は車の後部座席に乗り込むと、ドカッと腰を下ろした。
「いやいや、自分は飯も駅前で済ませることが出来たんで渡りに船ですよ。ガサ入れの方はそれが見事に空振りでして……。完全な『ボウズ』って奴です。やっぱり保存してなかったってオチでした。意図的な隠滅とかじゃなくて」
大場が申し訳なさそうに説明した。
「まあそんなとこだろうな……」
西田は数日ぶりの遠軽の景色を眺めながら、諦観の構えをしてみせた。
「札幌の方は結構進展あったみたいですね。課長も喜んでましたよ」
「そうそう。びっくりするぐらい色々わかったぞ!」
吉村がよくぞ聞いてくれたというように、運転席の大場の方へと身を乗り出した。
「吉村じゃないが、まあ行った甲斐以上の成果はあったよな」
西田も自画自賛出来る結果は確かに出していた。
署に戻ると課長が、
「ご苦労ご苦労。今回はよくやってくれた!」
と笑顔で出迎えてくれた。
「いえいえ。こっちはある意味旅行気分みたいなもんで」
西田は自分の机にカバンを置くと、佐田家から借りてきた手紙と証文の原本、財界北海道87年7月号を課長に差し出した。
「これか……」
課長はそれぞれを手にとってじっくりと眺めた。
「これ土産です」
吉村はそれを見ながら、自分が買ってきた土産を竹下に手渡した。
「六花亭のマルセイバターサンドか。これは冷蔵庫で冷やさないとな」
いつもの竹下らしくない、少々浮かれた感じを見せたが、
「主任はそれ好きでしたよね?」
と黒須に言われると、
「ああ。帯広に親戚がいるんだが、これたまに送ってもらうんだ。遠軽じゃ売ってないんだよな」
と照れた。竹下の好物だったらしい。吉村もすかさず、
「主任が前に好きだと言ってた記憶があったんで選んだんですよそれ」
と言うと、
「そいつはありがたい心配りで」
と冗談ぽく礼を言った。その一方で、
「これは何だ?」
と札幌タイムズスクエアの箱を見て不思議そうな顔をした。
「最近売れ出した土産みたいですよ。以前一度食べたんですが美味かったんで」
「ふーん、タイムズスクエアって言ったらニューヨークだろ。よくわからんネーミングだな」
そう言いながら、バターサンドと共に冷蔵庫に入れた。
「いや、それ冷やさない方がいいと思いますよ」
「あ、そうなの?」
吉村のアドバイスを聞いて、竹下はタイムズスクエアを冷蔵庫から取り出そうとしたが、ドアを開けたまま一瞬動きが止まった。そして突然ドアを乱暴に閉めて、竹下は携帯電話を取り出し、室内から外の廊下へと出た。
「もしもし、五十嵐さんですか?」
掛けた相手は例の、大学時代の先輩に当たる道報の五十嵐だった。
「竹下か? 何かまた文句でもあるのか?」
警戒したような口ぶりだったが、構わず話を続ける。
「ちょっと調べてもらいたいことがあるんですがね。こっちのツテで担当所轄に直接聞いてもいいんでしょうが、正直な話、担当者ももう居ないだろうし……。同業だからこそわかるんですが、はっきりと確定した話じゃないと調べ物を嫌がる連中が多いんですよ。だから新聞社の方が情報持ってるし、出てくるのも早いんじゃないかと思って」
「回りくどいな。核心を話せよ!」
「じゃあ遠慮無く。1987年の10月ぐらいに、網走のフィッシャーマンズスクエアの建設工事で、入れたばかりの冷蔵設備から冷却用のアンモニアが数日に渡り漏出した話憶えてますか?結構なニュースになったような記憶があるんですが?」
「うーんと……、言われてみればそんなことがあったような気もするなあ」
「あれ、確か、設備入れたのが9月の末で、1週間ぐらい少しずつ漏れ続けていたという話だったと思うんですよ」
「だったかなあ」
五十嵐も半信半疑と言った雰囲気だ。
「自分の記憶が合ってるか、そっちで調べて欲しいんです。ついでにもしそういう事件があったら、伊坂組の作業員が巻き込まれていなかったか、そして立件されたかどうかも知りたいんです」
「そんなことかよ。こっちは忙しいんだよ……と言いたいところだが、お前には先日の件で借りがあるからな……。わかった。知り合いにちょっと調べさせるわ。数時間は掛かるだろうから、その点は勘弁してくれよ」
「それは全く問題無いです。出来れば今日中で」
「さすがに日付またぐことはないと思うが、用件は確かに聞いた。じゃ、ちょっと忙しいからまた後でな」
竹下は電話を切ると、室内へと何食わぬ顔で戻った。
「どうしたんすか?」
吉村が不思議そうな顔で竹下を見たが、
「気にするな。大したことじゃない」
とぶっきらぼうな返事をした。
「いや、タイムズスクエアは冷やさない方がいいんじゃないかって話なんで」
と言われると、
「ああ、そうだったな。すっかり忘れてた」
と慌てて冷蔵庫から菓子折を取り出した。
「じゃあ、もうすぐに食べてもいいんだな?」
「どうぞどうぞ。俺も昼飯食ってないんですが、小腹空いたんで食べたいです」
竹下は勘違いを誤魔化すかのように、昼食を摂ったばかりだったにも関わらず、開封して食べ始めた。中身は仙台銘菓「萩の月」のようなスタイルの洋菓子だった。
西田と吉村はその後昼食に外に出掛けたが、戻った後は2人から遠軽残留組への札幌での捜査結果についての報告会議が開かれた。大体の内容は札幌から既に報告済みだったが、細かい点や質疑応答を経て、例の手紙と証文の原本をじっくり観察させた。既にファックスでのコピーは見ていたが、やはり本物となると、何か違う当時の「空気」とでも呼ぶべき不思議な雰囲気を「遠軽残留組」は感じたに違いない。
そうこうしている間に、携帯が鳴ったので、竹下は沢井に断りを入れて廊下に出た。案の定五十嵐からだった。
「早かったですね。2時間も掛かってないです」
「俺に礼を言うより、調べてくれた連中に言ってくれ。まあそれはどうでもいいや。さっきの話だが、網走支局で調べてもらったが、確かにあった。発覚したのが9月30日、報道されたのが10月2日だな、少なくともウチではだが。で、お前の言う通り、漏洩していたのは、9月の24日ぐらいからだったらしい。だからずっと漏れ続けてたんだなやっぱり。当時工事に入っていた伊坂組含めた、複数の会社の30人ぐらいの作業員が、数日間体調不良を訴えていたようだ。結果的には冷蔵設備を入れた、高梨設備って会社の担当者数名が書類送検されたということだ。まあ被害人数はともかく、被害の深刻度はそれほど大したもんじゃなかったからこその書類送検だろう」
「やっぱり記憶は間違ってませんでしたか。ホント助かりましたよ。これで担当したはずの網走署に具体的に聞けます。確かに借りは返してもらいました。ありがとうございました」
竹下が礼を言うと、
「そうだおまえ転職の件、そろそろ真剣に考えとけよ。35までがリミットだぞ。あと2年ちょっとだ。あっという間だからな」
と五十嵐は釘を差した。
「ええ、わかってますから。それについては考えておきます。それじゃまた」
話の中身は周りに聞かれていないのだから、声を潜める必要もなかったが、無意識にそうしていた。
「用は済んだか?」
部屋に戻ると沢井から声を掛けられたが、
「すいません、網走署に電話させてもらいます」
と許可を求めると、
「網走? なんだそりゃ」
と説明を求められた。課長としても唐突に言われたのだから当然である。
「いや捜査の一環ですよ、捜査。吉村のお土産がヒントになりました」
と笑顔で言うと、沢井は更に不思議そうな顔をした。
網走署に確認すると、生活安全課でこの手の事件を担当しているという柴崎は開口一番、
「今、例の連続女殺しの応援で、刑事課だけじゃなく生安課(生活安全課)も大変なんだよ……。事件解決してからにしてくれねえかな。8年前だろ? 当時の担当者も居ないし、書類の束ひっくり返すこっちの身にもなってくれや」
と、露骨に文句を言ったが、やすやすと引き下がるわけにも行かない。
「いや、大変なのはわかってますが、どうしても大事なことなんで」
と竹下は食い下がった。
「仕方ねえな、わかったよ……。遠軽は別件で捜査応援免除されてるから気楽なもんだねえ。で、被害者の調書に伊坂組の篠田ってのと喜多川って作業員のがあるかどうか調べたいんだな?」
声からしてベテランらしい柴崎は、嫌味をかましつつも竹下の要望を聞き入れてくれるようだった。
「ええそうです。喜多川友之と篠田道義、漢字は先程お伝えしたとおりです」
「はいはい……。でもこれがあんたらが調べてる事件と関係してくるの? にわかにはわからんなあ」
「ちょっとしたアリバイ捜査なんですよ」
「ははーん、そう言われると何となくだが理解できたわ。わかった。忙しいんで明日になると思うが、連絡させてもらう。明日は祝日だが勤務あるんだろ? もしあったらファックスで連絡させてもらう」
最終的には良い人そうだと判ったが、北見方面本部、北見署同様色々大変なのだろう。気が立っていたことは、竹下にも理解出来た。
竹下の電話用件が済むと沢井が声を掛けてきた。
「フィッシャーマンズスクエアの事故に、建設工事を担当していた伊坂組で作業していただろう、篠田と喜多川が巻き込まれていた可能性があるのか?」
「はい、もし巻き込まれていたとすれば、佐田が行方不明になった9月26日と翌日程度の2人の所在に関して何かわかるかもしれないんで。その日付で被害者となって、調書も残っていた場合には、被害に合った日付も一緒に記録として残ってるはずです。もし日付があっていれば、2人は残念ながら当日網走に居た可能性が高いというアリバイが出来て、佐田の殺害そのものには関わってないだろうという結論になってしまいますが……」
「なるほどな。そういうアプローチもあったのか……。後は2人が9月26日辺りに被害に合っていないことを祈るだけだな」
課長は感心したが、それを聞いていた西田は
「竹下がフィッシャーマンズスクエアの事故を思い出したのは、吉村の買ってきた菓子と冷蔵庫の件があったからなんだろ? だったら課長、ついでに相変わらず悪運の強い吉村にも一声掛けてやってください」
と、西田は一度竹下に確認した後、またもや結果的にヒントを出した吉村の言動についても褒めるように要請した。
「悔しいけど、確かにまた吉村のおかげですよ」
竹下は苦笑したが、上司3人からニヤニヤと視線を送られた吉村は、
「なんすか3人揃ってその不気味な笑顔は。貢献したのは事実なんだから、褒めるなら素直に褒めてくださいよ!」
と口を尖らせた。
すると西田は思いついたように、
「そうだ、吉村! ついでと言ってはなんだが、今時間があるから、例の志野山旅館に聞き込みに行ってこようか。どうせ近いし、さっさと済ませてしまおう! 運動がてら歩きで行ってみようや」
と、突然提案した。
「なるほどそれもそうですね。気味が悪い笑顔に囲まれているとおかしくなりそうなんで、さっさと行きましょう!」
居心地が本当に悪いのかは定かではなかったが、吉村も快く同意した。2人は課長に許可を得ると、勇んで署外へ繰り出した。日の入りまではまだ時間があったが、薄手の背広だと既に肌寒い気温になりつつあった。
道すがら吉村が、
「しかし、なんで佐田は遠軽なんかに泊まりに来たんでしょう。伊坂の件と何か関係があったんですかね」
と聞いてきた。
「正直わからん。そこら辺をまさに旅館で聞いてみようじゃないか」
西田はそう答えるにとどめた。
※※※※※※※
小料理居酒屋「湧泉」と近い旅館「志野山」は、2階建の小さな旅館だったが、外装は割と小奇麗だった。西田も普段意識はしていなかったが、湧泉に行く時だけでなく、私生活でも何度か目の前を通っていた記憶が蘇った。主人に話を聞くために警察手帳を呈示すると、さすがにちょっと泳ぎ気味の目つきになったが、事情を説明するとすぐに落ち着いた。悪いことをしていなかったとしても、やはり警察から事情聴取されるというのは、平然と受け入れられるようなものではなかろう。主人の名は「篠山 崇雄」と言った。志野山という旅館名は苗字から採ったようだ。年は60代半ばのようだった。
「それで、遠軽駅に置いてあった、チラシの佐田実の顔を見てピンときたわけですか?」
世間話から始めたものの、すぐに西田は本題に入った。
「そう。ウチに2泊したのと、ちょっと印象に残ってたからね」
「印象に残ってる?」
西田に問われると、
「泊まりにきた当日昼過ぎすぐ、『生田原に行きたい』というから、生田原にも泊まれるところは幾つかあるのにと言ったら、後悔してたからな。まあ札幌の人らしいと思ったよ。生田原辺りじゃ泊まれないと考えてたんだべ」
それを聞いて西田と吉村は合点が行った。おそらく手紙にも書かれていた、あの生田原の現場に実際に行ってみて、手紙の内容に信憑性があるか確かめようとしたのだろう。
「宿泊したのは、今から8年前の8月で間違いないですね?」
「そうだね。遠軽駅でたまたまチラシを見た4年前の12月ぐらいだったかな、その時に、『4年前に泊まったよ』と家族に連絡したんだから、8年前でいいんでないか? 泊まったのは夏も終わりだったよ。ちょっと待ってくれよ……」
質問に答え終わる前に、なにやら帳面らしきものを開いてめくった。
「今当時の宿帳で再確認したが、8月15日と16日の土日だったみたいだ。あ、よく考えたら宿帳の日付見りゃ、月日だけでなく年もわかったな。やっぱり8年前の昭和62年だね」
篠山は質問した吉村の方を一切向かずに、西田の方だけ見て言った。吉村は軽んじられたと思ったか、一瞬でやや不機嫌になっていたので、西田が質問を続けることにした。それにしても、法的保管義務を過ぎた8年前もの宿帳記録が残っていたのは、余程顧客管理がしっかりしているのか、或いは客が大していないかのどちらかで、この旅館について言えば後者だろう。非常にラッキーでもあったことは間違いない。
「何をしに来たか、聞いてましたか?」
目的はある程度推測していたが、一応本人が何か言っていたかもしれないので聞いておく。
「いやあ、それは本人から直接は聞いてないなあ……。一々客を詮索するのも悪いから。ただ、生田原に用事があったのは確かだべ。遠軽にある全てのタクシー会社と個人タクシーにウチの電話から連絡して、生田原に行く話をしてたから。ただ、どこも断られてたな。電話で話してるのを聞いた分には、『常紋トンネルの近くまで行きたい』みたいなことを言ってたぞ。そりゃ断られるよ。まともな道もないだろうし、地元の奴なら尚更、常紋トンネルなんて誰も行きたくないっしょ?」
それを聞いていた西田は色めき立った。
「行き先は常紋トンネルと本人がはっきり言っていたんですか?」
「話の流れで、目的は知らんが、タクシーに行ってもらいたかったのは常紋トンネルだという話はしてたよ」
西田はこれを聞いた時点で、佐田の「目的」にも確信を持てたので、更に質問を続けた。
「それで佐田はどうしたんですか?」
「取り敢えず、生田原には汽車(作者注・北海道の年配は、鉄道・列車を未だに汽車と言う人が圧倒的に多いです)で連日出かけて行ったようだな。そこから先、目的の場所へ行けたかどうかは知らんよ。何にも話してなかったから。ただ、俺の勘でしかないけど、結局は行けたような気がするんだ。最終日に宿を発つ時に『来て良かった』みたいなことを言ってたからね」
「つまりこっちに来た目的は達したんじゃないか? そういうことですね」
「刑事さん、ああそういうことだ」
「なるほど。わかりました。他に気になったことはなかったですか?」
「……いや特にないなあ。ただ札幌に戻る前日の夕食までは元気はあんまりなかったような気はしてた。それから夕食後『ちょっと出てくる』とふらっと出かけて行って、23時前ぐらいに戻ってきたのを背中越しに確認してから、戸締まりした記憶がある。あんまり夜中出かけるお客はいないからね……。そして何故か最後の日の朝食の時は妙に元気だったな。さっきも言ったように、『来て良かった』と言ってたよ」
それを聞いた西田は、これ以上大した話はもう出てこないなと確信したので、
「わかりました。他に特になければ……」
と一呼吸置いて主人の様子を探った上で、
「色々ご協力いただいてすいませんでしたね」
と挨拶すると、吉村と共に旅館の玄関を出た。
「あのオヤジ失礼だなあ。俺が係長より若手っていうことで相手にしなかったんだろうな」
吉村は宿を出てからしばらくすると、不貞腐れた態度を露骨に出した。
「まあ気にすんな。世の中そういう奴も居るし、相手にしないと言っても、おまえの聞いたことにはちゃんと答えてたんだからさ」
「そりゃそうかもしれないですけどね……」
道端の石ころを蹴飛ばしつつ、部下の憤まんやる方無いという気持ちは収まりそうもなかったが、西田は帰署途中にある大型書店の前で立ち止まると、
「ちょっと買い物したいから寄る。おまえは先に戻ってていいぞ」
と告げた。
「いや、いいですよ。付き合います」
吉村はそう言うと、西田と共に書店に入った。
「それにしても、生田原でもチラシ置いておいたそうですが、そっちの分から連絡は来なかったんですよね? 生田原に鉄道で行った後、もし現場に手紙の内容を確認しに行ったとすれば、どういう風に行ったんでしょうか? タクシーなんかを拾ったとすれば、運転手なんかが覚えていても不思議はないでしょうし」
探しものをしている西田に吉村はそう話しかけた。確かに的を射ていたように西田も思った。万が一、生田原駅前でタクシー運転手が、あの常紋トンネルに行くことを了承したとすれば、印象には残っているはずだろうから、遺族に連絡が行っても不思議ではない。
「歩きで行ったなんてことはあり得ませんよね?」
「それはさすがにないな」
西田は目当てのモノを見ながらだったので、気持ちの入らない相槌を打った。
「あ! そうだ。生田原って言っても生田原駅とは限りませんね。安国駅かもしれない。常紋トンネル行くなら、ルート的にはあっちの方が近いし!」
「まあ普通列車なら停まるから、あり得ない話じゃない。ただどうなんだろうか。仮に安国駅で降りてタクシー拾ったとしても、生田原のタクシーなんて数が知れてるだろ。その人達が、同じ町内の生田原駅でチラシやポスターを見ないままなんてあり得るんだろうか? どう考えても、生田原で最も大きい生田原駅に寄らないままの運転手なんて居ないだろ?」
「うーん、係長の言う通りかなあ。後は、ただ見逃したか……」
「見逃したってのも考慮しておく必要は当然ある。そうなると生田原のタクシー会社にも当たっておく必要があるかもしれん」
「そうですね。それはそうと、ところで係長は何を探してるんですか?」
「え、うん、捜査メモ用の手帳だ。一杯になったからな」
西田は胸ポケットから手帳を取り出して見せた。
吉村はそれを見ると、
「へえー、すごい一杯書いてますね。単なる捜査メモというより、捜査日記みたいな量になってます……。あれ、昨日の佐田家で出してもらった紅茶だのケーキだのの話とか、俺が蹴飛ばして崩した本の話とか、佐田の趣味とか、そんなことまで書いてんですか? こんなの捜査に関係ないでしょう。捜査日記どころか捜査メモと日記の合わせ技みたいな感じですね」
と驚きと半分呆れを口にした。
「まあ確かに関係ないと言えばないが、捜査中のことはなんでも書いておくことにしてるんだよ。特に今回の事件はな。ひょっとしたら関係なさそうなことが事件の本筋に絡んでるかもしれない。実際、おまえの骨董屋と葬儀場の話が佐田の遺体発見につながっただろ?」
「ああ、そうでした。確かにあれは捜査なんかとは関係なかったですもんねえ。なるほど、そう言われてみればその通りです」
吉村は一転感心したような口ぶりになると、更にパラパラとページをめくった。
「あれ? 係長が休暇取って札幌に戻った時のことまで書いてあるな。なになに、由香と美香をデパートに連れて行き、2人の服を買う、ふんふん、北大路魯山人展で北大路魯山人について学ぶ、例えば……」
「おい、一々読むなよ」
西田は吉村が詳細に読むのを聞いて恥ずかしくなったので、それを止めさせようとした。
「それにしても、札幌で会った奥さんは係長にはもったいないぐらい美人で優しかったし、美香ちゃんも奥さんに似て良かったですね」
吉村の「反撃」のからかいを聞きながら、さっきまでの不貞腐れていた吉村の姿は鳴りを潜めていた。
「うるさいな。他の客にも迷惑だぞ!」
西田はそう吉村を叱ったが、内心では、「すっかり機嫌が良くなったな」と喜んでもいた。そうこうしながらも目的の新しい手帳を購入して店を出ると、すっかり暗くなった遠軽の中心部を署に戻る2人の歩みは自然と早くなっていた。
※※※※※※※
9月15日の敬老の日(作者注・お分かりでしょうが、当時は日付は固定でした)、西田と吉村は出張明けということもあり非番だった。一方、網走署の柴崎からの連絡を待っていた竹下に、柴崎からファックスではなく電話で連絡が入った。被害者の聴取調書には、喜多川のモノも篠田のモノも、それどころか伊坂組の誰の分もなかったらしい。ただ、だからと言って2人がその場に居なかったかどうかは不明ということだった。軽度の被害に関しては、捜査を簡略化するため、被害者全員から調書を取ったわけではなかったと、今は退職していた当時の担当者から証言を得たのと、同時に伊坂組にも、現場に居ながら軽度ではあるが被害を受けた作業員が居たらしいと言う証言を得たからだった。これについては道報の五十嵐からも得ていた情報と一致していた。結論としては、網走署からの情報では、喜多川と篠田が9月26日から数日間の間に、網走の建設現場に居なかったかどうかの確証は得られなかったということだ。竹下はこの時点で悪い結果が出なかったことにほっと一息付いてはいたが、それで安心出来るわけでもないと判ってはいた。
「なんとか、2人が居なかった日があったことを調べられないもんか……」
竹下は考えを巡らせていたが、なかなか思いつかなかった。そんな竹下の様子を見ていた黒須が、
「作業員がアンモニアの漏洩で障害が発生したとすれば、労災受けてるんじゃないですか? そこから調べる手も……」
とアドバイスしてくれた。
「なるほど。労災か……。労働基準監督署が絡んでるかもな。助かったわ!」
そう言うと、担当所轄が北見労働基準監督署だと調べあげ、労基署の電話番号を調べて連絡した。ただ祝日ということで誰も居なかった。警察は基本的にシフトで動くので、土日祝日が休みという意識が薄い故に起こるパターンだ。しかも翌日が土曜日ということで、9月18日の月曜まで調査は持ち越しとなってしまった。
※※※※※※※
9月16日土曜、西田と吉村は生田原の生田原交通という、町内唯一の小さなタクシー会社を訪問していた。70代後半辺りに見える、かなりの年配であろう社長の増子に事情を説明すると、8年前には既に居たという2名の運転手を呼び出してくれた。と言ってもよくよく聞けば、20年前も運転手はその2名しか居なかったらしい。どうせ客もほとんど居ないので、ちょっとの間ぐらい仕事を切り上げても大した問題はないと、社長は豪快に笑い飛ばした。2人はそれぞれ香川と徳田と名乗った。共に50代のベテランだった。
「これなんですが、記憶にありますかね?」
吉村が佐田実の写真を見せるも、2人とも反応を示さなかった。
「記憶にねえなあ。そもそも確かにチラシが置いてあったのは憶えてるから、4年前の時点で俺らにはそういう認識はなんもなかったってことだべ? ただなあ、話を聞く分には、8月の15と16のどっちかなんだろ? 丁度盆なんだよなあ。その頃、盆になるとお得意さんの稲垣さんのところの親族が墓参りに来るんで、丸一日うちらの2台丸ごと貸し切りで出払ってたとかあったんだ、なあ社長?」
増子はそう同意を求められると、
「確かにそうだったなあ。稲垣さんがまだ生きてた頃は……」
と懐かしそうに言った。
「そういうわけで、該当の日には駅に全く寄らない日もあったはずだよ。たまたま見ていなかったってこともあり得るんだ」
徳山の説明はわかりやすかった。
「そうなると、佐田は現場にどうやって行ったのかなあ……」
西田は困ってしまった。
「そもそも現場に行ったなんてのは、あの旅館のオヤジの口から出た憶測だけで、確証なんてないですから怪しいもんですよ」
吉村の恨みがましい発言も、それなりに信憑性が出てしまったが、香川が思いもしないことを言った。
「確かに生田原でタクシーやってるのは俺らしか居ないが、遠軽のタクシーもよく来るからね。来たついでに乗せたなんてこともあり得なくもない」
「そういうこともありますか。ただ、こっちが得てる証言だと、遠軽のタクシー会社には全部断られたらしいんですが? そして遠軽駅にも被害者のチラシやポスターが置いてあったにも関わらず、タクシー関係の連絡は一切なかったと」
「刑事さん、そんなの会社が電話受けた際の話だろ? 運転手に直接交渉すりゃ、そんなもん無視するかもしれんよ。金になりゃどうでもいいんだから。それに遠軽のタクシーもこっちまでそこそこ来てるよ。うちもそうだが、遠軽と生田原をタクシーで移動する住民も意外といるからね。汽車も本数少ないし。駅前で遠軽のタクシー拾ったなんてこともありえるべ? 後、遠軽のタクシー運転手全員がチラシ見たとは限らんべや?」
香川は西田の疑問を一蹴した。それを終始黙って聞いていた増子は、
「おまえらならまさにやりかねんな」
と苦笑したが、徳田はそれを聞くと、
「何言ってんだか。そもそも社長だったら断ってないだろ? 俺らが嫌がろうが、地獄へ行く仕事でも引き受けるべや!」
と言った。
「バレたか! はははは」
と増子は大口を開けて笑った。社長は2人の従業員よりも年上ではあるが、おそらく長年兄弟のような関係でやっているのだろうと、西田は3人の様子を見て想像していた。
「じゃあ、遠軽のタクシーでも、自分達でちゃんと聞き込みした方がいいんですね?」
吉村が確認すると、
「そうだあ。ちゃんと調べてみた方が絶対いい!」
と香川と徳田は頷いた。
「個人タクシーはどうなの?」
増子が聞いてきたので、
「そっちも断られてたらしいです」
と西田が言うと、
「そうかい。それなら会社のところだけでいいね」
と納得したようだった。
西田と吉村は聞き込みを終えると、生田原から戻る途中で、そのまま遠軽の3つのタクシー会社である「遠軽ハイヤー」、「遠軽木下タクシー」、「紋別遠軽交通」の3社に寄ってみた。そして内勤の社員に佐田の写真を拡大カラーコピーして貰い、運転手の控室に張り出して貰った。そしてもし見憶えがあれば署に連絡してくれるように頼み、やっと帰署した。
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刑事課室に入ると、待ってましたと言わんばかりに澤田から
「本社の遠山刑事部長から電話があって、係長への伝言頼まれました。『最後に会った時に頼まれた件を調べてみたが、高村哲夫、免出重吉両名についての戦前の捜索願等については、やはり記録がない。理由が記録の消失なのか、届け出自体がされていないかは不明。免出についての出身地の可能性が高い広島県警への依頼についても、同様の理由から不明』とのことです」
と西田に報告がなされた。
「やっぱりそっちからはわからんか……。大昔の話だから予想はしていたが残念」
西田は吉村にそう言うと、無念さを滲ませた。
一息付くと西田は思い出したように、仙崎、免出、高村の遺体に関する資料の入ったダンボールを取り出し、中から免出の資料を取り出した。
「しかし、免出は服装からしても、名前からしてもおそらく和人(作者注・通常の日本人のこと)なんだろうが、このアイヌの手甲は一体何なんだろうな……」
免出の遺体発見時身につけていたというアイヌの手甲「テクンペ」をビニール袋から取り出した西田は、未だにそれが解せないでいた。軽く調べた程度ではあるが、テクンペ自体、元は和人の手甲を真似て作られたものという説があるにせよ、それとは明確に違うアイヌ模様が刺繍されており、テクンペであることは間違いなかった。そのままビニールに戻し、ダンボールごと仕舞った後も、苗字より、ルーツとして広島の出である可能性が高い免出とテクンペ、どう結びつくのか西田には到底想像がつかないままだった。
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9月18日月曜、朝一で竹下は北見労基署へ電話を掛けた。8年前の9月末に起きた網走タイムズスクエアの建築工事における冷却設備用アンモニア漏洩事件が、労災として扱われていたかどうかの確認であった。
当然担当者は当時の人間ではなかったが、管内における労災はそれほど多数発生している地域でもないだけに、1時間程で折り返しの連絡があった。黒須の指摘通り、労災として申請があり、労基署が調査していたという朗報だった。まして、工事現場に参加していた作業員から現場監督までの全ての人員の出面帳(作者注・でづらちょう 工事現場などでの作業員の出席簿のようなもの)を記録してあると言う報告を受けた竹下は、小躍りしそうになった。早速伊坂組作業員の分の出面帳のコピーをファックスしてもらうことになった。
ファックスされてきた出面帳を無心にチェックした竹下と黒須だったが、喜多川と篠田が9月26日と27日に現場で働いておらず、休暇扱いだったことを確認するのに5分も掛からなかった。2人は佐田の失踪直後、確実にアリバイが無かったという事実が証明された。
そしてそれをすぐに課長や西田に話した。渡された出面帳に目を通した沢井と西田は、示し合わすこともなく小さくガッツポーズをして見せた。
「竹下と黒須の両名共によくやった! これでほぼ喜多川と篠田の関与は裏付けられたな。おい、吉村、おまえも偶然にせよよくやってくれた」
やや離れた場所で様子を窺っていた吉村についても、課長は賛辞を惜しまなかった。確かに札幌タイムズスクエアとマルセイバターサンドを土産として買って来なかったら、竹下が事故の存在を思い出すこともなかったかもしれない。吉村は特に何も言わなかったが、満更でもなさそうな顔付きだった。実際問題、吉村が今回の事件の捜査側キーマンに意図していないにせよ結果的になっていることは、「実績」の積み重ねを見る限り、否定しようにも認めざるを得なかった。
「ところで、タクシーの方はどうだ?」
課長は西田の方の案件に話題を変えた。
「残念ながらまだ一切出て来てませんね。遺族が4年前にやった時点でも出て来てないんで、『漏れ』があった可能性はなくはないでしょうが、やはり望み薄なんじゃないかと……」
話を聞いた沢井は表情も変えず、
「そっちは事件の本筋には関係してこないから、わからんならわからんでも構わん。失踪1月前の話なんだから」
とさほど気にしていない風だった。西田も佐田の事件前の足跡を追う必要性についてはそれほど重要じゃないとは考えていたが、佐田が伊坂と接触するまでの流れを解明しておくことは、遺族のためになると思っていた。判るならばそれに越したことはない。それが捜査そのものに時間を食って影響するようなら話は別だが。
「遠軽でも生田原でもタクシー運転手から情報が入ってこないとなると、運転手が忘れてるのか、或いは別の方法で常紋トンネルの傍まで行ったか、はたまた旅館のおっさんの勘違いで現場には行かなかったのか……。さてどれが真相なんでしょうね」
吉村は相変わらず篠山に思う所があるようだった。
「行ってなけりゃ来てよかったなんて言わないだろ? 篠山の言うことももっともだと思うが?」
西田は吉村を諌めたが、
「そうなんすかねえ……」
と煮え切らない態度に終始した。そんな吉村にイライラしつつも、
「こうなったら丸山に協力してもらうかな……」
と思い付いた。
「丸山って、生田原の駐在?」
「ああ、丸山だ。あいつなら町民全体に顔が利くからな。色々埋もれていた話が出てくるかもしれんぞ?」
「係長、しかしチラシやポスターが貼ってあったんですから、話が出て来てないってことはそういうことじゃないんですか? それに8年前の話を、年寄りばかりのところで聞いても、結果が伴うかどうかは怪しいもんですよ」
「いやおまえが言ってた生田原の他の駅、例えば安国とかの近辺の住人だったら、目にしてない可能性もあるわけだし、年寄りしか居ないわけでもないし、老人の皆がボケてるわけでもない」
「ああ、言われてみればタクシーの運転手の時よりは、地域住民は最寄り駅に左右されやすいか……。そうですね、あいつもそんなに忙しくはないだろうし、頼んだら聞いてくれるはず。一縷の望みに賭けましょうか」
吉村も西田の案に最終的に賛成した。
思い立ったら即実行とばかりに、生田原駐在所の丸山に、わざわざ出かけて行って佐田の顔写真の拡大カラーコピーを渡すと、地域住民からの情報収集を依頼した。丸山は嫌な顔ひとつせず協力を快諾した。




