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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
明暗
29/223

明暗8 (45~48 伊坂大吉の正体 本橋登場)

 両名は佐田家を出ると、道警本部に向かって車のスピードを上げた。西田は信号の接続が良く、流れるように進む札幌新道の車窓を見ながら、道警本部刑事部長の遠山の携帯に連絡を入れた。遠山は案の定休みだったが、西田の話を聞くとすぐに本部に駆けつけることを約束した。


 西田はタバコに火を付けて助手席で一服すると、

「しかし、今回の件で佐田があの生田原の現場を知っていた、もしくは少なくとも場所について関心はあっただろうことがわかったな」

と吉村に話を振った。

「ああ、そういうことになりますね。伊坂、喜多川、篠田、佐田実の事件に関係する4名ともあの場所に縁があったということですか」

「その件については以前竹下と話したことがあってな……」

西田は遠軽・弘恩寺の岡田住職に、種村の写真を見せに行った時のことを思い出していた。


「俺は『ひょっとすると佐田自身の意思で、生田原の殺された現場まで自分の足で行ったんじゃないか?』という話をしたんだ。竹下はいまいち乗り気じゃなかったけど」

「なるほど。そこどうなんですかねえ……。殺された場所が埋められたあそこと同じとは限らないんでしょう? 少なくとも佐田の遺棄には関わってるだろう喜多川と篠田には、あそこに埋めるだけの根拠がある。人も線路近くはともかく、あそこまではほぼ来ないし、国鉄時代の土地鑑(勘)もあった。佐田自身があそこに行かないとあそこに埋められないと言うことにはならないはずです」

「そこなんだよなあ。ただ、竹下にも言ったんだが、遺体だけ運ぶにせよ、車を駐められる場所からはかなり歩くし。複数人でも運ぶのはキツくないか?」

「そこはバラバラにしてってのも手ですよ。今回も遺骨は一体のまま見つかったわけじゃないですから、その点については不明ですけど」

「なるほど。バラバラねえ。確かにその可能性はある。竹下は脅して現場まで生きたまま連れて行った可能性についても触れてたな」

「そうですか。ただ、生きたまま脅して連れて行くとなると、さすがに現場まで辿り着く間に、あの辺鄙な場所とは言え、全く他人と遭遇しないと言う保証はないですから、そこは微妙ですね。途中で助けを求められたら厄介ですから。だったら俺のバラバラ説の方がいいと思います」

この点の反論の仕方は、あの時の竹下と同じだった。

「バラバラ説か。それも説得力はあるが……」

西田は煙を大きく吐くと、車の灰皿にねじ込んだ。


「まあ、考え方は色々あると思いますけど、佐田が生田原の現場に知識があったという意味では、係長の説にとっても一歩前進はしたんじゃないですか?」

あの時の竹下同様、吉村も西田に気を使ったようだ。


※※※※※※※


 午後3時過ぎに西田と吉村が刑事部に着くと、若干遅れて遠山が到着した。

「話は本当か?」

「はい。これがそれです」

手紙と証文を遠山に渡す。勿論遠山は詳細を把握はしていないので、読んだところで多くを理解できるわけもないのだが、西田の説明を聞けば、かなり重大な意味を持つことはわかったようだ。


「で、伊坂大吉とこの太助という人間の関係を調べればいいんだな?」

「まあ太助が実在していない場合もあり得ますし、当時の使用人である人夫にんぷの置かれていた立場を考えると偽名の場合もありますから。そう考えると伊坂という苗字に、ただの偶然の一致が全く無いとは言えません。ただ、もしこの太助と大吉に何の関係もなければ、佐田の要求、おそらくは恐喝に近いモノだと思いますが、それを伊坂は門前払いで済ませれば良かったはずですから、自分はそれらの可能性はほぼないと考えています。後、この拇印が血かどうか鑑識に確認してください。さすがに血判となると、信憑性が上がると思うので」

西田の言葉を受けて、すぐに遠山は鑑識を呼んだ。


※※※※※※※


 一方、ファックスを受け取った遠軽の沢井課長は、その内容に西田、吉村同様驚いていた。竹下を呼び出すと、読み終わったものを黙って渡した。竹下も一瞥しただけで顔色を変えた。

「これは……」

と一言沢井に言うと、そのまま自分の席に戻りじっくりと読み始めた。最後まで読み終えると、竹下もこの手紙と証文の持つ意味の大きさを心底理解したようで、

「これに出てくる伊坂太助ですか、キーマンは」

と課長に喋りかけた。

「ああ。ここが結びつけば、事実関係はかなり明らかになるんじゃないか? それにしても、二人を札幌に送り出したとは言え、まさかこんな展開になるとは思わなかったよ。4年前になんとかなっていれば、生存していた伊坂大吉に迫れたものを」

と残念そうに言った。

「ただ、佐田の遺体が見つからないことにはどうにもならなかったでしょう? それが無ければ決定的じゃない。3名の遺体の説明も、たまたま奥田老人の証言を西田係長が聞いたから成り立っているわけで……。遠軽署ですら昭和52年当時事件化してないものを、4年前の北見方面本部が知っていなくてはならないというのは、さすがに気の毒だと思いますよ」

竹下は4年前の見逃しを擁護したのと同時に、

「しかし佐田はどうして伊坂という苗字が同じだけで、伊坂大吉に辿り着いたんでしょうねえ。こっちは佐田と伊坂が絡んでた事実を後から知っているから納得できますが……」

と呟いて首を捻った。だが、西田と竹下の、4年前の北見方面本部の対応についての擁護が無駄となるのに、そう時間が掛かることはなかった。


※※※※※※※


 鑑識に任せている間、西田と吉村は部長室で遠山と歓談していた。自然と8年前の捜査が大島海路の圧力により頓挫したことについての話題になっていた。


「俺も噂で聞いた程度だが、当時の道警本部長の丹内という人間が、どうも大島の派閥「箱崎派」の領袖である民友党・箱崎元首相の息が掛かった人物らしくて、圧力がより効きやすい状況だったということが言われてたそうだ。なんでも箱崎元首相と高校が一緒で大学も同じ東大の後輩ってのがあったらしい。勿論、北海道選出の大島だから、そういう方面での影響力もあった」

「なるほど。いくら警察と言えども、重大事件に繋がる要素がある話にしては、かなり雑な幕引きさせてますから、おかしいとは思っていたんですが」

西田は部長の話を聞いて、非常に憤りを感じていた。


「それを今回遠軽署の君らが、年を経て見事にひっくり返したってわけだ。東京に居る大島がそれを知ってるかどうかはわからんが、何かまた一悶着あるかもしれん。勿論、殺人事件と明白になった今では、その圧力に今更屈することは許されんだろう」

「そうだといいんですがね」

吉村は信じられないような素振りを見せた。

「そうじゃなきゃ困る!」

部長は言葉尻を強調した。そんな会話を続けていると、部屋の電話が不意に鳴った。


「鑑識からかな」

受話器を取った遠山の顔を見ていた西田は、話を聞きながら徐々に紅潮していくのを確認していた。最後に受話器を乱雑に置くと、

「2人共驚くなよ! あの伊坂太助という人物の指紋、なんと伊坂大吉と一致した!」

と早口でまくしたてた。

「ええ!?」

それを聞いた二人は期せずして同時に立ち上がった。

「今すぐ鑑識に行くぞ!」

部長の指示が出た頃には、西田も吉村も鑑識に向かうため、既にドアへと向かって歩を進めていた。


 刑事部・鑑識課の部屋に着くなり、担当者と思われる中年の職員が、

「部長! 出ました」

と立ち上がって声を掛けてきた。

八代やしろ! どういうことだ!」

駆け寄る3名に、八代という鑑識職員が説明を始めた。


「血判かどうかということで、まずルミノール反応を調べたんですが、案の定、血液反応がありました。血判で間違いないと思います」

「いや、それは後でいいだろ! 指紋だ指紋!」

遠山は八代を急かした。

「あ、はい……。それでですね、戦前のモノということで、正直データベースにはないとは思ったんですが、一応『前』(いわゆる前科、前歴)との照合しておこうと思って、入れたところどうもヒットするものが出て来まして。それで一応、最終確認は目視ということで、今しがた慎重に調べてみたら、伊坂大吉の右手親指の指紋と一致しました。他の3名には、少なくともデータに残ってる前や採取事例はなかったようです」


「ちょっと待って下さいよ! 伊坂大吉には『前』があったんですか?」

西田は疑問を口にした。

「いや、それではなく、8年前に捜査対象になった際に採取したみたいですね。しかも任意というわけでもなく、取り調べの際にでも捜査官が秘密裏に勝手に採ったものじゃないかと推測します。任意提供の扱いでもないですから(作者注・指紋が令状による強制、或いは任意、或いは無許可によるものという分類がデータベース上されているかどうかは、よくわかりません。但し、スピード違反などの書類に、判がない場合に押させる拇印のデータも、前歴同様にデータベースに保管されていることを考慮すると、少なくともほとんどの実質違法採取の指紋もデータ扱いされていることは事実でしょう)」


 八代の言っていることは、いわゆる「証拠能力」としては有効性に欠けるものということになる。証拠能力に欠ける指紋は、刑事裁判では法的証拠とは当然成り得ないが、捜査においての被疑者の「確信度」には影響するわけで、8年前の捜査関係者が伊坂の関与を疑っていた以上、念のため採取しておくことは不思議ではなかった。また、伊坂のバックに国会議員が居たとなると、通常ではかなり強制に近い「任意同意」に基づく指紋採取すら出来なかったことにより、このような形で登録された可能性もあった。


「もし任意での指紋提供を断っていたとすれば、こうなることを避けたかったんでしょうか……」

「どうだろうなあ。そこまで考えていたかはわからん。指紋はなかなか押す気にはならんだろ、どっちにせよ」

遠山は吉村の考えを否定したが、西田は完全に否定するほどあり得ないとも思わなかった。

「しかし、こうなってくると4年前に少なくとも指紋だけでも調べておけばという気にもなるな……。既に本部長も前任の加山さんに交代していたし……。確かに圧力については本部長が変わったところで、現場にしてみりゃ亡霊のようについて回っていたのかもしれん。オレですら消えていたとはっきり明言出来ないんだから。でも指紋のチェックぐらいはやっておけたよな? 何より伊坂も篠田と言う人間もまだ生きていたんだろ?」

遠山は一方的に「羅列」しながら残念そうに言った。


 確かにこの証文に伊坂の指紋が付いていたとすれば、佐田徹が残した手紙に伊坂が戦前に起こしたと書かれていた殺人を元に、佐田実が伊坂に何を要求したか推測は付く。ただ、伊坂が口を割らない限り、篠田と喜多川にたどり着く可能性もそうは高くはなく、4年前に、佐田実の遺体が発見出来ないまま立件することは相当難しいとも言えた。取り調べの技量にもよるが、指紋の一致だけで決定的証拠と言うのも違うのではないかと西田は思っていた。


「しかし、伊坂太助ってのは大吉の偽名だったんですかね?」

「どうだろうか。もしそうなら伊坂自体を偽名にしていても良かったんじゃないか?」

吉村の質問への遠山の回答は的確だと西田は思ったので、

「自分もそう思いますね。改名した可能性の方が高いかもしれません」

と同意した。

「早速こっちで調べさせる」

部長は携帯から本部の部下に指示を出した。


※※※※※※※


 翌日の9月11日、伊坂太助と大吉が同一人物だった理由は、連続殺人を追っている渦中の北見方面本部に前日夜から無理やり捜査させていた結果、いとも簡単に判明した。まさに単純な話で、戦後に伊坂太助が大吉に改名していたのだった。伊坂が伊坂組を立ち上げた1950年に、釧路家裁北見支部で戸籍の改名を申請し、受理されていた。


 一般的には戸籍自体の改名はそれほど簡単ではないのだが、実質、家裁裁判官の個人的な判断によるので、当時の改名許可の理由についてまではわからなかった。過去を消すためなのか、単に創業時のゲン担ぎなのか、はたまた別の理由なのかは、今となっては真相は闇の中ということだった。


 刑事部長室に呼ばれていた西田と吉村の前で、遠山はかなり憤慨していた。指紋の件といい、伊坂の戸籍改名といい、南雲が、佐田家から提供された新情報を元に北見方面本部に問い合わせた時点で、北見側が最低限調べていれば楽に判明するレベルだったからだ。しかも4年後となると、道警本部長の交替により、道警自体がそれ以前よりは「圧力」の影響をおそらく受けにくくなっていただろうから、そうなるとさすがに怠慢捜査ということになってしまうと、遠山は感じていたのだった。


「4年前に形式上お宮入りしたんで、新たに見つかった2つの文書に対してぞんざいな扱いしたんだろう。まだ伊坂大吉も生存していたというのに全く……」

ぶつくさと文句を一人でぶちまけ続け、二人を前にしても怒りが収まらない様子に、西田はどう言葉を掛けて良いかわからなかった。ただ、このまま一方的に他者への怒りをぶちまけられても辛いだけなので、なんとか和らげようと、

「根本的な部分で、この手紙と証文の内容が、なんというか浮世離れ、現実離れしているというか、そういう部分があったので、伊坂大吉と佐田の事件まで結びついているというリアリティを感じなかったんじゃないですか? なにせ昔の「お宝」の分け前についてなんて書かれた手紙ですから。遺族が勝手に作り上げたと思ったのかもしれないですよ」

と言った。しかし、

「そんなもんは、この紙の状態を見たらありえないとわかるだろ? 少なくとも近年に作られたようなもんじゃない! そこまで細工していると考える理由もない!」

と反って火に油を注ぐ形となった。

「どっちにしても、当時の北見方面本部で担当した人間はわかってるから、どやしつけてやる!」

あまりの剣幕に、西田と吉村は顔を見合わせて、小さく肩をすくめた。


※※※※※※※


 遠軽署でも昨日中には西田より指紋の件が、そして北見方面本部より改名の件がこの日報告されていた。そして昼までには、佐田徹の手紙の中にあった、仙崎の砂金が埋められていたという記述に合う場所も竹下達により改めて確認された。ただ、砂金は簡単に掘ってみて確認した限り既に無かった。早速それを受けて捜査会議が開かれていた。


「佐田の遺体が出た時点で、いよいよ上からの圧力もそれほど意味を成さなくなっただろうと思ったら、話はあっという間にここまで来たな。展開が早過ぎるぐらいだ。砂金が隠されていただろう場所もほぼ特定出来て、手紙の信ぴょう性もあがった」

沢井課長は良い意味で期待を裏切られたことに満足していた。


「ほぼ間違いなく伊坂大吉が佐田を殺す理由は、過去の非行の暴露を恐れたか、それを理由に脅されたことで説明出来るようになりましたね。後は殺害の実行犯が誰か。それが篠田と喜多川なのか、或いは他にも共犯がいるのか。または遺棄絡みとは全く別の人間が殺して、篠田、喜多川、更に他の共犯が現場に遺棄したのか……。色々パターンはあるかと思いますが、篠田は完全に、喜多川も現状起訴するのが厳しいとなると、出来れば起訴可能な遺棄でも殺害でも、どちらでもいいから共犯を見つけたいところです。ただその可能性はそう高くはないでしょうねえ」

竹下がそう補足した。


「米田の件はもう篠田の単独犯行で、本人死亡により起訴不可能ということで、こちらに全力でいいんですかね?」

黒須が課長に尋ねた。

「今のところ、それでいいんじゃないか? 現在、起訴できる共犯がいる可能性においては、佐田の事件の方がまだあるだろうからな。ただ、真相解明は検挙とは別の問題としておく必要があるから、米田の件も新しいことがわかるなら、同時進行でやっていくべきだろう」

「ホント、課長の言う通り、米田の件が行き詰まった段階で、佐田の方の捜査にも手を出しておいて良かったですね。米田の方にこだわっていたら、未だにグダグダだったかもしれません」

黒須はヨイショ気味に課長を持ち上げた。

「俺の言う通りというより、竹下の推理に俺が乗ったってことだ。まあ後は篠田と喜多川がどう佐田殺しに関与したかを考えて、そこが繋がってくれば、米田の殺害に篠田が関与した理由も、竹下の仮説によって、より説得力を持って証明できるようになるはずだ。しばらくは、佐田行方不明時からの篠田と喜多川の行動を探るということになる。今回はピンポイントで令状請求して、伊坂組にガサ入れすることになるだろうな。特に8年前の2人の勤務状況を調査したいところだ」

「問題はその証拠物件が既に処分されてしまっているんじゃないかと。どうも伊坂組の我々への対応が違ってきてましたからね、この前から」

竹下の指摘に、課長は痛いところを突かれたというか、課長もそれを理解していたのだろうが、苦笑いを浮かべるにとどまった。


※※※※※※※


「すみません、昨日伺った遠軽署の西田ですが?」

 刑事部が落ち着き始めた夕方、西田は佐田の妻・明子に電話を掛けていた。

「昨日はありがとうございました」

「えー、警察の方から連絡来ましたでしょうか?」

「はい、南雲さんから大体は」

「そうですか。それならいいんですが……」

「おかげさまで、進展があったようで」

「いや、むしろ遅きに失したぐらいですから」

さすがに指紋や改名などが簡単にわかったとなると、偽らざる本音だった。

「それでですね、もしよければ、実さんのお兄さん、確か譲さんでしたか、その方にもお話伺えませんかね?」

西田は本題にすぐ入り明子に依頼した。

「手紙の件でしょうか? 義理の兄は夫の実家を継いで、小樽に在住しています。必要とあらば、じゃあ今から兄に確認させていただきます」

「お手数かけてすいません」

社交辞令ではなく西田のストレートな感想だった。


 今度は30分程待たされた後、携帯が鳴った。待ちくたびれた感もあったが、相手に無理を言っている以上、仕方ないと考えていた西田は、気持ちを落ち着かせるため深呼吸すると携帯の画面も見ずに電話に出た。しかし相手は先程と違って何も言わなかったので、

「もしもし? 西田です」

と先に名乗った。

「あ、刑事の西田さん?」

その声は明子のものではなく、男性の老人のもののように聞こえた。

「はい、そうですが、どなたですか?」

「えーっ、佐田の兄の譲です。義妹から頼まれまして」

西田は理由がわかったので、慌てて言い方を改めた。

「どうもお忙しいところすみません。明子さんから事情はお聞きになってますでしょうか?」

「ええ。それで電話差し上げたんでね。で、こっちに何時来ますか? こっちはいつでも構わないですよ」

相手が訪問を前提にしてくれたので、話は進めやすくなった。


「そう言っていただけるとこっちもありがたいですね。早速ですが明日12日の昼過ぎでいかがでしょう?」

「ああ、いいですよ。わがまま言わせてもらえれば、昼飯食べてからでお願いしたいなあ」

「じゃあ午後2時でどうでしょうか?」

「それぐらいがちょうどいいかな。じゃあそれで。こっちの電話番号と住所お伝えしましょう」

電話番号は携帯を見ればわかった(作者注・この当時の携帯にナンバーディスプレイ要素があったかどうかは正直不明)が、それも含めて譲から聞き出しメモると、西田は礼を言って携帯を切った。


「佐田の兄にも話聴くことになるとは思わなかったですよ」

吉村は「そこまでやるのか」という気持ちだったようだが、西田は平然と

「そりゃ聴けるなら聴くぞ。手紙について今一番詳しいのは兄貴だろうから」

とメモを吉村に見せながら言った。


 それから2時間後、西田と吉村は帰り際夕食を摂るため、国道沿いのファミレスに入ったが、テレビの夜7時のニュースにふと箸が止まった。4年前の91年4月に逮捕され、その事実に世間を震撼させた、殺し屋「本橋 幸夫」の高裁死刑判決の最高裁上告棄却についてだった。


※※※※※※※


 本橋は元暴力団員で、関西中心に捕まるまでの4年に渡り、計4件5名の殺害を請け負い実行したと言われていた。同じ拳銃使用による殺害であったが、関連性の無い人間を殺害していたため、当初は犯人像を絞りきれず、捜査は最初の殺人から難航していた。しかし4件目の神戸での事件からの逃走途中、たまたま岡山県警・津山署の強盗犯逃走検問に引っかかり、銃刀法違反で現行犯逮捕。所持していた拳銃の線条痕が、それまでの事件の使用銃弾のものと一致したため、あえなくお縄となったのだった。


 一連の事件直後は、脈絡のない殺人故に、行き当たりばったりの「快楽殺人」説もあったが、本橋がかつて指定暴力団組織「葵一家」に所属していたことや精神鑑定などから、最終的に、おそらく金銭で殺人を請け負った上で遂行したという、「殺し屋」という線に落ち着いたのだった。


 だが、誰から依頼されたかについて、未だに明かさないのは勿論、殺害関与についても認めないまま今に至っていた。本橋による、拳銃はたまたま拾ったモノだと言う「言い訳」はかなり無理があった(但し、銃刀法違反での現行犯逮捕で連行された直後、日数が経っていたこともあり硝煙反応はなく、発射したのが本橋かどうかの断定は出来なかった)にせよ、警察の厳しい尋問も本橋を翻意させることはなかった。


 一方で、捜査が難航した理由の1つである、被害者が取り立てて「怨恨」持たれていたようには見えなかったことが、警察の「殺し屋説」自体を危ぶませ、判決が出る度に、一部ではあるが議論を巻き起こしてもいたのだった。


※※※※※※※


 地裁、高裁の控訴審、最高裁の上告審、いずれも殺害事実そのものの事実認定を争ったが、検察の求刑通り死刑判決が出ていた。依頼者を守り切ったという意味でプロの殺し屋と、ある種の賞賛を述べる人間も中には居た。いずれにせよ、殺害の事実が裁判上認定されてしまえば、営利殺害であり、殺害人数においても死刑確定は当然だろうと西田は思った。


「こいつ凄いですよね。相手も普通の主婦や老人まで、金さえ貰えれば誰でも良く、捕まっても一切認めないから依頼主もわからない。捕まったこと以外はまさにプロの仕事って感じっすわ」

相変わらず食べ終わるのが早い吉村は、ニュースを見ながら非難しているというより、ある意味感心しているようにさえ見えた。

「プロの仕事ねえ……。ゴルゴ13じゃあるまいし、殺し屋にプロもクソもない。ただの凶悪犯だ!」

西田は呻くように吐き捨てたが、

「あ、美味そうだな。行きたいな……」

と、話を聞いていないかのように、吉村が別の話をし始めたので、画面に再び注目してみた。すると全国ニュースにも関わらず、地元と言える網走のフィッシャーマンズスクエア(スクエアとは、「一角」「商業地域」「広場」「正方形」などの意味があり、ニューヨークタイムズスクエアなどで有名)の秋の海鮮祭が話題になっていた。フィッシャーマンズスクエアは、元あった大規模水産加工場を解体した後、その跡地に建てられた、海産市場とシーフードを提供する複数の飲食店の集合体による観光商業施設であった。バブル期に網走刑務所に次ぐ観光施設として期待されたが、思ったほどの人気にはならなかった(作者注・これは釧路のフィッシャーマンズワーフを元にした、作中の架空の施設です)。

「こんなもんは遠軽でも食えるんだから羨ましがるなよ……」

吉村に苦言を呈すも、吉村は夢中で画面を見つめたままだった。


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