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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
名実
207/223

名実130 {158単独}(375~376 北村の遺族の元へ 父と子1)

 大将の自殺未遂による後遺症などは全くなかったものの、緊急入院ついでに行われた精密検査で、腹部に動脈瘤が発見され、破裂すれば命に関わるということもあり、そのまま入院して除去手術が行われることになった。


 大将も生きて罪を償うことを受け入れていたが、西田と吉村には、「無事退院したら、遠軽(署)で逮捕してくれ」と要望していた。遠軽署に身柄を委ねるというのは、まさに2人に甘える訳にはいかないという大将の思いからだったのだろう。


 無論、逃げも隠れもせず証拠隠滅もしないのだから、条文通りなら任意のまま取り調べることで逮捕の必要はないのだが、日本の司法手続き上、一定の罪状以上は逮捕がある意味「判決の刑罰」として機能してしまっている以上、2人も大将の意志を受け入れた。そして退院直前には、遠軽署に逮捕状手続きをしてもらって、退院直後に逮捕することになった。


 丁度、佐田殺害についての大阪での瀧川の取り調べに、現在の遠軽署刑事を帯同させることを、西田が大島の札幌拘置所での取り調べ後、道警本部側に既に進言していたことや、それ以前からの遠軽署刑事課長の桝井との関係もあり、かなり配慮した形で行ってくれることになった。


 事前の準備などもあり、おそらく手術は11月の10日前後になるだろうということで、それが無事済んで術後が良好なら、そこから更に10日程度で退院出来るだろうという見通しだった。


 一方の西田は、吉村や他の捜査本部のメンバー、そして本来の事件担当所轄である遠軽署の若手刑事を見習いとして、10月末には共に大阪に居た。いよいよ、葵一家の首領・瀧川の佐田実殺害関与への取り調べが始まるからだ。


 10月31日まで本橋が実行した最初の殺人で勾留されており、勾留期限切れの10月31日に佐田の件で再逮捕、11月1日に送検並びに勾留請求が行われ、そのまま裁判官に認められて最初の勾留期間に入る算段だった。


 既に最初の殺人の件でも完黙を貫いており、佐田の件でも何も証言しないだろうと西田達も覚悟はしていたが、案の定何を突き付けても動じず、さすがに日本最大級の反社会組織のトップを張った男だと、悪い意味で感心させられた。ただ府警の協力もあって、証拠で外堀は完全に埋めており、公判維持も問題ないと判っていたので、大した焦りもなかった。


 更に既に時効となった案件での、本橋の殺人に絡んだ当時の関係者への聴取も行われていた。当然ながら、椎野・元東西新聞記者にも聴取したが、聴取自体は拒否しなかったものの、大島の証言と全く同じことを述べていた。これについては中川秘書の自供も同じであった為、残念ながら、時効なども含め現時点で罪に問える可能性は無くなってしまった。


 そもそも、大島などが佐田殺害に関わっていたことを椎野が知っていた事実ですら、犯人隠避罪に問うこと自体が時効以前に厳しい(作者注・単に誰が犯人か知っていて、それを黙っているだけでは、犯罪の構成要件に該当しないとされる為)可能性が高く、全体的に想定以上に立件が無理筋だった模様だ。悔しいが法律の専門家である検事の意見だけに致し方ない。そこは椎野もよく考えて行動していたのだろう。


 更に、その後の北見共立病院銃撃事件への関与も完全に否定した。そこも大島や中川の供述とも一致していたので、罪に問える可能性は無くなった。


 北見の捜査本部との調整で、西田はそのまま大阪に居ても仕方ないので、吉村を筆頭責任者として大阪に残し、龍川の最初の勾留中に西田は北見へと戻ることとなった。ただ、この決定には西田の意向も影響していた。


 11月11日は亡き北村刑事の命日であり、一連の事件の事実上の解明を、彼の墓前に報告したいという意識が強かったのだ。


※※※※※※※


 戻って来た日の翌日である11月11日の午後。西田は午後から捜査本部を途中で抜け出すことを三谷から許可されていた。目的は北村刑事の墓参りと遺族への報告であり、事実上の「公務」でもあった。ただ午前中には、既に安村方面本部長が総責任者として遺族の元へと挨拶に行っていたらしい。今回、西田は向坂の自宅まで車で迎えに行き、共に北村刑事の墓前に佇んでいた。


 向坂も伝え聞く西田達の活躍には感無量だったらしく、電話で墓参りに誘った際にも、そして墓地へ向かう車中でも、しきりに「よくやってくれた」と繰り返していた。思えば、向坂が95年の捜査の時点で後悔を口にしていた佐田の事件から15年越しの解決であり、既に退職していたとは言え、その無念を後輩が晴らしてくれたことは、心底嬉しくて当然のことだろう。西田も話せる範囲の捜査の顛末については打ち明けていた。


「こいつが生きてたら、どんな刑事デカになってたんだろうな……」

墓前で手を合わせながら、向坂がしみじみ口にした言葉に、

「間違いなく、捜査熱心な中堅刑事になってたはずです。だからこそ残念でなりません」

と、西田は唇を噛み締めながら返した。

「15年前の時点で、大島や上の圧力に屈せずに俺達がもっと粘っていれば、結果として北村も死ぬことはなかっただろうし、余計な命が失われることもなかっただろう……。そういう意味では、俺にとっても悔やんでも悔やみ切れん思いはある。一方で、西田や吉村が俺達の無念も引き継いで、今こうやって墓前に成果を報告出来ていることは、不幸中の幸いだと思うよ。今の方面本部長の話も聞く限り、新しい世代が新しい警察を作っていってくれれば良い」

そう語った時の向坂は、決して社交辞令ではない、心からの思いを吐露していると西田には感じられていた。


 そのまま、西田は北村の実家へと向かうことになっていたので、向坂のことも当然車中で誘ったが、

「佐田の行方不明時点で、結果として捜査を放棄した捜査陣の中に当時は俺は居たんだ……。さっきも言ったが、思えばあれが北村の死を招いた元凶だったと思う。つまり俺には、北村の両親に事件解決の報告に行く資格はないってこった……。解決した捜査員として、西田お前が1人で行けよ」

と告げられた。おそらく向坂なりのケジメだったのだろう。西田も無理にそれ以上誘わず、1人で北村の実家へと車を走らせた。


※※※※※※※


 北見市内の北村の実家では、父である元雄と母である由紀恵に出迎えられた上で、西田は居間に通された。割と広めの室内には大きな書棚が2つ程あり、たくさんの文庫本が並んでいた。そして銃撃事件解決並びに、北村も追っていた佐田殺害事件という一連の事件が、ほぼ解明されたことを報告した。


 ただ、先に訪問していた安村方面本部長から、西田達の活躍については既に詳しく聞かされていたらしく、西田が恐縮する程に先に何度も感謝の言葉を掛けられてもいた。


 さすがにあの通夜で目にした時よりも、二人共年齢を重ねたことを感じさせたが、一人息子に先立たれたことも、年月の経過以上にそれに拍車を掛けていたことだろう。


「息子が最後まで捜査していた事件の方も解決していただいて……。ただ、まさかどちらにも、あの大島が関わっていたとは、思いもしなかったですがね……。ご存知かどうかは知りませんが、私も警察官だったもんですから、何やらとんでもない人間が関わっているとか言う噂だけは、以前から知人の伝手で何度か、何となく耳にしていたとは言え、正直びっくりしましたよ」

元雄は正直な心情を西田に語った。

「大島については、北村君が健在だった頃から、何か関わっているんじゃないかとずっと調べていたんです。それにしても、やはりぼんやりとした噂話程度は漏れていましたか……。父親である北村さん自身が我々の先輩だったということは、彼からは直接聞いていなかったんですが、漏れ伝わってきたので知ってはいました。ただ、鑑識をされていたというのは、今年になって河北さん……、ご存知ですよね? 今北見方面本部で鑑識されているんですが、あの人から聞きまして(作者注 伏線後述1)」

西田の告白に、

「ああ、河北ね……。言われてみれば、あいつは今北見方面(本部)でしたか? 名寄署時代の後輩でね……。なかなか腕は良いでしょ? 自分がみっちり仕込みましたから」

と言って笑った。西田も愛想笑いしつつ頷いてみせた。


「しかし、息子が警察官になって、しかも殉職するとは色々考えると皮肉なんですよ。私や仕事に対し、反発していたところがあったはずなんで……」

この元雄の発言に、西田は河北から「(北村が)父親とはぶつかっていた時期があった」という話を聞いていたので、そのことだろうと察した。

「失礼ですが、何かあったんですか? もし良ければお話いただけると幸いです」

西田は不躾かとは正直思ったが、敢えて詳細を知りたくなったので探りを入れてみた。


「まあ大したことじゃないんですがね。もう30年近く前ですか……。家内が体調を崩して長期入院してた頃、西田さんはお判りだろうけど、こういう仕事なんで忙しくて、まともに世話もせずにという状態でしてね……」

そう言うと、横の由紀恵と軽く顔を合わせて苦笑いした。そして、

「そんな状態だったもんですから、父親に不信感を持ったんでしょうねえ……。それからは結構ぶつかることが多くてね……。何しろ多感な時期ですから、母親をないがしろにしてる父親というものを許せないところがあったんでしょう。自分も言うことを聞かない息子と、上手く対応出来なかったというか……。まあ仕事のストレスもあったとは言え、父親としては失格なんですが……」

と大まかに告白した。


「そうだったんですか。すいません、一々思い出させてしまって」

西田は頭を下げたが、

「いいんですよ。しかしその息子が、高校3年の時に就職するのか進学するのか何も言わないもんですから、私も業を煮やして、『どうするんだ』とキツく言ったら、『やりたいことなんてねえよ。警察だったらオヤジのコネで入りやすいだろ?』と目も合わさず言うもんだから、『試験である程度取ればそりゃな』と言って、結局翌年から公務員試験の専門学校通って警察入ってね……。今じゃそんなことありませんけど、ご存知でしょうが、昔は親族が警察官だと本当に入りやすかったもんですから。その上、案外警察官が向いていたらしく、私が本当はやりたかった刑事にまでなるんですからねえ。皮肉なもんです。ただその挙げ句、最期は殉職ですから……。運命ってのは理不尽というか何というか……」

と最後は思わず言葉に詰まった。

「ああ、北村さんは元は刑事志望だったんですか?」

西田が改めて問うと

「ええ、恥ずかしながら。ただどうも武道が得意じゃなくて、元々文系タイプの人間なもんだから。それで刑事になれないなら、現場で働ける鑑識って理屈で鑑識の道に入ったんですよ……。刑事になりたいと思ったのも、中学生ぐらいの頃から推理小説とかが好きで、それに影響されて刑事志望だったんです。ほら、この本棚の本もほとんどが推理小説でして」

そう言って、元雄は自分の後ろに並んだ書棚を振り返った。


 改めて書棚に並んだ本を見ていると、シャーロック・ホームズや江戸川乱歩、横溝正史の作品群を始めとして、現代につながる推理小説の数々が大量に並んでいた。

「すごい蔵書量ですね」

西田は感嘆の声を漏らすと共に、

「北村君もこれを読んでいたんでしょうか?」

と尋ねてみた。

「いやあ、全く読んだことがないとは言いませんが、私と対立していたことは勿論、警察官という職業にもあまり好感は持ってなかったはずですから、興味を示すことはなかったですよ」

「そうですか……」

予想外の回答だったが、西田は敢えて特に反応しなかった。


 それからは、北村刑事と共に捜査に当たっていた頃の思い出などを両親相手に語っていた西田だったが、そろそろ職場に戻る時間になったのを確認すると、

「甘えて長居してしまいました。そろそろ捜査本部の方へ戻らないといけないものですから」

と伝え席を立った。


 玄関先で両親に見送られ、靴を履いてから改めて向き直ると、突然西田は、

「北村君のことですが、95年の秋、彼と一緒に佐田を殺害した、例の本橋を札幌から遠軽まで護送した時の話です。本橋に『お前らなんで刑事なんかになったんだ?』って聞かれましてね(伏線後述2)」

と言い出した。さすがに両親は何を言いたいのかわからず、訝しげな顔をしたが、西田は構わず続ける。

「自分は『公務員待遇が魅力だった』と正直に言うと、本橋に馬鹿にされました」

西田は一度自嘲してみせたが、

「その後北村君はこう言ったんです。『推理小説が好きで、その影響があった』と。そして、『シャーロック・ホームズや江戸川乱歩や横溝正史の作品なんかにはまっていった』とも語ってました」

と告げた。更に、

「北村君は父親のコネを期待して警察官になり、意外と適性があって刑事になったというのは、北村さんがそう思ってるだけで、彼は間違いなく、心底刑事になりたくて警察官になったんだと思います。確かにお二人の間に確執があったんでしょう。父親が警察官だとは、自分も彼からは全く聞いてませんでしたから……。しかし、父と息子の関係というものは、対立しつつもどこかで認め合う、そういう部分もあるんじゃないかと思います。間違いなく、北村さんの影響を彼は受けていたはずだと思いますよ」

と一方的にそこまで伝えた。当然のことながら、目の前の両親は唖然としていたが、西田は一切構わず「それでは失礼します」と一言言い残した上で、軽く一礼して玄関をスッと出た。


 この様な慌ただしい最中に、亡き息子の両親に告白すべきことでは到底なかったかもしれない。ただ、2人と居間で直接向き合ったままこの様な話をされても、その後2人は、西田の前で一体どういう顔をして過ごせば良いか戸惑ったはずだ。それならばいっそ、去り際に一気に伝えることで、後は夫婦2人水入らずで息子のことを考えながら過ごして欲しいという、西田なりの配慮の末の言動だった。


「ひょっとして、お前からすりゃ余計なことを言ったかもしれんが、事件解決に免じて許してくれや……」

西田は車を発進させながら、自然と亡き相棒の1人に話し掛けていた。


※※※※※※※作者注


伏線後述1

北村の父が警察官で鑑識職であった上、父と子の間に確執があったことは、名実22で鑑識の河北に、三友金属鉱業に残存していた「桑野欣也」の契約書の拇印と、証文の血判との指紋の照合を頼んだ後の結果報告の際に記述。


名実11(上から5分の4程の位置)

https://ncode.syosetu.com/n5921df/88/


伏線後述2 明暗30(最後の方)

https://ncode.syosetu.com/n5921df/51/


※※※※※※※


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