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修正版 辺境の墓標  作者: メガスターダム
迷走
18/223

迷走5 (41~50 別の事件発生 遠軽署中心に斜里で聴取)

「話を戻す。篠田の車の件だが、篠田は本当に自分の車で来なかったのか?」

向坂は最初から気になっていたことを口にした。、

「しつこいな……。あいつが普段会社に乗ってくる車は、赤のアウディだったかの外車だったような記憶があるけど、その時は会社の黒塗りの、おそらくクラウン? だったと思う。それが何か問題あるのか?」

嫌々そうでありながら興味ありげに聞き直してきた。


「細かい説明は捜査上無理だが、かなり重要な証言になるから確認してる」

向坂はそれに対し淡々と返した。

「そうか。まあ聞くだけ野暮だな。信じられないなら、さっきも言ったが当時一緒に居た連中にも聞けばいい。俺が嘘を言う必要もないんだから」

富岡の口調は自信ありげだった。嘘を付いているというふてぶてしさではなく、調べるなら調べてみろという態度に見えた。

「ところで、役員用の車で来たということだが、ということは、運転していた別の人間が居たのか?」

西田が疑問を挟んだ。

「いや、基本的に俺が居た当時のことだが、運転手みたいのは、社長が乗る時に男の秘書が運転手代わりについて運転するだけ。ただの役員は、同乗者でも居ない限りは自分で運転だよ。その時も篠田が自分で運転してきたはずだ」

「それで、篠田は工事現場にあった、誰かのジープを借りて自分で運転して出て行ったんだな?」

「向坂さんよ、ああ、言った通りだ。なんかわからんが、会社のクラウンじゃいけないところに出かけたのかもな。作業着に着替えたのを考えても」

富岡の指摘は刑事達の考えるところでもあった。そしてあの常紋トンネル付近の砂利道と山道の様子が西田の脳裏に浮かんだ。警察車両がそうだったように、セダンタイプの車でも普通に通れることは通れるが、砂利を跳ねたりすることを考えると、やはりクラウンのような高級車、しかも会社の車だったとすれば尚更乗り付けるのに躊躇する道だ。喜多川は自分のそこそこの高級車であそこまで行っていた様だが、自分の車だったという点でやはり違いが出るだろう。無論、自分の車だからこそ傷つけたくないという心理が働くこともあるが……。


「作業着に着替えて出て行ったという話だが、何時頃だったかわかるか?」

「昼飯前だったことは確かだ。かと言って工事が始まったばかりでもない。11時ぐらいだったんじゃないか、この点は自信はないけどよ」

「ところで、突然視察しに来た篠田が他の場所に行った理由はわかるか?」

「それは全く知らんな。言われてみれば不思議な行動だが、こっちはいちいち気にしてなかったよ、当時は」

「帰ってきた時、作業着に汚れみたいのはあったか?」

「いやそこまでちゃんと見てなかったな。疲れた感じはあったけど」

続けざまの満島の的確な質問にも、富岡は淀みなく回答した。最初はやる気のない感じを露骨に表に出していたが、暇を持て余していたのか、案外刑事との会話を楽しみ始めているようにも見えた。

「他に質問はないんか? 何でも答えてやるぞ」

富岡は質問を催促する余裕さえ見せてきた。


「時計が失くなったことに気付いてから、2日程湧別の現場に通ってきた篠田だが、その時はどういう様子だったか、もっと詳しく教えてくれ」

西田がそれを受けて、更に話を聞いた。

「さっきも話したけど、まあかなり高ぶっていた感じだったな。高い時計だったのと、会社から貰った? らしい時計だったし、結果的に見れば喜多川の時計だったから失くすわけにいかなかったんだろうが……。どっちにしろ部下の持ち物検査するほどってのは、幾ら性格が悪いたって、普通じゃないよありゃ」

「それについてはわかった。スマンが他のことを聞きたいんだ。例えば服装とか、車とか……」

「ああ、そういうことね。確かに言われてみれば、次の日からは最初から作業服みたいので来てたな。車もクラウンじゃなく、会社が持ってる白のランクル(ランドクルーザー)だったような気がする。西田さん、あんた鋭いね」

「そうか、なるほど……」

西田は富岡の言葉にかなり満足した表情を浮かべた。勿論社交辞令の褒め言葉ではなく、証言の中身についてだったが。


 10日のあと11、12と連続して湧別に行ったのは時計を探す目的だったという推測をしていた西田達だったが、篠田の服装と車の変更を見る限り、おそらくだが、再び常紋トンネル付近も探していたのではないか? という考え方も出来た。

「そのランクルで来た二日間の話だが、湧別の現場にはどれくらいいたんだ?」

西田は更に突っ込んだ。

「そこら辺の記憶ははっきりしないなあ。ただ、両日とも一日中居たってことはなくて、昼過ぎの結構早い段階で帰ったような気がする。ま、ここの話はあくまでそんな気がするって程度にしておいてくれ」


 富岡の証言をそのまま受け取ると、その後の二日間も工事現場に行った後、やはり米田の殺害現場に時計を探しに行った可能性が強く考えられた。さすがに殺害現場に物的証拠を残した恐れがあるとなると、人気のない場所で発覚の可能性が少ないとは言え、気が気でなかっただろう。湧別同様、常紋トンネルにも連日通っても不思議ではない。そして常紋トンネル以外の場所にあって欲しいと願ってもいただろう。


「話のついでと言っては何だが、その後の篠田の様子はどうだったんだ? 探すのを止めた後の様子は?」

向坂は話題を変えた。

「9月の上旬に湧別の工事が終わって、その直前に来たが、それまでは一切来なかったと思う。その後は会社で見ても、現場で見ても、特に何か変わった様子は感じなかったな……」

腕組みをしながら記憶を必死に手繰り寄せようとしている富岡を見ながら、

「時計の本来の持ち主だった喜多川についてはどう思ってるんだ?」

と満島がおもむろに尋ねた。

「喜多川? うーん、篠田と仲は良かったが、篠田よりは人当たりは良かったかな。あいつの時計だと知ってりゃ、手を出さなかったかもしれないが、今更って奴だ……」

妙に染み染みとした口調になったが、

「一昨年伊坂組を辞めた……、いやあれは半分追い出されたようなもんだったが、あの時も去り際に声を掛けてくれたよ。『達者でな』と」

と言うと、しばらく押し黙った。


「その喜多川だが、先日俺らの取調べ中意識不明になってな……」

西田が言い辛そうに事実を告げた。

「えっ? 意識不明も驚いたが、取調べって何だよ? 事件に関わってるのは篠田じゃないのか? 刑務官からは喜多川の話は聞いてないぞ」

驚く富岡を見ながら、

「篠田も昨年死んでる」

と続けて言う西田。

「死んだか……。ただあいつは俺が辞める時には既に体調が悪そうだったから、特に驚きはないな。それより喜多川の話だ。何があったんだ?」

嫌いだった篠田については、気にする素振りすら見せないが、喜多川についてはやはり違うらしい。

「それは悪いが言えない。重要な捜査情報だ」

「だったら余計なこと言うんじゃねえよ。こっちには聞きたいことだけ聞きやがって!」

富岡は西田に悪態を吐きつつ軽く机を蹴飛ばしたが、3人は特に反応しなかった。確かに余計な情報を与える発言だったと、西田以外も思ったからだろう。


 その後、先程までと打って変わったような森閑とした雰囲気の中、

「まあいい……。俺も人のことを気にしてる場合じゃねえしな……。俺に他に聞くことは?」

反省した訳でもなかろうが、目を瞑ったまま、感情を押し殺したような声を発した。

「今聞きたいことは全て聞かせてもらった。おかげで助かった。また何か聞きに来るかもしれないが、その時も協力してくれると助かるが……」

向坂がやや遠慮がちに話すと、

「ふん、好きにしろよ。出来れば来ない方が助かるけどな。さあ、さっさと解放してくれ!」

と言い放った。向坂はそれを合図とばかりに刑務官を呼ぶと、富岡は3人の前から姿を消した。富岡の刑務官に連行されて行く後ろ姿には、威勢の良い口を叩く姿とは違う何かを感じざるを得なかったせいか、満島の、

「それじゃあ、戻りますか?」

という発言が出るまで、3人は無言のままパイプ椅子に深く腰掛けたままだった。


※※※※※※※


 聴取が終わったのは午前10時を過ぎた辺りだった。他にやることもないが前日のように気ままに過ごすということも出来ず、そのまま3人は遠軽と北見へ戻ることになっていた。満島の提案で、帰路は行きと違う行程を取ることにした。名寄から国道239号を通り、紋別方向へ向かった後、西興部村を道道137号を遠軽まで抜ける算段だ。確かに旭川に寄る必要がない帰りなら、このルートが一番速いだろうと、向坂も西田も賛成した。


 前年の94年リレハンメル五輪でジャンプ団体銀メダルメンバーの葛西、岡部(作者注・岡部は後に長野五輪金メダリスト、葛西はソチ五輪の銀メダリストにもなりました。葛西が銅メダルを取った団体の伊東も葛西と同じ下川町出身)を生んだ下川町を通り、氷のトンネルで有名な、上述した西興部村の中心部を抜ける。その後、道道137号に入ると、一層人跡未踏と言った感もある一本道を走り続ける。

参照https://www.youtube.com/watch?v=414keLRK6Lw


 この道中、道民以外なら圧倒される景色の連続かもしれないが、3人に取ってはただの退屈な光景の羅列に過ぎず、特に避けていた訳ではなかったが、自ずと捜査関係の話になった。


「篠田は8月10日に湧別の工事現場に視察にやってきて、そしてその後、何らかの理由で急に着替えて、車も変えて出て行った。戻ってきたのが夕方。さて、工事現場の湧別大橋から常紋トンネルまでどれだけ掛かるか……」

向坂は自問自答していたが、先に運転していた満島が、

「湧別から生田原市街までだと、おそらく40分程度では行けるんじゃないですかね。ただそこから常紋トンネルとなると、山道と歩きも含めて更に30分は考えるべきかもしれません。そうなると1時間強は見た方がいいと思います。でも、どうせ今日はやることもないですから、実際に試してみるのもいいかと」

と的確な意見を出した。

「うむ、確かに暇だし時間もあるな。やってみるか……。現時点で往復では2時間半と考えると、殺害から遺体を埋めるのに3時間半でも6時間か……。昼前に出て行った篠田が夕方に湧別に戻ってくることは普通に可能だな。まあ実際に片道どれくらい掛かるか試してみることにしよう。西田は遠軽で下ろして、そこから湧別に行って、北見に戻る途中で試そうか?」

向坂の提案したプランに西田は早速、

「いや生田原まで行くと帰りはまた遠軽に戻ってこないといけないから、手間掛けさせる訳にもいかないので、そこまで付き合うのは逆に遠慮しますけど、せめて湧別から遠軽ぐらいは付き合わせてくださいよ」

と異議を唱えた。

「お前がそこまで言うなら俺も満島も構わないけど、ただ時間計るだけだからな。正直無駄な時間だと思うが?」

「そりゃそうですけど、一応仕事ですからね。いや、むしろ向坂さん達はそのまま北見に戻ってもらって、どうせなら遠軽うちのメンバーで計る方がいいかもしれないですよ」

西田の逆提案に向坂は、

「言われてみれば、そういう手も無くはないな。満島も距離乗ってるし……。どうだ、遠軽(署)に任せるか?」

と満島に尋ねた。

「向坂さんがそれでいいなら、俺は全然構わないですよ。さっさと帰れるならそれもまた良しです、こっちにとっては」

満島は飄々とした返答をすると、眠気防止かガムを口に頬張った。

「後、当時の湧別の工事に従事していた人間に、やっぱり聴取しないとダメですね。富岡の話だけで決めつけるわけにもいかないでしょう? 補足したい情報もありますよね、出て行った理由とか含め」

「ああ、出来るだけ早い段階で斜里に向かわないといけない」

向坂も西田の意見同様、一昨日の三田から聴いた、当時の工事関係者のいる斜里の工事現場に行く必要性を感じていた。


 そんな会話と、先日の上司刑事の処分内容の妥当性についての話などしている内に、滝上町に入ったところで、昼食のタイミングと重なった。閑散とした中心部の定食屋で腹を満たし、再び遠軽に向けて車を発進させた。それからしばらく経った後、満島が目の前に現れた道道137号と道道305号の分岐路で車のブレーキを踏んだ。

「ちょっと寄り道になりますけど、有名な鴻之舞鉱山跡に寄ってかないですか? 見たことないんで、見てみたいんですけど。時間もまだ余裕ありますし。この305号の分岐を左に行って、更に少し先の分岐で右なら再び137号になって遠軽、305を直進なら鴻之舞跡に出るんで。ダメなら諦めますが」

突然の話に二人は、ある種呆気にとられたが、

「どんだけ掛かるんだ?」

と向坂が聞くと、1時間も掛からないとのことだった。すると向坂は、

「まあいいよ、湧別の件は遠軽に任せることにしたし……」

と渋々了承した。


 ただ、西田としては鴻之舞の廃墟跡にはちょっと興味があったので、内心心惹かれる部分もあった。満島は再びギアを入れ、分岐を進行方向左側に曲がり、道道305号を紋別方向に向かった。遠軽方面へ向かう分岐がすぐに現れたが、今はそこは通り過ぎ、鴻之舞地区へ向かうと、ポツポツと廃墟が左右の視界に入るようになって来た。


※※※※※※※


 生田原の金の件でも若干触れたが、紋別市鴻之舞地区にあった鴻之舞鉱山は既に廃鉱しているものの、日本でも有数の産出量を誇った金山であった。1915年(大正4年)に鉱床が発見され、その後1917年に現在の住友金属鉱山に経営が移り1973年まで操業が続いた。厳密には戦況の悪化した1943年から戦後直後まで、軍事産業の維持のため、金よりも銅や鉄、石炭などの重要性により、設備や作業員を他の鉱山に回す政策が採られたために、実質閉山になった時期があった。


 この間、1950年代を中心として、日本の金山史上でもかなりの産出量を誇り、閉山までに73トン程の金を産出した。また、鉱山城下町として、山深い山中に戦時中の最盛期には人口1万を超える人口を記録し、戦後の復活期においても、かなりの鉱山関係者が居住していたが、閉山後は一気に無人の廃墟と化している。


 ご多分に漏れず、戦前にはかなり悪い労働環境の下、日本人や徴発された朝鮮人などの犠牲者も出たという話がある一方、当時の鉱山にしては、かなりまともな環境下にあったという説もあり、諸説入り混じった評価があるが、現実問題として、鉱山特有とも言える労働事故による犠牲者がそれなりの数出たことは否定出来ない。ただ、戦後においてはそれなりに鉱夫の待遇は改善していたと見るのが適当であろう。


 現在は、鉱山跡から出る有害物質を含んだ水などの処理をするための、住友金属の事務所がある他は人も住んでおらず、日本でも有数の廃墟跡がひっそりと佇んでいる。それ故か幽霊話の類も多く、廃墟マニアなども来る、地味だが全国的に知る人ぞ知るスポットになっている。


 また、トリビアとしては、作曲家の宮川泰(宇宙戦艦ヤマトのテーマソングや「ザ・ピーナッツ」の生みの親としても知られる)が幼少期に父親の仕事の関係で鴻之舞に住んでおり、ヒット曲「銀色の道」の作曲の際に、鴻之舞居住時代に経験したイメージを作曲に活かしたという本人談がある(ウィキペディアより)。またルパン3世の原作者であるモンキー・パンチも幼少期に居住していたという話もある(作者注・ソースイマイチ信ぴょう性なし)。


鴻之舞金山参考リンク

http://blog.goo.ne.jp/ikeboo2011goo/e/47c1ab0c59f616eedce7cdd359e6db39


http://blogs.yahoo.co.jp/b2unit0000/20918447.html

https://www.youtube.com/watch?v=S9jp6qYP9Uw

https://www.youtube.com/watch?v=y43s-XAnZdU

https://www.youtube.com/watch?v=PCMucEObLmE


※※※※※※※


「ここが噂の鴻之舞か……」

向坂が道路の左右に次々現れる旧町名の立て看板を見ながら呟いた。丁度、製錬所跡にそびえ立つ煙突が視界に入ってきた頃、

「ちょっと廃墟でも散策してみましょうか?」

満島はそう聞いておきながら、二人が同意する前に自分で勝手にハンドルを切っていた。


 道路から脇道に入り車を駐めると3人は外に出た。職員の集合住宅だったと思われる、ちょっとしたアパートのような鉄筋コンクリートの建物のガラスは割れ、木の枝がその窓から建物内部の方に張り出していた。また、三友グループ(作者注・会社名は変えさせていただきます)の有名なマークが入った建物なども散見された。おそらく会社の建物なのだろう。

「この規模の町が廃鉱で一気に無人になったってのは、今となっては想像つかんなあ」

西田は足元に気をつけながら、左右を見回してた。

「昼間だからいいですけど、夜中に一人で来たら怖いですよこれ」

やや大袈裟に満島が笑った。

「満島、そりゃ誰だって怖いぞ。昼間ですら行き交う車も少ないところに夜なんて想像もつかない。怖いなんてのは当たり前の話だ」

西田は呆れ半分で返したが、一方の向坂は学校跡の碑の前に立つと、それを黙って見始めた。

「何か気になりましたか?」

西田はその姿を見て声を掛けた。

「大したことじゃないよ。俺は留辺蘂生まれで育ちもほぼそこなんだが、一時期オヤジの仕事の関係で、別海(町)の方に居たこともあった。しかしその時在籍してた中学校は廃校になってるんだ。そんなこともあって、ちょっと感慨にふけっちまったかも」

苦笑混じりの先輩刑事に、

「そうなんですか……。確かにそういう経験があると、こういう場所での感じ方も違ってくるかもしれないですねえ」

社交辞令でもなく、西田は理解出来るとばかりの態度だった。そんな中で、しばし二人はその場に立ちすくんだまま、静かに短い時を過ごした。満島はそんな様子を察したか、一人で勝手に他の場所を色々見回っていた。


 そのまま30分弱廃墟に滞在し、来た道を戻って道道137号に再び合流すると、遠軽市街に1時間も掛からないで入った。なんとなく遠軽が都会に見えた気がしたが、鴻之舞の廃墟のイメージがそうさせたのだろう。遠軽署の前で向坂と満島に別れを告げ、西田は刑事課へと署内に入っていった。


 沢井課長に挨拶と聴取の報告をすると、部下の刑事達も集まって来た。富岡の証言内容により、篠田の事件関与が更に濃厚となったことは大きな成果であった。当然、湧別から生田原までの所要時間検証については、すぐに許可された。ただ、沢井課長の、

「犯人が篠田だとしても、既に死んでるってのが痛い……」

という言葉の重みは、西田含め刑事全員にとっても、到底否定出来ないものだった。仮に犯罪が立証出来たとしても、それは警察による書類送検という形だけの検挙に過ぎず、実際に検察官により起訴されることはない。事件が本当の意味で解決出来なかったことに変わりはないからだ。


「そう言えば、竹下が見当たらないな?」

報告に集中していたので、竹下の不在に西田は気付かなかった。

「今日は午前中で帰ったぞ。長らく休み取ってなかったのと、今日は大きな動きもなさそうだから特別に許可した。目的ははっきり言わなかったが何か急用が出来たらしい。いくら動きがないとは言え、この状況なら本来だったら認めないところだが、あいつが要求する以上は、そういい加減な目的ではないだろうしな」

「そうですか……。これから所要時間の検証するのに竹下も居たほうがいいかと思ったもんで」

西田は淡々とした言い方だったが、実際は竹下に居てもらいたいという思いは強かった。

「それは別に竹下が居なくても成立するだろう。それはそうと、誰が西田と行くんだ?」

課長が自分による指名ではなく希望者を募ったので、その場に居た全員が手を挙げた。

「まあそうなるか……」

課長の呟きを他所よそに、

「じゃあお前らじゃんけんだ。二人勝ち抜けな」

西田が勝手に選出方法を指定していた。小村、吉村、澤田、黒須、大場の5人の戦いの結果、吉村と黒須が勝ち抜いた。

「ということで、この3人で行って参ります」

西田は課長にふざけ半分で敬礼すると、二人を連れて刑事課の部屋を出た。


※※※※※※※


 スタート地点の湧別大橋までは、署から20分程度で到着した。運転していた黒須は、

「この感じだと現場付近まで1時間以内は可能ですかね」

と時計を確認しながら言った。

「都市部だと時間帯考慮しないといけないですけど、ここら辺ならどの時間帯でも問題ないですから」

吉村の言う通り、渋滞という概念と無縁の地域だけに、時間帯での比較検証は必要ない。

「じゃあ現場に向けて出発しようか」

西田の一声と共に、今度は遠軽方面に向かって戻る。順調に国道242号を西進、進行方向右手に我が遠軽署を通り過ぎ、今度は南下するが、生田原町内に入った辺りで30分経過していた。国道を走っている間は良いが、そこから常紋トンネル付近までの未舗装部分をどれくらいで走るか、西田はいまいち把握出来ていなかった点が唯一の不安だった。捜査で何度か訪れた時にきっちり計測していなかったので、およそ大丈夫だろうという感覚的なものでしかなかったからだ。


 国道に別れを告げ、細い道に入り、そこから未舗装区間に入ると、そう速度も出せないので、西田と吉村は時計とフロントガラス前方の景色を交互に見つつ、ちょっとした焦りを感じ始めた。勿論それほど想定より時間が掛かっているという訳でもないのだが。いつもは気になる「熊出没注意」の立て看板も今回は目に入らなかった。


「お、見えてきた」

車を駐める開けた場所が視界に入ると、吉村が思わず声を上げた。

「よし、ここから歩きで確か5分ちょっとで行けるから、現場まで1時間10分ぐらいか……。早くもないが、許容範囲内ではあるな」

3人は車を駐めると、そのまま山道を米田が埋められていたところまで急ぐ。既に現場は事件発覚以前と同じ状態に戻っていたが、3人はその場所まで迷うこと無く辿り着いた。時計を見ると西田の予測通り、1時間12分程だった。


「まあ往復で2時間30分まで見ておくってのは、さっき向坂さんと話したが、なかなか鋭い予想だったな。ここで米田を殺害し、埋めるのに3時間あれば何とかなるだろう」

西田は一人満足そうに頷いた。

「でもどうなんでしょう? 俺らはこの場所で米田が埋まってるのを知っているから直接来ましたけど、そもそも篠田がどうしてここに来たかってのは、よくわからない段階ですよね? 確かに米田の失踪場所と埋められた場所がほぼ一致してますから、殺害場所も一緒だってのは予想出来ますけど、篠田がこの場所に来た経緯がさっぱりわかってないんで……。直接ここにやって来たかどうかすらわからないんですから」

黒須の指摘は、なかなか痛いところを突いていた。実際問題、時計の紛失と3年後の喜多川の動き、そして今回発覚した篠田の車の変更と着替えにより、米田青年の遺体が埋められていた場所(高い確率で殺害場所でもある)に篠田が直接来たという前提を想定はしているが、ここに来た理由についてはよくわからないままであった。あくまで米田の殺害と篠田の動きが結び付くかもしれないという刑事達の推理の上での話だ。


「そいつは実際問題その通りだが、篠田は死んじまってるんで、更なる捜査で何とかするしかない。ただ、そう間違ってるとは思わないぞ俺は」

黒須に伝えるというより、自分を納得させるような言い方だったことに、西田自身気づいてはいたが、今は細かい理屈以前に信じる道を行くしか無かった。


 そこからは急いで遠軽署に戻り、篠田による米田殺害は予測通り十分可能であると言う結果を報告書にまとめると、西田は翌日の捜査会議に備え北見方面本部にファックスした。既に名寄の件については向坂達が報告済みのはずなので省いた。


※※※※※※※


 明けて8月6日、西田は早朝の北見方面本部の会議室で、会議開始まで遠軽署のメンバーとNHKのテレビを見ていた。広島の原爆投下から丁度50週年に当たるこの年、原爆投下の時間の慰霊特番は、日曜日ということも重なったか、いつもの年より力が入っていた。

いくさは遠くなりにけり」

西田はなんとなくそう言ってみたくなったが、あくまで独り言として小さく言ってみただけだった。


 今回の捜査会議は、向坂、西田、満島の旭川・名寄行脚の報告を受けてのものだっただけに、大友捜査本部長、倉野事件主任官共に、向坂を中心とした3人との質疑応答を繰り返すという形で、静かに進行していた。


 当然3人は当時の現場関係者への聴取の重要性を主張し、首脳陣も事前に根回し済みとは言え、それを受け入れる形となった。また、富岡の証言より浮かび上がった、役員専用の車の使用についての伊坂組への電話確認を当日中に、今は斜里にいるはずの現場関係者への聴取のアポを兼ねて行った結果、秘書課の当時の使用状況帳簿より確認がとれた。前回の聴取の際に世話になった秘書の坂崎が今回も尽力してくれた。


 詳細については不明だが、簡単なメモ書きから、当時篠田の自家用車が車検のため使用出来ず、タクシー通勤だったことがその原因だったようだ。また社長でもない限りは、運転手は付かないということで、篠田が役員車にも関わらず自分で運転していたのも普通のことだったとわかった。


 翌日以降は役員車は篠田によって使われていなかったが、その代わりが会社のランドクルーザーかは残念ながらはっきりしなかった。会社の普通の車の場合、稼働状況のチェック表の保管は短期間しかしていなかったことによる。しかし、クラウンの使用状況が富岡の証言通りだったことと、会社の車にランクルがあった事実から見て、富岡の証言についての信憑性も、高くなったことは言うまでもなかった。


 一方で92年の8月10日から12日に掛けて、北見の会社内で篠田を見た伊坂組の人間が居ないかもついでに聞いてもらった。だが、おそらく当時は居ただろうが、記憶に残っている者が現在は皆無ということで、残念ながら会社に寄った際の篠田の様子についての証言が得られることはなさそうだった。


 その上で、向坂、西田、満島の3人は、翌日の聴取に向けて対応を練ることにした。今回の聴取で確認すべき事項は、


①当時の現場関係者の中に、篠田が突然現場を離れることになった理由を知っている者がいるか、そして知っているとすればその内容の聴取。


②篠田が現場に戻った時の様子と状態について詳細に知っている者がいるか、いるとすればその内容の聴取。


③篠田が翌日から2日に渡り現場に時計を探しに現れた際の状況についての聴取


の3つが主な軸になる。特に①と②についての詳細な証言が得られれば、篠田の米田殺害への関与を裏付ける重要な状況証拠となり得る。なんとかこの部分を補強しておきたいと3人は考えていた。だが、向坂が翌日の捜査に参加することは、結論として不可能になることに、向坂自身は勿論、西田や満島がこの時点でまさか気付くはずもなかった。


 一通りのシミュレーションを終え、一服していた3人やその他の刑事達が休んでいた会議室隣の小会議室に、突然比留間管理官が飛び込んで来たのは午後3時過ぎだった。他の捜査員達の注目を集めるも、管理官は一向に気にする様子もなく、向坂に向かって叫びに近い声をあげた。

「向坂、すまんがすぐ所轄に戻ってくれ!」

何が起こったか事態を飲み込めない向坂や他の捜査員達を前に、

「端野町の山林で営林署の職員により、女子高生のツッコミ(強姦)殺しと見られる扼殺(絞殺)遺体が発見されたそうだ。確認出来ていないが、数日前から行方不明だった美幌の子らしい。しかもすぐ近くから、別の女の腐乱死体が発見された。現時点で連続殺しの可能性が高い」

と比留間が説明した直後、向坂の携帯が鳴った。電話に出た向坂の口調から、所轄の上役からの電話の様だった。

「はい、今こちらで管理官から事情説明を受けたところでした。はい……」

しばらくして向坂は電話を切ると、

「うちの刑事課長からの電話でした。帰署要請がありましたので、管理官の指示通り所轄に戻ります。西田達には悪いが、明日はこういう訳で帯同は無理だな……」

管理官にまず一言伝えた後に、西田達にも謝った。

「いやいや、向坂、むしろこっちが謝らないといけない。無関係の所轄の強行犯係長を、土地鑑(勘)を理由に無理に引っ張って来たのはこっちなんだから……」

比留間は手を横に振るジェスチャーをして言った。

「向坂さん、後のことはこっちでやりますから、早く戻ってください」

西田の一言に、向坂は黙って頷くと、脱いでいた背広を羽織って他の捜査員達に一礼しながら部屋を出て行った。それを見届けた比留間は、

「問題は今回の件が向坂だけでなく、こっちにも及ぶってことなんだが……」

と、苦り切った表情をしながら他の捜査員達を集めた。

「当然方面本部も、今回の件で北見署と合同で捜査本具を立ち上げないといけない訳だが、こっちも含めて同時に2つの捜査本部を作らないといけない。しかも連続のツッコミ殺しとなると、社会的な影響もデカイ。今こっちは捜査一課1班を動員してるが、残る他の1班だけでそっちの援軍とするのも無理があるだろう。本社(道警本部)からもかなりの応援はあると思うが、初動が大事だから、方面本部としてもほぼ全員、2班分は初期に動員しておきたい。だから、こっちの捜査は取り敢えず遠軽組とごく少数の方面本部組での対応で暫く乗り切るというのが、現時点での俺の考えだ」

ここまで言うと、捜査員からは軽いどよめきが起きた。無論それに一々管理官が構うこともなく、

「今回の聴取に関わってる満島と、西田と組んでる北村、この二人だけ方面本部組として残し、後の捜査員は全部そっちに持っていくべきと思ってる。沢井課長は既に承認済みで、捜査本部長も、遠軽の槇田署長に副本部長から暫定的に昇格してもらって対応してもらうつもりだ。倉野課長もそっちの主任官として活動するだろうから、こっちの主任官は遠軽署の沢井課長で代行という形になると考えている。もしかしたら、本社からこっちにも応援が来るかもしれないが、確率的には低いかな……。基本的には、遠軽の刑事課の他の刑事に応援を要請する方が先だろう」

と決定を一方的に並べ立てた。


 だが、比留間管理官の話は至極真っ当な判断だった。米田の殺人事件も同時進行で捜査している事件ではあったが、米田の件は取り敢えず過去の事件であるのに対し、女子高生殺人は現在進行形の事件であり、早期解決が肝心の連続殺人の恐れが高かった。やはり初動で全力捜査をすることがセオリーであり、米田の事件がある意味ないがしろにされるのも当然だろう。そういう意味では、西田はある種諦観の心境だったと言えた。それもあって、

「管理官! こっちは正直どうにでもなると思いますから、安心して新しいヤマに全力投球してください」

西田は比留間にそう返した。

「ほんと遠軽組には、結局現状として大した戦力になれず申し訳なかったな……。上位組織の割に、所轄組の捜査の方が結果出してる始末だったから……。逆に言えばお前らだけでも何とかなるという解釈も出来る。取り敢えず、最小限度のマンパワーだが、その中で頑張ってもらうしかない」

比留間は無念そうな表情を滲ませたが、その思い自体に嘘は無かっただろう。西田としてはむしろ、満島や北村がある意味「運悪く」こちらの捜査に残った、いや残らされたことが気の毒に思えてきた。被害者には悪いが、率直に言って、地味な過去の事件の洗い出し捜査よりは、社会的にも派手目な事件の捜査の方が花形と言えるからだ。目の前にいる満島は、特に悔しがる素振りも見せていないが、あくまで西田の前だからかもしれない。北村は今この場にはおらず、隣の会議室にいるはずだが、「残留」についてどう思っているのだろうか。直接問い質したところで、北村の性格からすれば、満島同様そんな不満はおくびにも出さないだろうことは、西田にしてもよくわかってはいたが……。


「そういうことで、他のメンバーは、おそらく今日中には捜査本部が立ち上がると思うから、その時にはいつでも臨戦体制を取れるように、心の準備をしておいてくれ」

比留間の訓示に、西田は再び我に返った。今すべきは2人の心情把握よりも、明日以降の捜査をどう切り回していくかだ。比留間が出て行った直後、西田も満島を連れて会議室に戻る。


「課長、話は今しがた聞きました。人的に足りなくなりますが、どうしましょうか?」

会議室に入ってすぐ沢井課長の姿を見掛けるや、声を掛けた。

「おう、聞いたか? 明日の斜里はどうするんだ? 満島はこっちに残ってくれるらしいが、向坂の分は一人付けるか?」

「いや、人数足りない時に3人で行く必要はないですよ。基本二人一組が鉄則ですし。明日は俺と満島でなんとかします。それはそうと、俺らは北見からはしばらく撤退ってことでいいんですね?」

「いや、方面本部の施設は、場合によっては使っていいと大友本部長から既に許可は得てる」

「そうですか。そいつは北見近辺中心に連日捜査したい時は助かりますね」

「後、いざというときは道警本部に応援要請も出来るようにしておいてくれるみたいだから、俺達が心配することは何もないぞ。そもそも人手が必要になったとしても、基本的にはウチの他の刑事課捜査員投入で対応出来ると思う。問題あったらいつでも言ってくれ」

沢井は「安心しろ」とばかりに自分の胸を拳でトンと叩くような仕草をすると、そのまま西田の肩をポンポンと数回手の平で叩いた。

「応援は本当にありがたいですが、どうせなら遠軽うちだけで解決してみたいもんです。明日の聞き込みで成果が上がれば、そういう目も出てくるかもしれません」

「それが現実に出来るなら、俺たちの道警本部長賞も堅いが、取らぬ狸の何とやらは、現時点ではやめておこう。ただちょっとは期待してるぞ」

沢井は笑みを浮かべたが、西田は実はそれ以上に本気だった。


※※※※※※※


 8月7日、西田は自宅から遠軽署に午前5時には到着して、北見へ出発する準備を整えていた。単身世帯であり、また警察で新聞が見られることもあって、遠軽の自宅では新聞を取っていない西田だったが、朝一で署に配達されてきた、道内有力紙の「北海道新報」の朝刊に軽く目を通すと、昨日の連続強姦殺人が一面だった。テレビニュースではかなり夕方から騒ぎになっていたが、時間的に夕刊には間に合わなかったので、翌朝刊のトップニュースになっていた。今頃、向坂や北見方面本部の他の連中も、そろそろ動き出し始める時間だろうと、西田は思いやった。こういう事件では、世間的にも警察的にも短期間の解決を要求されるので、所轄含めかなり忙しい捜査になるはずだ。被害者と同じ娘を持つ身としても、仲間の奮闘を願わずにいられなかった。


 そしてコンビニのパンで朝食を済ませ、午前6時前には北見へ向かった。1時間ちょっとで、方面本部庁舎前で満島を拾うと、斜里の観光地・ウトロの先にある、伊坂組の橋脚工事の現場に向かった。道中、運転を代わった満島に聞く限り、やはり他の捜査員達はかなり殺気立っているらしく、自分たちの「ヤマ」とは相当雰囲気が違う模様だった。


 勿論、同じ殺人事件ではあるが、現在進行系だけに力の入れようが変わってくることは仕方ない。そして居残りの北村は、西田とは逆に今頃遠軽署に着いているはずだろう。道中は、観光シーズンだけにある程度渋滞していることは覚悟していたが、時間帯もあってかそれほど混んでは居なかった。やはり、お盆前の月曜ということも影響していたようだ。透明度の高い青く映えるオホーツク海沿いの国道を進み、知床観光の拠点である、ホテルなどが集中するウトロ地区を更に進むと、目的の現場が見えて来た。谷を渡る橋脚の架替工事のようだった。建設車両と作業員のモノと思われる乗用車が数台駐められていた、プレハブの建設事務所の前にある駐車場に車を駐め、ガラガラとアルミの戸を先行した満島が開けた。すると、

「あれ、北見の刑事さん?」

中から中年と思しき男性が二人に声を掛けてきた。昨日の伊坂組への協力要請の連絡が、きちんとこちらの現場にも来ていたのか、こちらから名乗る必要もなかったようだ。


「はい、どうも忙しいとこスミマセン」

西田はそう言いながら、満島より先に中に入り軽く会釈し警察手帳を見せた。満島も後ろから遠慮がちに提示した。そして各々名前を名乗り、軽く自己紹介した。


「思ったより早かったですね。昼ごろかと思ってたんですが。男性は名刺を出しながら、腕時計を確認していた。名刺には、「現場代理人 近藤 隆義」と記されていた。

「現場代理人……」

西田が戸惑ったように呟くと、

「ああ、正式名が現場代理人って言うだけで、一般的には現場監督って奴ですよ」

と、近藤はよくあることらしく業務的に喋った。

「なるほど。警察でも色々一般に呼ばれてるのとは違う呼称がありますが、あれと同じですか」

「ええ、そういうことです。まあ、お疲れでしょうから、取り敢えず座ってください」

近藤は西田達にそう言うと、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出して二人の前に置いた。自分の分はお茶のペットボトルだった。


「大体の話は昨日、うちの三田から聞いてます。最大限協力するように言われてますから。それにしても死んだ篠田が何かやったんですか? 喜多川の件でも警察の捜索入ったって先日聞きましたし。その喜多川も倒れたらしいですね、警察で? 何かこっちに居る間に、うちの会社自体が警察に疑われてるみたいで……」

明らかに戸惑いの表情を浮かべていた。

「会社全体と言うわけじゃないですよ。まあ詳しいことは言えませんが色々ありまして……。それから三田副社長には先日も世話になりました」

西田は缶コーヒーを開け一口啜すすった。

「しかし驚きましたよ。あの日の話が警察さんにとって何か重要な話になってるとは。亡くなった篠田が何か生前に事件に関わってたんですか? 副社長も具体的にはよくはわかってないみたいでしたが、刑事さんたちの食い付きから見て、そうに違いないと言ってましたよ」

「具体的には喋れませんが、お察しの通りです」

西田は缶コーヒーをテーブルに置くと、メモ帳を取り出した。

「それでですね、我々が近藤さんにお聞きしたいのは、92年の8月10日から12日の3日間に掛けての篠田専務の行動と様子についてなんですよ」

「ええ、聞いてます。さすがに日付こそ憶えてませんでしたが、三田から連絡を受けて、その日のことはこちらもよく印象に残ってますから、ちょっとびっくりしたんです」

「ほう、印象に」

「というのもですね、工期に遅れが出ていたから専務が見にやって来たんですが、こちらもこっぴどく怒られましてね……。当日の午前中から酷い目にあったんですよ。ところが昼前でしたか、うちの社長、社長と言っても先代ですが、社長から現場に電話がかかってきまして、それから専務が大慌てで現場から出て行ったので」

「社長から電話ですか。具体的な内容はわかりますか?」

満島が満を持して聞く。西田も初出の証言だったので、気になる内容だった。


「さすがにわかりません。専務は私を叱責した後、工事の現場を見に事務所を出て行ったんですが、その後に社長から『専務がそっちに行っていると思うが、急いで呼んで来い」という電話が掛かってきまして、私は専務を呼びに行ったわけです。そして専務が電話を受けたんですが……」

そこまで言うと、近藤は自分のペットボトルのお茶に口をつけた。そして喉を潤すために一口飲んだ際の、喉仏の上下する動きがはっきりと西田の視界に入った後、残っているボトルのキャップをせわしなく締めた上で話を続ける。

「いきなり『そんなことはありえないですよ!』と社長相手に怒気を帯びた声を出したもんで、こっちもびっくりしましてね。創業者のワンマン社長相手にですよ。私が最初に社長から電話を受けた時も結構焦ってる感じがしましたし、専務もそんな感じですから、何かかなり大きな問題が起こったと思いましたね」

「実に興味深いですね。で、その後はどんな展開が?」

西田が続きを促した。

「その後はですか……。まあしばらくは『おかしい』だの『信じられない』だの専務は繰り返してましたね。何について話しているかはわからなかったですが、社長の声も電話から漏れるぐらいでしたから、あっちも大声あげてたんじゃないかなあ。で、しばらくそんな感じのやりとりが続いた後に、『じゃあ確認しに行きますよ、そこまで言うなら。戻ったらどうだったか説明しますよ!』と言って電話を、少々乱暴に切りました。そして直後、『会社のクラウンじゃちょっといけないようなところに行くんだが、四駆みたいなオフロードに使える車貸してくれ』と言われましてね。私のは大した車じゃないんですが、普通のセダンでしたから仕方ないんで、下請けに来てた会社の社長さんのジープをお願いして貸してもらいましたよ。まあ下請けさんだから拒否も出来なかったんでしょうけど。そして現場に余分にあった作業着に着替えました。あ、言い忘れましたけど来た時は背広だったんでね。ただ様子を見に来て、私に小言を言うだけなんで、背広だったんでしょうが……。とにかくそういうことです。色々印象に残ってるんで、割としっかり当時のことは憶えてました」

「会社のクラウンは、黒のクラウン、ジープというのは、赤のジープですね?」

西田は念のため確認した。

「ええ、全くその通りです」

「そのジープの持ち主は?」

「増田さんという人ですね」

「わかりました」


 ここまでの話は、基本的に富岡の証言通りだったが、新しい証言も幾つか出てきた。篠田が突然現場を後にした理由が社長からの電話で、その電話から言い争いが発生したこと。そして乗って行ったジープの持ち主がわかったことだ。

「具体的に何処に行くとか、何しに行くとか、そういう話はしてませんでしたか?」

満島は話に展開があったので、焦ったような口調になっていた。

「具体的ですか……。そういう話はしてなかったはずです。言ってたらその日の一連の記憶と併せて、憶えてると思いますよ」

「そうですか……。じゃあ他に何かその時に気になることは?」

満島は残念そうに口を真一文字に結ぶと、思い直したように再び質問した。近藤はそれに対し、ちょっとの間考えこむような仕草を見せた。

「そう言えば、スコップを貸せという話もしていたような……」

「スコップ!?」

西田は食いついた。

「はい、スコップが必要だという話をしていたと思いますよ」

「で貸したんですね?」

「いや、貸す必要はなかったと記憶してます」

「いやいや、それはおかしいでしょ?」

米田の遺体を埋める必要を考えると、かなり大切になってくる部分だけに、あからさまに不満気な西田のもの言いだったせいか、近藤の表情は一瞬曇ったように見えた。

「と言われましても、その通りだったから、こちらとしてもそう言ってるわけで」

明らかに不満げな口ぶりだった。

「あ、別に嘘だと思ってるわけじゃないんですよ。ただ、そうだとすると話が繋がらないので」

さすがに相手のご機嫌を損ねることは捜査上も良くないので、西田は言い訳した。

「それならいいんですけどね……。その場に車を貸すことになった増田社長も居たんですが、『スコップなら車の後部に積んであるよ』って話になって、専務もそれを確認したんです。それで必要がなくなったって話ですよ」

西田のフォローを受けて、近藤も取り敢えずは納得したのか詳細に説明してくれた。


「スコップの件はわかりましたが、同時にツルハシみたいなのも要求してませんでしたかね?」

「ツルハシについては、専務がそういうものを貸せと言っていた記憶はないですよ。あくまでスコップだけだったと思います」

「……そうですか、わかりました」

西田はあからさまに残念そうな口調になった。米田の死因は頭部への鋭利な物体による脳挫傷だと想定されていたので、ツルハシがかなり有力な凶器の1つと考えられていたからだ。ここで西田は一息付くために缶コーヒーを再び口にした。満島も先輩刑事が一息入れたのを見て、タイミングを待っていたか同様にした。

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