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ルードヴィヒの回想 其の一

長くなったので、分割しました。

 私は正妃の子だ。それも第一子。国の慣例に則って、王太子としてこれまで生きてきた。




 母は私を産んで何年か後に病で亡くなったそう・・だ。そうだ、というのは、生まれてすぐに乳母に託された私に、母との思い出が何一つ無いからだ。

 母はどうやら、産後の肥立ちというものがあまりよろしくなかったらしい。


 幼くして母を亡くした私は哀れまれていたのか、周りは随分優しくしてくれた。父以外は。

 父は、偶に会っても厳しい顔で難しい話を臣下としているばかりで怖かった。だからあまり側に寄りたくなかった。

 寂しさも感じたがそういうものなのだと思っていたし、何より乳母や侍女、王宮に顔を出す貴族達が甘やかしてくれたから構わなかった。


 側妃達には、私の後に何人か兄弟と呼べる存在が生まれたが興味が無かったし、また向こうも近付いて来なかったのでその存在は無視していた。

 ただ少し、母というものがどういう存在なのかだけは気になってはいたが。


 その頃の私は、ちやほやされるのを良い事に王宮中を自由に歩き回っていた。

 王太子である私が王宮内を歩き回るのを邪魔するのは父と宰相くらいで。自分はとても偉い立場なのだと理解した。


 自分は偉いのだから何でも許される筈だと、王宮探検に飽きた頃、外を見て回りたくなり実行に移すことにした。城の窓からは王都が見えるのだが、たまに風に乗って人々の喧騒が届いてくる。侍女に『いつか、ルードヴィヒ殿下が彼らを導いて行くのですよ』と言われれば、なら今から見ておかねばと思ったのだ。


 しかし、自国の民がどんな生活をしているのか知るために歩いて見て回りたいと言えば、誰もが駄目だという。危険だからと。

 ーーそんなに危険なものを王都に残したままでいていいのか。いや、良くないだろう。いつか私が治めなければならないのだからーー

 そう感じた私は、危険なものに出会っても私自身が排除すればいいと思った。

 剣の腕前については師から毎回筋が良いと褒められていたし、その時の私には怖いものなど何も無かった。

 だというのにあまりに周りに反対されて、なぜ偉い自分が周りの言う事を聞かねばならないのかと憤慨した私は、勝手に一人で王宮を出る事にした。


 私付きの近衛を撒くことなど、王宮中を歩き回った私には簡単なことだった。まあ多少は手こずったが。

 それから隙をついて王宮に荷を届ける商人の荷馬車に潜り込み、私は王宮を後にした。

 荷馬車の中は普段自分が乗る馬車と違って何だか臭くてガタガタ煩いし硬いしで、乗り心地は最悪だった。

 それでも揺られていると、近衛を撒くのに体力を消耗して疲れていた私は、いつしか深く眠ってしまっていた。


 店に着き、荷馬車を見たら豪奢な服を着て寝ている子供(まぁ、私のことだが)がいることで、その商人はえらく慌てたそうだ。

 商人は王都の警備兵にこのことを伝え、私の姿と状況から直ぐに私の素性はバレてしまった。


 眠りから覚めた時には、私は自室のベッドにいて、父からしこたま叱られた。怖かった。


 次はバレないように服を粗末なものに取り替えてから王宮を出ようと誓った。あと、絶対に荷馬車の中で寝てしまわないようにしようと思った。


 ところがその後、私付きの近衛の数が増えていて、城を抜け出すどころか王宮内も自由に動けなくなった私は、溜まった鬱憤を仕方なく剣の稽古で発散する事にした。

 師からは益々剣の才能を褒められるようになり、私は剣の腕前にかなりの自信を持つようになっていた。


 そろそろ実戦で己の腕前を試したいと思っていた頃、公務でひとり教会慰問に行った帰りを賊に襲われた。


 王太子である私の外出が不用意に目立たないようにと、当時の私が使っていた馬車は、外見だけは下級貴族辺りが使うそれに偽装していた。護衛も同じく目立たせぬために馬車の周囲にいるのは数人で、後は少し離れたところから護衛していたらしいのだが、それが却って良く無かったらしい。


 賊に囲まれ身動きの取れなくなった馬車の外から、近衛と賊の怒声が聞こえる。剣戟や叫び声も絶え間無く。

 近衛の一人に馬車の外から「身を低くして動かぬように」と言われたが、剣の腕の見せどきだと判断した私は、扉に掛けられた鍵を無理矢理壊して馬車を飛び出し前に出た。

 さあ掛かってこい!と声を上げようとしたが、驚いた近衛にすぐさま馬車の中に連れ戻され、剣を取り上げられてしまった。しかも扉の直ぐ外に近衛が張り付いているので、叩いても蹴っても扉は開かない。

 そうこうするうちに賊はすべて倒されてしまった。


 活躍の場が潰えたと気落ちしたまま城へと戻れば、また父にこっ酷く叱られた。怖かった。


 内心は別として反論もせず素直に叱られていたというのに、父は「中途半端に剣を覚えたのがいけないのだ」と言って、私を騎士達の鍛錬場へと連れて行き、一番の腕前だという近衛騎士団の団長と試合をさせた。


 結果は惨敗だった。


 ただ立っているだけに見える団長はしかし、私が木剣を当てようとしてもスルリと躱してしまう。何度剣を振るっても躱され、苛立った私は無茶苦茶に剣を振り回した。

 団長はそれすら涼しい顔で、私の持つ剣は一瞬で団長の持つ剣先に軌道を逸らされ、そのまま振り飛ばされてしまった。アッと思った時には手の中に剣は無く、ただ団長の振るった剣から伝わった重みだけが、ビリビリと残っていた。

 呆然と立ち竦む私の喉元に剣先を突き付けた団長は、ただ一言「私が敵なら、殿下は死んでおりますな」と言った。


 団長の目は始終冷めていた。私の背丈の倍ほども上から、何の温度も感じられない冷たい目線と声を浴びせられ、そんな対応を今まで一度もされて来なかった私は恐れ慄いた。

 背筋に嫌な汗が滲み、ダラダラと流れて行くのに何故か寒くて。

 助けを求めて父を振り仰げば、団長と同じ目をして私を見る父が、そこに居た。


 愕然とした。


 自分がどんな目で父に見られていたのかを、私はその時初めて知った。


  私はそれまで父のことを怖れてはいたけれど、それ以上に尊敬していた。それは周りが、いつでも父の事を褒めていたから。そんな素晴らしい人が自分の父親なのだと誇りに思っていた。

 でもやっぱり怖かったからなかなか側に寄れなかったし、きちんと目を見て話すことは出来なかった。

 周りの者の目を通して見る父が、私から見える父の全てだったのだ。そのことに、その時漸く気が付いた。

 そして私は父に、素晴らしくて尊敬する父に、失望されているのだと、はっきりと理解した。


 何も考えることが出来ずただ立ち尽くすばかりの私に「暫く部屋で謹慎していろ」とだけ言い残し、父は去っていった。


 いつどうやって戻ったのか、気付けば自室にいた私は、父の目を思い出し泣いた。色んな感情が渦巻いてどうしようもなくて、泣いても泣いても涙は枯れなかった。

 謹慎期間中ずっと塞ぎ込んでいた私は、随分乳母や侍女達を心配させたようだ。

 事あるごとに話しかけられていたが、何も耳に入って来なかった。

 私は何度も何度も泣いて、漸く気分が少し浮上した頃ひとつの決意をした。

 父に認めてもらえるような息子になろう、と。そして考えた。どうすれば父に認めてもらえるだろうかと。


 剣では駄目だった。

 ならばと、勉強にこれまで以上に身を入れることにした。少しでも多くの知識を得て賢くなれば、父に振り向いてもらえるだろうと考えたからだ。

 貪るように書物を読み、机に噛り付き勉強する私を見た父は、満足そうに頷いて「今後も精進するように」とお言葉をくれた。


 嬉しくて益々勉強に身を入れていた私の耳に、ある時官吏達のお喋りが聞こえてきた。

 それはたまには気分を変えようと、自室ではなく王宮図書館で本を読もうと移動している時だった。

 官吏達のいる場所が目的地への近道だったので近付いたのだが、その会話の中に「不正、横領」と云う単語を聞き、気付かれないのをいいことにそのままコッソリ盗み聞きをした。

 話の内容を要約すると、王宮に出仕しているとある伯爵が公金の横領を行っているらしい、というもので。

 私はそのことに憤った。

 父が治めるこの国で、父を裏切る行為を行うその伯爵を許せないと思った。


 私は王宮内でその伯爵に関する情報を独自に集め始めたのだが、何故か多くが口を噤み、有用な情報は遅々として集まらなかった。

 手元にあるのは伯爵の基本情報と不正を行っているらしいという噂のみ。なかなか確実な証拠が集まらないことに焦れた私は、直接本人に問い質すことにした。

 きっと目を見て話せば、その人物の人となりをきちんと見極められるだろうからと。そしてもしも噂が真実であったとしても、王太子である私が誠意を持って諫めれば、伯爵は己の非を認め改心するであろうと。


 他人ひとの目の無いところでは逃げられるかもしれないと、夜会で多くの者が集まる時を選んで伯爵に問うた。

 直ぐに答えが返ってくるとばかり思っていたのだが、王太子である私が正面から問うているというのに、伯爵は不遜に笑うばかりだった。誠意ある言葉と態度を心掛け話し掛けていたというのに、私に対する伯爵の態度はどこまでも子供扱いで。

 有耶無耶の内に横領の件をはぐらかされそうになり、苛立った私は「その身に疚しい処が無いと申すならハッキリ潔白であると言えばよかろう。それが出来ない其方の態度そのものが、不正を行っているという証拠ではないのか!恥を知れ!!」と、大声で叫んでいた。


 結果夜会は中止され、私は近衛に連れられ会場を後にすることとなった。視界の端で、父が手で顔を覆って俯いているのを見た。

 私はまたも失敗したのか。その事だけはなんとなく分かった。

 何処が駄目で、何が父を失望させたのかを、その後教育係に懇々と説明された。


 父は私を叱りに来ては下さらなかった。




 それから暫くして、アイリーンが私の前に現れた。私の婚約者として。






参考までに。


ルードヴィヒの大まかな年表

⚪︎王宮脱出事件ー5才

⚪︎襲撃事件ー7才

⚪︎横領告発事件ー10才

⚪︎学園入学ー15才

⚪︎学園追放ー17才

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