ルードヴィヒの現在 〜前編〜
取り敢えずはある程度構想が固まってきましたので、お待ちの方も居るでしょうから一部投稿します。
まずはこの人をどうにかしなければならんな、ということで、ルードヴィヒ視点での話です。暫くはこの人の話が続きます。続きますので、本編は終わってますが連載中という事にします。紛らわしいので。
今後は週に一回くらいのペースで投稿になるかと思われます。
これまでの事を、私はある男に打ち明けていた。
今現在私がいるのは、王都から遠く離れた辺境にあるとある砦だ。ここに来てもう半年もの歳月が流れている。
アイリーンとの騒動の際に王宮に連れ戻された私は、数日の謹慎の後、この砦での監視付きの兵役を言い渡された。
期間は無期限。
その時はその処分に納得出来なかった私は陛下に猛抗議したが、一切取り合って貰えなかった。
下手すると一生其処から出られないかも知れない。リリアーナに二度と会う事もなく。その時はそれが一番怖かった。
ちなみに対外的には『王太子ルードヴィヒは不治の病に侵されたため学園を去り、王太子位を返上して療養に専念する事となった』と発表しているそうだ。アイリーンとの婚約も同じ理由で解消されている。
リリアーナについては、学園を去ったこと以外何も教えては貰えなかった。
学園でのことは全てなかったことにされるのか。醜聞と言われた私達の想いは、逆らえない大きな力で引き裂かれるのだと、私は運命を呪った。
そうでは無いのだと、その後送り込まれた砦で私は知ることとなるのだが。
その砦の屋上で、隣に座り神妙に私の話に耳を傾けているのは、この地に来る際に陛下に付けられた監視役だ。
〜・〜・〜
隠密部隊『影』の一員であると云う監視役の男は、私と同年代で名をジャンと云い、奇特にもこの役目を志願したのだそうだ。
影なのに表に出ていいのかとか、なぜ志願したのか等聞きたい事は山程あったが、最初に私がこの男と言葉を交わした際に思ったのは『何故これだけ馴れ馴れしく接してくるのか?』という事であった。
此奴は陛下の前でも、私と対等であるかのような口調で「これからよろしくな〜」と話しかけてきた。
呆気にとられてそれを指摘できない私を置き去りに、陛下はジャンに今後の事を指示していた。
私に対して不敬を働いている状況だというのに陛下がそれを諌める様子が見られず、そうこうするうちに城を出発する事になってしまい、結局有耶無耶のまま陛下の御前を辞去する事となった。
砦に向かう馬車の中でも、ジャンは軽い口調で今後の私の立場や注意事項などを説明してくる。
一度話し方がなっていないと注意してみたのだが「俺は尊敬出来る人間にしか敬語は使わない主義だ。俺に敬語を使って欲しければそれなりの成果を上げて、名誉を挽回してからにしろ」と笑って言われれば、ぐうの音も出なかった。その時のジャンの目が、口元と違って笑っていなかったのも胸に堪えた。
ジャンの馴れ馴れしい態度や口調には、砦に着く頃には随分と慣れた。というよりも、本音はどうあれ壁を感じさせないその態度が、段々と心地良く感じられるようになっていたのだと思う。
そうして半年ほど砦で過ごす内には、まぁ、色々な事があった。
例えば、この砦に来てまず初めに受けたのが、拷問とも呼べるような扱きの洗礼だった。
まだ日も明けきらぬ時刻から起き出し、前日の夜番と当日の朝番以外は鍛錬を開始する。これは非番の者も参加する事が多いそうだ。
内容としては、砦の外周を廻る走り込みから始まり、軽く体をほぐした後に腕立てや腹筋等をして体力と筋力の強化。次に木剣を使って剣の型を体に覚え込ませる為の素振りをする。それが終われば木剣での模擬戦を行い、最後に剣を持たない時の為に体術の稽古。これもやはり模擬戦形式で行われる。ちなみにこの流れを、朝食までの時間で行うのだ。
口で言ってしまえば何とも簡単な流れなのだが、実際に自分が行うとなるとこれはかなりキツかった。
走り込みくらいは何とかなったが、腕立てや腹筋等は其々300回。私は初日に100を数えたところで体が動かなくなった。初日という事で免除されたが、かなり他の隊員達からひ弱だとバカにされた。
足腰も屈伸運動を100程こなしてフラフラになったところで、素振りも様々な型を組み合わせて100回は行われる。
私はその後に模擬戦など出来なくなるほどバテてしまったが、私以外は涼しい顔をしてこなしてゆくのだ。ジャンは無様にも地面に突っ伏す私を見て嗤っていた。悔しくて仕方なかった。
朝食などとても食べる気になどなれなかった。が、食べねばこの後の昼番が辛くなるぞと言われて無理矢理詰め込んだ。
まだ新人扱いの私とジャンは暫くは昼番固定で、まずはどんな業務があるかを知る為に指導役がついてまわった。
決まった業務は砦内外の巡回や清掃、周辺の町や村の巡察、付近の森などから現れる野獣の討伐など。新人の仕事は、これに共用の武具や鍛錬道具の手入れ、隊員達の服の洗濯なども追加された。
手入れと洗濯は更に新人が入れば免除されるが、そうでなければ一年は担当から外れる事は無いと言われた。
山と積まれた道具類に獣臭い隊員達の服。屈辱を通り越して泣きそうになりながらも歯を食いしばって耐えた。幸い三ヶ月ほどで新人が入ったので、それからこの苦行からは逃れられた。
己の体力の無さを嘆いたり、理不尽とも思える仕打ちに悔しさを噛み締める日々。
しかしそれよりも辛かったのは、他の隊員達から受ける精神的な攻撃だった。
ここでの私は『ドディ』と云う名の没落貴族の三男で、『上官を怒らせて左遷させられた』という事になっている。(まあ、あながち間違いでもないのが痛いところだ)
色々という事の中には、この設定からくるものもあれば、元王太子に関する下世話な噂話なども含まれる。
まず貴族出身という事で目の敵にされた。
辺境の砦に配属されるのは平民出身者が殆どだ。貴族の者は多くが王都近郊へと配属され、その仕事も華々しいものが多い。左遷先に指定されるほどの砦ともなれば、そこにいる者の素性は推して知るべしだ。
其処に現れた貴族出身の私は、事あるごとに絡まれバカにされた。手を出して来る者は少なかったが、反抗的な態度を少しでも取れば懲罰対象として吊るし上げられた。
体力が徐々につき始め、まともに職務をこなせるようになって、やっと風当たりが和らいできた。
そして王太子に関する噂。
これは対外的に発表された王太子廃嫡の理由が病によるものだった事から「病からくる熱のせいで子種が絶えたから廃嫡されたんじゃないか?」「ならその病は花街にでも行って移されたか」とか、「実は然程評判が良くない王子だったから嵌められて失脚したけど、そのまま発表するのは憚られて病気と云う事にしたんじゃ?」など、散々な噂が流れていた。
ここでは私はルードヴィヒでは無くドディという名の赤の他人という事になっているし、新人で口答えも許されていなかった為、周りがどんなに噂を捏造して面白おかしく話していても、耐える事しか出来無くて辛かった。
また一部鋭い考察で真実に迫る内容のものがあった為、ヒヤリとする時などもあった。「ドディは王都出身だから何か知っているだろう?」と、私に聞いて噂の真相を確かめようとする者もいたからだ。
慣れない砦での集団生活や警備隊の面々からの扱きなどで散々揉まれた私は、少しは精神的に強くなれたのではないだろうか。
これまでの経験から、自分が熱しやすく、しかもそれが顔や態度に出やすいことは流石に分かっていて。そこをまずは克服しなければと思っていたので、腹に据えかねることも多々あったがなんとか耐えた。
すぐ側に監視役のジャンがいるからというのもあったが、なにより、この砦に送り込むことが陛下の慈悲であり、私の最後のチャンスなのだと気付かされたからだ。
王太子に戻ることはまず無いだろうが、此処での私の暮らしぶりや態度によっては、中枢に戻って国作りの一助となる事も可能かも知れない。
それを教えてくれたのが、ジャンだった。
ジャンは歯に衣着せぬ物言いで私への駄目出しをするが、気性がさっぱりとしていて憎めない性格をしており、言っている事も間違って無いため私も最終的にはジャンの意見を聞く事になる。
日頃から一緒に行動している為、半年経つ頃には長く共に過ごした友人の様な関係を築くまでとなっていた。
ジャンのお陰で、私の視野は随分と広くなったと思う。他人の目線で物事を考える事も覚えたし、誰かに意見を言う前には(それで良いのか)と一度考える癖もついた。
ある時ジャンに何気無く感謝の気持ちを伝えたところ、「それはヴァスレイ公爵令嬢が、今まで何度もあんたに言ってきていた事なんだがな」と返された。
不快感を露わにして訝しむ私に、ジャンは「あんたらは二人とも口下手だから」と苦笑した。
その夜、一人になった時に私はその事を考えた。ジャンの言っていた、アイリーンの今までの言動を。
ジャンは言った。
「別に陛下は“国王だから偉い”というわけじゃない。国は民無くしては成り立たないんだ。王とは民の集団の纏め役の事。陛下が偉いのは、しっかりとその纏め役を果たして民の生活を守っているからだ。だから民に支えられて国の王として存在出来る。ってことで、あんたが王子としての責任をしっかり果たさなければ、あんたが“王子だから偉い”なんて言ったとしても、薄っぺらいだけで何の意味も為さないわけ」
アイリーンは言った。
『王太子としての自覚を常に持ち、それに相応しい行いを心掛けて下さい。王の下に民がいるのではなく、民に支えられて王は立っていられるのですよ』
ジャンに言われた時はすぐに意味を理解した。確かに、国とは言ってしまえば人の集団が大きくなったものなのだ。であれば、私はその纏め役である陛下の子だから大事にされたが、それがそのまま私が偉いという訳ではないということになる。
アイリーンに言われた時は、只々何を言っているのだと反発心しか起きなかった。王の下に民がいるのも民に支えられて王が立つのもたいして意味は変わらないでは無いかと。
だが、理解すれば分かる。両者の意味合いは真逆。この違いをしっかりと意識しなければ、幾らでも傲慢になるだろうし間違った行いをする事になる。
ジャンは言った。
「あんたは自分が正しいと思うと全く譲らないところがあるが、それは危険な考えなんだぜ。視野が極端に狭くなる。完璧な人間なんてのは居やしないんだ。誰でも間違いを犯す事はある。偉いヤツってのは、その間違いを極力減らそうと考える。陛下だってその為に他人の意見を聞いて、自分が間違っていないかを確認しながら国を治めてるんだ。あんたもたまには“自分はこう思うが、お前はどう思う?”って誰かに聞いてみな。多分色んな考え方がある事を知るはずだぜ」
アイリーンは言った。
『ルードヴィヒ殿下のご覧になっている景色と、他者の見ている景色が同じであるとは限りません。殿下には白に見える色が、別の者からは黒く見えている場合もあるのです。ひとつの考えに囚われて足許を掬われませぬよう、御気をつけ下さいませ』
ジャンに言われてから、私はジャンや砦の仲間達の意見を積極的に聞くようにした。すると確かに、私と同じ考えの者もいれば別の考え方や思わぬ視点から物事を見ている者がいるのだということを知った。凝り固まった価値観から解放されて新たな発見をするたびに、嬉しくなったものだ。
アイリーンに言われた時、私は真面目にその言葉の意味を考えようとしただろうか。いや、彼女よりも私が上に立つのならば、彼女こそ私の意見を聞くべきだと思っていた。
なんでも自分の思い通りに事を進めようとしていた過去の私は、どれだけ滑稽なのだ。
恥ずかしくて堪らなくなった。彼女に対してはいつも対抗心ばかりを燃やし、陛下に認められている彼女に嫉妬してばかりで。一度としてまともに向き合おうとしてこなかった自分に気付かされた。彼女はいつでもどんな時でも、私の事を考えて行動してくれていたのに。そのことを漸く理解したのだ。
其処に気付けば、アイリーンのリリアーナへ対する態度も言葉も、全て納得のいくものだったのだと思い知らされた。
あぁ、なんと自分は愚かな人間だったのだろう。
後悔の念が渦を巻く。
私はもしかしたら、他にも色々と見落としている事があるのでは無いか。一晩中その事を考えて、気付けば空が白んでいた。
目の下に隈を作って現れた私を見て、ジャンが「どうした?」と聞いてくれた。
過去、私の愚かさに振り回された人は数知れず。しかし迷惑を掛けた当人達に今すぐ詫びる術を持たない私は、それでも誰かに懺悔したくて堪らなかった。
だから、ジャンに打ち明ける事にした。
私の過去の過ちを。産まれてからこれまでの私の全てをさらけ出す事にした。
「聞いてもらいたい話があるんだが、時間を作って貰えないだろうか」
ジャンに告げると、私の真剣な眼差しに何かを感じたのか、すぐに快諾してくれた。
その日の勤務が終わり夕食も済ませると、ジャンと私は揃って砦の屋上に上がった。
誰もいない事を確認し、私は話し始めたのだった。
「私は正妃の子だ。それも第一子。国の慣例に則って、王太子としてこれまで生きてきた……」
アイリーンさんの話をお待ちだった方には期待を裏切ることになったかもしれません。が、作者は反省はしてないですよ(≧∇≦)
ルードヴィヒが更正してくれなければアイリーンさんが報われる話は書け無いんですもの!と云う名の言い訳をブツブツと…(汗
この後は話の構成上『ルードヴィヒの現在 〜後編〜』では無く、『ルードヴィヒの回想』へと続きます。
さて、どういった過去が語られるのでしょうか?
生温〜い目で楽しんでやって下さい。