悪意のこもったバァカ!
「……」
この感触……同じだ。
あの時のと全く同じ。
澄み切った空気、頬をくすぐる風と草原。
天国だ……と思っても不思議じゃない。
でも多分ここは恐らく―
「……クロニクルオンら……」
「気づいた!?」
―え?
俺は聞き覚えのある声に目を覚ました。
仰向けになって寝ていた俺の眼前に、見覚えのある女の子。
そう、あの時この世界がクロニクルオンラインのゲームの中だと言っていた……
「あの時の!?」
「キャッ!?やっぱり喋れる!?」
奇妙な反応にあの時の事を思い出す。
俺は確か自力で動けないNPCで、何か魔物みたいなのを倒して、それからそれから女の子に訳わからないことを言われて放置されてそのまま眠って現実世界に戻ってきて……
「っく……うっ……」
「……え?」
「うわあああああああん!」
え?え?ええええええっ!?
いきなり女の子は泣き出した。
俺何かした?眠っている間に変態的な事をした。
それとも別の何か?俺は泣かされたことはあるけど泣かせるほど度胸はない。
泣いている理由を教えてくれーーーーっ!
「あの後町に戻ってパーティメンバーと別れてこっそりここに来てみたら眠ったまま動かないんだもん。死んだかと思ったぁああああっ!」
「し、死んでない。多分死んでない!」
「グスッ……そうよね、あんたNPCだもんね……」
そうだ、思い出した。
頭上を見てみると確かに俺は「NPC:What」になっている。
半身を起こし、周囲を見回し、あの時と同じ状況だと再確認して改めて女の子から色々状況を聞こうとした。
「あの……君、名前は」
「え?頭上にあるでしょ?Sanaよ」
確かに、彼女の頭上にはSanaという名前が記されている。
これってユーザー名なのかな……そう言うのは自分で付ける自由さがあるはずだが、俺の場合ワッツワッツばっかり言ってたから「What」になったのか。
ゲームの中だとしたら俺だけなんか理不尽な扱い。ぷんすか。
「えっと……じゃあ俺の事はワッツで良いから、君の事をサナと呼んでいいかな?」
「べ……別に!普通だし!」
サナの顔が赤くなる。
ほほーう、可愛いところもあるじゃないか。
だが俺はジェントルマン。意地悪な事はしない。
この状況を詳しく知るために、俺は幾つかの質問をしようとした。
「サナ。ここはやっぱりクロニクルオンラインの中なのか?」
「そうよ。ってNPCが喋る事じゃないけど……」
「パーティを抜けてまでここに来たって……どうして?」
「貴方が喋れるNPCだって他のユーザーが知ったら大事になるからよ」
やっぱりNPCは自由に喋れるものでもないらしい。
プログラム的に構築されているのならフリーダムに指定した文言を喋る事はあるだろうが、こう自発的に喋る事はないのだろう。
「さっきのパーティもアンタの事疑ってたけど、とりあえずなんか分からないと誤魔化して街に帰ったの」
「魔物に倒されたのに生き返ったよな……ゲームって凄い」
「倒されたら指定時間内に生き返さないとダメなの。だから私だけ一先ず逃げて魔物が居なくなったら元の場所に戻って彼らを蘇生するつもりだったわ」
うん……何か追いつくのが精いっぱい。
取り合えず俺が喋れることがまずいのか、そこは取り計らってくれたようだ。
にしても動きづらいな……と思ったら自分の服装が変わっていた事に気が付いた。
「な、なんだこれ!?何この服装!?」
それもそのはず、昔ゲームで出てきてた格好いい魔導士っぽい服装をしていたからだ。俺は確かあの時ゲーム台の椅子に座った時の衣装はトレーナー姿だったはず。それに最初にこのクロニクルオンラインに入ったときはちゃんとその時の姿だったのに……さては!
「俺を脱がしたのか!?」
―バチィン!
「アウチ!」
「そんな事する訳ないでしょ!バァカ!」
悪意のこもったバァカ……思ったより心が痛い。
平手打ちの方がまだまし。
ともかくこのままじゃ……と思って着慣れたものでもない魔導士っぽい黒の衣装にぎこちなさを覚えながらどっかりと胡坐をかいた。