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火事  作者: 鳥古 三色
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エピローグ~2章

プロローグ


パチパチパチ。

僕の家が燃えている。

僕と母さんの家が燃えている。


母さんの顔は赤く染まり、だらりと力の抜けた腕が時々僕に触れる。

優しかった隣の家のおばさんが母さんに向かって大声で何かを叫ぶ。

涙を流して母さんを小突き、よろめいた母さんはその場に倒れ、そしてまた立ちあがって今度は僕の肩を強く掴んだ。

突然母さんの手が震えだした。


遠くから消防車のサイレンが近づいてきた。

人だかりも沢山出来ている。

怒号、叫び声、サイレン、音は複雑に混じり合い、轟々と僕らの周りを渦巻いていたけれど、僕はパチパチという音だけと向い合っていた。

よく判らない。

何もかもがよく判らない。


やがて消防車が到着し、母さんを無理やり連れて行った。

そして、母さんはいなくなった。





第一章

じっとりとした汗をかいて目を覚ました。

夕方の4時半。5時半から新しいバイト先の面接があるので一時間でシャワーを浴び、歯を磨き、髪をセットして、着替え、自転車で8キロ先のパチンコ店まで向かわないといけない。

(面倒臭いな。行くの止めるかな。)

半ば面接に行くのを諦めながら、開け放しの古びた出窓に腰かけタバコを吸う。

木造2階建てのコーポの外は墓地だ。

傾きかけた夏の日を浴びて影の伸びた墓石の中で、シンとした墓地独特の静寂と、飛び交う無数のトンボの羽音と、しつこい位の油蝉の鳴き声、そして遠くで遊ぶ女の子の笑い声がする。

またゴチャゴチャと音が混じり合う。

頭が痛くなりそうだ。

僕はシャワーを浴びた。

そして歯を磨き、服を着ると、髪を整え、自転車に乗った。


愛車のキャノンデール F3はよく整備されていて、ぐいっとペダルを踏み込めば楽に時速30キロは出る。僕は信号を避け、道路を横断し、面接の5分前にはパチンコ店に着いた。

郊外に立地し、だだっ広い駐車場を持つ平屋建てのパチンコ店『ロッキー』のドアを開けると、轟音が耳に飛び込んでくる。

電子機器の出す高音と有線の歌謡曲、けたたましいマイクも混ざる。

この音は嫌いではない。

ざっと見廻した所、客の入りは8割ほど、平日の夕方にしては多い方。客の振りをしながら店の様子と店員達をチェックする。

中央の通路の左右に7島ずつがあり、男性一人がその左右1島ずつを担当しているようだ。

男性店員は皆若く、動きが軽い。呼び出しランプの付いた台に箱を持って走ったり、2000玉箱3箱を持って計数機へ運んだり、店員一人が何かしらの作業を始めると、残った店員が店員のいなくなった島の対応までする必要がある為、全員が常に動き続けている。

ここは体力勝負の仕事らしい。

体力には自信があるので気にはならない。問題は接客だよな。と、元来の内向的な性格が不安になる。

ちなみに全員が二十歳前後に見えるので、店長がどの男かは判らなかった。

その他、女性店員は吸い殻を回収する者とコーヒーを販売する者、カウンターにも一人いる。

女性店員も皆若い、そしてかわいい子ばかりだ。

これは意図して選んでいるに違いないと思う。

時給1800円という数字だけに惹かれて下調べもせずに申し込んだバイトではあったが、職場の印象としては悪くない。

常に動いている仕事なので、細々としたことに気を使わなくて済みそう。というのが一番うれしい。

一通りの観察を終えた所で、そろそろ面接を申し込もうと思い、カウンターの女性店員に面接の約束をした者だと伝えた。

女性店員はニコニコとした愛敬のある顔で、僕が面接に来たものだと判ると、大きく口を開けて「よろしくお願いします。」と言わんばかりの満面の笑みを浮かべた。

仏頂面の僕も少しだけ笑顔で返した。


まだ働けると決まったわけではないんだけど。と思いながら・・・、ただ、この店で働きたい衝動に駆られた。

それからカウンターの奥の「事務所」と札の貼られたドアに通された。

通されたドアの向こう側は、事務所、というよりは物置のような部屋だった。

山積みにされたパチンコ台に部屋のほとんどを占領され、小型の丸テーブルと椅子が2脚。あとは通路程度のスペースしかない。その通路の奥に『女子更衣室』と札の貼られたドアがある。

僕は椅子に腰掛け、そのドアを眺めたり、パチンコ台の数を数えたりしながら時間を潰す。

やがて店長らしき男はその女子更衣室から出てきた。

黒髪をオールバックにし、眼光の鋭い色白の男で服の上からでも筋肉質なことが判る。歳は30代に見えるがもう少し若いかもしれない。見るからに豪気な雰囲気がある。

「あのっ」と僕が言うと、その男は険しい目で僕を見下ろし、「面接か?なんだよその頭は?」とぶっきらぼうに言う。

ついでにもう一言、「オレンジばっかりだな。」と指をさして楽しそうに笑う。

僕の頭はオレンジのアフロ。ついでに白地に『traditional fucking you』とオレンジで書かれたundercoverのTシャツと、オレンジと黒のロンドンチェックのハーフパンツ、スニーカーは青でオレンジは入っていない。

特にオレンジが好きなわけではない。髪がオレンジだから意識して同色を選んでいる内に服がオレンジばかりになってしまっただけだ。

ちなみに僕は服のことをあれこれと言われるのは嫌いだ。

嫌いと言うよりも、何を答えていいのか判らないので、答える前も後も酷く嫌な気分になる。

店長と思しき男は、そんなことは全く気付かない素振りで目の前の椅子に座り、「履歴書。」という。

間違いなく店長らしい。

僕はたすき掛けにした緑のウェストポーチから昨日書いた履歴書を取り出し店長に差し出した。

やけに熱心に見ている。表裏を見返す行為を3回繰り返してから、今度は履歴書を見つめたままで内容を音読し始める。

「歳は19で高卒、親はいねぇのか。孤児院育ちな。これは触れないでおこう。免許はなしで、趣味・特技はなし。そんな訳ねぇだろ。職歴は土木作業員に、引越し屋に、運送屋。力仕事ばっかりだな。免許ないのに運送屋ってなんだよ。」

そして唐突にこちらの目をじっと見て質問する。

「頭の良い高校出てんだな。大学は行かねぇの?」

この話題も返事に困るので嫌いだ。

「お金が無いんで。」

「そんな訳ないだろ?金が無い奴はわざわざ10年以上前のTシャツなんか高い金出して買わねぇよ。」

どうやらこの店長はこのTシャツをどれだけ苦労して手に入れたか?を既に見抜いていたらしい。

僕が返答に困っていると更に続けて言う。

「うちで働きたいんだったら、まずその髪切れ。で、黒髪に戻して白シャツで面接に来い。」

そういうと店長は立ち上がり、こっちだと僕を促す。

向かった方向は「女子更衣室」だった。

ドアを開くとその向こうには監視カメラのモニターが10個ほど並ぶ。

どうやらこの店のドアの札はめちゃくちゃらしい。

店長はカメラの前に座り、煙草に火を付ける。

「タバコ吸うか?」

「はい。」と答えると、「19だよな?まぁ、いいか。」と灰皿を渡される。

僕は突っ立ったままで、暫らくの間、黙って煙草を吸いながらモニターを眺める。

左上のモニターに映る男、中年のでっぷり肥った男がカメラを睨みつけている。

ひどい形相で、パチンコ台を見て、カメラを睨みつけてを繰り返す。

店長が言う。

「そいつな、出ないとカメラ睨むんだよ。そんなんで出る訳ないのにな。オカルト野郎。」

言い方は悪いが同意して頷く。

店長は、ふぅ。と煙草を吐きながら、「どうだ?こんな奴ら相手の糞みたいな仕事だろ?」と言う。

僕は苦い顔をして何も答えない。


店長は煙草を吸い終わると、「よし。」と言って立ち上がり、更に奥のドアを開ける。

その先は外だった。

「何で来た?」というので「自転車です。」と答えると、自転車小屋に連れて行かれる。

「どれ?」というので「これです。」とF3を指さす。

「これ、お前の自転車?」

「そうです。」

「高いだろ?お前の収入源は何だ?」

「マージャンとバイトですね。あとはいいイベントの時にはパチンコも。」

「ふ~ん、頭良いんだな。パチンコ好きなの?」

「いや、余り好きではないです。」

「そうか、ところでさ、前の仕事は何で辞めたんだ?」

「土木作業員と引越し屋はまだ続けてます。運送屋は社員ともめてクビになりました。」

「ふ~ん。殴った?」

「はい。」

「なら、いいじゃん。」

そう言ってヒャッヒャッと嬉しそうに笑う。

僕もニコッと笑う。

「金貯めてどうすんの?」

「判んないです。」

「そうか。お前、髪切れよ。そしたら雇ってやるからさ。」

そう言って、僕の肩を2度ほど拳で叩いてから「明日また来い。」といい、そのままくるりと後ろを向き店に戻って行った。


僕はF3に跨り、夕暮れの中を1時間前に来た道を引き返す。

今度はゆっくりと走る。


大型店の並ぶ無駄に広い大通りを走り、帰宅する車で渋滞する幹線道路を走り、陸橋を登り降り、コンビニに寄ってミネラルウォーターとカップラーメンを買い、崖に敷き詰めたように並ぶ無数の墓石の隙間を縫うような急坂を登り切った所に僕のアパートがある。

部屋に着いた時には日は落ちていたが、住人のいない間、西日に照らされ続けた部屋は蒸せた匂いがした。

窓を開け、服を脱ぎ、ミネラルウォーターを開け、煙草を吸う。

墓地からの涼しい風が流れ込み、僕の体を心地よく冷やす。

タオルで汗を拭きながら、髪を切ることを考える。

アフロにしたのは2週間前、運送屋をクビになり、ちょんまげにしていた長髪を2万円出してアフロにした。

その時は今度こそ人と関わらずに働ける仕事を探そうと思っていたのだけれど、働かずに家で過ごす日々は退屈で無駄なように思え苦痛でしかなかった。何でもいいので時給の高い昼のバイトを探した。

パチンコ店に面接を申し込んだのは昨日、正直な所、余り乗り気ではなかった。

あくまで僕は一人で出来る仕事がしたかった。

だから、アフロを見て無理と言うのであればさっさと諦めようと思っていたし、店の雰囲気が悪ければ面接も受けずに帰ろうと思っていたのだけれど、今は髪を切ることを考えている。

自分の前向きさが少し嬉しかった。


 髪は隣に住む吉田にバリカンを借りることにした。

吉田は僕の1つ年下で今年の4月に18になったので施設を出た。少し知能障害があり、漢字もろくに書けない。また、躁鬱の気もあり、そんな訳で施設が心配し、僕の隣に住ませてもらうようにお願いしてきた。

今年の4月から吉田は僕の隣に住みついている。


吉田は部屋にいるようだ。

僕はTシャツを着て、短パンを履き、サンダルで部屋を出、隣の部屋のドアを叩く。

「空いてる。」

と、声が返ってきたのでドアを開けた。

吉田は漫画に埋もれた部屋に寝転び、漫画を読んでいた。

同じ間取りとは思えないくらい吉田の部屋は狭い。

そもそも僕の部屋には冷蔵庫とパソコンくらいしか置いていないのだから当然なのだけれど。

吉田の部屋にはテレビがあり、ベッドがあり、漫画のぎっしり詰まった本棚が2つもある。

そして床にも散乱した漫画が散らかっている中に吉田はいるのだ。

坊主頭の吉田は僕を見て嬉しそうに「洋兄ちゃん、どうだった?」と聞く。

僕は「バリカン貸してくれ。」と答えた。

吉田は自分の質問にまともな回答が来ていないことに気付いていないらしい。

「いいよ。」と言ってバリカンを持ってくる。

「風呂貸してくれ。」と言うと「いいよ。」と言う。

僕は風呂場に行き、パンツ1枚になり、アフロを切り落とした。

吉田は嬉しそうに、「パンツだ。」「モヒカンだ。」「僕にも切らして。」とか言いながらはしゃいでいる。

僕は全て無視してひたすらバリカンで髪を落とした。

やがてバリカンはガリガリとは言わなくなり僕の全ての髪を切り落とした。

僕は鏡を見た。

坊主にするのは中学以来だろうか?

少し青いが髪は黒いので染め直す必要はなさそうで安心した。

足元にはオレンジの縮れた髪が散乱し、隙間風に揺れる柔らかな髪は、無数の生き物の死体のようだった。

さっきまではしゃいでいた吉田はいつの間にか黙りこんでその落ちた髪を虚ろに眺めている。

僕はゴミ袋にその死体のような髪をつめ、「ありがとう。」と言って吉田にバリカンを返した。

吉田は「うん。」と言うと黙って漫画の部屋に戻って行った。


吉田は中学の時に施設に来た。

比較的大きくなってから施設に来たこともあり、また漢字もロクに書けないほど勉強が苦手だったこともあって転入先の中学で大分苛められた。

けれど吉田への苛めを冗長させたのは、吉田が死んだ生き物に対して尋常ではない怖がり方をしたことだった。

吉田がなぜ死んだ生き物を怖がるのか?僕は知らない。

一度本人に聞いたことはあるのだけれど、吉田はその後、ずんと暗くなり、1週間ほど部屋から出られなくなったので、それ以降は聞いたことはない。

多分、生れ付きのものか、施設にくる原因となったことが関係しているとは思うのだけれど。

最初の段階の苛めはクモやゴキブリの生き物そっくりのゴムのおもちゃを机の中に入れられたり、鞄に入れられるというものだった。その度に吉田は授業中でも関係なく大声を上げて学校中を走り回り、施設の人間に助けを求めるのだ。

ただ、施設の人間と言っても2つ上の僕か、吉田と同級の真希の二人だけで、真希は真希で別な理由で苛めの対象になっていた為、結局は僕が引っ張り出されることになる。

幸いなことに僕は苛めの対象にはなっていなかったが、吉田を庇うことで僕に苛めが飛び火するのが怖かった。

だから僕は最初の数回は吉田を苛めた人間を呼び出し傷めつけたりはしたものの、苛めがエスカレートし、苛める人間が増えてくると見て見ぬ振りをするようになった。

僕は最低の人間だと思いながら、吉田を切り捨てることに慣れてしまった。

吉田への苛めは最終的に猫の死体を机の上に置かれるという所までエスカレートした。

学校に着いたら置いてあったらしい。

吉田はそれまでとは比べ物にならないほど喚き散らし暴れた。

身の回りの文房具、机、椅子等を片っ端から投げ飛ばし、最後は手にプラスチックの三角定規を持って振り回しながら苛めた奴らの中に飛び込んだ。

飛び込まれた側は散り散りに逃げだしたらしいが、それで逃げ切れなかった一人が右目を定規で傷付けられ失明し、別の一人は逃げ回る途中に転びアバラを折った。

吉田はそのまま養護学校に転校することになった。

苛めはその対象がいなくなることで終わった。

しかし、吉田はそれから1年位、ずっとびくびくとした態度を取るようになり、施設の中で僕らに対しても怖がるようになった。

ごめん。ごめん。と何度も繰り返し謝ったが、吉田はただ怯えて、半年ほどは部屋から出られず、更に部屋を出られるようになってからの半年も新しい養護学校には通えなかった。

そしてようやく養護学校に通えるようになった頃、僕は自分の醜さに苦しんでいた。

少なくとも施設に来た頃の吉田は、周りよりも知能が遅れている所はあっても養護学校に入るほどではなかった。

それを僕が見捨てたせいで決定的な事件を起こさせてしまい、吉田を壊してしまったのだ。

僕は吉田を見捨てたことを後悔している。

僕のせいだ。

苛めた奴らが怪我をしたことに関しては何の罪悪感もない。

けれど吉田をこんなにしてしまったのは間違いなく僕だ。

多分、僕は一生、誰かを決定的に傷付けて壊してしまったという罪悪感から逃げることは出来ないのだ。


吉田が暗くなる時、僕はそのことを思い出し、自分の卑屈さと吉田に対する罪悪感で気が狂いそうになる。

今、吉田は部屋に戻り体育座りで蹲っている。

目は見開いたまま、少しだけ先を見つめている。

「吉田、バリカンありがとうな。お礼に何か食べたいものあるか?」

僕は努めて明るく吉田に話しかける。

吉田はゆっくりとこっちを向き、力なく答えた。

「うん。ありがとう。でもいいよ。今日は眠るね。」

そしてまた元の位置に顔を戻し、少しだけ先を見つめるのだ。

「そうか。じゃあ、僕も眠るな。おやすみ。」

そう言って、僕はどんよりした気持ちを引きずりながら自分の部屋へと戻った。

今日は眠れそうもないな。

僕は真っ暗な部屋に寝転がり、煙草を吸いながら、その火の先をぼんやりと眺めた。

暗い気持ちは闇の粘り気となって僕に纏わり付き、鬱がまた僕に襲ってきた。

何もかもが思い通りに行かない気がする。いつだって僕は誰かに優しく出来たことはないし、そう、どこまで行っても僕は一人きりなんだ。

そう思うと泣けてきて、僕は苦しみながら嗚咽し、子供のように丸まり、鬱が去るのをただじっと堪えた。



第二章 平成6年 夏 0.5


『洋平へ。

元気にしてますか?

お母さんとはなればなれになって、半年がすぎましたね。

お母さんは今、遠い所にいます。洋平に会うことができなくてさびしくて、かなしいです。いつもないています。

本当にかなしい思いをさせてしまってごめんなさい。


友達はできましたか?いじめられたりはしていませんか?

とつぜんいなくなったお母さんをきらいになっていませんか?

お母さんは洋平をすてたのではないのです。

今までどおり、いつも洋平といっしょにいたかった。

だけど、それがどうしてもできなくなってしまい、少しのあいだだけ洋平をしせつにあずかってもらっているのです。

だから、洋平に会えるようになったらすぐに会いに行きます。

それまでがまんして、お母さんがむかえに来るのを待っていて下さい。


学校やしせつの先生たちの言うことはよく聞いてください。

勉強もして、たくさん友達と遊んで、運動もいっぱいしてください。

洋平と会える時にはどんな男の子になっているか?お母さんはいつもそればかり考えています。

本当です。

いつも洋平のことばかり考えて過ごしています。

いい子になっていてね。

お母さんのこと、きらいになっていないでね。


短い手紙でごめんなさい。

また、手紙を書くので楽しみに待っていてください。


そんな手紙を、毎晩のように書いては破り捨てた。

手紙を出したことは一度しかない。

その手紙の内容はいつも書いているものと大差ない。

あれもこれも書きたいのだけれど、本当のことは何一つ書けない。

書けば洋平は傷付くし、私のことを嫌いになるかもしれない。

だからいつも優しい母親として手紙を書き、何一つ大切なことを書けずに、こんなものは違うと思って捨ててしまう。


洋平はどうしているだろうか?

私のことを恨んでいるだろうか?

今は恨んでいなくても、いずれ私のことを捨てた母親と思い、恨み始めるのかもしれない。

そんなことは絶対にあり得ないのに。

けれど、そう思うと尚更手紙を書けなくなる。


私は洋平と会うことは出来ない。

私は刑務所の中に居て、あと8年も出ることが出来ない。

私に出来ることは、ただ、洋平が私のことを忘れないでいてくれることを望むことだけ。

それだけしかできない。


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