消失と戸惑いと
「……って、コイツは」
ツキグモがひげをヒクヒクさせて顔を強ばらせていた。
そしてオレもツキグモが何を感じたのか、すぐに理解した。
「なんだよ、コレ……」
ぞくりと冷たい感覚だ。気配――なんだと思う。
オレが『力』を手に入れてから、いままで以上によりはっきりと感じるようになった感覚の一つだ。
ここから、そう離れてはいない場所に、嫌な、としか言いようがない、おぞましい気配が感じられる。
「おいおいおい、やばくないかコレ?」
ツキグモは言うが、オレには何をそこまで危険に思ってるかまでは想像が付かなかった。
おそらく妖魔だから分かることってのがあるのかもしれない。
オレはそれを聞いてしばし考えたよ。
コイツがそう言うってことは、間違いなくこれも妖魔がらみだってことだ。
「うっし! なら、いくぞっ! ツキ!」
「ハァッ!? 行くってマジでか!? ってか、その前に勝手にあたしの名前を略すなっつの!」
目ん玉をまん丸にするツキグモの抗議を無視して、オレはツキグモの首裏を掴んだまま走り出す。
場所はどうやら公園内の林の中のようだった。走ってものの数分の距離。
「や、やめろってマジで!」
そうツキグモはジタバタしながら言ってくるが、オレは構わず走り続けて、その場所に辿り着く。
そこは林の中でも木々がまばらで、やや開けた広場のようになっていた。
ピクニックにでも来たら、弁当を広げるにはちょうど良さそうな場所だ。
が、
「つか、なんだよ、コレ……?」
それは、おそらくちょっと前までの話だろう。
なぜなら、そこにはまるで隕石でも落ちてきたかのような、すり鉢状のくぼみができあがってたからだ。
土の層が見事にそのままむき出しになってやがったよ。
「って、そろそろ下ろせっ」
ツキグモが爪を出して手足をばたつかせ、暴れ出すもんだから、オレは仕方なく手を離してその場に放り出していた。
「ったく、マジで信じらんねぇよっ。もういなくなってるからいいもののさっ、お前マジでそれ自殺行為もいいとこだかんなっ」
ツキグモがつばを飛ばして怒っていたが、オレには何を言ってるのかすぐにはわからなかった。
いなくなってるってのは、さっきの爆発があった直後に感じた、あの嫌な気配のことだ。
そういや、そうだ。
言われてみれば、どこにもその気配がない。
「けど、なんだよ、何があったんだ?」
「知るかっ。見たまんまの結果だろっ」
まったく。なんでそんなに怒る?
ま、いいけどさ。
それからオレは窪み――クレーターと言ってもいいと思うんだが、その縁に当たる部分、土が盛り上がっているそこに見覚えのある学校指定の鞄を見つけ、
「ん?」
さらに、まだしゅうしゅうと熱気の煙るクレーターのど真ん中にも、何かが落ちているのを見つけていた。
「よっと」
オレはクレーター内に好奇心から飛び降りて、ど真ん中に駆け寄る。
「ったく、物好きなヤツ」
そんなツキグモの台詞を背中に聞きながらオレはそれを目の当たりにしていた。
まさかUFO!? なーんて、それを見る前は思ったりもしたんだが、全然違ってたよ。
それは白羽川の女子の制服だった。
まるで中身だけ蒸発しちまったかのように、右腕だけ前にのばす形で、それは地面に横たわるように落ちていた。
「ま、犠牲者ってとこだな」
トコトコとオレの横まできたツキグモが静かに言った。
結局付いてきたらしい。
「犠牲者?」
オレが聞くと。
「つまり殺された、もしくはそれに近いことだよ。妖魔の貴族様はいつも気まぐれだからな」
貴族。
もしかしてそれがさっきの気配の正体ってことなのか。
しかし、殺されたって……?
ぎょっとしてオレはツキグモを見返してたよ。
さすがにすぐにそれは信じられなかったんだが、それでも不自然にこんなふうに服だけ残ってるっていうのは確かに違和感があった。
それにわざわざ、いま、まさにここに人がいましたよっていう型が残るように消えるなんて芸当をするほうがむしろ難しい。
「マジ……なのか?」
オレはツキグモに聞くが、ツキグモは何も言わなかった。
つまり、それが答えってことだろう。
と言うことは、ここはマジで殺人現場で、いまオレはそこに居合わせてるってことになる。
そう理解して、その瞬間、オレは全身の毛という毛が逆立つのを感じたよ。
人が――人がここで死んだ……。
そんなことがあるなんて、これほど身近で起きるなんて、オレはまさか思いもしていなかった。
愕然とした。
けど、それだけじゃあ終わらなかった。
正直、それを見つけなければよかったとも思ったくらいだ。
けど、オレはそれを見つけちまっていた。
「ウソ……だろ?」
それはそこに落ちていた。
ヘアピンだった。
四つ葉のクローバーのヘアピンだ。
まさかとオレも思ったよ。
見たことのあるその形、それはあの娘の付けていたものだった。
オレはすぐには信じなかったよ。
きっとこのあたりでは、たくさん売ってるものなんだろう。
あぁ、きっとそうなんだろうってな。
だから、焦ってオレはケータイを取り出し、つい昨日登録したばかりのその番号にかけていた。
「!!」
すぐにオレは言葉を発することが出来なくなってたよ。
なぜなら、だ。
すぐそばでその着信音が聞こえてたからだ。
クレーターの上。
あぁ、そうだ。そこにあった鞄の中から、それは聞こえてきていたからだ。
皮肉だよな。それがショパンの『別れの曲』だったんだから。
これが運命だったんだって言ってるようにさえ聞こえたよ。
それでオレにはもう否定のしようがなくなっていた。
彼女だと断定しざるをえなくなっていた。
殺されたのは、実原さんだ……。
オレはその場で立ち竦み、やっとのことで口を開いていた。
口の中はカラカラだった。
「……おい。ツキ」
「だ、だから、お前さぁ、勝手にあたしの名前を――」
オレはツキグモの言葉を聞かなかった。
「ツキ……。妖魔ってのは、みんなこうなのか? みんなこうやって人を殺すのか?」
一瞬、面食らったようにツキグモは目を大きくし、それからその場に神妙な面持ちをしてちょこんと横に座っていた。
その答えはひどく簡単だった。
「ま、同じだよな。それはお前らと」
つまりこうやって、オレとなれ合ってるツキグモのような妖魔もいれば、こういうことをする妖魔もいるってことか。
オレはそれを聞いて考えていた。
もしかしてオレが『力』を持っていることと、ここでこんな出来事が起きたことは、何か意味があるんじゃないかって。
さすがにこれがオレのために引き起こされたことだなんて自惚れるようなことはないけどな、それでも少なくとも、何かしなきゃいけないんじゃないか、そう思わされていた。
……いや、違うのか。
そうじゃないのかもしれない。
もしかしたらそうしていないと、オレはオレでいられなかったのかもしれない。
責任や、使命感、そんな言葉にすり替えなければ、受け入れがたい現実だったから。
だから、思ったのかもしれない。
そんな妖魔がいるのなら余計に許しておくべきじゃないって。
実原さんの死があまりに理不尽過ぎたから。
「くそっ!」
彼女と会ったのはほんのわずかな時間にしか過ぎなかった。
さほど親しくなれたワケじゃあないし、知ってるわけでもない。
けど、それでもなんだろうな。悲しいというより、ひどく虚しくなったんだよ。
そして自分でも異常と思えるほどに腹が立った。
「ま、当然だよな。いいぜ。別に妖魔を恨みたきゃ恨めばいい。あたしはそういうのにも慣れてるからな」
冷めた様子で、オレの様子を窺っていたツキグモは言うと、立ち上がってオレに尾を向けた。
なぜだかその後ろ姿は妙に老けたように見えたよ。
「さーて、そろそろあたしは行くよ。せっかくうまい物にありつけると思ったのに、こんなんじゃ食う気もしない。それに犯人にされちゃあたまらないしな」
ツキグモはサバサバとそう言うと、さっさと行っちまっていた。
そんなツキグモを見て、オレは特になにも思わなかったよ。
薄情だとか、そんな気持ちはな。
妖魔も妖魔でいろいろあるんだろうし、それにオレとしては、そんなツキグモを恨む気持ちなんてこれっぽっちも生まれはしなかったからな。
で、そんなツキグモが去るのと、それはほとんど同じタイミングだった。
「――あんた、なんでここに?」
その声はクレーターの上からしていた。
オレが見上げると、そこから見下ろしていたのは見たことのある顔だった。
おそらく走ってここまできたんだろう。
肩が激しく上下していた。
「……リク?」
オレは彼女の名をそう呼んでいた。




