とんだ難問
6話を分割しました。
「けど……わかってるわよっ。あんたが言いたいことは。昨日のあの姿のコトなんでしょ?」
明日葉はそう言った。
わかってる?
マジで?
オレは危うく涙ぐみそうになったよ。
神様はオレの努力をどこかで見ててくれたんだな。
顔を上げて、うんうんと頷いていた。
「じゃ、じゃあ、なんでオレがあんなこと言ったかも、か?」
聞くと、不機嫌そうな顔をしながらも明日葉は頷いていた。
「……わかってるわよ。それにしたって馬鹿な言い方だったけど。でもさ、そんなこと、聞くまでもないと思わない?
少し考えたらわかるじゃない。誰にも言わないに決まってるし。そもそも言えるわけがないんだから。でしょ?」
なんで分からないの? 暗にそう、上から目線で彼女はオレに言っていた。
「って、『言えるわけがない』……?」
オレはそう言われて首を捻ったよ。
が、ふと考え、しばらくして、
「あ」
とオレは口を半開きにしていた。
思わずポンと手も打っていた。
まさか、こんな事言っても誰も信じてもらえるはずがないから、っていう理由でか?
……そう考えれば、確かに。
オレが突然赤髪になって凄い力を発揮したとか、普通に考えておかしなことを言えば、胡乱な目で見られるのが、一般的な反応だ。
日常でもよく見るが、そういう事を話すヤツはけっこう距離を取られるもんだし、空気読めないヤツみたいな扱いをされる。
だから彼女も、そうなりたくなくて誰にも言わずにいたとしたら?
じゃ、じゃあ、オレのいままで悶々としてたのは、ただの取り越し苦労だったってことなのか?
うは~~~~~っ。な、なんだよ、マジでか!
マジでそうなのか!
張り詰めてたオレの気が一気に弛んでたよ。
「ハ、ハハッ。そっか、なんだよ、そうなのかよ。うんうん。そうだそうだ。そういえば、そうだっ」
笑って誤魔化す。
「って、あんたねぇ……」
そりゃ、明日葉もあきれ顔にもなるわな。
きっとオレのことをバカだと思ったに違いない。
けど、それならそれで話は早くていいんだよ。
あとは素直に頭を下げればいいだけだからな。
バカだから仕方ないと諦めた相手に、これ以上怒ることは無意味な行為だろ?
「悪いっ! ホントに悪かった! こっちはマジで不安だったからさ!」
「…………」
けど、それでも明日葉はしばらくはガチで睨んできてたが、効果はあったらしい。
それ以上はオレを責めなかったからだ。
だからオレはだめ押しで、さらに謝っていた。
「悪かったっ! マジで! 昨日はそのことが気になって、まともに寝られないくらいだったんだよっ! だから、ホントに悪いっ! あんたの気が済むようにしてくれていいからさっ」
グーパンチの一つでも飛んでくることを覚悟して、オレは頭を下げ続けた。
そしたらだ。
「?」
予想外な明日葉の反応に、オレは鼻白んだよ。
「ぷっ」
明日葉が笑い始めたんだよ。
「き、気が済むようにって、殴ってくれってこと? 一体いつの時代の人よ? アハハハハッ、馬鹿丸出しだしっ」
「ば、馬鹿丸出して……」
オレは笑う明日葉を見ながら頭をがりがり掻いて、ちょっとばかし情けない顔をした。
それでもオレはけっこうマジなつもりだっただけに余計にだ。
「けど、真剣に悩んでたから、それを明日葉さんに分かってもらおうと――」
と、言うと、彼女にそれを遮られて、
「リク」
「ん?」
意気なりそう言われて、オレにはなんのことか、はじめは分からなかったんだが、明日葉にさらにこう続けられてようやく理解した。
「あたしは明日葉りく。だからリクでいいから」
って、名前か。
あぁ、そういえば七川からは彼女の名字は聞いたけど、名前までは聞いてなかったな。
リク、か。女子にしては珍しい名前だな。
けど、そう呼べってことは、オレ、もしかして少しは彼女に気を許されたってことなのか?
「えっと、そんじゃあ、リク――って、呼び捨てはちょっと馴れ馴れしいのか?」
なんだかちょっとばかし照れくさくて、オレはあらぬ方へと視線を向けながら聞いていた。
そういえば家族以外で、異性を名前で呼ぶなんて事、そうないからな。
「フフ。ま、別にいいんじゃない?」
リクはわざと偉そうにそう言って見せ、そしてまたなぜだか笑い出していた。
それにオレも思わずつられて笑ってたよ。
何がおかしいってわけでもなかったんだけどな。なんか妙に笑えてさ。
で、その時オレは気付いたことが一つあった。
そう見えなさそうなのに、案外彼女は笑うんだなってことだ。
それに気づいたら、さらにこうも思っちまってたんだよな。
苦手かもって思ってた相手だったのに、けっこう可愛いのかもしれないってさ。
あ、いや、オレはそんなに惚れっぽいワケじゃあないからな、そう思ったってだけだから。
ただ、惜しかったのはそれをじっくり眺めてるだけの時間がなかったってことだ。
コホンと小さく咳払いをしてリクは言ったんだよ。
「そうそう、一つだけ忠告しておくわ」
その表情が突然、ひどく真剣なそれに変わっていた。
その顔にはさっきまでそこに笑みが浮かんでいたとは思えない、そんな冷たさがあったよ。
オレもそれを見せられたら、当然それまでと同じようには居られなかった。
心に形があったとしたら、その外側からスッと冷めて固まっていくような感じで、ゆっくりと気持ちが静まっていったよ。
リクはこう言っていた。
「もう、むやみにあの力――妖衣はまとわないで」
「……ドレス?」
なんのことかと一瞬思ったが、それは彼女の言葉からすぐにわかった。
「あんたのあの力のことよ。とくにこの街でそれを見られたら、あんたは五葉家の裏事情に巻き込まれることになる。今回はあたしだったから良かったけど、次もそうなるとは限らない」
「って、ちょ、ちょっと待った。五葉家うんぬん以前に知ってるのか、オレの力のこと?」
オレは驚かずにはいられなかったよ。
さっきまでの彼女の言葉からは、あの力と彼女に関係があることは微塵も感じられなかったからだ。
だから当然、オレは混乱した。
そしてリクはオレの言った言葉に小さく頷いて続けた。
「あんたがどうしてその力を持ってるかは、あたしも気になる。けれど、それを聞くことはできない」
それは巻き込みたくないから、ということなのか。
けど、巻き込まれると一体どうなるんだ?
オレは黒雲を胸に抱えたように、モヤモヤとした気分にさせられていた。
「それにいまならまだ普通でいられるんだから、知らないなら知らないほうがいいのよ。一生を棒に振る覚悟なんて、冗談でもあんたにはできることじゃないでしょ?」
そしてリクはどこか遠くを見るようにオレを見、背中を向けていた。
つまりそれはオレになにも聞くな、調べるなということでもあるんだろう。
だから、そのままリクはオレの前から立ち去ろうとしていた。
が、
「待てよっ。もうちょっと納得のいく説明をっ――」
そのオレの言葉でリクは歩みを止めていた。
ただ、こっちを振り向くことはなかったけどな。
その代わりに、ぽつりとこう言ってたよ。
「背負うものは少ない方がいいでしょ?」
ひどく寂しげな響きを含んでいた。
そしてそれを残してリクは行っちまったよ。
どんな顔でそう言ったのかオレにはわからなかった。
もちろんオレは彼女にもっといろいろと聞きたかったし、言いたかった。
けど、そんな彼女を追うことも、そしてそれ以上声をかけることも、オレにはできなかった。
その背中がそれを拒んでいるように見えたからだ。
だから、オレはその場でしばらく途方に暮れていた。
妖衣ってなんなんだ?
五葉家ってなんなんだ?
気になることだらけだった。
けど、関わるなとリクは言ったんだ。
オレはどうすればいいのか迷ったよ。
知りたいことは確かにここにある、それはいまはっきりした。
けど――
「……とんだ難問にぶちあたったよな」
その解を得るには、おそらくオレは覚悟を決めた上での一歩を、踏み出す必要があるんだと思った。
そしてその一歩は、踏み出せば後戻りの出来ない一歩だとも。
さて、どうする? オレ。
そう自問したよ。




