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オレは若干引き気味です。

 日付が変わって、次の日。


 オレにとっては転校初日だ。

 と同時に、いわゆる学校の始業式でもある。


 転校初日ってのは、転校生にとってやっぱり一大行事だ。

 これはまさに戦場に赴くような覚悟を持って挑まなけりゃならないもんだと言っていいと思う。


 だから、オレはその決戦に向けて、朝から気合いを入れて山盛りの白飯をガッツリ食ってたわけなんだが――


 気づけばふと、その箸を止めてる有様だった。


「……」


 やっぱ、不安が尽きなくてさぁ。

 昨日のことといい、これからのことといい……。


 うーん……。


 繊細な神経の持ち主だったつもりもないんだが、がらにもなく心細くなってたよ。

 

 レ、オに今日を乗り切れるだろうか?


 ……ん?


 って、どんだけ緊張してんだオレ!!


 けど、そんな下らない悩み(下らないとか言うな!)をあっという間に宇宙の果てまでぶん投げてくれる、飛んでもイベントはそのすぐ後に起きてたんだよ。


 何の脈絡もなく、だ。


 スカァンッ!


 と、猛烈な勢いで部屋の障子しょうじが開いたかと思うと、そこから突然、無言でヤローが一人(一頭?)入って来やがったんだ。


「……」


 オレはあまりのことに、あんぐりと口を開けたまま、まるで鯉みたくパクパクさせていた。


 つか、マジで意気なりだったからな。

 心臓飛び出るかと思ったよ。

 危うく持ってた茶碗と箸も、ちゃぶ台の上に落としそうになったし。


 点けてたテレビじゃあその時、ちょうど星座占いがやってたんだが、今日のオレの星座は、


『不審者に注意』


 だ、そうだ。

 なるほど、どうやらテレビの占いもたまには当たるらしい。

 

 つーのも、そこに現れたのが頭に馬面うまづらのマスクかぶったヤローだったからだ。

 しかも来たはいいが、ずっと無言て、なんのつもりだよ?


 テレビに出てるお笑い芸人が、そんなマスクをしてるのは確かに見たことはあったけど、まさか現実にそんな格好をするヤツと遭遇するとはオレも思いもしなかったよ。

 だから、とりあえずオレが取った行動はこうだった。


 一つ深呼吸。

 ちゃぶ台の上に茶碗と箸をそっと置く。

 その場ですっくと立ち上がって、馬面マスクの真っ正面に移動。

 ぐっと拳を握りしめる。


 そして一言こう言って、


「歯ぁくいしばれぇっ!」


 そこまでやってようやく馬面マスクはオレが何しようとしたか気づいたらしい。

 鈍いだろ!


「え?」


 なんて声を上げていた。

 マスクのせいで表情はまったくわからんが。


 だが、そんなキョどった声を返してきても、もう遅い。

 オレは遠慮なんかする気はさらさらなかったし、そいつが男だってのも明らかだったからな。(っていうのは、オレと同じ白羽川のブレザーを着ていた)


「ままままままっ――!」


 馬面マスクはアワアワと両手を振って、待つように主張するが、


「待つわけねぇだろ!」


 ガチコーンッ!


 オレはヤツの頭上から遠慮なく、ゲンコツを振り下ろしていた。

 馬面マスクは悲鳴を上げて、むきゅぅ、と情けない声をさせてその場にうずくまってたよ。


「ったく、無言で人様の家に侵入したあげく、朝飯を邪魔するなんつーのは百年っ、いや、億年ははえぇっ! 顔洗って、頭洗ってついでに足も洗って出直して来いっつーんだ!」


「うぅ~っ」


 そこでようやく馬面マスクを取ったそいつは、こっちを恨みがましい目で見上げてきたよ。


 って――


 アレ?


 オレは目をしばたたかせる。

 目が、なんだかおかしい。


 お、女?


 いや、男――のはずだよな?


 服は間違いなくブレザーだ。

 けど、その顔は女と言われても違和感のない整った顔だ。

 それこそ女物の服を着せても着こなしちまいそうな、そんな美少年面つら


「うぅっ、せっかく迎えに来たのにぃ~」


 お? ナニ?

 迎え?


「お前が?」


 美少年は頷く。


「うん。その……伊垣くんを学校に連れてって母に言われて……でも、初対面で緊張すると思って……」


 だから馬面マスクを?

 つか、むしろオレだったらそっちの方が恥ずかしいが。


「――って、そもそも母ってのは?」


 オレは聞いていた。


「あ、あの、その、えっと、ボク、沢辺さわべ 甚五郎じんごろうって言います。母はその、沢辺千尋で昨日会ってるはずなんですけど」


 って、これまたずいぶんとギャップのある名前をつけたなー。

 てか、ここであの人の性別も判明とは。


 しかし、そんな二人が親子とって言われて妙にオレは納得しちまってたよ。

 あの大家さんも確かに一見したところじゃあ性別わかんねぇもんな。


「それでそのぉ、伊垣くん? そろそろ出ないと間に合わないと、お、思うんだけど?」


 上目遣いで、沢辺がこわごわ言って来る。


「マジ?」


 オレは壁に掛けてあったアナログ時計を見上げていた。


「バスの時間。あと五分くらいだよ」


「って、すぐじゃねぇか!」


 なんでそんな大事なことをさっさと言わねぇかな!


 オレは急いでちゃぶ台の前に戻ると白飯をき込み、食器をシンクに押し込んで、制服を着る。

 持ち物については昨日の晩にしっかり準備してあったから、あとは鞄をもって家を出るだけだ。

 そこまでの時間、およそ一分の離れわざ


「よしっ! 行くぞ沢辺!」


 オレは勢いよく言うが、


「あ、あの……」


 なぜか沢辺はためらいがちな表情だ。


 その姿になぜだか胸キュンしちゃうオレ。


 な、なんでお前は男のくせにそんなかわいい顔をしてオレを見つめ――


 ハッ!


 い、いや、違うんだ! オレはノーマルなんだ!

 ノーマルなんだよぉうっ!



 ……コホンッ。

 取り乱しました。


「で、な、なんなんだよっ?」


 オレははぐらかすように時計を見上げて、聞き返す。


 すると沢辺は、


「伊垣くんとボク、同じクラスなんだよ?」


 え?


「……い、いや、あの、それなんの関係あんの?」


 思わずオレは言った。


 後で話してもいいよな?

 つか、ぜってぇ後でもいいよな?


 けど、それを聞いてオレはなんとなーくだけど、沢辺のことを察しちまったよ。

 馬面マスクといい、その言動げんどうといい、どうやらコイツ、相当な天然っぽい。

 例によって本人は自覚なんぞこれっぽっちもないんだろうが。


「だから、じんちゃんって呼んでね」


「って、まだ続けんのかよ!」


「あ、うん、それとね」


 って、いまうなずいたよ!?

 普通に頷いちゃったよ!?


 しかも、どう考えても脈絡ないのに!!

 時間もないのに!?


「さっきのゲンコツ良かった……ポッ」


 えええええええええええええええええ!


 なぜだか急に、恥ずかしそうに膝のあたりで両手をモジモジさせたかと思ったら、沢辺はオレを上目遣いに見て、そんなことを言ってきやがるんだ。


 ぐはぁっっ!


 お……


 ……オレはぁ、ノーマルだっつってんだろうがぁああああ!



 ハァハァハァ……


 ったく、お前はどんなキャラしてんだよ!

 やってられんぞ! だぁほぉ!

 ボケもほどほどにしとかねぇと、食傷気味になるだろうが!


 オレもさすがに嫌気がさしてきて、それ以上何かを言う気にもなれず、さっさと家を出たよ。

 無論、沢辺を置き去りにして。


 とはいえ、当然、バス停は同じ。すぐに沢辺とは一緒になったんだけどな。


 けど、これがどうやらいけなかったらしい。

 これがまさかの同伴登校と思われたらしく……


 ぬぐぅ。

 

 その悪影響が学校まで及んでしまうとは……。


 

 そもそも沢辺が他人に対して、親しげにいることは珍しいらしいんだよ。

 あいつは登下校でも、普段でもどちらかといえば一人でいることが多いみたいでさ。

 だから余計にオレとこんなふうに仲が良さそう(?)に登校する姿は注目されちまったんだと。

  

 おかげでオレが始業式が終わって教室に入った頃には、男子とも女子ともなく、オレはそれはそれは好気の視線にさらさるハメになっちまってたよ。

 しかも、そこに追い打ちかけるみたいに、


「ねね。付き合ってるの?」


 なんて隣の席になった女子には聞かれる始末。


 勘弁してくれませんかねー、いや、マジで!


 けど、不本意ながらも(オレは認めたくはないが)、それがオレにもたらした副作用が悪くないもんだったてんだから、一概に批判ばかりはできないんだよな。

 というのは、だ。

 普通、転校生に対しては周囲の隔たりみたいなもんが少しくらい生まれるもんだろ?

 けど、それのおかげでそれがこれっぽっちも生まれやしなかったんだよ。

 つまり、オレは一日目にしてすでにクラスに馴染みまくってたわけなんです……。


 まさか沢辺のヤツ、オレのためにそうなることを狙って――なんて深読みしたりするオレだったんだけども、間違いなくそれはないな。

 どう考えてもあの天然が、そこまで配慮したとは思えんし。


 まぁ、結果論からするなら、その点だけは多少、感謝してもいいとは思う。


 それにクラス内ではアイツとは席も離れてるし、とりあえずは問題も発生してない。

 たまに視線があったりなんかすると、小さく手を振ってくるあたり、やめてくれとは思うが、どうやらそういうのが他の女子たちにはたまらないらしい。

 その度に小さな悲鳴があがったりしてたよ。


 ……なんか妙な想像をされているようでかなわんが、おそらく今のうちだけだよな?

 あぁ、そうじゃないと、オレがたまらん!


 ちなみにだが、オレのクラスは二組だったよ。

 昨日駅で会った実原さんは他のクラスらしく、ホームルームでの自己紹介でも彼女の姿は見かけなかった。

 それがオレとしてはけっこう残念だったんだが、沢辺と変な噂を立てられてる手前、むしろ居ない方がよかったって今になって思ってる。


 んで、それはそれとして、それ以上にオレが気になっていた、昨日の夜見たあの娘のことなんだが、どうやらあの娘もオレのクラスじゃあないようだった。

 いや、そもそも同学年とも限らないから、同じクラスになれるとも限らないんだが、それでもここの生徒であることは変わらないからな。

 オレはさっき沢辺とのことを聞いてきた隣の席の女子、七川早奈ななかわ さなに早速聞いてたよ。


 逆ナイロールの眼鏡をした、カメラを持ったらさぞ似合いそうなスレンダー女子だ。


「ところで人探してるんだけどさ」


 さすがにまだホームルームの最中だからな、声は抑え気味で聞いていた。


「なに? もう浮気?」


 にやりとする七川の切り返しに、さすがにオレは苦笑いしていた。


 なかなかやりづらい相手だ。

 そもそも沢辺とのことをずばりと聞いてきたあたり、遠慮がない性格みたいだし。


 オレはそれ以上突っ込まれる前にその話題については降服して、その先を続けていた。


「目の下あたりに絆創膏ばんそうこう張っててさ――」


 そう、昨日見たあの少女の特徴を伝えると七川は、


「あぁ、明日葉さん?」


「……アシタバ?」


 変わった名字だな。


「そそ。キレイだよね。スッと背筋が伸びてて、現代の大和撫子って感じでさぁ。二年のモテ女五本の指には入るよね」


 ってことは同級生なのか。


「あ、だけど、手を出しちゃあダメだからね?」


 てか、どういう目でオレは見られてるんだ?

 そんなに浮ついた男に見えてんのかね?

 だとしたら激しく心外なんだが。


「ちなみに、一応理由聞いてもいいのか、それ?」


「まぁいろいろとあるのよ、いろいろとね」


 って、全然答えになってねぇっ。

 けど、それでもオレが何でなのかって聞いてやると七川は妙に勢いづいて、それはもうマシンガンのように話し出したよ。


「ったく、もー、あたしの親切心で言ってやってんのに仕方ないなー。ホントはあまり関わらない方がいいことなんだけどさ――


 あんたは聞いたことない? 五葉家って?


 うちの学校にも何人か居るんだけどさ、それぞれ植物の名字が付いてて、もともとこのあたりの地主だったり、豪商だったり、とにかく名家旧家の集まりのそういうのがあって、明日葉さんもその家のお嬢様の一人だったのよ」


「『だった』?」


 過去形?


「そ。私もよくは知らないんだけどね。もともとは五葉家じゃなくて、六葉家。その前は七葉家とかって言ってて、大本は七つの家があって、それが六つになり、最近になって明日葉さんの家は没落したっていうのかな?


 そんなわけで明日葉さんは、その現・五葉家の宗家そうけである椿の家に引き取られてて、なんか複雑な事情があるみたい。ま、あたしらみたいな一般人には関係ないことだし、関わってもいいことなんかないから、みんな詳しいことは知らないんだけどね」


 ということは、もしかして実はオレ、いますっげぇピンチだったりするんじゃないのか?

 それって非常に厄介な人物にあの姿を目撃されたってことだろ?

 なんか今から激しく面倒な予感がしてきたんだが。


「……ち、ちなみにその明日葉さんだけど、クラスは分かるのか?」


「え? えっーと、どこだっけ?」


 七川がさらに横の女子生徒に聞き、


「五組だってさ」


 なるほど。五組か。

 今日はこのホームルームが終われば即放課だからな。終わったら即行で行ってくるか。


 おそらく、向こうはまだオレがここに転校してきてる人間だってことは知らないはずだから、いまがチャンスではあるよな。

 下手にオレのことを誰かに広めてたりはしないはず。

 ……っていうか、そうオレが信じたいだけなんだけどもな。うへへ。


「サンキュッ、七川っ」


 そうありったけの感謝を込めて彼女に言っておいたよ。

 まだ後にも世話になることもあるかもしれないしな。


「ノープロブレム。おやすいご用よ」


 気安く笑って七川は親指を立てていた。


「ま、あとはあっちだけはなんとかしておいて欲しいとは思うけどね」


 あっち?


 オレは七川が見た方向へと目線を滑らせ、


「……」


 思わずため息をついた。


 なんでアイツ――沢辺のヤツはオレを鬼のような形相で睨んでんだ?


 クスクスッ……


 それを見て妙に周りの女子が笑ってるあたり、やっぱりオレと関係があるんだろうな。

 けど、それを考えるとどうにも気が滅入りそうで、七川には悪いがオレはここはあえて無視することにした。

 いまはまず、その明日葉さんとやらのことが先だし、重要だ。


 と、そこでようやく、


「――以上。明日からしゃきっとしてこいよ」


 担任の男性教師がホームルームの終わりを告げて、その場の挨拶も済む。

 放課に突入だった。

 オレはそこを、そそくさと教室から抜け出していた。


 いや、なんか妙に周囲からアレコレ聞かれるのも嫌だったからな。

 とくに沢辺とのこととか。

 沢辺とのこととか。

 あと、沢辺とのこととかな。


 そんなわけでオレは同じ階にある五組の教室に向かっていた。

 どうやら五組も少し前にホームルームが終わってたらしく生徒の半分くらいはすでに教室にはいなかったよ。

 だが、幸運なことにオレのお目当てである明日葉はまだそこに残っててくれていた。


 あぁ、そうだ、間違いなかった。

 そこにいたのは昨夜見た彼女だった。

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