リク
学校をあとにし、リクが向かったのは意外にも小高い丘の上にある、小さな墓地だった。
そこから振り返ると山に囲まれた街の全景がよく見えた。
リクが足を止めたのはそんな墓地の端っこにある小さな墓の前だった。
他の墓とは違い、名前は書かれていない。
しかし、奇麗に磨かれ手入れは尽くされてるようだった。
「あたしの――両親のお墓」
リクは途中で買ってきた花を供え、汲んできた水をかけて前にしゃがみ込むと、顔をお墓に向けたまま言っていた。
「ずっと名前は彫らせてもらえなかったんだ」
それはたぶんあの事件――妖魔が暴走した事件の原因を作った者とされたからだろう。
いろいろな圧力があったに違いない。
そしてオレは想像していた。
リクはいままでそんな中を生きてきたんだと。
リク自身が悪いわけじゃあない。
それでもその親のせいで死んだ人間がいる。
その目に見えない忌避の視線に晒され続けて、彼女の心は蝕まれてきたはずだ。
それからやっと開放された。
そしてそれをリクは両親に報告することが出来る。
オレは自分の胸の内が熱くなってくるのを感じていた。
リクはさらに続けていた。
「でも、今度彫ってもらえることになったの。あんたのおかげで罪が晴れたから。だから、そんなあんたのことを、二人に紹介しておきたくてさ」
オレは頷いていた。
リクに習って墓の前でしゃがむと手を合わせて、心の中でリクの両親に挨拶をした。
昨日、あのあとイジューは全てを証言した。
椿家がやってきたことを全て、だ。
もちろんそれはオレがそう命令したからなんだが、それが証拠となって椿宗司は拘束されることとなった。
そして同時に明日葉家にかけられていた汚名も注がれた。
リクの念願どころか、その根本から状況は覆ってしまったわけだ。
「ありがとう」
スッと横にいたリクが立ち上がり、静かにオレに言った。
「?」
オレはリクを見上げて目を見開いた。
晴れやかな顔だった。
それがひどく眩しく見えたんだよ。
ドキリと心臓を鷲づかみにされるほどに。
「あんたがいなかったら、こんな日はこなかったかもしれないから、だからちゃんと言っておきたかった。きっと二人もそうだと思うから」
リクは墓の方を再び見ていた。
オレは照れくささを紛らわすように、鼻筋をコリコリと掻いた。
「……なんかこういうのは妙な感じだよな。家族以外のヤツから、そう言われるのって慣れてないっていうかさ。けど、あんまそういうことは気にしなくていいと……思う」
「そう?」
わずかにリクが首を傾け、その前髪がさらさらと揺れていた。
どういうわけかそんなリクの顔をまっすぐ見られず、オレは目をそらしていた。
「……あ、あぁ。なんだかんだで、オレはしたくてしただけだし。それに今回のことはオレの責任だったのかもしれないわけだからさ」
「?」
眉根を寄せるリクにオレは続けた。
「忘れたのか? オレは伊垣だが、もう譲葉の人間でもあるんだからな?」
「……あー、そういえばそうだったんだよね」
リクはクスリと笑う。
オレはそんな彼女の笑顔をちらりと盗み見て思っていた。
その肩書きが、オレにはまだ似合わないからそんなふうに笑ったのか、それともただ単に自分の失敗を笑ったのかはわからないが、そんな柔らかな表情を見せるようになったリクにオレはちょっと安心していた。
オレは「よっ」と声に出して立ち上がる。
その場で振り返っていた。
広がる街の景色を。
「まぁ、先を考えるとちょっとばかし大変そうで、気が重いけどな」
「たぶん、あんたが思っている以上に大変だと思うけど、出来る?」
悪戯っぽくリクが脅しをかけて来た。
「さぁ?」
あっさり言うと楽しげにリクが笑い、オレもつられて笑っていた。
そして一頻り笑ったあと、
「ならばその大変なことの一つを、まずは片付けてみるのはどうだろう?」
下から声がしていた。
顔を向けると、下から階段を上ってくる黒いスーツを着た女の姿があった。
空木だ。
「いまもっとも重要な案件が一つある」
空木はオレたちのところまでやってくると、いつにもまして真面目な顔でそう言った。
「案件? それも重要?」
オレが聞く。
「そうだ。とくに私たち――リクと私にとってはな」
そう前置きをすると、空木は真摯な眼差しでオレをまっすぐ見て来ていた。
「私は君にしようと思うのだよ」
「……オレ? なんのことですか?」
突拍子もなさすぎて、なんのことかまったくわからない。
が、それでもその一言だけで、リクには理解出来たらしい。
「空木様!」
本気なのかと問い正すような姿勢でリクは空木を見ていた。
相当な驚きだったらしい。
「だが、もうないはずだ。椿の家の血筋に拘る理由など。それはお前も同じだろう?」
「そ、それは……」
リクが口ごもり、ちらりとなぜだか恥ずかしそうにオレの方を見る。
だから、なんの話なんだ?
「まぁ、どうするかは自分次第だが――」
空木はオレの腕に自分の腕を絡ませてくるので、オレは焦って空木の方を見返していた。
「あ、あの? 空木さん?」
「私は十分見させてもらったからな。彼の実力を。強いオスにメスが惹かれるのは当然のことだろう? あの姿を見せられて、こんなに夜が切なくなったのは久しぶりだよ」
「――!!」
突如リクの顔が真っ赤になる。
いまにも顔から湯気が噴き出さんばかりの勢いだ。
そしてオレはピンと来た。
「……まさか」
「そう。私はお前の嫁候補になろうと思うのだ」
「!?」
オレの心臓がびっくりするくらい大仰な音を立てて、血液を高速で押し出し始める。
た、たぶん、こういうことなんだろうな。
七葉家のしきたりだ。
妖衣を纏える男子は次世代にその力をより強く残すために、同じ力を持つもの同士で契りを結ばなければならない。
つまりオレが現れたことで、妖衣を纏える男子が椿鋼士郎だけじゃあなくなったことになり――
――あとは言わなくても分かるだろ?
「だが、勘違いしてもらっては困る。家のしきたりがあるからお前を選ぶわけではないのだ。
言っただろう? 強いオスにメスは惹かれるものだ。だから、素直にこう言えばわかってもらえるだろうか? 惚れたのだよ。君に」
「なっっ」
驚くなって方が無理だろ。
唖然とするオレと、鯉のように口をパクパクさせるリク。
「で、でででですがっ! 空木様っ!」
「いいぞ? 別に私は内縁の妻でもな。すでに家として再興を認められた明日葉の当主にも、私と同等の権利はある。それとも君は彼を独占したいと言うのかな?」
あうっとリクがなんとも可愛らしい、言葉にならない声をあげていた。
手をグーにしてなにやら自分のうちなる感情と必死に戦っているようで、
「だ、ダメです!!」
なぜだかそんな答えを導き出していた。
「ダメ? ……とは、つまり?」
「そうなんです。こいつには――葉には、あたしが責任をとってもらわないとダメなんですっ!」
「責任、か……」
空木が言い、オレはなんのことか分からず目を瞬かせる。
「あ、あたしの……このあたしの――目の責任がコイツにはあるんですっ!!」
「って、お前っ」
そう言われて目を丸くしたのはオレだ。
言ってることがメチャクチャだろっ。
「うっさい!」
ったく、さっきオレのせいじゃないつったばかりだろうがっ。
まぁ、そんだけテンパってんのかもしれんが……。
「なら、君は彼にその責任を取らせるために、夫にならせると?」
「そうですっ!」
「って、うぉいっっ!!」
オレは慌ててリクを見ていた。
「お前、自分がなに言ってるのかわかって――」
けど、オレが言うのもそこまでだった。
それでもリクは必死だったからだ。
「……あたしはいままで一人でした。そうじゃないといけないと思ってたから……。だけど葉と会って変わったんです。それでわかったことがあったんです。
きっとどこかでずっと欲しいと思ってたんだって。自分のことを考えてくれて、一緒に悩んでくれる人が。もしそんなことで一緒にいられるんだったら、それでもいいかなって思うから……」
「お前……」
なんていじらしい顔をするんだよ。
空木に腕を捕まれていなかったら、本能的に抱きしめてたかもしれない。
「……なるほどな。そういうことか……。ならば仕方がないな」
空木がようやくオレから手を放していた。
「ならばこうしないか? まずリクが私の家を出て、彼の家に住むといい」
「へ?」
リクが顔を上げて空木を見ていた。
「こちらも実を言えば少々迷惑ではあったのだ。昨夜、お前を家に泊めてな。椿の家にいられない気持ちはわからないでもないが、他家の当主である人間を私の家に住まわせようとするのも、家の意義としてどうなのかと。家の者にも同じ事を言われたよ。もうお前は再興を認められた家の当主なのだからな。
だが、もちろん分かっているとも。それでは少々 心許ないことも。そうなると、いまだ当主として自覚のない人間もいることだ。家を同じくして協力しながら、学んでいくというのもいいのではないのかと」
それを聞いてリクは何かを思いついたようだった。
「……もしかして空木さま。はじめからそうさせるためにわざと?」
あんな煽り方を?
たぶんリクはそう続けるつもりだったんだろうが、先に空木が首を横に振っていた。
「残念ながらそうではないよ。私はあきらめてはいないぞ? 彼の子を産むことはな」
……うぉっ!
いやっ、あの、えーっとね。
「……な、なに想像してんのよ?」
ぼそりと言って睨まれ、リクにかかとで思い切り足を踏まれる。
「ぬぐぅっ」
悶絶するほど痛い。
鼻の下でも伸びてたか、オレ?
「フフフ。さっそく尻に敷かれてしまったか。コレは手強そうだ。しかしな、リク。忘れてはいけない。躾けるばかりではすぐに離れていってしまうぞ。その点、私は男を落とすテクニックにかけては自信があるからな」
そして空木は、不敵な笑みを浮かべてオレを見る。
「いつでも構わないぞ。リクに飽きたら、会いに来るといい。夜なら時間もたっぷりとある。忘れられない時間にしてあげよう」
艶っぽい笑みを浮かべていた。
「……う、空木様って意外に肉食系?」
「まぁ、今度は本当のライバルということだよ、リク。よろしく頼むよ」
そして空木はリクの両親の墓にお参りをして、仕事に戻ると言って丘を降りていった。
再び二人きりだった。
さっきまでとは妙に違う、どこか余所余所しい空気が漂っていた。
「……い、いいのか?」
オレはそんな雰囲気に耐えきれず、リクに聞いていた。
「なにが?」
そっぽ向いてリクが言ってくる。
オレがなにを言いたいか、分かってるはずだってのに。
「一緒に住むって」
「そっ、それはもうっ、し、仕方ないじゃない……。あたし行くトコないんだし。空木様のところも断られちゃったみたいだし」
こっちを向いていないのでリクの表情は見えない。
「……それはそうかもしれないけど」
「何よ? 嫌なの?」
ようやくこっちを向いて、キッとリクが睨んでくる。
「そ、そういうわけでもっ――」
「なら、あんたんち行くからっ」
「…………」
リクはなぜだか怒ったように鼻息を荒くして、墓石の並ぶ丘を下りはじめる。
「って、おいっ」
オレも慌ててそれに続く。
が、少し行ったところでピタッとリクが足を止めていた。
墓地を抜け、並木道に入ったところだった。
そこでやおら、オレを振り返ると、
「あ、でも、言っておくけど変なコトしようとしたらマジで殺すから」
「………………」
目がマジだった。
つか、なんだ?
なんだか、家のこと以上に大変なことになろうとしてるような気がするんだが?
「けど、勘違いしないでよ? あんたのことが嫌いなわけじゃないから」
ん?
「ってことは、それはつまり……」
オレは息を呑む。
ドキドキしながらリクを見、
「家族にしろって言ったのはあんたが先だったでしょ?」
意気なりそんなふうにリクに言われて、オレは崖から付き落とされたような気分だった。
ばつの悪い顔をしていた。
発電所でのあれはいま思いだしても赤面ものだったからだ。
その場のノリというか、流れというか、発憤させるための売り言葉だったが、思い出すたびに恥ずかしさのあまり、その場で転げ回ってジタバタしたくなる。
「……あんな告白されてドキドキしない方がおかしいと思わない?」
ん?
そ、それはどういう?
ひょ、ひょっとしてアレからオレのことを意識し出した……とか?
「こんなヤツほっといたら、またなに言われるかわからない。だから、面倒見てあげなきゃいけないって思わされた」
って、なんだそりゃ……?
「でも、嫌いだったらそんな世話も焼きたいと思わないってことよ」
リクは再び前を向いて歩き出していた。
「だったら、やっぱり」
リクはオレのことを――
オレはその背中を追いかけながらそう聞くと、
「バーカ」
リクは背を向け、後ろ手に自分の手を結んだままオレにそう言って来た。
どんな顔をして言ってるかはわからなかったが、たぶん悪意のこもったそれではないことは確かだった。
まぁ、でも、いいか。いまはこれで。
オレは思う。
なぜならいまはまだ、たくさんのことがはじまったばかりなんだからな。
「――って、待てよ。お前、オレの家の場所、しってるのかよ?」
置いてけぼりになりそうになって、オレは急いでリクとの間を詰めていた。
「知らないわよっ。さっさと案内しなさいよねっ!」
「って、蹴るなよっ! いつからそんなに凶暴に――」
「あんたが遅いからでしょ! あ~っ、もうっ、なんであたしはこんなヤツのこと――」
「なんだよっ! 文句ならもう聞き飽きたっての!」
「うっさい! 責任取れ!!」
「ハァ!? わけわかんねぇしっ!」
「わかんなくたっていいのよっ!」
「だぁーっもう!」
っていうか、ホント、先は長そうだ。
オレたちのことも、家にかかわることも。
だけど、それでもいまは少しでもリクが笑っていられるなら、それでいい。
そんなふうに思うよ。
ずっと長い間、それが出来なかったんだろうからさ――
そしてオレはそんなリクを見ていたいと思う。
これからも。
それが長く続くかはわからないが、そうしようと決めたよ。
なにせオレはもうカノジョの部外者じゃない。
あぁ、オレはカノジョの部外者じゃない――
「なに急にだまってんのよ?」
「今日から家族――だな?」
「……」
言うと、リクは驚いたように目を大きくして、ふいっとそっぽ向いていた。
文句でも垂れるかと思ったが、
「あ、当たり前でしょ!」
ちょっぴり怒り加減に答えてきた。
耳まで赤くして。
オレは思わず頬をゆるませていた。
長い間、お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
これにてこのお話は終了です。
まだまだ精進の足りない身ではありますが、少しでも心にとまった場面や、言葉がありましたら、書いたものとしては非常に嬉しい限りです。
今回の話は第一五回『えんため大賞』に応募した話の改稿版です。
選考では、二次落ちという情けない結果ではありますが、個人的には愛着のある話だったので、あらためて読んでいただける機会があればなーという思いから、投稿させていただきました。
楽しんで頂くということの難しさを実感すると同時に、評価を頂くこともなかなか難しいものだなーと実感しています。
今後も投稿は続けたいと思っていますので、お時間が許せばお付き合いください。
ありがとうございました<(_ _)>




