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オレは呼び出しをくらいました。

 思わずオレは部屋の中を目だけであちこち見てしまう。


 場所は校長室だった。

 オレにとってはあまりに馴染みのない場所だ。


 目の前には、真っ白になった髪を後ろにきっちりとなでつけた、学校長の黒地がいた。

 質素な執務机に着いたまま、今、その前に立っているオレの方をじっと見上げていた。


『校長先生が君に用があるそうだ。このあと校長室に行くように』


 とホームルームが終わり、担任から言われたのは、ほんの一〇分前のことだ。

 その時はさすがにドキリとしたもんだったが、ここに来てその理由になんとなく思い当たっていた。

 と言うより、すぐそこ、執務机の端っこに猫の姿のままのツキグモがちょこんと座ってたからだ。


 話ってのはたぶん、今回のイジューに端を発した一連のことと関係することだろう。


 黒地が口を開いていた。


「よく来てくれました。君を呼んだのは他でもありません。聞きたいことがないか聞かせてもらおうと思ったからです。何か私に聞きたいことはありませんか?」


「聞きたいこと――ですか?」


 あまりに前置きのない言い方に、オレは思わず聞き返していた。


 用といえば、確かに用ではあるが、おかしな用だった。

 しかも要領を得ない。


「……そうですね。すみませんでした。意気なりでは困ってしまうのも当然ですね。でしたら、簡単に説明をしておきましょうか。

 これははじめから決めていたことなんです。今回のことが一段落したあかつきには、君が疑問に思っていることに決着をつけてあげようと。

 転入通知にはこう書かれていたはずです。『魔を穿つ者、因果を解き明かす術を与える』と」


 それを聞いてオレはマジマジと黒地を見ていた。


 このところ怒濤の勢いでいろんなことが起きてたもんだから、すっかり忘れていた。

 そもそもそんな手紙が来たからオレはこの学校に転校してきたんだった。


 けど、それを黒地が言うってことは、ひょっとして―― 


「アレは先生が書いたんですか?」


 あり得なくはない。

 黒地も怪しいところが大いにある。

 発電所の件では世話になっているし、ツキグモとの関わりもあると、ツキグモ自身が白状していた。


「ツキグモに裏で協力していたのも、もしかして先生だったんですか?」


 黒地は頷いていた。

 どちらともそうだと。


 前々から、オレもどこかで思ってはいた。

 裏で手ぐすねを引いてる存在がいるかもしれないと。

 ツキグモの行動は、あまりに手際が良すぎたからだ。


「納得です。どう考えても、このがさつなツキに出来そうな根回しじゃあないなーとは思ってたんです」


「あに!?」


 ツキグモが目尻を尖らせる。


「でも、実際そうだろ?」


「うぅむっ」


 ツキグモの耳が垂れる。

 否定できないらしい。 


 オレはにやりとして、再び校長へと視線を向けていた。


「先生は何者なんですか? そうなってくるとただの校長先生ってわけじゃあないんですよね?」


「そうですね。いいでしょう。話しておきましょうか。

 私はね、ツキグモと同じで、伊那の友人の一人だったんですよ。いまの君にならば、もう見えるかもしれませんが、どうですか?」


 そう言って校長はオールバックにした髪をわずかばかり手で押さえつけていた。

 するとボリュームが減ったその髪の中から、小さな突起が二つ現れた。


「角……?」


 ってことは、


「妖魔!? しかも貴族!!」


 あまりのことにオレの声が裏返っていた。


 だが、それなら不思議なことがある。

 いまだに妖魔の気配なんかこれっぽっちも黒地からは感じられていないってことだ。


「当然です。年の功とはよく言ったもので、私には気配を隠すことなど容易いことなんです。

 無論、私は人と敵対する気などないですからね。この力を悪用して、誰かを襲ったりなどしませんよ。安心してください。

 とは言え、君にはそれでも一度危害を加えてはしまっていますが」


 小さく笑う黒地。


 その言葉の意味が分からず、オレは眉根を寄せていた。


 それを察したらしく、黒地は続けたよ。


「覚えていないでしょうか? 私は君の力を目覚めさせるために一度君に会っているんですよ。

 と言っても、これは正確ではないかもしれませんが。こう言った方がいいかもしれませんね。君を跳ね飛ばしたのはこの私です」


「なっ!?」


 マジか!?


 そして校長はおもむろに椅子から立ち上がると、背にしていた窓から外に顔を向けた。


「すぐ気がつくものとばかり思っていたんですが、これは予想外でした。灯台もと暗し、というわけでしょうか」


 オレは釣られるように黒地のその視線の先を見る。

 思わず口を半開きにしていた。


「……あ」


 見覚えのある物が置かれていた。

 オレを轢いたあの高級車だ。

 双頭の羊のエンブレムの付いたあの車が、駐車場に止められていた。


「ですが、許してください。これは伊那との約束だったんです。そしてそれは君との約束でもあるはずですからね」


 いまとなっては、それも認めるしかない現実だ。


 オレは頷いた。

 

 ――約束。


 そう。

 子どもながらもオレが譲葉を任せろと言った、あの約束だ。

 おそらくそれが校長の言う約束だった。


「ですが、先生。一つ言わせてもらってもいいですか? それならそれでなんで始めから教えておいてくれなかったんですか?

 そうすればオレだって、ヤキモキしながら大変な思いをしなくてもよかったと思うんですけど」


 全てを理解するまでに、ずいぶんと遠回りをさせられた気がするからだ。

 妖衣ドレスすらはじめは知らなかったしな。

 そのことを知っていれば、もうちょっとうまく立ち回れた気もする。


 けど、それにはツキグモが「ハァ」と息を吐いて首を横に振っていた。


「口で説明して、はいそうですかって納得できるようなことばかりだったか? 身をもって知ったからこそ、それを受け入れることができた。そうだろ?」


 それは確かに――そうかもしれない。


 しゃくだったが、オレは頷いた。

 実際にそれを経験してみなければ、オレもたぶん信じなかった……気はする。

 なにせいままで見ていた世界とおそろしくかけ離れた世界が、こうして現実にあったんだから。


「わかったか?」


 ニシシシシとツキグモは笑っていた。


「けど、それにしてはお前は適当なことばっかり言ってたよな」


「適当?」


 ぼやいたオレに、ちょっとばかしツキグモはコワイ顔をする。


「ほら、イジューのことだってそうだろ? はじめからお前は知ってたんだろうが? イジューが椿のラボにいたことを。だってのに、なんだってあんなおかしな説明しやがった?」


 公園でツキグモは言っていた。

 イジューがどうやってこの世界に来たのか、とか疑問を投げかけるような説明の仕方をして。


「あー、んなの決まってんだろ? あの場に明日葉がいたからだよ。椿の家に下ってる明日葉に言ったって、すぐに違うって決めつけるだけだろ? だったら、違う形で疑念を持たせた方が、自分で調べるようになるって思ったからな。現にうまくいっただろ?」


 ……意外に考えてたのか。

 ビックリだ。


「ま、あたしが唯一失敗したのは、お前に初めてあったときくらいだな。まさかお前が伊那の孫だって思わなかったからな」


「……なんだ、それでも失敗してたのか」


 オレはニヤニヤする。


「なっ! つか、なんでそこでにやけやがるんだよっ。こっちだって認めてるんだからいいだろうが!?」


 フーッ! とツキグモが毛を逆立たせる。


「はいはいそかそか、そうですか~」


「ぬが~っ! なんだその言い方は!? ちょっと意地が悪いぞコラッ」


「そうかぁ?」


 ぷぷぷ。

 怒る姿が妙にカワイイでやんの。


 そしたらそんなツキとオレを、なにやら感慨深げに見ていた黒地が、思いついたように手のひらを打っていた。


「なるほど。付き合ってたんですね?」


「ブフーッ!」


 吹き出したオレと、目を剥いて見返すツキグモ。


 いまのやりとりの、一体どこをどう見たらそう見える!?


「痴話喧嘩でしょう?」


「ち、痴話って――ハァッッ!?」


 オレは黒地の言葉に、思わず敬語も忘れていた。


「まーまー、大丈夫ですよ、隠さなくとも。譲葉の力は婚姻によって維持する力では無いとはいえ、妖魔との婚姻がその子孫の力を高めることは事実ですから。それにツキグモは妖魔。年齢も関係なければ、法制上の制限もありません。君の種さえあればそれでいいはずです」


「た、種って――」


 それはつまりオレとツキグモが――


 思わず想像して、オレは壁に頭でも激しくぶつけたい衝動に駆られる。


「ほら、ツキグモはまんざらでもないようですし」


 言われてハッとツキグモを見ると、なぜか無言で妙に前足をもじもじとさせ――


「って、ば、バッカ野郎! じょ、じょーだんに、ききききき決まってるだろっ!」


 えええ!?

 めっさ説得力ないんですが?


「フフ。まぁ、なんにしてもそれも一つの選択肢ですよ。考えてみるのもいいかもしれません。実際に、君にはそれだけの価値があると私は思っていますから。

 君は期待を裏切りませんでしたからね。

 イジューがイジューとして今も生きている。どのような経緯にせよ、そう君が選択したことは、評価に値します」


「……」


 ぬ。

 なんか、やばくない? コレ?

 話のトーンが、すっごくマジっぽいんですが……。

 本気でオレとツキグモをくっつける気?


 って、いやいやいやっ、じょ、冗談はさておき!

 話を戻すぞ、話を!

 オレは聞きたいことが、まだ一つあるんだよ!


 あー、コホン。


「で、先生はばあちゃんとどんな約束をされてたんですか?」


「そうですね。それも話しておきましょうか」


 校長はそう言うと、詳しくオレに話してくれたよ。

 ツキグモと校長がオレのばあちゃんと約束した話を。


 その経緯はずいぶんと長いもんだった。

 けど、それをまとめて言うとだな、ばあちゃんはどうやら今回のことを予見していたらしいってことだった。


 なぜならばあちゃんは、自分が駆け落ちしたあとの七葉家が、どうなるかが想像ついていたからだ。

 ばあちゃんが七葉家にいるときは、譲葉は最大の力を持っていた家で、それが無くなるのだから、その力を埋め合わせようとする何らかの方法を、残りの六家は考えはじめるんじゃないかって。

 ただ、それがどんな方法であるかがわからなかったため、ばあちゃんは特に心配していたんだという。

 そしてそれがばあちゃんが約束をする理由になったようだった。

 人間が犯していい行動の範疇はんちゅうを大きく逸脱するようなことがあれば、その抑止、もしくは修正のために行動を起こして欲しいと。

 実際にばあちゃんはまだ生きているときに、椿家が暴走し始めていることを聞いて、それを憂えていたらしい。

 オレの家の譲り葉の木を見て思い悩んでいたのも、たぶんその頃のことなんだろう。

 なんにしても、その約束があって今回の結果に至ったようだった。


「……つまり、そういうことなんです」


 と黒地は締めくくっていた。


 オレは神妙な顔をして頷いていた。


「君には大変な思いをさせてしまったとは思います。ですが伊那の思いもくんで欲しい」


 オレは別にそれを責めようという思いはなかった。

 むしろ、もしこれで、どこかで見てるばあちゃんが本当に安心したんだったら、それこそ良かったと思った。

 ばあちゃんが本当に望んだ結末になったかは、わからないがな。


「それともう一つ。今回のことで私たちは伊那との約束は果たしたことにはなりますが、もちろん今後も君への助力はさせてもらいますよ。なにせ君は、私の大事な友人であるツキグモの大切な人ですからね」


「ブフッ!」


 まだ言うのか!?


 そしてなにやらツキグモは、ピンとしっぽを立てたまま、何かを期待する眼差しでこっちを見てるし。


「って、お前もいい加減否定しとけって!」


 そうオレが肩を怒らせると、同時だ。


 コンコンッ。


 ノックがした。


 絶妙なタイミングだった。

 これ以上、おかしな方向に持ってかれるのはさすがに面倒だ。


「先生、お客様がいらっしゃいました」


 外からそう言ってきたのは女教師だった。


「あぁ、そうでした。なら、話はここまでにしておきましょうか。またいつでも気軽に相談をしに来てください。とくに生まれてくる子供の名前についての相談などは大歓迎です」


「しませんから!!」


 オレはきっぱりと断言して、校長室をあとにしていた。


 まったく。

 紳士かと思えば、意外に俗っぽくてビックリだよ。

 まさかあんな人だったとは。


 と、思いながら校長室を出ると、


「顔、ゆるんでる」


 廊下に出るなり出くわした女子生徒のぶっきらぼうな言葉に、オレは鼻白んでいた。

 どうやらオレが出てくるのを待ってたらしい。

 いましがた校長室をノックしたはずの教師は、とっくに行ってしまっていたらしく、そこには彼女以外には誰もいなかった。


 リクだ。

 窓側の壁に背中を預けるようにして立っていた。


「何かあった?」


 不思議そうに顔を傾けて聞いてくるリク。


「へ? い、ぃやっ、まさかっ」


 ブンブンと慌てて頭を横に振って、オレは否定する。

 あっても言えねーよ、絶対。


 それよりも、


「ソレ」


 オレは視線をリクの左目に向けていた。


 リクはそこを眼帯で覆っていたからだ。

 結局、リクの目は処置が遅すぎて完全には治らなかったんだよ。

 失明こそまぬがれたものの、もとの視力に戻るには時間がかかるらしかった。

 しばらくは光の刺激にすら痛みをともなうと、オレは事情に詳しい人間から聞かされていた。


「またそんな顔……。やめてよ。あんたのせいじゃないんだし」


「……うん、まぁ、わかってはいるよ」


 オレは言って、ばつが悪そうに思わず目をそらしていた。


 そうやってリクには何度も言われていた。

 だから、オレもまた同じように繰り返した言葉で答えていた。


 それでも完全に割り切ることなんて出来るわけがないんだよ。

 いくらそう言われても、オレにも責任の一端は間違いなくあるからな。


「で、待ってたってことはオレになにか用があるのか?」


「そ。ちょっとね。一緒に来て欲しくてさ。だから、さっさと帰り支度――してくれる?」


 やっぱり七葉家がらみの用事なんだろうな。


 そう予想しながらオレは頷いて答えていた。

もうちょっと! もうちょっとだけ続きます<(_ _)>

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