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黒猫はしゃべるもの

「そ、あたしだよ」


 あぁ、そのまさかだったからだ。


 どこのファンタジーだ、と激しく思ったし、オレどうかしちまったんだろうか、なんて青くもなったが、


「って、こらこらこらっ。ビックリしすぎだろっ。っていうか、いまさらだろ?」


 オレを肉球で指(?)さす黒猫。


 ……ま、まぁ、そう言われると否定は出来ないけどな。


 自分の力を棚に上げて、いまさら世間的な常識を当てはめようって考えるのは、確かに的外れだ。


「ま、いいけど。それより礼は言わないからな。別にこっちは助けてもらわなくても大丈夫だったんだし」


「……」


 うげ。猫の癖して、感じ悪っ。


「なんで助けちまったんだろう、オレ」


「って、それもちょっとひでーだろっ!」


 黒猫はいちいち文句を言ってくるが、オレにしてみりゃ当然の反応だろ?

 こっちにしてみればタダじゃあないんだからな。


 なんてったってこの緊急異行レッドシフトってのは、行使後の副作用があるんだよ。


 あ~、考えるだけでも嫌になる。


 いまはまだ緊急異行レッドシフト中だからいいが、これを解いたらオレは強制的に凶制異行ブルーシフトになっちまうんだよ。

 それは見た目は普段通りで変わらないんだが、おっそろしいまでのアンラッキー体質になる。


 犬のウ○コを踏むくらいなら、まだかわいいもんだ。


 前回なんか、何もないところでつまずいて、体を支えようと手を伸ばしてみれば、その先にいたクレーマーで有名なおばちゃんのスカートをズリ下げたあげく、お巡りさん、この人です! って即通報されたんだぞ!?


 誰もおまえの物なんか見たくねぇっよ! っておばちゃんへの反論はあっさりスルーされて、親呼ばれて交番で三時間。延々と説教され続けたんだからな。


 アレはマジで笑えんかった……。

 

 だから、それ以来オレはこの緊急異行レッドシフトの行使を戒めたんだ。


 あんな目にあうのは二度とごめんだからな。

 だから、こうして不満を言いたくなるのもわかるだろ?


「ったく、だったらはじめから自分でとっとと逃げとけっつの」


 責めるようにオレはチラッと黒猫を見たよ。

 けど、黒猫はそれ以上に図太い神経してやんの。


「そもそもはお前が、オレの縄張りに勝手にいたからだろ?」


 オレのせいかよ!?


 どうやらあの視線はこの黒猫で、オレを見張っていたもんだから、道の真ん中で動かなかったらしい。


「あーったくー、もー。そうかいそうかい、そういうことかよ。わぁったよ。礼なんかいらねぇし。期待したオレがバカだったんだよ。

 けどな、その代わり黙っとけよ? このことは内緒だからな。オレが普通じゃないってことは」


 オレは黒猫に念を押しておいた。


 オレがこんなおかしな力を持ってるなんて知られたら、それこそどんな目で見られるかわかったもんじゃない。


「内緒? お前、六葉ろくよう……いや、五葉家ごようけの人間なんだろ? だったら隠すことって――いや、そうか。そういや見たことない顔だよな、お前? 男だし」


「……ごよう? なんだよ、男?」


 そう聞きかえすが、黒猫のヤロー、ピンとひげを伸ばして素知らぬ顔だ。


「あぁ、なんでもない。そういうことなら、いいぜ。秘密な秘密」


 ニシシシと笑って誤魔化してやがった。


 まったく妙な猫だよ。

 そもそも会話が成り立ってる時点でおかしいのかもしれんが。


「あ、けど……」


 黒猫が言って来る。


「ん?」


「もう遅いかもな? それ」


 何が? と思って黒猫を見ると、黒猫は片足を上げてオレの後ろを指さしていた。

 オレはそれに釣られてそっちを見るんだが、


「ぶふーっ!」


 思わず吹いた。


 車道の向こう側だった。


 なななななな、なんてこったい!!


 せ、制服着た少女がこっちをまじまじと見てやがるじゃあねーですかい!


 オレはあたふた、あたふたするも、すぐに悟ったよ。

 完全に見られた。

 それはほぼ確定事項だったよ。


 その少女がたまたまそこを通りがかったのかはわからないが、そこに普通に立ってこっちを見てたんだよ。


 長い黒髪を後ろで束ねた、やけに大人びて見える少女だった。

 たぶん歳はオレとあんま変わらないくらいだろうとは思うんだが、どうだろうな。

 やや上向きの眉目のせいか、ひどく気が強そうな印象だった。

 肌は日に焼けて小麦色で、ちょうど左目の下あたりに絆創膏を貼っていた。

 なにかスポーツでもやってるのかもな。


 オレはヤバイと思って、慌てて緊急異行レッドシフトを解くんだが、


「かんっ――ぺきにっ、見られたな、いまの」


 なぜか楽しそうに言いやがるんだよ、黒猫が。


 早く言え、と黒猫をにらむが、もちろんそっちは後回しだ。

 なんとか見られたことをフォローしけりゃいけないと、オレは慌てて少女に声をかけようとするんだが、


「車」


 黒猫に言われオレはハッとした。


 滅多に車なんて通らないってのに、なんだってこんな時に限って、こんなに通るんだ?

 しかも立て続けに三台も!


 オレはイライラして最後のトラックが通り過ぎるのを待つ。

 

 待つ。


 待つ!


 待つ!!


 が――


 それらが通り過ぎたあとには、


「……」


 案の定、少女の姿はなくて、オレはその場でうちひしがれてたよ。


 くっ。


 凶制異行ブルーシフトおそるべし!!

 

「ニシシシシッ」


 歯噛みするオレを見て、黒猫がそこで仰向けに腹を抱えて大笑いしてやがった。

 あんまり腹が立ったもんだから、オレはつま先でそいつをひっくり返して、小さな反抗を試みていた。


 けど、実にマズ過ぎだよな、これ……。


 それでも諦めきれずに、オレはしばらくあちこち探し回ったよ。

 けど、やっぱりあの少女は見つけられなくてさ。


 ぐぬぬぅ。

 もし、さっきの娘がオレのことを言いふらしたとしたら……。


「ああああああああああっ」


 どんだけブラックなオレの学園ライフになることかっ! 

 苦いどころじゃあすまねぇぞ!!


 なにせ、さっきの彼女が来てた制服は白羽川しらはがわのものだった。

 学校自体はそれほどでかい学校だとは聞かされてないから、顔を合わせることなんて、ざらにあるに決まってる。


 となると、そこでオレは間違いなく奇人扱い――

 いや、それならまだましか?

 非行少年とか、宇宙人とか、果てには痛すぎる厨二――


 あぁああああっ、考えたくない考えたくない考えたくない!!

 そんなレッテルは嫌だ!


 ポンッと黒猫が、その場にしゃがみ込むオレの肩に、なぜだか上から目線でニヤニヤしながら肉球つきのその手を置いてきてたよ。


「ま、せいぜいエンジョイしてくれよな」


 ぬがああああっ!

 てめっ! 一体誰のせいだと思ってる!!


 けど、黒猫はそんなオレの怒りをいともあっさりスルーしてくれちゃうと、いいものを見たとばかりに機嫌良さそうに、尻尾を押っ立てて、軽快な足取りで去っていったよ。


 ガクゥンッ。

 思い切りその場でオレはうなだれていた。


 ただでさえ転校だってんで、あれこれ大変だってのに、ここまで最低な状況にまでたたき落としてくれるとは。

 まさに悪魔の所業、凶制異行ブルーシフト


 おそらくこれから数時間は何をやっても、こうやって裏目に出ちまうんだろう。

 やっぱ緊急異行レッドシフトなんて下手にやるもんじゃない。


「ハァ……」


 オレは諦めたよ。

 これ以上ジタバタしても変わらない。

 おとなしく家に帰ることにして、地面に置いていたレジ袋を持ち上げていた。


「……?」


 そこでオレは違和感を感じたよ。


 レジ袋に、だ。


 目を向けると、


 なっ!?

 

「……あ、あんのクソ猫!」


 オレは思わずレジ袋のヒモを拳を握りしめたよ。


 穴が開いてたからだ。

 レジ袋の底に、かじられて開けられた穴があったんだよ。

 けど、それだけじゃあなくてだな。

 その穴からのぞいてたのは、包装が破られ、むき出しになった食べかけのチクワ――


 ……そうか。

 そういうことかよ

 だから、あれほど黒猫の機嫌が良さそうに帰って行ったわけかあああああっ!


「……鍋だな。あぁ、鍋だ。ぜってぇ、鍋にしてやっからなっ、アイツっ! 今度あったら絶対にだっ!」


 そうオレは胸に誓い、レジ袋を握りしめ、


 パツンッ……


「……あり?」


 なにか酷く残念な音を聞いた。


 さらにドシャリと地面になにかぶちまけられるような音がして――


 ううううあああああああ!


 オレは絶望した。


 絶望した!!


 地面に散乱したのは、まぎれもなく買ってきたばかりの食料品。


 な、中には卵も入ってたんだぞ!!


 レジ袋のヒモが切れてたんだよ。


 ……えぐえぐ。



 オレはしばらく立ち直れなかったよ。

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