オレの最良の選択
「ほら、聞いたとおりだよ。行くよ」
椿に腕を取られ、オレは無理矢理立ち上がらされる。
宗主の前じゃあ、椿もなりを潜めるらしい。
いつもの傲慢さが消えていた。
オレはふとリクに視線を向けようとした。
けど、椿がそれを許さなかった。
椿に身体の向きを変えられて、リクに背を向ける形になったからだ。
「…………」
まぁ、けどそれでよかったのかもしれない。
まともにリクの顔を見られそうになかったからな。
きっとリクには期待させたはずだ。
自分の両親が無実だったってことを。
それでもオレの言ったことが本当だと信じてくれればオレとしても嬉しいが、やっぱりオレは部外者だから厳しいか。
悔しいよな。
悔しい。
リクの中で宗主は絶対君主にも等しい存在だ。
もしかしたらオレに対して不信感すら抱いたかもしれない。
そう考えるとなおさらリクがどんな顔をしているかなんて、恐くて見れない。
もしかしたらオレは余計なことをしたのかもしれない。
こんなことをしなければ、いらない期待も、いらない落胆もさせなかったかもしれないからだ。
けど、オレが椿に背中を押されて連れて行かれようとした時だった。
「……ありがとね」
ずいぶんと小さな声だった。
気のせいかとも思ったけど違っていた。
オレは顔を上げて、振り返ってたよ。
「リク?」
感謝された……?
けど、それ以上リクは、なにも言わなかった。
背中を向けたまま、肩越しにややこっちに顔を向けただけだった。
けど――
笑ってた?
わずかに見えたリクの口元が、優しく笑みの形を取っているようにオレには見えたよ。
それが気のせいかどうかはわからなかったが、いまのオレにはそれで十分だった。
リクがどんな顔をしているかなんて、その言葉だけで簡単に想像が付いたからだ。
悲しい顔は絶対にしていなかった。
「ったく、勘弁してくれないかな? なにその通じ合ってます的なやりとり? 俺がこれ以上なにかを許すとでも思ってるのかい? さっさと出てくんだよ」
椿が膝でオレの太ももをせっつき、さらに強く背中を押して来る。
「……あぁ」
オレは思わず受け入れていた。
リクの言葉が正直これほど嬉しいとは思わなかった。
オレの身体をわずかばかり軽くしてくれていた。
もちろんリクが本当にその言葉通りの思いを抱いてくれていたのかは、オレにもわからない。
ただ、オレを思いやってそう言ってくれただけってことなのかもしれない。
けど、オレにとってはいまはそのどっちでもよかった。
その言葉はオレのへし折られた心に接ぎ木を当ててくれたからだ。
オレはその場ですぐに立ち止まっていた。
停止しかけた脳みそが再び熱を帯び始めていた。
「なぁ、往生際悪いよ? そろそろ目の前にある現実を受け入れたらどうだい?」
椿が横から言ってくるが、オレは無視した。
いや、無視とは違うか。
それがきっかけだったんだ。
目の前――
そうだ。
目の前なんだよ。
そこに一つだけ、そう、たった一つだけ、可能性がある物があった。
「そうか……」
オレは顔を跳ね上げたよ。
「証拠……証拠だよな? それならある。あるんだよっ、証拠ならまだな!」
オレは椿の伸ばしてきた手を振り払って、身体の向きを変えていた。
まだその場に留まっていた宗主を睨み付け、そして指さした。
その可能性を残す唯一の証拠はすぐ目の前にあったんだよ。
簡単なことを忘れていた。
分かっていたのに、その可能性をはじめから排除していた。
つまりオレが指さしたのは、宗主じゃあない。
ここからわずかに離れた場所。
そこで戦闘の最中にある巨大な妖力を持った気配――
「……」
宗主は眉根を寄せていた。
当然だ。なにせオレが指さしたのはイジューだったんだからな。
「アイツなら全部知ってるはずだ。当事者なんだ。明日葉の事故――そう言われてるあの事故でなにがあったか、アイツなら知ってるはずだ」
だから、アイツに話させればいい。
オレは自信満々に言い放っていた。
それが困難なことは頭でも理解していた。
だから、その場にいた他の二人もオレに気でも触れたのかと、懐疑的な目を向けてきていた。
けど、それでもオレは本気だった。
こんな時に下らないこと言ってる余裕は、オレにあるわけがないんだよ。
「……愚かな。なにを言うかと思えば、馬鹿げたことを。あの妖魔が貴様のために言葉を聞くとでもいうのか?」
宗主が呆れを通り越して、怒りさえ覚えた様子でオレにその眼光鋭い視線を向けてきた。
それにはさすがにオレもたじろいだ。
それでもそれを真っ向から受け止めたのは、オレにも意地があったからだ。
男の意地だ。
伊垣葉の意地だ。
ただ、リクまで頬を強ばらせているあたりは、ちょっとショックではあったけどな。
でも、それでもオレは大まじめに言った。
「当然だろ。……あぁ、言っておくけど、それをあんたたちにやってくれなんて言わないから安心しろ。あんたらが聞いたとしても、せっかくの情報を隠蔽しかねないしな。これはオレがやる。オレがやることなんだよ」
「ハッ! 貴様のようなただの人間がそれを出来ると? 身の程を知れっ、小僧!」
オレはじじいを睨み付けたよ。
「なら、やらせてみればいい。そうだろ?」
いちいち何かを言うくらいなら、それで片はつく。
もちろん事がすんなり運ぶかは分からない。
けど、それでもこの方法ならリクを助けられる可能性はまだある。
「ハハハッ。バカだろキミ? それともおかしくなったのかい? 自分がなに言ってくれちゃってるのか理解してる?」
椿が言ってくるが、オレはやっぱり無視した。
けど、当然というか、そこにいた一人だけ他の二人とは反応が違っていた。
「まさか……。まさかあんた……」
そう、リクだ。
そこまで言えばさすがにリクも、オレが何をしようとしているのか悟ったらしい。
オレは真顔で頷いたよ。
「ダメに決まってるじゃない! そんなことしたらあんたはっ――」
「五葉家から抜け出せなくなる?」
「それだけじゃないっ!」
オレは頷いたよ。
それも承知の上だ。
五葉家の中に取り込まれることも、命を失う可能性も。
けどな、実は五葉家との関わりに関して言えば、違うんだよ。
そうじゃない。
はじめからオレは実は関わってたんだよ。
それまで知らなかっただけで、そうなるようになってたんだよ。
だから、オレには力があった。
緊急異行があった。
それをオレはツキグモから教えられていた。
「なんで分からないのよ! お願い――お願いだからもう帰って! 嫌なのよ! もう誰かがいなくなるなんて!」
リクは顔をくしゃくしゃにしていた。
「あたし……あたし、嬉しかったんだから。あんたが発電所であたしに、オレを頼れって、家族にしろって言ってくれて。蔵に来てくれたときもっ。それだけで嬉しかったの! あんなにふうにあたしを普通に扱ってくれて……。はじめてだったんだから。
……だから、あたしはあんたにいて欲しいの! これからも! そばにいて欲しいのよ! じゃないと、あたしがダメなのよ!」
「リク……」
けど、なら、なおさらだとオレは思ったよ。
オレはなおさらそんなリクに応えなければいけないってな。
それがオレが今ここにいる意味だからだ。
「わかった」
「……なら?」
帰ってくれる?
そう言葉を想像してか、リクは目を見開かせていた。
だが、わるい。
オレは首を横に振っていた。
「イジューはオレが止める。そして真実を吐かせる。それがオレの最良の選択だ」
「最良だと?」
宗主が聞き返してきた。
そして何が可笑しいのか低い声で笑い出していた。
「貴様ごときに? ただの人である小僧ごときにか!?」
白眉をつり上げ、そしてオレを恫喝してくる。
けど、それでもオレは退かなかった。
人間腹が決まると、こんなにも堂々としてられるもんなんだな。
オレ自身ちょっと驚いたよ。
「あんたじゃ敵わない! わからないの!? 相手は貴族なのよっ!」
リクが言いたいことももちろんわかってる。
リクはオレの緊急異行のことも知っている。
その力の大きさも、その時に感知しているはずだ。
オレのあの力はイジューどころか、リクにすら敵わない。
けど、それは前のオレだ。
ツキグモから血を受ける前の、オレなんだよ。
それと一緒にしてもらうわけにはいかない。
もうあんなのがオレの本気じゃあないんだよ。
それに奥の手もまだ残されてる――
オレは宗主を見た。
「聞いたよ。あんたはばあちゃんの足下にも及ばなかったって」
「なん……だと?」
オレは血の中に眠る記憶が、教えてくれたことを口にした。
そして、その次の言葉を待つまでもなく、オレは自分の中にある力を解放していた。
「漆黒異装!」
肌が泡立つ。
髪が逆立つ。
血が沸騰する。
次の瞬間、オレの身を包んだのは漆黒の妖衣だった。
詰め襟のある長衣。
丈が短ければ、それは将校の軍服を思わせるものだった。
これがいまのオレのガチだった。
悪いがその力は緊急異行の比じゃあない。
「な……妖衣? 俺以外の男が妖衣を纏える……!?」
「……そんな、ウソ?」
「貴様っ……貴様はっ! ま、まさかっ……そうだというのか!?」
三人が三様に驚愕し、立ちつくしていた。
椿は、同年代の男では自分だけだと思っていたはずの妖衣を、まったく五葉家とは関係のない人間だと思っていた人間が纏っていたからだろう。
リクはたぶんオレの力の大きさに、か。
おそらく今のオレは、イジューにも勝るとも劣らない。
そしてその中でも一番驚いていたのが宗主だった。
おそらく記憶のどこかに刻みつけられていたんだろうな。
この妖衣に似た気配のことが。
宗主は狼狽え、言葉を荒げていたよ。
「貴様は譲葉だというのかっ!!」
だが、オレは首を横に振っていた。
「あんたがさっき言っただろ?」
オレはそう不敵に笑って続けた。
「オレはただの部外者だよ」
37話は明日投稿予定です。




