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椿家

「結局いつも足下をすくうのは同族か……」


 そう寂しげに言うツキグモの横顔が、印象的だった。

 

 それは時間を少しさかのぼる。

 まだオレがラボの最下層に居るときのことだった。


 オレはツキグモと一つの標本の前にいた。

 薬液をたたえた円柱のガラスケースの中だ。

 その中にそれは入っていた。

 ただし、ラボの最奥にあったその標本は、これまでのものと比べ、醜悪しゅうあく極まりないものだった。

 そしてそれはオレたちがフロアの入り口から、ここまで見てきたそれらとは明らかに一線を画す物でもあった。


 なぜならそれは、普通の妖魔とは違っていたからだ。


 もとは人でもあった物――


 その標本の顔には、まるでどざえもんのように水ぶくれして、至る所から昆虫の触角を思わせる突起が生えていた。

 肌はただれ、部分によっては鱗で埋め尽くされ、筋肉がむき出しの箇所や、本来ならば何もないはずの場所から、小さな腕や目玉が生えていたりした。


 それが辛うじて人だったと分かるのは、そのシルエットからだ。

 まだ人の形を取っていたんだよ。

 それでもそれは、直視するにはあまりにおぞましいものだった。


 ツキグモはこれを忌々しげに見ながら、吐き捨てるようにこう言っていた。


「五葉家が恐れてることは、お前も椿から聞いて知ってるだろ? だから、こいつの原因も結局のところはそこに行き着く。

 どいつもこいつも力の保険を求めた結果がこれなんだよ。

 血を受け継ぐ以外の方法で、力を絶やさない方法はないかってな。

 これは人と妖魔を融合して、その力を取り込もうとして失敗した、そのなれの果てだ。椿の家は昔からそれを実践し、研究してたんだよ」


「椿の家?」


 聞き返していた。

 それではオレの聞かされていた話と辻褄が合わない。


「それはリクの家――明日葉の家の事じゃなくてか?」


 オレは椿が発電所で言っていたことを思い出していた。

 椿はあの時たしかに言っていたはずだ。


 明日葉こそ狂気に取り憑かれた家だってな。

 だから生物と妖魔の融合を試みたんだ、と。


 それとも両家は、ともに同じことをしていたってことか?


 ツキグモは首を横に振っていた。


「明日葉の方は無関係だよ。そんなことはこれっぽっちもやっちゃいない。はじめからやってたのは椿の家だけだ」


「ならっ、明日葉が引き起こしたっていうのは――」


「あぁ。嘘っぱちだ。椿の家が作り出した作り話だな。事故自体も含めて、すべての原因は、本当は椿の家にあったんだからな」


 オレは口を半開きにさせていた。


 ツキグモの言う言葉が真実っていうなら、リクの家は――


おとしいれられた――ってこと……なのか?」


 ツキグモは微妙な顔をして頷いていた。


「ニュアンスは違うかもだが、それに近いのかもな。

 不幸にも、椿にしてみればちょうど良かったんだよ。明日葉の当主夫婦はそろって、事故に巻き込まれて死んだからな。なすりつけやすかったんだろうよ」


「同じ五葉家だってのにか……」


「いいや」


 ツキグモは否定した。


「この場合は、同じ格の家同士だからこそだろうな。椿は、明日葉とそれほど仲が良くなかったんだよ。

 このラボもその一因になってな。

 一朝一夕で出来たような、うすっぺらい施設じゃないのは、これまでの厳重なセキュリティを見ても分かるだろ? 時間も、資金もかかってる。

 それを椿は明日葉に睨まれてたんだよ。

 もちろん、ラボの存在は知られてはなかったんだろうが、五葉家全体で運用している資金の使い方が、あまりに不透明すぎて、いつも明日葉に指摘されてたらしい。

 だから、椿にとっちゃ明日葉は目の上のたんこぶだったんだよ」


 で、事故をきっかけに椿はていよく明日葉の家を排除した。


 とんだ鬼畜だな。

 なんでそんなことができるんだ?

 

 そしてさらにツキグモは、明日葉の起こしたとされている事故についてもオレに教えてくれたよ。


 あれも椿のラボ(こことは違う)で起きた事故なんだとツキグモは言っていた。

 詳しい話は省くが、だいたいこんな内容だった。


 それも人と妖魔を融合させる実験だったという。

 しかもイジューと人とを融合させるという、かなり無謀なもので、結局、その強力な妖気を押さえられず暴走を許し、事故を起こしてしまったんだと。

 やむを得ず明日葉に収集を要請し、当主がのりだして来たんだが、その原因となったイジューのさらなる暴走により、リクの両親と、その他多くの研究者たちを巻き添えにしてしまったらしい。

 結局、事故は椿の母親がその命とひきかえに、かろうじてイジューを封印することで収拾を計ったのだと。


 つまり、いま知られていることは、なにからなにまで嘘だったってことなんだよ。

 椿の家が自身の失態を隠蔽するために作り上げた、な。




 ――だから、オレの気持ちも理解できるだろ?


 リクが、理不尽に椿に従わせられる理由なんか、はじめからなかったんだよ。

 全部ウソなんだからな。

 彼女が囚われている、その偽の罪のせいで、そうすべきとリクは思いこんでるに過ぎないんだよ。


 だから、オレはそれをこの場で、ぶちこわしたかった。

 こんなイジューとの戦いの最中だってのに。


 それら全てを聞いて、椿は平然と言ってきたよ。


「たいそうな妄言だよ」


 一切動じることなく、そう言切りやがったんだ。


 リクはその話を聞いて、まさかって顔で呆然とオレを見返してきてたってのに。


「……どこが妄言っだってんだよ?」


 オレは椿をにらみ付けていた。


「だってそうだろう? リクちゃんを救いたいばかりに椿の家をおとしめる。誰かを敵にする口実を作ってみたってだけだろう? それにそもそもその言葉には証拠がないしさ」


「証拠?」


「そうだよ。さらに言えば、キミの言葉を信じないといけない理由もない。言ったはずだろ? キミは部外者なんだよ」


 オレの奥歯がギリリと鳴っていた。

 この期に及んでどこまで部外者扱いしやがる気なんだよ?


 だが、そんなに疑うなら、自分の目で見てくればいい。


 オレは吐き捨てるように言っていた。


「ラボに行ってみればいいだろ? あそこに行けば全部わかるんだからな!」


 それで少なくとも、椿の家が隠匿して来たものが何かは明らかになるはずだ。

 もしかしたら、それではすぐに明日葉家の事故が無実だった証明はされないかもしれないが、隠し続けてきた物を詳細に調べていけば、いずれ明日葉の事故の矛盾も、そしてその無実も証明されるはずだ。


 だから、オレは心配するなとリクに目配せをしていた。


 けど、リクは不安げな面持ちでオレを見返してきていた。


 理解できずにいるのかもしれない。

 ……いや、頭で理解できたとしてもそれに気持ちが付いてきてないのか。


 それでもオレの言ってることは真実だ。

 直にそれもわかるはずだ。

 ラボをこの目で見てきたオレが言うんだ。


「たいそうな口を叩く」


 突々に、差し込まれた声。

 それがオレたちの間に割って入っていた。


 声の主は、林の奥からゆっくりとこっちに向かって歩いて来た。

 聞き覚えがある声だった。


「……」


 オレはその人物へと視線を向けて、ぎょっとせずにはいられなかった。


 まとっていたのは古風な紫色の着物だった。


「宗主様……」


 狼狽うろたえ、言ったのはリクだった。


 そう、椿家当主にして五葉家の宗主、椿つばき宗司そうじが姿を現してたんだよ。


 だが、普通に考えれば、こんな流れ弾の飛んでくるような場所まで来るような人物じゃない。

 それでもここに姿を現したというのは、それだけ重要な意味があるということだった。


 オレは息を呑んでいた。


 宗主はオレたちの動揺に興味すら抱いた様子もなく、ただ淡々とこっちを見て言っていた。


「貴様の奇言きげんに根拠などあるまい? 分もわきまえず我らを愚弄ぐろうするような真似は万死に値する」


「……あるまいって……?」


 オレはその言葉に一瞬耳を疑っていた。

 なにを言ってるのか意味が分からなかった。


 あのラボが証拠にならないはずがないだろ?


 けど、宗主の言葉には、それがただの嘘だと理解させるにははばかられるようなせまるものがあった。

 オレの持っていた自信を、容易く揺らがせるような迫力だ。


 そして、その次の瞬間、オレは知ることになる。


 ズゥンッ……


 遠くで聞こえた地鳴りのような低い音。


 オレは顔をしかめていた。


 地鳴りというには違和感を覚えるものだった。


 そして頭をよぎった考えに戦慄していた。

 有り得ないと思ったことが、もしかしたら起きてしまっているのかもしれない。


 まさか……証拠を自ら……?


 オレはその場で音の出所を確かめるように振り返っていた。

 そして気付かされたよ。

 その方角になにがあったのか。

 黒煙が空に立ち上っているのが見えた。


「ウソ……だろ?」


 オレは信じられない思いで再び宗主を見ていた。


 マジでやったのか……?


 だが、オレはかぶりを振っていた。


 ……そうまでしなけりゃ椿家が守れないっていうのなら、おそらくやるだろう。

 相手は宗主。

 五葉家をまとめ上げている人間だ。


 宗主はあくまで無表情だったよ。

 眉一つ動かなかった。


「ラボを……ぶっ壊したんだな?」


 口の中に苦い味が広がるのに耐えながら、オレは聞いていた。


「ラボ?」


 だが、宗主ははじめからそんな物など存在しなかったと言わんばかりの態度で白を切りとおした。


 それでオレは確信していた。

 その通りなんだってな。

 つまり証拠隠滅だ。

 もしかしたらこんな時のために、あらかじめそういう方法を用意してたのかもしれない。


 オレとしては、まさに最悪の状況だった。


 これでご破算だ。

 椿家が隠匿していた物は跡形もなく消えた。


 そしてオレの言葉が真実だって言う証拠も――


「……」


 オレは悔しさに唇を噛んだ。


 もうリクを助けられる方法はないのか?


 無力感にうちひしがれた。


 だったら、無理矢理連れてでも逃げるってのは?


 いいや、ダメだ。それじゃあ、意味がない。

 本当の意味でリクは助けられない。


 ……もう、オレには認めるしかないのか?

 この状況が続くことを。

 このままリクが奴らの下で言いように扱われるしかない状況を――


 くそっ! くそっ! くそっ!


 バカかオレは!!


 そんなの認められるわけがない!


 けど……


 オレにはもう……


 なにもできない――


 なんて力がない。


 オレはオレに失望した。

 力なく地面に膝を突いていた。


「鋼士郎」


 宗主が椿を呼んでいた。


「このれ者をさっさとつまみ出せ。これ以上、部外者を関わらせるな」


 ……。


 またかと思いながらオレはその言葉を聞いたよ。

 また部外者扱いかって……。

 オレは項垂うなだれていた。

 唇を噛んで、必死にわめきたいのを我慢して。


 だってそうだろ?

 いま、この場にいる人間で一番辛いのはオレじゃあない。

 リクだ。

 彼女のはずだ。


 だからオレは無様に地面を殴りつけた。

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