平行線
彼女は、黄色いラインの入った黒いボディスーツを身につけていた。
肌にぴったりと張り付いて、身体のラインが強調される、やけに艶めかしいヤツだ。
けど、気にするべきところはそこじゃなかった。
彼女の額だった。
そこに小さいながらも確かに角らしき突起物があったからだ。
オレは覚えていた。
それが妖魔の貴族たる証だってな。
ゆらりと立つ彼女のその居住まいは、まるで人形のようだった。
感情が乏しく、どこか機械的にさえオレの目には映った。
「……なんで? なんでなんだよ?」
オレは震え、かすれる声でリクに聞いていた。
実原さんは妖魔……だったのか?
だが、リクは首を横に振っていた。
「アレはもう人じゃないの。あんたの知ってる彼女じゃない。彼女はもう――いないんだから。
アレは器なのよ。イジューに奪われた器なの」
「奪われた……器?」
リクは頷いていた。
「あたしも詳しいことは聞かされてないから、正確なところは言えないけど、イジューは変異種らしいの。肉体に縛られず、老いもしないし、死にもしない。
もともとはそうじゃなかったみたいだけど、その変異のせいでアイツは器となる肉体を必要とするようになった。そうしなければ力を行使できないから。
だから、アイツは他人の身体を奪う必要があったのよ。
……もうわかるでしょ? それがたまたまイジューの目にとまった彼女だったんだって」
「……」
端的に言えば運がなかったってことだ。
実原さんは、な。
けど、そんな言葉だけで片付けるのは、あまりに寂しすぎた。
どうしようもないと分かってはいても。
「だから、あんたには関わって欲しくなかったのよ」
憂鬱そうにリクは言っていた。
オレに気を遣ってくれたからこその、あの厳しい言葉だったんだよ。
「……わるい」
オレは素直に頭を下げていた。
けど、それならなおさらオレは退くことが出来ないって思った。
自分の知らないところで、一度は自分も関わったことが、勝手に終わっていくなんてことは我慢できないんだよ。
だから、オレは意地でも食らいつく。
それに今のオレにならできることはあるはずだからな。
五葉家の置かれた状況が、この状況なら。
圧倒的な劣勢。
五葉家の人間たちも、大多数が手負いだった。
無事なのは、いま戦っている完全武装した黒服たちと、その中に混じって応戦する妖衣を纏った数人くらいだ。
その中には空木の姿もあったよ。
それでもこのままじゃどうなるかわからない。
いまはまだ辛うじてイジューをこの場に留まらせている状況だが、消耗が激しいのはどうみても五葉家の側だった。
イジューの力に圧倒されていた。
それにリクだっていまはこうしているが、またその集団の中に戻らないといけないはずだ。
あちこち服に、土や乾いた血らしきものが張り付かせ、傷だらけにも関わらず、だ。
そうでなければ戦況は悪くなるばかりだからな。
「大丈夫なのか?」
オレは状況について聞いていた。
リクは複雑な顔をしていた。
「わからない。けど、このままじゃ厳しいと思う。せめて瞑具を持ってる柊の当主様がいればこんなことにはならなかったんだろうけど。ちょっとタイミングが……。
……うんん、イジューはそれを見計らってたのかもね。いずれにしたって、これからどうなるかはあたしにもわからない。それだけは確かなのよ。だからあんたはそんなこと言ってないで早く――」
「――瞑具?」
オレは咄嗟にリクの言葉に、そう被せていた。
彼女にその先を言わせたくなかったからだ。
もちろん瞑具っていうのが知らない単語だったってのはウソじゃない。
リクはオレの意図を見透かしたように半眼でオレを見て、息を吐いた。
だが、それでもそのオレの問いに答えてくれたのは、いまはそれ以上強く言えなかったからだろう。
それだけ疲れてたんだよ。
虚勢を張っていたが、リクの体力も限界が近そうだった。
「……妖魔だけを討滅する、そういう強力な武器があるの」
「装具みたいなか?」
「近いけど、それとはちょっと違う。装具は自分のイメージで作り出すものだけど、瞑具はまったく別物なのよ。
それは代々受け継がれる、妖力で生成されながらも、同一の性質を持ち続ける強力無比な武器のこと。
妖魔を服従させる絶対的な力を持った漆黒の太刀や、妖力を無限に与えてくれる紅の大鎌とかがそれね。
柊家の当主だけが継承しているそれには、妖魔の力を完全に無効化することができる性質があるから、対妖魔に対しては絶大な力を持つの。
これは先に言った二つと同じで、五葉家の伝承で伝わっている五輪の瞑具のうちの一つなのよ」
つまり、三種の神器みたいなものか?
オレはなんとなく想像する。
「だから瞑具が有ると無いとでは話はまるで変わるのはわかるでしょ? そしてそれを持つ人間もまた重宝されるのよ。ただし、それだけ多忙ってことでもある」
そう言ったリクの表情に、微妙な陰りが生まれた理由にオレは気付いたよ。
どうやらそれが柊家の当主とやらがいま、ここにはいない理由なんだってな。
「だけど、それでもやらなければいけない」
リクはまっすぐイジューへと視線を向けていた。
強い意志のこもった目だった。
退く気はない――
そういうことだろう。
さすがリクだった。
なら、オレは少しでもその助けになろう。
そう強く思った。
それが唯一この場を収める手段になり得るだろうから。
けど、ただ一つの懸念は、ホントにリクの言葉通り、実原はもう存在していないのかって事だ。
本当はイジューに身体を支配されているだけなんじゃないのか。
オレ自身がそう思いたいだけなのかもしれない。
けど、それでも可能性はゼロじゃあないと思うんだよ。
それを確かめたい。
余計な考えなのかもしれないけど。
できることなら、迷惑がかかならい程度に――
と、そう思考を巡らせてると、不意に不躾な声は飛んできた。
「へぇー、まさかこんなところにまで来てるとはね。一応聞いておくけど、リクちゃんと一緒に戦うために来た、なんてキミは言うんじゃないよね?」
椿だった。
いい加減うんざりするよな。
この軽薄な声にはさ。
「あ、けど分かってるとは思うけどさ、これ以上、俺らの邪魔をしないでくれるかな? 目障りなんだよね」
オレはそのセリフをそのまんまヤツに返してやりたかったよ。
けど、それより先に気になった。
「『俺ら』?」
オレは疑わしげに椿を見ていた。
椿のその格好を見れば一目瞭然だった。
ヤツはリクやその他大勢の五葉家の人間のように、前線でイジューと対峙していない。
ずいぶんと奇麗な姿のままだったんだよ。
血や汗、泥に汚れたリクとはまるで正反対だ。
「後ろで隠れてたヤツが言うセリフか?」
「これだから凡人は」
呆れたように椿は頭を振っていた。
「俺には俺の役目があり、リクちゃんにはリクちゃんの役目がある。それだけのことなんだよ。未だ外の人間であるキミにそれが理解できるとでも?」
「さぁ、できないかもな。つか、したいとも思わないがな、そんな理屈は」
「なら、一生外の人間で居ればいいさ」
「いいなら、それでもいいんだぜ? 五葉家の内情を知ってても問題ないっていうんならな」
オレは斜に構え、けんか腰で言っていた。
その言葉を聞いて椿は困惑したように頭を振っていた。
「……わからないなあ、キミは。そんなふうに言って、結局のところ一体何がしたいんだ?」
なに?
そんなことはハナから決まってることなんだよ。
オレははっきりと言い切っていた。
「現状を打破したいんだよ」
「現状? どこの? さては、キミ自身の? いや、まさか五葉家とか言う気じゃないよね? ハハハ。バカだね。実にバカだよ、キミは。下らなすぎる」
「そうか?」
オレは真顔で答えていた。
それこそ重要なことだとオレは思うんだけどな。
自分が納得できない現実がそこにあれば、それをどうにかしたいと思うことはおかしなことか?
「そもそもそこにルールが存在する以上は、その中で最善の選択をしていくのは当然のことだろう?」
椿は言ったよ。
「だから、あんたは動かないって? リクはボロボロになってるのに? 他のヤツも疲れ切ってるのに? それで納得できるのかよ?」
「あーあー、わかってないなぁ。納得いくかいかないか、そういう問題じゃないって俺は言っているんだよ。同じことを二度も言わせたいのかい?」
「いいや。聞きたくもない。どのみち平行線だろ」
「だろうね。けど、そんなことは分かってたことだろう? それにこんな無駄な話を俺もキミとしてたいわけじゃないんだよ」
椿はさも迷惑そうにオレから顔を背けると、リクに視線を向けていた。
「そろそろいいんじゃないリクちゃん? 少しは休めたはずだよ」
いい加減に前線に戻れ。
椿のリクへと向ける淡泊な視線は、まさしくそういう意味だった。
けど、
「椿様っ!」
リクが鋭く叫んだその直後だ。
ドォウッ!!
それは青白い炎を纏った光の球だった。
妖気で形作られた、破壊エネルギーの弾塊。
それがオレたちの――とくに椿がいたすぐ近くの立木に直撃し、猛烈な衝撃波を生じさせていた。
いつもお目を通していただきありがとうございます。<(_ _)>
現在、少々手直しが追いついていない状況で、これ以後更新ペースが遅くなります。
一日置きくらいで何とかやれないかと思いますが、現状不定期、と言う形でやっていきますので、ご辛抱いただける方は、引き続きおつきあいいただけれればと思います。
よろしくお願いします。がんばります。




