振り返る時の中で
家?
ハッと気付いたときには、オレはよく知った家の中にいた。
だが、それはオレが一人暮らしを始めたあの家じゃない。
越してくる前、姉貴や妹、オレの両親たちと住んでいた実家の方だ。
ぐるりと見回すとそこには、見慣れた景色があった。
庭、生け垣、花壇。
そして縁側に面した廊下――
オレはその廊下に立っていた。
どうしてこんな場所にいるかはわからなかった。
だが、不思議とはじめからここに居たような気がしていた。
さっきまでいたあの場所が、実は幻だったんじゃないか、そう思えるほど、オレはここにいることをすんなりと受け入れていた。
もちろん分かってはいた。
これが現実じゃないってことは。
なぜなら、だ。そこにいたからだ。
いるはずのない人間が。
「おや、どうしたんだい? 変な顔をして」
ばあちゃんだった。
心地よいひだまりの中、縁側に座ってばあちゃんはオレの方を見ていた。
夢?
たぶん、そうなんだろう。
やけに鮮明だが、そうなら納得がいく。
相変わらずばあちゃんは、ばあちゃんのままだった。
古風に着物を着込んでいた。
しかし、そこでふと妙にオレは思っていた。
ばあちゃんの視線だ。
オレの方を向いてはいるんだが、見ているのは顔じゃなかった。
ずいぶんと下に向けられていた。
「なにを見てたの?」
不意に声。
ばあちゃんじゃなかった。
もちろんオレでもなかった。
だが、その声はオレのいま立っている場所、けれど少し低いところからしていた。
遅れて、そこからトコトコと歩いて出てきた小さな人影――
――!?
オレは目を瞬かせていた。
『……オレ、か?』
間違いなかった。
確かにそれはオレだった。
ただし、いまのってわけじゃない。
子供の頃の、まだちっさい頃のオレだ。
おかっぱ頭のまさにボンボンって感じの子どもだった。
奇妙な感覚だったよ。
オレがオレ自身を見てるんだからな。
そんな二人には、いまのオレの姿はどうやら見えてないようだった。
オレの存在をまったく無視して二人は話をすすめていた。
ばあちゃんがちっさいオレに答えていた。
「あぁ、ずいぶんと大きくなったもんだと思って見てたんだよ」
「それってボクのこと?」
ちっさいオレは自分のことを指さしていた。
「ふふふ。そうだね。葉ももちろんそうだけれどね、いま私が見ていたのはこっちの葉なんだよ」
「??」
目を白黒させるちっさいオレが、ばあちゃんの視線につられるように見たのは、庭先に植えられていた立ち木だった。
確かあれは……
あぁ、そうだ。
オレは思い出した。
譲り葉。
下に葉が垂れるように茂っている、それがその木の名だった。
秋になるとたくさんの小さな実が付いて、姉貴にそれを投げつけられて喧嘩になったのを覚えている。
オレはその木の由来を、小さい頃にばあちゃんから聞かされていた。
ばあちゃんがこの家に越してきた時に植えた木だと。
そしてばあちゃんは、なぜだか時折、心配そうにこの木を見上げていた。
それが印象的だったからか、余計にオレはその木ことをよく覚えていた。
けど、いまあらためてこの場面に見えて、気付いたことがあった。
ばあちゃんはこの木を見ながらも、実はその木を見ていたわけじゃあないってことだ。
その視線はどこか遠くへと向けられていた。
ここではない、どこかに。
「……なにか心配なの?」
ちっさいオレが、ばあちゃんの膝にだっこされながら聞いていた。
「心配……? そうねぇ。そう見えたのなら、そうなのかもしれないね。結局、どっちを選んだとしても悔いは残ったのだろうから、これでよかったんだとは思ってはいるんだけれど、やっぱり心配はしてしまうのかもしれないね」
「??」
きょとんとちっさいオレはばあちゃんを見上げていた。
「そうね、わからないことよね。ごめんなさいね、葉」
そしてふとばあちゃんの視線がオレの方を向いた。
いまのオレの方を、だ。
けど、気のせいか。
本当に一瞬に過ぎなかったから、ただの偶然だったのかもしれない。
現にばあちゃんは、何事もなかったように立ち木に顔を向けていた。
「それでもね、何か他の方法はあったのかもしれない。そんなことを考えることはいまだにあるんだよ。だから、余計に憂えてしまうのかもしれないね。何もしてはいけないことは、わかってはいるんだけれど。
もっとも、それを忘れさせないために、この木をおじいさんに頼んで植えてもらったんだけれどね」
「わかんない。でも……」
ちっさいオレが、ばあちゃんの並べる言葉の意味を計りかねて、不満そうに頬をふくらませると、ばあちゃんを見上げていた。
「でも?」
聞き返したのはばあちゃんだ。
「ばあちゃんにそんな困った顔させるんなら、この木をボクがなんとかする!」
「おやおや、そんなことができるのかい?」
驚いたような、それでいてどこか嬉しそうにばあちゃんは目を大きくしていた。
「わかんないっ! でも、なんとかする!!」
「そうかいそうかい。それは心強い。だったら、任せてもいいかしらね?」
オレはそう言うばあちゃんの姿を見て、そうかとオレは思ったよ。
これは夢なんかじゃあないってな。
記憶なんだって。
オレの過去の記憶だ。
それをオレはいまになって追体験してるんだと。
このあとばあちゃんに、オレはこう言うはずなんだ。
「がってんだ!」
『がってんだ!』
ばあちゃんの大好きな時代劇のセリフを真似して、ちっさいオレは力一杯頷いていた。
まったく、こんな時からすでにオレはばあちゃんの影響受けまくってたんだな。
「まぁ、嬉しい。だったら、頼りにしているから。葉。譲り葉はあなたに預けるわ」
そしてばあちゃんはちっさいオレの手を取っていた。
「これはその証。大事になさい」
「あかし?」
「そう、あかし」
ちっさいオレが驚いた顔をしてばあちゃんを見上げていた。
「わぁ! なんだかあったかーい!」
見ればいつの間にかちっさいオレの手に、真っ黒な棒のような物が握られていた。
だが、すぐにそれは黒い光の粒となって、弾けるように消えていた。
アレはもしかして……?
「いまのはー?」
「葉を守ってくれる大切な物。でも、あなたの心がけ次第では、あなたがいろんなお友達を作るのに役だってくれるものよ」
「どういうことー?」
「ふふ。分かるときはきっと来るわ」
「わかんなーい」
「えぇ、いまじゃなくてもいいのよ。この先、あなたが本当に必要とするときにきっと理解できるようになるはずだから」
そうか。
オレは頷いていた。
はじまりの一端は、どうやらここにもあったらしい。
オレは知ることになったよ。
そして納得した。
オレは次第に意識が、より明確になっていくのを感じていた。
意識の覚醒。
世界が白みはじめていた。
オレはゆっくりと、本当のまぶたを持ち上げていた。
「頼りにしているから」
そんなばあちゃんの声を再び聞きいた気がしながら、オレは目を覚ましていた。
「ようやくおめざか?」
猫姿に戻ったツキグモがすぐ横に、ちょこんと座っていた。
どうやらオレはツキグモに運ばれて、ラボの外まで連れ出されていたらしい。
ラボの入り口近くの、草の上に寝かされていた。
「あぁ、悪い」
「そう思うんなら、豪華な晩飯でチャラにしといてやるぜ?」
「これまで未納だったメシ代を払い終えたら、考えてやるよ」
言いながら、オレは身体を起こした。
もう身体はいつも通りだった。
いや、それどころか調子がいい。
頭の中はまだちょっとばかし、はっきりとしないが、それでも問題ないとオレの中の何かが伝えてきていた。
「チッ。その分働いてんだろ? いまだってな」
そう不満げに言ってから、ツキグモはハッと顔を強ばらせていた。
気にかけたのは、その言葉の内容じゃなかった。
ツキグモは鋭く一方へと視線を向けていた。
すぐそこにある松林の、さらに奥へと。
「……」
ツキグモは再びオレに顔を向けると、無言でオレを見ていた。
言いたいことがなんなのかオレはすぐに理解した。
オレも気配で感じていたからだ。
イジューと五葉家が総力戦を繰り広げている松林の奥、その主戦場でなにが起きているのか。
「……こいつはさすがにヤバいよな」
オレの言葉に、ツキグモは深刻そうな顔をして頷いていた。




