オレは戸惑いと混乱を引き連れたまま
「ちょっと、なんでこんなところまで来てるのよ!」
さっきまでかなり格子に近い場所にいたはずのリクが、なぜだか奥の方に逃げながらオレを責めていた。
「それに空木様がどうしてっ」
空木は入り口脇に立っていた。
彼女はリクを見て、オレを見ると、
「悶々(もんもん)と考えるより、会った方がすんなりと解決するものだ。私は外で誰か来ないか見張っていることにするよ」
そう一方的に言って彼女はスタスタと外に出て行った。
「……」
どうやら空木は見てられなかったらしい。
リクに会うことに躊躇しているオレを。
けど、余計なお世話だとはオレは思わなかったよ。
背中を押してくれたんだからな。
むしろ感謝したい気持ちだった。
「ちなみにオレは、そろそろ終盤も近いかと思ってさ」
戯けるようにオレはリクに言った。
というか、そうでもしないと変に気まずくなっちまいそうで。
「はぁ? なにそれ?」
本気でリクがそう聞いてくるのでオレは苦い顔をしたよ。
場を和ませようって気がないらしい。
「わかったよ。時間があるか分からないしな」
オレは諦めて本題に入ることにした。
「リクに聞きたいことがあるんだよ」
「聞きたいこと?」
椿って婚約者なのか?
思わず言いかけて、オレは頭を振っていた。
なにをこんな時に聞こうとしてる?
「なによ?」
次の言葉が待ちきれないリクに睨まれる。
慌ててオレは言葉をつなげていた。
「あぁ、いやその、コレについてどういうことかって、聞こうと思ったんだよ」
オレは焦りながら、ポケットにしまっていたプリントを引っ張り出した。
もちろんそれは沢辺に出力させた、あの地図データだ。
それをリクに見てもらおうと格子から手を差し入れるんだが、
「そこに置いて」
「は?」
「だから、それを床に置いてって」
やけに不機嫌な様子でリクが言い出して、オレは怪訝にした。
直接オレから渡されたくないって?
「……」
敬遠されてる……のか?
さすがにオレも表情が強ばった。
椿に何か言われたからか?
だからこんな態度をオレに取るのか?
けど、だ。けど、オレはちっちゃい人間じゃあないんだ。
心は寛容だ。あぁ、誰が言おうとそうなんだ。
すぅ、はぁ、すぅ、はぁ、すぅ……げほっげほっごほっ。
……よ、よおっし。これでいい。
大丈夫だ、問題ない!
オレは仕方なくプリントを開くと床に置いていた。
けど、リクはそれだけじゃあまだ満足しなかったらしい。
「離れて」
「……え?」
なんだと?
「あんた耳悪いの? 離れてって言ってるの!」
「……」
凄い剣幕だったよ。
つか、なんなんだ、この仕打ち?
段々オレは苛々してきた。
ただのわがままとは思えないだろ?
オレがここに居たらプリントを受け取れないって、どんな理由だよ?
それでもオレは優しいから、渋々ながらも入り口あたりまで下がってやったけどさ、やっぱり気分はよくはないよな。
「いいわよ」
ようやくリクの許可が出て、彼女はプリントが取れる場所までやってきて、拾い上げていた。
「ごめん……」
そしてプリントを片手に再び奥へと戻っていく。
一体リクが何を考えてるのか、オレにはさっぱりわからなかったよ。
けど、心当たりがあるとしたら、やっぱり五葉家の関連――椿の婚約者ってことが関係してるとしか思えない。
それを考えると妙に胸のあたりがザラザラとしてくるが――
「ひょっとしてコレ、あたしが保険のために渡したデータの出力?」
リクが普段通りの調子で言ってきて、オレはつられるようにそれに答えていた。
「あぁ」
アレはやっぱりそのためにオレに預けてたか。
空だと言ったのは、何かを言われても間違って渡さないためだろう。
「ふぅん……」
そう言ってリクは気むずかしそうな顔をして片手で顎を押さえ、プリントとにらめっこをはじめる。
「……辻褄があわないわね」
ポツリと言った。
なんのことを言ってるのかとオレが聞くと、リクはこう答えていた。
「イジューは椿の屋敷を狙ってる。これを見るとそんなふうに思える。でも、分からないのはどうして椿の家の人間がこのログを消したのかってことよ。隠す必要があるとも思えないことなのに」
あぁ、そうか。
それを聞いてオレは一つスッキリしていた。
オレがその地図を見ていて感じた違和感の正体だった。
それをまさにいまリクが言い当てていた。
「考えられる理由は?」
「これだけじゃあ想像すらつかないわね。情報がなさすぎるし。ただ、中心にイジューがいることは間違いないだろうけど」
そうなるとイジュー自体を追いかけるしか、どうしてこんなログになったのかを知る術はない。
「けど、なにか嫌な予感はするんだよね。勘だけど……」
オレは頷いた。
椿の家の人間がわざわざ隠そうとしたデータなんだ。
何かあるのは当然だろう。
リクのそれは間違ってないと思う。
「なら、そいつはリクが持っててくれよ。オレは行動あるのみだ」
そう言ってオレはリクに背を向けていた。
いまオレが出来るのは、ここからリクを出してやることじゃない。
もちろんここで妖衣を纏えば力ずくで出してやることも出来るだろうが、それじゃいろいろと禍根を残すことになるからな。
空木にも迷惑になる。
だからリクにはここでもうしばらく大人しくしていてもらうしかない。
それにちょっとばかし辛いよな。
出したら出したで、遠ざけられるってのも。
「って、ちょ、ちょっと待ってよっ」
そのままオレが出て行こうとすると、意外にもリクの方から引き止めてきた。
「もうちょっと居てくれてもいいとは思うんだけど? ほらっ、そ、そう! 学校の勉強こととかどれくらい進んだとか聞きたいし」
ホントかよ?
オレはため息をついた。
さすがこれで気付かなかったら、ただのバカだ。
オレにもわかったんだよ。リクの心が。
「……いいよ別に。気を遣わなくてもな。オレがいちゃいけないのは分かってる。だって、お前は椿の婚約者なんだろ?」
思わず言っていた。
言ってから自己嫌悪に陥ってたよ。
それがオレの感情の、どろどろした部分が言わせてたんだってわかっただけになおさらな。
リクがどんな顔をしてそれを聞いたのか、オレは見ることができなかった。
「……き、聞いたの? そっか……。聞いたんだ……」
声が急にしぼもうとしていた。
けど、オレは構わず言っていた。
「だから、あんまり二人っきりで居るのも、な」
「はは、うん。そう……だよね」
リクの声が揺れていた。
動揺してる……のか?
リクが? なんで?
「……」
わかるわけがなかった。
オレは戸惑いと混乱を引き連れたまま、蔵から出ようとした。
「けど!」
リクの言葉。
「勘違いしないで!」
強い口調で、それこそ公園で八つ当たりされたときのようなリクの言葉が、オレの背中にぶつかって来た。
「?」
顔だけ向けると、リクは格子に手をついて、怒った顔でオレを見ていた。
「仕方ないじゃない! こっちはお風呂だって入らせてもらえてないんだしっ、臭いんだから!」
「え?」
その言葉でオレはなにかとんでもない勘違いをしていたことに気付かされていた。
ひょっとしてオレに近づこうとしなかったのは――
それが本当の理由?
「いいわよ! ほら、行けばいいじゃない!」
怒鳴り声に背中をけっ飛ばされて、オレは蔵から追い出されていた。
なんだかとんでもない醜態をオレは演じていたらしい。
ったく、マジかよ……。
本気でイヤになる。
「フフッ。若いな。まだまだだ」
外に出ると、蔵の白壁に背中を預けていた空木が笑っていた。
どうやら聞かれていたらしい。
「だが、安心していい。脈がないワケじゃない。どうでもいい相手に、自分の汚れた姿を見せたくないとは思わないものだよ」
本当に?
オレは空木を見る。
返事はなかった。
彼女は蔵を閉め、オレを家まで送ると言って来た。
また後日ここには来ればいいと。
そして二人で屋敷の駐車場に向かおうとするんだが、その途中だったよ。
「そうそう、キミのおばあさんだが、名前はひょっとして伊那とおっしゃるんじゃないだろうか?」
空木にそう聞かれたよ。
「――!?」
正直オレは驚いていた。
「知ってるんですか?」
本当にそうだったからだ。
伊垣伊那。
他界して今年で二年になる。
「やはりか、なるほど。これも偶然ではないのかもしれないな」
どういう意味だ?
聞こうとするが、その質問を空木に向けることは出来なかった。
先に空木が言ったからだ。
「また、その話は時間があるときに話をさせてもらおう。いまは、ほら――」
と顎をしゃくって、前を示していた。
オレが前を見ると、そこにさっきの坊主頭の青年が汗だくで走ってくるのが見えた。
来るなり彼は、
「空木様っ、こんなところにいらしたのですかっ」
ずいぶんとせっぱ詰まった様子で言っていた。
「何か用かな?」
「招集ですっ」
「招集……?」
驚いた様子だった。
「はいっ! 明日葉様にもっ」
それを聞いた空木の顔は険しいものへと変わる。
「柊も山吹の当主もいないこんな時にとは……」
じんわりと空気が重くなろうとしていた。
それが何かよくないことの始まりであることは、オレにもわかった。
そして気付いたよ。
ゾクリッ。
肌が泡立つような気配に。
「…………」
これは……イジューの気配。
しかもそれは、そう遠くはない場所だ。
おそらくこの椿の家の敷地内。
「なるほど」
空木がオレの顔を見て言っていた。
「……」
まずいところを見られたかもしれない。
オレはなんの注意もしていなかった。
たぶん顔に出てたのを見られたんだろう。
空木には気付かれたはずだ。
オレがイジューの気配を感じ取ることが出来るってことを。
だが、彼女はそれを追求してくることはなかった。
「キミは部屋に戻っていてくれないか。誰かに送っていくように頼んでおく」
そして空木はオレを残して走っていったよ。
おそらくその招集とやらのために。
青年はその逆の、オレたちが来た蔵の方へと駆けていっていた。
こっちはさっきの話の通りなら、リクを呼びに行ったんだろう。
オレにもだいたい何が起きたのか察することが出来たよ。
おそらくイジューによる椿家の襲撃だ。
そのための対抗措置を執るために、五葉家の当主に招集がかけられたといったところだろう。
そして五葉家の総力を挙げて、今回で完全に鎮圧するつもりなのかもしれない。
「マジで終盤なのかもな」
冗談で言ったつもりだったが、本当にそうなるかもしれない。
苦笑いもいいとこだ。
けど、それならここで空木の言葉に従って、部屋でじっと待ってるなんてのは阿呆のやることだろ?
「もちろん行くんだろ?」
なぜだか足下に猫姿のツキグモがいた。
「おおう!? い、いきなり出てくるのかよ!」
つか、家で待ってたんじゃないのか!?
「いいじゃん。そんな些細なことはさ」
些細か?
ツキグモは快活に言って、ニシシシシと笑っていた。
「それより、行こうぜ」
ツキグモが肉球でクイックイッと気配のする方向を指す。
「……なんだか、えらいやる気だな」
公園でイジューの気配を感じたときの慌てっぷりとはずいぶんと違う。
「とーぜんだろ? 今回は五葉家のヤツらがいるんだ。安心してみてられるぜ。……まぁ、その前に、ちょっとばかしお前には寄り道していって欲しいトコはあるんだけどな」
「寄り道?」
「いまなら屋敷の警備も手薄だ」
……おい。なんかよからぬコトを考えてんじゃないだろうな?
「なんだよ? 不満なのかよ? なら、こう言えばいいのか? これはお前のばあさんの頼みなんだよ」
「ばあちゃんの……頼みだって?」
これにはオレも目を丸くした。
ツキグモの口から、ばあちゃんの話題が出てくるとは思いもしなかったからだ。
「だから、行こうぜ」
オレはツキグモを見返したよ。




