囚われのカノジョ
椿の家は、さすがにでかい屋敷だった。
一度門をくぐっているにもかかわらず、さらにまた別の門があって、その前でオレはようやく車を降ろされていた。
開け放たれている仰々しい門扉からは、まるで高級旅館並の広々とした玄関が見えていた。
「嫌みなくらいでかいな……」
けど、それもまだ序の口だ。
門をくぐって恐る恐る中に入ったオレが目の当たりにしたのは、それ以上のものだったからだ。
建物の端から端が見渡せない。それほど巨大な屋敷だった。
しかも奥行きも計り知れない。
これだけ広ければ管理もさぞかし大変なんだろうが、手入れは行き届いてるらしく、蜘蛛の巣一つ、雑草一つ生えていなかった。
「京都の寺かよ、ここは……」
思わずオレはそんなことを独りごちていた。
と、そこに、
「伊垣さまですね?」
濃紺の作務衣を着た、坊主頭の青年が駆け寄ってきた。
歳は二〇歳そこそこくらいか。
手には箒を持っていて、作業中だったんだろうが、それが余計にここは寺なんじゃないかとオレを錯覚させた。
オレが頷いて答えると、
「では、こちらに」
と、案内された。
この家の使用人らしい。
ひょっとして椿の家に仕えたら、こんなことをさせられるんじゃなかろうか。
勘弁してもらいたい。
オレは坊主頭の青年のあとを付いていった。
玄関からは入らず、下に敷き詰められた玉砂利を踏みしめながら歩くこと数分。
どこへ連れて行かれるのかと思っていたら、もう一つの別の入り口に案内された。
こっちはどこの家にでもありそうな、引き戸の普通の玄関だった。
「……勝手口?」
思わず呟くと、
「いえ、こちらも玄関なんです」
青年は言った。
どうやら一部の家人を含め、一般の人間が主に出入りするのはこっちの入り口らしい。
正面の玄関は、賓客と呼ばれる類の、お偉い方々専用の入り口で、資産家ってのはいろいろ儀礼的なもんがあるらしい。
それにこの一般人用の入り口の方が、中に入るには便利なんだと。
まぁ、そんなわけだからオレは素直に言うことを聞いて、こっちの玄関から中に入った。
通されたのはさほど広くはない応接間だ。
まったく価値がわからないが、床の間には高価そうなツボやらが掛け軸やらが置かれていた。
青年はオレをそこまで案内すると、お茶を出してすぐにもとに作業に戻っていった。
担当者がすぐに来ますと言っていたが、担当者ってことはどうやら椿ではないらしい。
「まぁ、家人にしようってんだから、人事的なことを統括してる人がいるのかもな」
しばらくお茶をすすりながら、これまたバカみたいに広い庭園をぼんやり見ながらオレは待った。
一分経過――
まだ来ない。
三分経過――
まだだ。
カップラーメンならすでに出来上がる時間だな。
五分――
ふむ~。
どん○ぇなら完成してる。
一〇分。
うーむ。まだか?
いい加減麺のびるぞ?
一五分。
……ちょっと遅すぎだろ?
さすがに冷めるぞ?
三〇分。
オレは絶対くわん!
と、いい加減オレもイラッとし始めた、その時。
「ほぉ。来ていたのか」
見知った顔が視界に入って、オレは目を瞬かせた。
「あ、あれ? どうして? ここ、椿の家ですよね?」
そう言い返した相手は空木だった。
庭園を散歩してたのか、彼女はオレを見つけるとすぐそばまでやってきて、この部屋に隣接するように設けられている縁側に腰を下ろしていた。
「ここには治療に長けた装具の持ち主がいるのだよ。怪我を見てもらっていたんだ」
そう言って空木は、軽く自分の脇腹をグーでとんとんと叩いていた。
それから思いついたように「あ」と声を上げると、
「装具というのはだな……」
と注釈を入れる。
彼女の言った装具というのは、妖衣を纏ったときに扱う術具のようなもので、リクが陣を張るときにも使った矢、あれらの総称とのことだ。
人によってそれぞれ形状も、性質も違うので、そういった治療に長けた術具を持つ人間もいるんだとか。
そしてそのおかげで空木はすっかりよくなったらしい。
そういえば顔色も、駐車場にいたときと比べるとずいぶんといい気がする。
「もう大丈夫ってことですか?」
オレが聞くと空木は頷いていた。
「まぁ、完治というわけではないがな。日常生活には差し障りはないレベルだ。無理はするなと、もちろん言われている」
それにしても妖衣ってのは便利なもんだな。
これなら確かに病院へ行く必要もない。
とは言え、限度ってもんもあるんだろうが。
「無論、妖衣の使用はもってのほかだとは言われているよ」
空木は笑っていた。
妖衣を纏うのだって、体には負担がかかるからだ。
「まぁ、それはそれでいいんだが、キミのことだ。キミはいつまでここにいる?」
「……オレ? オレですか?」
その意図の読めない聞き方に、オレは少しばかり戸惑った。
けど、それはオレの方こそ先に聞きたいことではある。
だから、
「さぁ?」
と肩をすくめていた。
空木が苦笑していた。
「あ、いや、すまない。言い方が悪かったようだな」
「?」
「ここで待っていても誰も来ないだろうと思ったからだ」
「……はい?」
オレは気色ばむ。
呼んだのに来ない?
「あぁ、先ほど坂崎――あーっと、椿家の人事をまとめてる人間がだな、屋敷を出ていくのを見たのだよ。急用が出来たとかなんとか言っていたが」
「……」
で、オレはほったらかしに?
また、ずいぶんとぞんざいな扱いだな、おい。
その程度に扱えばいいヤツだと思われてるってコトか?
「まぁ、他人の家の事情だから詳しいことはまではわからないが、なにかあったのかもしれないな。鋼士郎に関しても、おそらくここに来はしないだろうから、行儀よくしてるだけ無駄かもしれないぞ」
ってことは、オレにはもう帰れと?
マジで?
「だが、なにもそれで悲観することもないだろう」
「?」
「リクはいるはずだ」
それは確かに。
オレは頷く。
そもそもの目的はリクに会うことだ。
「当然、会っていくのだろう?」
と空木に問いかけられるが、オレはなぜだかそれに、すんなりと頷けなかった。
はいと答えればいいだけだってわかってるってのに。
「どうかしたのか?」
空木に不思議そうに尋ねられて、オレはポリポリと鼻筋を掻いた。
「会っていい――んですよね?」
思わず聞いていた。
「当然だ。だが、どうした? そう言うということは何か会いたくない理由でもあるということか?」
空木がオレの胸中を見透かすように言ってくるので、オレは言葉に困っていた。
答えがない。
「……ふむ。煮え切らないな。ならば、とりあえず私と一緒に来てみないか? 気も紛れるかもしれない」
空木が腰を上げていた。
ここを離れていいものか少しばかり迷ったが、それでも待ってても何も意味がないってんなら、行ってみるのもいいかもしれない。
「わかりました」
オレは結局空木についていくことにしたよ。
彼女がどこに行こうとしているかは話してくれなかったから、オレは本当にただ付いていくだけだった。
そして着いた先は蔵が立ち並ぶ屋敷の一角だった。
白壁の立派な土蔵がいくつも並んでいた。
さすがに屋敷もでかいだけあって、蔵の棟数も一棟や二棟じゃない。
見えるだけでも五棟は建っている。
空木が足を止めたのは、そのうちの一棟だ。
錠はかけられていたものの、鍵まではかけられていないようだった。
彼女はそのまま構うことなくその戸を開けると、中にオレを招き入れた。
中は薄暗く、ひんやりとしていた。
まだ目が闇に慣れてなくて、はっきりと中は見通せなかったんだが、床が板張りだってのはすぐに分かったよ。
踏み入った瞬間、床がしなってキィッと音を立てていたからだ。
よくよく考えれば蔵に入るってのは人生初の経験かもしれない。
けど、ここに一体何がある?
そう思った時だ。
「あんたっ!」
そんなオレを呼ぶ声が真っ正面から飛んできて、オレは目を丸くした。
「……り、リク?」
そう、彼女がいたからだ。
なんの心の準備もしてないってのに。
まさか有無も言わせず空木に会わせられるとは、さすがに思いもしなかった。
しかも、
「なっ、ここは……」
オレはさらにリクの置かれている状況を知って戦いた。
リクに会うことに躊躇していたことも、その瞬間に頭からすっかり抜け落ちていた。
目が慣れ、中が見た目通りの蔵じゃないってことが分かったからだ。
頑丈そうな木格子が嵌め込まれていたんだよ。
つまりその蔵は牢だったってことだ。
そしてリクはその奥に閉じこめられていた。
軟禁どころじゃなかったんだよ。
これは完全に監禁だ。
驚くなって方が無理だった。




