お出迎え
ちょっとブレイク。
一旦家に戻ったオレを、出迎えてくれたのはツキグモだった。
ただし、これを出迎えと言っていいかは微妙なところだが。
「なんで意気なりオレを閉め出す!?」
オレは玄関にすら入れなかったんだよ。
中から鍵がかかっていたせいだ。
そしたら中からドア越しにツキグモの声が飛んできた。
「ツキグモを愛してるか?」
「ハ?」
「だ~か~ら! ツキグモを愛してるかって聞いてんのっ」
なんだそりゃ?
「つか、まずはワケのわかることを言ってくれ」
オレが言ってやると、キーッと苛々するような声がして、
「合い言葉だよ。あ・い・こ・と・ば! このボケナスっ! 察しろよ! マーボーナスにして食っちまうぞっ!」
出来るもんならしてみやがれ、こっちはネコ鍋だ!
とは思いつつも、これ以上怒らせても面倒だったから、オレは適当に合わせた。
「はいはい、イエスだよイエス」
「まったく気持ちがこもってねー!」
「っさいな、あってるんだろ? 早くあけろよっ」
「ちっ、いつもいつも乙女心のわからんヤツだよなー、お前はよー」
不満そうに言いながらも、内カギをガチャガチャと回して、ようやくツキグモは玄関のドアを解放した。
しかし、なんだってそんな合い言葉を言わせたんだか。
不審に思いながらオレは家の中に入ると、ちょっとだけワケが分かった。
入ってくるのが、他人じゃまずかったからだ。
オレの視界に飛び込んできたそれは、あまりに衝撃的なものだった。
「ブフーッッ!」
まずオレは吹かずにはいられなかった。
「ななななな、なんでンな格好なんだよ!!」
慌てて手で目を覆いつつも、オレはその指の隙間からチラリと思わず確認。
「へっへーん? どうよ? たってきたか? ニシシシシ」
は、裸にエプロンだぁ!?
しかも裾丈が恐ろしく短いという、すばら――いや、けしからん格好!
つか、なにしてんだよ!
ちょっと身をかがませれば、おそらく大事なところも見えちまうような丈の短さだし、色は当然のごとくピンクだし。
横チチ上等な、よくもまぁこんなのがあるなと思えるような代物だし!
「アホかっ」
どうだとばかりにそこに仁王立ちするツキグモに、オレは冷たく言ってやる。
「あ、アホ? アホって、アホ言うアホのほうがアホだろ! そんなことより、ちょっとは喜べってんだよっ」
「よ、喜べって、お前……」
一体なんの影響を受けた?
「あん? なんだよその目つきはよぉ?」
冷ややかなオレの態度に、腕組みして不満そうに見下ろしてくるツキグモ。
さすがにちょっとオレもその姿に慣れてきて、顔に張り付かせていた手を下ろしていた。
「……ちなみに、恥ずかしくないのか? それ」
そうまじめに聞いてやると、ツキグモの顔は見る見る赤くなっていた。
「あほあほあほあほあほ! は、恥ずかしいに決まってるだろうが!! ボケナス!! 誰のためだと思ってんだよっ!」
「……誰よ?」
「な!? お、おまっ、お前ために決まってんだろーが!! ホントのこと知って元気出ないだろうと思って、せっかくこっちは気を遣ってやってんのに!!」
と、まくし立てる。
ん? と不思議に思ったオレ。
ひょっとしてツキグモはオレが落ち込んでると思ったってことか?
なにを持ってそう思ったんだ?
……いや、ひょっとして――
「お前、あの場にいたのか?」
あの駐車場に、だ。
そして、そこで椿と話しているのを聞いた。
じゃなければ、こんなおかしな気の回し方はしないよな?
「べ、別に偶然なんだからな、偶然! たまたま校長に呼び出しくらってて、そっちの方に行ってたら、そしたらイジューでよ――」
なんか話がとっちらかってるが、それならそれでいいとオレは思った。
居られて、困ったわけでもない。
ただ、それ以外のことで気になった。
オレは聞き逃さなかった。
「……校長?」
ツキグモの顔色が変わっていた。
「あ、いや、なしっ! いまのなし! なんでもなしっ」
有らぬ方を見て突然、口笛なんか吹きはじめるツキグモ。
いや、怪しすぎるだろ。
「……なーに隠してやがる?」
半眼で聞くと、
「べっつに~」
ツキグモは目も合わせようとしない。
嘘が下手過ぎだ。
「ほぉー。いいのかそんな態度とって? だったら、いいぜ。こっちもそれ相応の用意はあるんだぜツキ? 夕食無しな」
「ぬぁっ! ひどっ! それ、マジひどっ!」
オレの胸ぐらをぐっと掴んで、猛抗議だ。
髪の毛に埋もれていた耳がピンと立っている。
つか、こ、この体勢……。
オレはちょっと目を逸らしつつ、それでもやっぱり元に戻しつつ、視線を彷徨わせていた。
やけに胸元のあいたエプロンから、角度によっては見えそうで。
中がさ。
けど、煩悩を頭から追い出しつつ、平静を装ってオレは続けたよ。
「なら、まず話せ。なんでそこで校長が出てくるんだよ?」
思い起こせば、あの校長もかなり気になる存在だ。
発電所の地図を渡してきたり。陣を突破してきたり。
それで妖魔であるツキグモと何らかの繋がりがあるってことは、さすがに怪しさ倍増だ。
オレが視線を必死に上げてツキグモを睨んでると、
「む~」
観念したらしい。
ツキグモはしおらしく耳を垂らしてオレから手を離し、口を割っていた。
「……そ、その、なんつーかさ。ちょっとした知り合いってだけだよ。ただそんだけだって。別にお前を差し置いて浮気とかしてるわけじゃあねーし。だから安心しろって。な?」
色っぽくウィンクするツキグモに、オレはホッとひと安心――
するかバカ!!
むしろ、げんなりだっつの!
「寝言は寝て言えっ。付き合ってる前提でものを言うな!」
「え? うそ!! 違うの!?」
「違うわ! このアホ猫!」
「あ、アホって言う方が――」
「あ~っ、いいっ! もういいし!」
途端に渋い顔をしてツキグモが言う。
「げ~~~っ、つまんねーヤツ~」
「『げ~~』とか女が言うな」
「げ~~」
「……お、お前な~」
とわざと繰り返すツキグモを呆れるように睨んでやると、さらにあからさまに嫌そうにツキグモの顔が歪むのが見えて、それがあまりに酷いもんだから、オレは思わず睨むの忘れて吹いていた。
「ブハッ! 笑わすなっ! ひでー顔しやがってっ」
「んなっ!? ひ、ひどいってのはどういうことだよっ! あたしの顔見て吹く方がひどいだろうがっ」
本気で怒ってはいたが、オレが笑い続けるもんだから、馬鹿らしくなったらしい。終いにはツキグモも笑っていた。
けど、そのおかげでオレの気分も少しだけ晴れていた。
感謝したい気持ちも生まれてたが、言えば間違いなくツキグモは調子に乗るに決まってるだろうから、やめておいた。
「んで、葉。それはそれとして、お前、これから椿の屋敷に行くんだろ?」
ツキグモはオレにそう言ってきた。
「あぁ」
「だったら気をつけろよ。なんかこう妙にヒゲがぞわぞわっとすんだよな」
別に人の姿になっているツキグモに、ヒゲが生えてるわけじゃあない。
たぶん、感覚的にそういうものがあるんだろう。
「あぁ、わかったよ」
と、そう答えたのと同時だった。
車が家の近くで止まる音がしていた。
オレは鞄を玄関の直ぐ脇に置くと、そのまま一度は外に行こうとしたが、思い直して足を止めていた。
ツキグモを見て、
「サンキューな、ツキ」
やっぱ言っておくことにした。
イジューがこの街にいる。
いつ誰が、実原みたいになってもおかしくはない。
ふっとそんな危惧みたいなものが芽生えちまってたからだ。
驚いた顔でツキグモはこっちを見て、
「か、勘違いするなよっ。べ、別にやりたくてやっただけなんだからなっ」
「なら、なおさらじゃねぇかよ」
そう指摘してやると面食らったように、ツキグモは黙り込んでいた。
妙に悔しそうな顔をしてオレを睨んでくる。
なんだ?
また、よからぬことでも考えてるんじゃないだろうな?
オレは軽く手を挙げると、ツキグモが何かを言う前に言葉をギリギリ滑り込ませた。
「んじゃ、行ってくるから」
そしてオレは家をあとにし、迎えの車に乗り込んでいた。




