表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/42

スタートライン

ちょい短いです。すみません。

「すぐに? 目にする……?」


 オレは聞き返していた。


「あぁ、そうだよ。何の代償もなしに、こんな話を部外者であるキミが知っていいとは思ってないだろう?」


 それは確かにそうだ。

 けど、それとこれがどう関係する?


 椿はオレの問いに答えるように、そのまま話しを続けていた。


「いま言ったことは、わかりやすく言えば五葉家の機密事項なんだよ。つまりそれは、キミが五葉家からはもう逃れられないってことでもある。

 言い変えようか? キミはもう五葉家に従ってもらうしかないんだよ。側仕えでもしてね」


 あまりに突拍子もなく出てきた言葉にオレは、すぐには反応できなかった。


「覚悟はしてたはず。そうだろう?」


「…………」


 あぁ。覚悟はもちろんあった。

 けど、それにしたってこればかりはイメージがまったくわかない。

 側仕え――

 オレに執事服でも着ろって?


「もし嫌だと言うんなら、それなりの対処はとらせてもらうことにはなる。

 それに悪いことばかりじゃあないんじゃないかな? 五葉家に仕えればリクちゃんにも会わせてあげられる。彼女はいま、屋敷から出してもらえないでいるからね。


 だから、とりあえずは、キミに屋敷に来て欲しいんだよね。なにもそこですぐ家来になれって言ってるわけでもないわけだし。ただ、キミとしては話は早いほうがいいだろう? 会うのもさ」


「…………」


 オレは思わず複雑な顔をして、右手で顎を支えていた。


 リクに会う。


 なんでだろうな。

 この期に及んで、そのことに妙な抵抗を覚えてたんだよ。

 椿の話を聞いたせいか?


 ……そうだよな、たぶんそのせい、か。

 それはわかってるんだが……どうにも気がすすまない。


 そして椿はこうも言っていた。


「あとでキミの家まで迎えをやるからさ。詳しい話はそれからしようよ」


 オレはヤツの言葉に頷くしかなかった。


 さっきから椿との距離はまったく変わっていなかった。

 けど、どうしてだか、ずいぶん遠くから椿にそう声をかけられてる気がしていた。


 で、それでオレは自覚させられた。

 オレ自身がひどく滅入ってるってことにさ。

 自分じゃ鈍感なつもりはなかったんだけどな。


「どうしたんだい? 暗い顔して? ひょっとして心配かい? リクちゃんのことが」


 オレが顔を上げると、椿は悪戯っぽく笑っていた。


 わかってて言ってるんだろうな、コイツは。

 リクのことを心配してるから、オレがいまこんな顔をしてるわけじゃないってことを。


 それでも椿は素知らぬふりを続けて、オレに言ってきやがったよ。


「あぁ、でも、安心していいんじゃない? 彼女は無事だからさ。ただ、リクちゃんも強情だからさ。昨夜もちょっとおきゅうをすえすぎて寝不足になってるみたいだから、それだけ気遣ってあげてよ。

 でもまあ、ただそれだけだから。リクちゃんは意外とMだからね。そういうのも嬉しがっちゃって。

 ハハ、なかなか根を上げてくれないんだよね。普段気が強い反動なのかな? 求められるこっちも大変なんだよ」


 そして椿は、それはそれは嬉しそうにひらひらと手を振ると、笑いながらこの場から去って行ったよ。


 オレは奥歯を噛んだ。


 理性で感情を押さえつけていた。

 五葉家に関する知識を、可能な限り引き出す必要があると思ったからだ。


 けど、それももう必要なくなった。

 椿はいない。

 だから、オレに我慢する必要ももうない。


 オレは言葉に感情を思い切りぶつけていた。


「何様だクソ!!」


 オレは思わず勢いに任せて、近くにあった石ころを蹴飛ばしていた。

 それが遠くにあった無傷の車のボディをしたたか打って、派手な音を立てていた。

 けど、オレはそんなことは無視した。

 気にもならなかった。


 見返してやる。

 そう思ったんだよ。

 あとで絶対に見返してやる!


 けど、もちろんそれだけじゃ当然満足なんて行くわけがなかった。

 オレは罵倒ばとうし続けていた。

 空に向かって全力で椿のことを扱き下ろしていた。


「!?」


 そしたらだ――

 空を仰いだままのオレの前を、飛行機が一直線に白い雲を描いていった。

 それを見た途端、スッとオレの中にあったどす黒い感情が溶けてなくなっていた。

 頭に浮かんでいた汚い言葉の羅列が、その一瞬で全て消え失せていた。


 不思議だった。


 あまりに青く晴れ渡った空に、ただ一本だけ引かれた雲だったからか――


 不思議と目を奪われていた。


「……」


「……もういいだろうか?」


 空木が見計らったようにオレに声をかけてきた。


 ポカンとしてオレは彼女を見返していた。


 な!?


 すっかり忘れていた。

 彼女がすぐそばにいたことを。

 それなのに、オレはあんな醜態しゅうたいさらし――


 って、うっわっ!

 ハズ!

 めっさハズ!!


「フフ。若さゆえの――と言うヤツだろうか? だが、気にすることはない。誰でもあることだ。だから、そんなバツの悪そうな顔をするな。さっきのことも聞かなかったことにする」 


 うぐぐ。

 穴があったら入りたい。

 その上、埋めてもらえるなら、なおいい!


「だが、一言言わせてもらえるならば、キミにはこう言わせてもらいたい。いいだろうか?」


「?」


 真顔で言う空木。

 オレはおずおずとそんな彼女を見返していた。

 どうぞ、と。


「受け身のままでいても、いいことなどないものだ」


 あ、とオレは思ったよ。


 それは、ついついいつも忘れてしまいがちになることだった。

 オレは素直に頷いたよ。


 彼女の言うとおりだった。

 オレはただ椿に一方的に言われただけだった。

 ただ言われるまま、理解させられるまま。


 ただ翻弄されていただけだった。


 それじゃあダメだ。

 自分から動かなければいけない。

 そうしなければ、欲しい物なんか永遠に手に入るわけがない。


 あいつを見返すことだって、夢のまた夢だ。


 あぁ。オレはまだスタートラインすらまたいでいない。


 オレは再び飛行機が描いた、その白く長い雲を見上げていた。

 そして自分の両頬を思いっきり叩いていた。


 ヒリヒリするくらい、思いっきりな。


 ここがオレのスタートラインなんだ。


 オレははっきりと頷いたよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ