明かされた事実
「リクちゃんはさ、キミのものにはならないんだよ。永遠にね」
オレは顔をしかめたよ。
意味がわからなかった。
まったく順序もへったくれもない。
けど、椿の次の言葉を聞かされて、オレはさすがに耳を疑った。
「リクちゃんは俺の婚約者だからね」
オレは呆然とした。
しばらく息をするのも忘れていた。
リクが……婚約者?
ふと以前、空木が言っていた言葉が頭に浮かんでいた。
フィアンセ。
そう、空木自身が椿の事をそう言っていた。
オレは動揺を抑えきれず、空木へと顔を向けていた。
「そう。彼女も、もちろんだよ」
椿の言葉に空木も否定しなかった。
椿の肩が震えていた。
ヤツは笑っていた。
オレがひどく滑稽に見えるらしい。
「ハハハ! 驚いた? 驚いてるよね? フフフ。いい顔してるよ、実にね。
けどさ、これは冗談を言ってるわけじゃないんだよ。これはホントのことだからさ。
たしかに戸籍上は、誰が籍を入れるのかはわからないんだけど、これは五葉家の決まり――しきたりなんだよね」
空木を見れば、彼女は複雑そうな顔をしていた。
決して納得しているようには見えなかった。
だが、そこに抗おうという意志も見られなかった。
つまり受け入れている。
……いや、違うのか。
諦めている。そんなふうにオレには見えた。
「まぁ、キミには信じられないかもしれないね。けど、五葉家の人間にとっては違うんだよ。これが普通なんだからね。ほら、音衣さんは何も言ってこないだろ?
まぁ、それが嫌で、駆け落ちした人間も過去にはいるらしいけどさ、そんなのはただの不徳者だよ。これはこの世界のために必要なルールなんだからさ。そして五葉家が果たさなければならない義務でもあるんだよ」
そして椿はコホンとわざとらしく咳払いすると、饒舌に続けた。
「どうせキミはリクちゃんから、いろいろ知っちゃってるんだろうから、いまさら隠す必要もないよね。だから、もう一つ教えておいてあげるよ」
「……鋼士郎」
横から遠慮がちに空木が言葉を挟んでいた。
おそらく制止しようとしたんだろう。
けど、椿はかまうなとばかりに、軽く手を挙げて応じていた。
つまりこれから椿が話そうとしているのは、五葉家の内実をさらすということなんだろう。
本来ならば外に漏らしてはならないような類の。
「キミは音衣さんの妖衣姿はみたかい?」
「妖衣?」
オレはかぶりを振っていた。
すでにここに着いたときには空木は解いていたからだ。
「そっか……。けど、妖衣って言葉が通じるっていうんなら、リクちゃんのでも見せてもらったのかな。なら、説明は省けるか」
そう言って椿は、自らの妖衣を纏って見せた。
濃淡の違う紫が、刀の波紋のような模様を生む生地で作られた、和風の妖衣。
妖衣と言うよりは、むしろ装束と言った方がしっくりくる、そんな妖衣だった。
袈裟はないが、その色からどことなく僧衣にも見えなくはない。
「これが俺の妖衣だよ。男なのに妖衣っていうんだから、正直どうかとは思うんだけど、まぁ、それはもう諦めてるよ。そもそも妖衣を纏える人間は圧倒的に男が少ないからさ」
そういえばリクもそんなことを言っていたような気がする。
いまでは当主をのぞけば、男はこの鋼士郎くらいなもんだってな。
「この力があれば人間離れしたことも平気ですることができる」
言いながら椿は、近くの車のボンネットに拳を軽くめり込ませていた。
ギヒャリ
耳障りな音が響いていた。
もちろん椿の拳には傷一つ付いていない。
それだけの怪力、それだけの剛健さを備えてるってことだ。
「けれどね。この力には制限があるんだよ。誰でも得られる力じゃあないって制限がさ。ならばどんな人間になら得られると思う?」
どんな人間?
考えたことがなかった。
普通の人間が使えるわけじゃあないのは確実なんだろうが。
オレが答えに困っていると、椿は「簡単なことだよ」と前置きをして言った。
「第一条件は血族であることだよ。だけど、それだけじゃダメなんだよね。その中でも偶発的に現れた者だけにしか扱えなくてね。これは偶然生まれる力なんだ。だから、わかるだろう? それがもたらす意味が」
オレは頷いた。
それだけ希少だってことだろう。
「だから、この力を持つ者は敬われなければならない。そしてそれだけの義務も同時に負わなければならないんだよ。だから、俺はそのしきたりを守らなければならない」
椿はそう言ってわずかに間をおくと、オレに聞いてきた。
「ところでキミは五葉家が一番恐れるのはなんだと思う?」
「恐れること?」
力の存在が外に知られることとかか?
オレはそう言うが、椿は頭を振って否定してきた。
「いいや、違う。――恐れること、それはね、力が失われることだよ。理解できないかい? 妖魔に対抗する術をなくしてしまう。そうなればこの世界は妖魔で溢れるようになる」
「それとそのしきたりが関係あるってのか?」
「そういうことだよ。五葉家の始祖たちは考えたわけだ。力の消失を阻止するために、より確実に力を後世に伝えるためにはどうすればいいのかってことをさ」
オレは頷いた。つまり、そこで話がもとに戻るらしい。
オレは引き継ぐように言っていた。
「だから、五葉家の人間は五葉家内で結婚する。その血筋を守るために」
「そういうことだよ。力を持つ者同士は、たしかにその子孫に力をより高い確率で伝えることが出来るから。だから、もう、ここまで話せばキミにだって理解できるだろう?
現在、五葉家で種のある、唯一の男で妖衣を扱えるのは俺だけなんだよ。だから俺は音衣さんも、リクちゃんも孕ませなきゃならない。大変な仕事だよ、ホントにね」
「…………」
椿はにやりと嫌らしい顔で、そんな言葉を吐いていた。
言葉こそ、嫌々やってみるたいなふうだが、本心は違うんだろうよ。
「あぁ、ちなみに他の五葉家の人間は残念ながら、椿家とは血が近すぎるせいで今回は別の人間の種を入れることになってるんだよ。とは言っても、妖衣の扱えない五葉家内の人間ではあるんだけど。
実際、おしいんだよねー。向こうの子もカワイイのにさ、ヤれないなんてさ」
「…………」
つまり、五葉家ってのはいままでそうやって長いこと力と血を守ってきたってことか。
けど、だ。だとしたら不思議なことが一つある。
椿はリクのことを咎を背負う血脈だとか言ってなかったか?
そうやって貶めてただろ?
オレはその当然の疑問を椿にぶつけたよ。
「明日葉の血は、過去に譲葉と混血しているからね」
端的すぎてまったくわからない説明だ。
オレがその答えに眉間を皺を寄せたからか、空木が丁寧に説明してくれた。
「すでに断絶した、妖衣の力を持った家の名だよ。特殊な血筋で、代々混血をしなくとも力を受け継ぐことが出来たと言われている。その方法は秘匿されて他の家にも伝わっていないが、これもやはり血に関係していたらしい。
明日葉はその血をわずかだが受け継いでいるおかげか、リクの前の代までは一般人と、それと明日葉の血筋との混血を定期的に繰り返すことで、その力を十二分に保ってこれたのだ」
けど、事故があって明日葉の人間はリクだけになった。
だから、他の家との混血をしなければならなくなった。
そういうことか。
「納得いったかい?」
椿は妖衣を解いてオレに聞いてきた。
その問いにオレがはっきりと答えていいなら、答えはこうだよな。
いくかよ、ボケっ、ってな。
けど、だからって、それを理解してないわけじゃあない。
そういう努力というか、忍耐の結果がいまの五葉家を成り立たせてるんだろうからな。
そう言う人たちの功績までオレは否定はしない。
けど、それと気持ちの問題は別だろ?
「楽しそうな顔じゃあないみたいだねー?」
椿が言ってきた。
それで楽しそうな顔を出来る人間がどこにいるってんだよ?
逆撫でするような椿の言葉を、オレは頭から閉め出して、気を紛らわせるように深呼吸していた。
それでも納得がいったことが一つあった。
いままでリクと親しくするな、って他のヤツらがそう言っていた理由だ。
おそらく妖衣のことは知らないにしても、五葉家の人間は五葉家内で婚姻関係を結ぶ。そんなふうにこの地元ではしられてたんだろう。
胸くそ悪いしきたりだとは思うけどな、マジで。
けど、もっと何か方法を考えろよ、と思わなくもない。
……まぁ、でも、実際なかったからずっと続いてるんだろうけどな。
「いずれにしたって、これはすでに決まってることだからね。キミがどう思おうと関係ないことではあるし、すぐに嫌でもそれを目にするときが来ると思うからさ」
「すぐに? 目にする……?」
オレは聞き返していた。




