敵対するもの
気配の場所は校外だった。
オレはそのまま学校を飛び出していた。
近くというほど近くにその気配があったわけじゃあない。
だが、足で行けないほど遠いわけでもない。
裏道を使えば、一〇分もかかりはしないはずだ。
初日に学校の周辺を回ってたのが幸いしたよ。
あらかたこのあたりの地理は頭の中に入っている。
おそらく場所は天神橋付近だ。
天神橋ってのは、ちょうど河川の支流が本流とぶつかる、街で名所になってる橋のことだ。
まさか妖魔がそれに興味を示したなんてことはないだろうが、被害が出れば甚大だ。
オレは天神橋へと急いだよ。
けど、だ。
そこにオレが辿り着く前に、気配にちょっとした変化があった。
イジューらしき気配はそのままだったんだが、
「なんだ……?」
奇妙なことに、さらにもう一つの気配がそこに現れてたんだよ。
それはイジューのそれよりは嫌な感じはしなかった。
「リク?」
オレは思わずそう口にしていた。
けど、実は完全にそうと言い切る自信もなかった。
似てはいたんだ。前に学校の屋上で感じたリクの妖衣の気配と。
けど、どこか違う気もした。
それがなんなのかってのは明確には説明できないんだが、鋭いというか、落ち着いているというか、感じる印象が違っていた。
「もしかして他の誰かが?」
よくよく考えればその可能性だってある。
五葉家の人間の誰かってことだ。
その誰かがオレと同じようにイジューの存在に気付いて駆けつけた。
あり得そうなことだった。
現に、イジューと敵対しはじめている。
そしてイジューとともに場所を移動し始めている。
おそらく誘導してるんだろう。人のいない場所に。
関係のない人を巻き込まないように。
オレも、それら二つの気配が移動するのに合わせて行き先を変えていた。
二つの気配が最終的に落ち着いたのは、やや天神橋から離れたところにある、川沿いの公共駐車場だった。
確かにあの場所なら人通りはないに等しいし、多少暴れようが被害が出るのはそこに止められてる車くらいなもんだ。
「!!」
そしてそこに近付くにつれて、派手にやり合う音がオレの耳にも届きはじめた。
断続的に響く破砕音。
何も知らない人間が聞いたら、解体工事でもはじまったのかと疑うに違いない。
オレはそれで戦ってるんだって、この時始めて実感したよ。
立て続けに響く、低い爆発音。
鋭く空気をふるわせる甲高い音、金属がぶつかり合うような音……。
けど、不思議なことに突如起こったそれを聞いても、街の様子は普段となんら変わってはいなかった。
どういうことかオレは訝ったんだが、すぐに察したよ。
おそらくなんらかの結界のようなものが、すでにこのあたりには張られてるのかもしれないってな。
屋上で前に、リクが張った人払いの陣、あんなようなものだ。
でなけりゃ、これだけ派手に聞こえてるのに野次馬が来ないってのは変だろ。
たぶん、イジューと敵対してるもう一つの気配は、そのあたりのことをずいぶんと心得てるんだろう。
ただ、それで何もかもうまく対処できてるわけじゃあなかったみたいだが。
「押されてるみたいだな……」
せめぎ合う妖気は、明らかにイジューの方が優勢だった。
イジューの妖気はあまりに巨大で、もう一つの気配はそれに太刀打ち出来ていないのが現状だった。
決してその気配――妖衣を纏った誰かの力が小さいってわけじゃなかったんだが、イジューの妖気の大きさが異常なほど大きかったんだよ。
おそらくこれが貴族の力ってことなんだろう。
それは戦ってる本人もきっと分かってるハズだ。
だから、下手に真っ向からは挑んでいないようだった。
防戦、もしくは時間稼ぎが主な目的かもしれない。
勝とうとしなければ、力は及ばなくたって対処をする方法はあるはずだ。
けど、それでも決して危険がないわけじゃあない。
一人よりは二人。協力者はいた方がいいに決まっている。
オレが行く意味もあるはずだ。
そう信じてオレはようやく、駐車場へと足を踏み入れていた。
が――
「……?」
消えた?
オレが到着するのと、ほぼ同時。
それは忽然と消えていた。
気配が――なくなった?
それまでの喧噪もぴたりと止んでいた。
ただ静寂が、その場を包み込んでいた。
何かあった、そう考えるべき……か?
訝しみ、オレはハッとした。
最悪の想像が頭をよぎっていた。
まさか……
――オレは間に合わなかった……のか?
息をのんだ。
脳裏に先日のクレーターの中の光景が浮かんでいた。
実原の死。
血の気が引くのが分かった。
やめてくれ。
オレは急いでその場に残っているであろう、妖衣の気配の主を探しはじめた。
認めたくなかった。
こんな結果なんて、認められるわけがなかった。
失意にうち拉がれそうになりながら、へたり込みそうになるのを耐えながら、オレは強引に足を踏み出していた。
頼む。
生きててくれ。
そう強く願った。
そしたらだ。
「いやぁ、少年」
女の声だった。
それに振り向き、オレは彼女の姿を目の当たりにしていた。
正直、オレは泣きそうになったよ。
「生きてた……」
心からほっとしていた。
目元を腕でぬぐっていた。
声をかけてきたのは葬儀屋の空木だった。
前回と同じように黒スーツに身を包んではいたが、あちこちすり切れ、破れて、ずいぶんと惨めな姿になっていた。
どうやら戦っていたのは彼女だったようだ。
「まったく、こんなみっともない姿ですまないね」
言葉からすると、まだ余裕があるのかもしれない。
それでもその顔に滲む疲労の色は隠しようがないようだった。
やはり厳しい戦いだったんだろう。
巨大な気配の妖魔を一人で相手をしていたんだ。
「だ、大丈夫なんですか?」
オレは慌てて空木に駆け寄っていた。
無事だったことに感動してばかりもいられない。
「あぁ――」
と言いかけるが、空木は突然ふらついて、アスファルトに膝を付いていた。
見たところ、大量出血するような酷い怪我をしてるようには見えなかったが――
「あ……」
近づいてオレは身構えていた。
けど、勘違いしてもらっちゃ困る。
空木の酷いけがを見たからってワケじゃない。
そ、その~、なんつーか、空木のYシャツがさ。
ちょうど胸のあたりが破れてて。
青いブラがそこからのぞいててだね……。
「すっ、すんません!」
もちろん、見るつもりなんてなかったし、不可抗力ではあったんだが、目だけはどうしても……つい、だな。
あ、いや、凝視なんかしてないぞ! マジで!
ただ、なぜか視線がそっちに行ってしまうというか、なんというか。
こ、こんな時に不謹慎だとはわかってるんだが……
「フフ、君もやはり年頃の男の子だな」
空木が嫌み無く笑う。
「なっ!? いや、ホント、マジですんませんっ」
見えざる引力に必死に抗い、オレは慌てて目をそらした。
けど、彼女も彼女だよな。
少しは隠そうとしてくれればいいのに、まったくしないんだから。
「フフ。かまわないさ。減るものでもないからな」
……いや、オレとしてはいろいろと目減りするような気はするんですが。
「そ、それはいいとしてっ、身体の方は――」
空木は頷いていた。
「あぁ、見ての通りだ。無事とは言わないが、肋骨を数本持って行かれた程度だな。問題はない」
「問題ない? そっか、そうなんですか。それはよかった――
――って肋骨っ!?」
あまりにさらっと言われて、思わずそのままオレは頷きそうになったが……ちょっと待て。
それはかなりの重傷なんじゃないのか?
「クックック。君は面白いな。表情がコロコロと変わる」
笑いながらも、空木がわずかに顔をしかめたのは痛みを覚えたせいだろう。
「けど、それなら急いで救急車を呼ばないと!」
だが空木は慌てて首を横に振った。
「いや、その必要はないよ。直に五葉家の人間が来るはずだ」
と言ってから、空木は酷く真面目な顔をしてオレを見ていた。
「……それよりも、私としてはまず君にきいておかなければならないことがある」
「聞いて?」
何気なくオレは聞き返していたが、気付いてなかったんだよ。
その次の言葉を聞くまで、空木の表情に変化があったことに。
「君はどうしてここにいる?」
オレを射抜くような視線だったよ。




