オレに残された手がかり
「明日葉さん? 今日も来てないけど?」
リクのクラスメイト――オレが声をかけたその男子生徒は、そう言って答えてきた。
「また?」
オレは思わず、その男子生徒にそう聞き返してたよ。
実は今日でリクが休むのは三日目だった。
風邪だということらしいが、あのリクがそんな柔なわけがないと思うオレとしては、それ以外の理由でなにかあったんじゃないかと、さすがに勘ぐりはじめていた。
おそらく五葉家の絡みで何かあったんじゃないかってな。
「お見舞いには誰か行ってるのか?」
オレは聞いた。
「さぁ? 女子のことだし。それよりお前」
「ん?」
逆に聞かれて、今度はオレが頭上に?を浮かべる。
「明日葉さんのこと、好きなわけ?」
「は?」
さすがに目を白黒させた。
つか、ほとんど面識もない人間に意気なりそんなことを聞かれるんだからな。
「だって、クラスにもいないからさ。お前ほど明日葉さんと口聞けるヤツなんて。けどなー、なんつーかさ、明日葉さんはやめておいた方がいいと思うぜ?」
前もどっかで言われたような気がするセリフだ。
「椿鋼士郎を敵に回すんだからな。どうなっても知らないぜ?」
オレは頷いたよ。あぁ、そうかって。
七川だった。彼女もそんなようなことオレに言ってた気がする。
けど、それはもう遅い忠告ではあるんだよな。
オレは椿をがっつり敵に回しちまってる。
「あぁ、覚えとくよ」
オレは一応その男子生徒にそうやって答えておくと、さらに何かを言われる前にその教室をあとにした。
ひょっとしたら、その椿鋼士郎から話を聞けば、リクのことは何かわかるかもしれない。
けど、悪いがアイツとは口を聞きたくないんだよな。
それでなくても顔を合わせたなら、またいろいろ言われそうだってのに。
「なら、どうすっかな?」
オレは唇を尖らせた。
調べる手だてが思いつかない。
いまは様子を見るしかないってことか?
「リクが来てないなら、聞けもしないしな」
オレはポケットに手を突っ込んで、それを引っ張り出していた。
リクに直接聞けばいいと思ったんだが、いまだ会えないままだったからずっと持ち歩くハメになっていた。
発電所で渡されたUSBメモリーだ。
空だって言われてたんだが、なんとなく調べてみたら、そうじゃなかったんだよ。
実は中にデータが一つ保存されていた。
データの作成日は、ちょうどこのメモリーを渡された、あの日の日付だった。
だとすると、さすがに気にならないはずがないよな?
このデータがなんなのか。
けど、そこで問題が一つあったんだよ。このデータは開くことができなかったんだ。
パスワードがかかってたからな。
オレには当然、それを自力で解錠するなんてスキルはない。
リクに聞くしかないと思ったよ。
けど、そのリクがいないんじゃあどうしようもない。
このまま待つしかないのか? そう思った。
けど、ダメ元で教室戻って、七川に聞いたんだよ。
PCとかに詳しいのはいないかって。
そうしたら実はずいぶんと身近に、そんな凄腕のスキルを持ったヤツがいたらしい。
七川はこう言ったよ。
「その手のことなら沢辺くんっしょ」
人差し指を立てて、それはそれは嬉しそうに。
「……」
オレは思わず苦い顔をせざるを得なかったんだが、まぁ、まったく面識がないヤツよりは信用はできる。
が、これだけははっきり言っておくからな。
頼みづらっ!!
そしてめんどくさっ!
「……」
けど、他にアテもない。
七川も沢辺以外を紹介してくれそうにもないし、仕方ないからオレは放課後を待って、沢辺に頼むことにした。
で、これは話が逸れるんだが、オレが沢辺に近づくと、なぜか女子の好奇な視線がオレの背中に張り付くんだよ……。
なんでだよ? 注目しすぎだろっ!!
おかげで頼みずらいったらない。
オレはホームルームが終わると、そそくさと沢辺に近づいて、
「一緒に来てくれ」
そう言って沢辺を連れ出そうとするんだが、
「……」
その場で振り返った途端。
教室にいた女子の、ニヤニヤした顔が一斉にオレの方を向いていた。
……さすがにぎょっとしたよ。
いや、もう鳥肌ものだと言ってもいい。
で、それに耐えきれず今度は顔を元に戻したら、
って――
「なんでお前も一緒になってんだよっ!」
沢辺がまったく同じ顔をしてやがって、思わずオレはその場から飛び退いてたわ!
「だってじゃないっ!」
そう言って思わずオレはヤツの頭をはたいていた。
「ま、まだ何も言ってないのにっ」
「言おうとしただろうがっ」
まったく、なんでそこで便乗するっ!?
「いくぞっ」
そう言ってオレは、沢辺をとっつかまえて学校のPCルームに向かったよ。
学校のPCルームってのは、一般の教室とは別の棟にある、通称・別舎の中にある。
授業で使われることは滅多に無いみたいなんだが、進路関係の調べものをするときには、よく利用される場所らしい。
この時期は比較的利用者も少ないらしく、二年だろうが三年だろうが学年に関係なく利用できるようになっている。
で、そんなPCルームにオレは沢辺を連れて行ったわけなんだが、
「……で、なんだってお前は、そんな格好してんだよ?」
オレはヤツに思い切り、これでもかってくらいに白い目を向けていた。
「な、なんでって、なんで!? 見て分からない?」
当然のようにサングラス越しにオレを見て、聞いてくる沢辺に、オレは間髪入れずスパァンッと平手をかましていた。
「わかるかっ!!」
そもそもどっから持ってきたんだよっ、そのアフロのカツラとサングラスはっ!?
「いやぁ、デートだなんて緊張すると思って」
「どこがデートだっ!」
ったく、ツッコミどころが多すぎて、これ以上言う気にもなんねーよっ。
前の馬のかぶり物といい、コレといい一体なんでそんなもん持ってんだっ。
「ち、違うのっ!?」
「話を捏造すんなっ! 耳ついてるだろ!? そんな指くわえて可愛く言ってもダメっ! さっさとオレの言ったことをやってくれりゃあいいんだよ!」
沢辺はそれでもしばらくは不満そうにしてたが、渋々PCの前に座るとパソコンを立ち上げて、オレが頼んだことの準備に取りかかる。
USBに残っていたデータのパスワードの解除だ。
詳しくは分からないんだが、沢辺によると専用のアプリケーションを使えば、この手のパスワードは意外に早く解除できるもんらしい。
PCにオレが渡したUSBを挿して、オレは横で沢辺の作業が終わるのを待つ。
時間にしてどれくらいかかったか。
一〇分も経ってないくらいだな。
沢辺のキーボードを叩く音がしなくなったと思ったら、ヤツはこう言ったよ。ひどく満足げな顔をしてな。
「これGPSロガーか何かのデータ?」
「分かるのか?」
オレが聞くと沢辺は頷いて、すぐにそのデータをネットで取得したマップ上に表示させていた。
「拡張子がそれっぽかったから」
見ただけで分かるらしい。
それにはオレもさすがに驚いたよ。
まさに人は見かけに、って感じだよな。
で、沢辺が画面上に表示させた等高線だらけの地図なんだが、そこにはこの街の名前が出ていた。
そしてそこに点々と目立つように表示されているのは赤い点だ。その点の横には時刻らしいものが表示されていた。
場所と時刻、それが中にあったデータの正体らしい。
「で、これを分かりやすくするとこうなる」
沢辺がマウスをクリックし、それを見てオレは思わず呻いていた。
「……どういう……ことだ?」
沢辺がやったことは、なんてことはない。
表示を等高線の書かれた地形図から、一般的に使われている地名図に切り替えただけだった。
「どうかしたの?」
沢辺は不思議そうに、横に立っていたオレを見上げていたが、オレはしばらくそれに答えられなかった。
「伊垣くん?」
何度目かの沢辺のその言葉に、オレは頷いて、
「あ、あぁ。悪い。これ、プリントアウト出来るか?」
「それは出来るけど……顔、さすがに恐いよ?」
沢辺はどういうワケなのかと、オレに聞きたそうな顔をしていた。
けど、説明したところで当然納得してもらえるとは思えないし、これは沢辺を巻き込んじゃあいけないことだからな。
オレはなにも言わなかったよ。
これは――このデータは、リクの言葉を思い出すならば、妖魔の移動の跡。
もちろんそれだけだってんなら、別にどうってことはない。
だが、重要なのはこれが妖魔の貴族、イジューの移動した痕跡だってことだ。
その証拠にちょうど実原さんが襲われただろう時間に、点はあの公園を示していた。
当然、それだけでも貴重な情報ではあるんだが、オレが注視したのはそこじゃあなかった。
そこに至るまでの道のりだ。
公園に来る前、イジューらしき妖魔がいたのはどう見てもあの場所だったからだ。
「……」
それがオレの呻いた理由だよ。
誰が思う?
イジューが椿の家に留まっていたなんて?
そう、赤い点のはじまりは椿の家にあったんだよ。
椿の家は、実際にオレが行ったことがあるわけじゃあないが、所在は知っていた。
オレの借家の近くでもあったし、なによりおしゃべりなよろず屋の店長が教えてくれてたからな。
航空写真を見せながら懇切丁寧に。
「けど、なんでだ? どうなってる?」
椿の家が妖魔の被害にあったなんて話は聞いていなかった。
たとえ隠蔽されていたとしても、家に何かあったのなら、そこに住まわせてもらってるリクが分からないはずがないし、それをオレに言わないはずがない。
しかもこのデータによれば、椿の家にイジューが留まっていたのは、少なくとも二時間くらいにはなる。
イジューは椿の家で何かをしようとしていた?
狙っているのか?
妖魔と敵対する力を持つ物を排除するために。
とは言え、それにしては違和感があった。
それが何かはわからないが。
「はい、これ」
沢辺にプリントアウトしてもらった地図とUSBメモリーを、オレは礼を言ってポケットにしまう。
「で、その、この件の報酬なんだけど――」
沢辺が続けて何かを言い出そうとしたんだが、オレはそれを遮った。
「……?」
気配だった。
しかも、これは――
「おいおい、マジでか……」
このゾクリとした嫌な感覚は、忘れようもなかった。
妖魔だ。
しかも、公園にいたときの物とまったく同じもの。
「来たっていうのか……?」
イジューが!?
このタイミングで?
オレは何かを言う沢辺を無視して、教室をあとにし、走り出していた。
ほとんど反射的に身体が動いていた。
何が出来るのかなんて何も考えてもいなかった。
ただ、そこに行かなきゃならない。
そんな抗えない意志がオレを突き動かしていた。




