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今日からここがオレの家!

『魔を穿つ者、因果を解き明かす術を与える』


 その言葉の意味自体はなんのこっちゃオレにはさっぱりわからんかったが、その手紙の左下に押された捺印にオレは目が釘付けになった。

 二頭の羊の頭が外向きに描かれた、いわゆる双頭の羊の紋章だったからだ。

 それがオレの脳裏に忘れていたはずの記憶を鋭く呼び起こしていた。


 甲高いタイヤのスリップ音。

 おそらく急ブレーキでもかけたんだろうな。


 それは月のない暗い夜のことで、コンビニから家に帰ろうとしていたオレは、その直後にそれを見たんだよ。


 何もない、さっきまでは何もいなかったはずの車道に、突然豪奢ごうしゃな黒塗りの車が現れたのを。

 そのヘッドライトは横断歩道を渡っていたオレを向いていた。

 その距離5メートルもなかった。


 もちろんオレには逃げようがなかった。

 さっきまでエンジンの音すらしてなかったし、避けようとする意識すらその時は持てなかったからな。


 案の序、オレはその車に正面からはね飛ばされていた。

 ただ、跳ねられたといってもその時の記憶は飛んじまっててないんだけども。

 そしてその次に覚えてるのが、その車が立ち去る姿と、その車のテールランプ。


 あともう一つ、そのトランクルームに付けられていた双頭の羊のエンブレムだった。

 だけど、オレをいたからそのエンブレムが気になったっていうわけじゃあない。


 問題はその後にこそあったんだよ。

 オレはその時轢かれたはずだってのに、傷一つ負ってなかったんだ。

 服はあちこち破れて、ひどい有様だったってのにも関わらずな。


 それ以来だ。

 オレはどれだけ傷ついても、恐ろしいほどの回復力で傷がふさがるようになっていた。


 そしてオレは気付いたよ。

 オレはもう前のオレじゃなくなっていて、何か違うオレに変化してるんだってことに。


 それが怖いと思うのは当然の反応だよな。

 だから、オレは知りかった。知らなきゃならなかった。

 あの時なにがあって、オレがどうなっちまったのか。


 自分のことだってのに、自分のことがわからないんだ。

 自分でも何が違うのかってあれこれ調べたりもしてみたけど、一層わかんなくなるばっかりだったしな。

 だから、このタイミングであのわけのわからない手紙が来たのはある意味、ラッキーだとも思ったよ。


 ま、もちろんそこに他人の思惑が働いてるみたいな気持ち悪さは感じたんだが。

 で、そんなわけだから、オレはここに来ることにした。

 こうして二年にあがるタイミングで、転校することにしたんだ。


 けど、現実を実際に目の当たりにしてみると、けっこう心ってヤツはくじけやすいらしい。

 そう決意したってのにもかかわらず、早くも挫折しそうなんだから。

 いままで都会暮らしになれてたオレが、こんな田舎で暮らしていけるのかどうか。

 そもそも周りに知り合いすら居ない状況ってのは、こんなに心細いもんなんだな――


 なんて思ってると――


「あ、あのっ」


 ん?


 気付けば、見知らぬ女子高生がオレに声をかけて来ていた。

 慌ててオレはそっちに目をやって、


「!?」


 ふ、不覚にも目を奪われていた。


 栗色の髪をおかっぱ風にした、眼のくりっとした美少女だったからだ。

 そのグレーの制服からすると、どうやらオレと同じ学校らしい。

 可愛らしい四つ葉のクローバーのヘアピンがすごく似合ってたよ。


 そして彼女は言ったんだ。

 上目遣いで、妙に恥ずかしそうにして。


 それだけでこっちはドキドキだってのに、


「のります?」


 むはっ!? ど、どんな台詞だぁああああっ!

 の、のりますって?


 意気なり初対面の人間相手に、そんなことを言うのか!?

 ま、まさか、田舎は都会よりも実はススんでて――


「あ、あの出ちゃいますけど?」


「で、出る?」


 な、何がっ!?


 と思わず鼻息を荒くしたのも束の間、彼女はなぜだか違う方を指さすので、それをオレは目で追って、


「へ……?」


 あー……そ、そりゃそうだ。うん、そりゃそうだよな。ハッハッハッ。


(ちっ、なんだよ。バスかよ……)


 ハッ!?


 い、いかんいかんっ、いかんぞ!

 わかってたよ!

 はじめからそうだと思ってたし! 

 うはははははは。(超嘘つき)


 ってなわけで、オレは慌てていつの間にやら来てたバスに、その少女の後に続いて乗ったよ。


 ちなみにこれを逃したら次に来るのは数時間後だってんだから、さすが田舎だよな。

 ……内心ひどく慌ててたけどさ。


「あ、ありがとな」


 オレは他に人のいない車内で、彼女の斜め後ろの席を陣取りながら礼を言ったよ。


「いえ、なんだかぼーっとされてたみたいなので」


「ぼーっと? ……あぁ、そりゃそうか」


 オレは頷いた。

 他に人がいたことにすら気付かないほど、あれこれ真剣になって考えてたからな。

 そう見えても当然かもしれない。

 ま、でも、そのおかげでこんな可愛い子に声をかけられることになるんだから、ラッキーだったと言えなくもないが。


「あーっと、ところでその制服、もしかして白高生しらこうせいなのか? オレも今度、白羽川しらはがわ高校に転校してくることになったんだけど」

 

「て、転校生……なんですか?」


 ひどく珍しそうに、彼女はオレを振り返って見てたよ。


「あぁ、だからよければいろいろいと教えてもらえないかと思ったんだけど。えっとー」


実原みはら 和音かずねっていいます。二年です」


「ってことは、同級生?」


 そのつたないしゃべり方から、ひょっとして一年かななんて思ったりもしたんだが、よくよく考えれば、まだ学校も始まってないこの時期に、一年生が制服来て出かけてるってのは違和感がある。


 オレは自分の名前を彼女に教えてから再び言った。


「なら、同じクラスだといいよな。知った顔があるのは安心だしさ」


 もちろんそこにはちょっとした出来心というか、下心というか、そういうのがなかったわけじゃあない。

 けど、まさかそれを見透かしたワケじゃああるまいし、すぐにこんなふうに返されるとは。


「え? お、同じ――ですか? そ、そんな……困りますっ」


 ぶんぶんと彼女は恥ずかしそうに、両手を交差させるように振るんだよ。それも激しく、だ。


「こ、困る……?」


 脈無いな……。


「え? いや、こ、これは違うんですっ。そ、そういう意味じゃなくて……」


 大慌てだった。


「あ、あの口癖なんです。変な口癖ですよね。よく言われるんですけど、その、ごめんなさい」


 律儀に頭まで下げていた。

 なるほど。口癖か。確かに変と言えば変かもしれない。


 オレは笑いながら手を振って、気にしないでいいと伝えたよ。


「じゃあ、気にしないついでに、もう一つ。って、まったくこれは関係ないか。ハハ。呼び方だけどさ、実原さんでいい? それとも和音さん?」


「え? あ、あの、ど、どちらでも……」


 ふむ。


「じゃあ、実原さんでいっか。オレの方はなんでもいいからさ」


 そう言ってそれ以降オレは彼女にあれこれとこの地域のことについて聞いてみたよ。


 一応、オレのこっちでの生活を助けてくれる地元の人ってのがいるらしかったが、それだけじゃあなんだか心許ない気がしたからな。

 きっちりケータイの番号も聞いておいた。


 で――それから二〇分くらいか。

 オレの降りるバス停に着くまでは。


 彼女の降りるバス停はオレより後らしく、彼女はオレがバスを降りると、その後もバスの中から丁寧にオレを見送ってくれていた。

 見た目もそうだけど、ずいぶんと優しい子だった。

 姉貴にはマジで見習って欲しいくらいだ。


 オレがバス停に着くと、やっぱりというか、まぁ、当然なんだろうが、そこも相変わらずの田舎だった。

 山に囲まれたちょっとした盆地にある集落って感じだな。

 田んぼや畑が大半で、家の数はそれほど多くはない。

 その家のほとんどは、いまバスが通っていった主要道沿いに多くが並んでいた。

 

 で、ここで、その地元の人ってのが案内してくれることになってたんだが――


「あぁ、君かい? 伊垣葉くん?」


 キョロキョロしてると、そう言って声をかけて来てくれた、麦わら帽子を被ったおじさんだか、おばさんだか微妙に性別の判断に困るニコニコ顔の人がいた。


「えっと――」


「一応管理人……大家って言った方がいいのかなぁ。あたしは沢辺さわべ 千尋ちひろだよ。君の面倒を見るように言われててね」


 これまた男とも女ともとれる名前だな……。


 オレは改めて自己紹介すると、沢辺さんにこれからの住処となる一軒家に連れて行ってもらった。


「中はきれいにしてあるから、ほとんど問題は無いはずだよ」


 そう言われたのは、年代を感じる木造一階建ての家屋だった。

 聞いていた間取りは和室が三部屋に、キッチン、バス、トイレ。

 意外にでかいのかと思ってたが、どうやらそうでもなかったらしい。

 簡素な作りだからそう見えるのかもしれないが、一人暮らしにはちょうど良さそうな大きさの家だった。


 しかし、これが月五千円とは。

 傾きかけの家を想像してたんだが、全然そんなこともない。


「あと、わからんことがあったら、あたしの家はすぐそこやから聞きにおいで」


 沢辺さんはそう言って、当面必要になりそうなことを教えてくれると、自分の家の方に戻っていった。


 オレは中に荷物を置いて、ぐるりと家を一周したよ。


「借家だけど、家は家。それでもなんかちょっと嬉しいよな」


 一人暮らしってのはそもそもはじめてなんだよ。

 だから余計にそうなのかもしれない。

 オレだけの家ってのができて、妙にワクワクしていた。

 確かにここは田舎でなんにもないけど、雑音ってのもない。


 さらに言えば悪魔のような姉や、とんでもないことを言い出す親もいない。

 さすがに妹がいないのは多少寂しくはあるが、それでもチャンネル争いなんて起きることもないから、それはそれで悪くはない。


 ……その分やることは間違いなく増えるだろうが、そこは仕方がない。

 トレードオフだよな。


「ってことで、とりあえず満喫できるトコから満喫するために、片すっ!」


 自分でもやったらポジティブなヤツだななんて思いながら、とりあえずオレは腕まくりする。

 夕方までにはなんとか部屋の片付けを終わらせることに全力を注ぐことにした。

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