だけど、彼女はこそこそと忍び込みませんでした。
通路に点々と設置されていた赤色灯が一斉に光り出して、天井の電灯もほぼ同時に点灯していた。
つか、なにをドジった!? オレ!?
そう焦ったよ。
けど、そうじゃなかった。それはオレじゃあなかったんだよ。
だってオレはこれといって、何かをしてたってわけでもなかったからな。
それにその原因もすぐに判明した。
通路の向こうから走ってくる人影があったからだ。
それこそこの警報器をならす原因を作った張本人だった。
そしてそれと同時に、オレが探していた人物でもある。
「リクっ!!」
そう、彼女だ。
向こうは向こうで驚いて、オレを目の当たりにしたが、状況がそれを許さない。
よく見れば、その後ろから数人の作業着姿の男が追ってきてたからだ。
人払いは効かなかったのか?
それとも何かしらの制約みたいなのがあの陣にはあるのか。
「なんで――って、話はあとっ! 逃げるわよっ!!」
なにをやらかしたのか。
まぁ、警報が鳴った時点で、それがへまだったっていうことは明らかなんだが、それでも目的が果たされているというなら話は変わる。
オレは言われるがままに身体の向きを反転させると、もと来た道を引き返しはじめた。
「道は分かる!?」
リクにそう聞かれてオレは頷いた。
地図に書かれた通りに来ていたオレのルートはまさしく最短ルートだ。
リクがどう来たかは分からないが、もし彼女が正確な地図を知っていないのだとしたら、オレは役に立てるかもしれない。
「けど、なんで? 力を使えばあんな奴ら――」
肩を並べたリクにオレは聞く。
「簡単だけど、その間に出口を塞がれたら意味ないでしょっ」
なるほど。来る途中にも防火扉らしい扉があちこちに設置されていた。
閉じこめようと思えば容易に出来るってことか。
「それよりこれっ」
リクがそれをオレに渡して来る。
目をこらしてオレはそれがなんだか確認すると、
「USBメモリー?」
「あんたに渡しておくから」
つまり、それだけ信用してくれてるって事か?
もしそうなら、少しはここまで来た甲斐もあったってことだよな。
「でも、空だから」
って、すぐにリクに言われて、オレは危うくその場で躓きそうになる。
「か、空って……」
「予備に持って来てたヤツっ!」
な、なるほど。いざという時のためってことか。
まったく準備がいいというか、なんというか。
けど、そんなもんをオレにわざわざ渡してどうすんだよ、なぁ?
リクさんの深いお考えはオレには理解不能だよ。
と、いけね。そんな情けない顔をしてる場合でもないらしい。
「こっちだっ、リク!」
オレは通路を先行して階段を駆け上る。
そこもオレが降りてきた階段だった。
ここを上がればもとの地上階――トンネルまではすぐだ。
そこから発電所の出口までも、それほど距離はない。
ここまで来ればあとは目と鼻の先だった。
だから、もうすぐだ、そんな安堵感をオレは覚えてたよ。
けど、
「っ……」
オレは苦い顔で呻く。
オレたちは階段を上がりきったその先で、足を止めざるを得なくなっていた。
「まったく、こんなことになるなんて勘弁してくれないかなー?」
ひどく迷惑そうなその声は、聞き覚えのある男のものだった。
「つ、椿……様」
リクが目を見開いていた。
そう、そこにいたのは椿鋼士郎。
そしてその後ろにわんさと控えている大勢の黒スーツたちは、椿家の家人だ。
つまりそんな彼らが、まとめてここにいるということは、今回のことははじめから予期されていたということだろう。
でなければこれほど早く駆けつけられるはずがない。
「リク……」
オレは思わず白い目を向けていた。
「忍び込むって言ってたよな?」
すぐさま目尻を尖らせて、リクがオレを睨んでいた。
「ナニ? あたしが適当にやってたから、こんなことになったとでも言いたいの?」
「まさか」
とは口では言うものの、心の中じゃオレは大きく頷いてたよ。
けど、リクにはあっさり見透かされてたらしい。
ふくれっ面でこっちを見ていた。
「ったく、うっさいわね。わかってるわよっ。自分でも繊細な事が不得意なことくらい。言われるまでもないのよ!」
ま、でも、大ざっぱというか、そんな不器用なところがある方が、オレとしては可愛く見えなくもないと思うけどな。
「なんだい? 内輪もめ? まー、それはそれでかまわないけどさ、キミはあの時の生徒だよねー? まさか君も一緒とは、なんだか妬けちゃうな~」
そんなふうに白々しく言葉を向けてきたのは椿だ。
相変わらずオレはそれにイライラしていた。
たぶん、オレはコイツとの相性は最悪なんだろう。
ヤツのやることなすこと気に入らない。
「彼はただの通りすがりですから」
リクがオレの一歩前に出て、きっぱりと言い切った。
「通りすがり? ハハハハ。面白いことを言うねー。そんなふうに一緒にいるのに?」
「たまたま遭っただけです!」
断固としてリクはその主張を貫くつもりらしい。
「へ~、そう? だとしたらすごい偶然だよねー。こんな場所でさ」
椿はまるで信じてない様子だった。
当然か。
これが本当だとしても違和感が有りすぎる。
「けど、まぁ、いいよ。このままじゃ結局堂々巡りになるのは目に見えてるし。リクちゃんは頑固だから、それを曲げることはしないだろうしね。
それより知りたいのはリクちゃんのことなんだよ。こんな事をしてイイと思ってるのかい、キミは?」
椿の目つきがスッとすぼまっていた。
鋭いというよりは、どこかリクを突き放すような、そんな冷たさがそこには潜んでいた。
「……」
リクは無言だった。
なにを言っても言い訳になってしまう、そんなふうに考えてるのかもしれない。
「宗家の意志は絶対のハズだよ。それが分からないキミじゃあないだろう? ならば心変わりする原因があったということかな? たとえば、そう。そこの彼に唆された、とかね?」
その言葉に、リクは難しい顔して、横目にオレを一度見ると、再び椿へとその視線を戻していた。
言葉にこそ出さないものの、リクは何かを危惧しているようにオレには見えた。
「だが、なにも言う気はない、か……。なら、そっちのキミに聞こうかなぁ。なんで関わろうとするのか。
キミは何か知りたいことでもあるのかい? それともリクちゃんのことが気になるから、手伝ってるのかな?」
椿の視線につられるように、リクもこちらにじっと視線を向けてくる。
なにも言うなと目が強く言っていた。
何か言うことが、墓穴を掘ることになりかねない、そういうことなんだろう。
オレは素直にそれに従うことにしたよ。
「ふぅむ。こっちも黙りか。なら、どうしようか? リクちゃんについては、家でじっくり話を聞くことは出来るんだけどね。俺としては先延ばしにするのも面倒だからさ、そういうのは嫌なんだよねー。こういうことはその時、その場できっちりさせないと」
椿は意見でも求めるように一度背後に控える家の者たちを振り返り、それからふと何かを思いついたのか、オレたちに再び向き直っていた。
「なら、こうしようか。俺が話す。せっかくだからさー、キミも知るには良い機会かもしれないし。リクちゃんのことをさ。そうすれば少しは話す気にもなるかもしれない。もしかしたら関わる気をなくしてくれるかもしれない」
「……話……す?」
オレは意外な言葉に思わずそう溢したよ。
それに動揺を見せたのはリクだった。
「これはキミにとっては忠告になると思うんだ」
椿はオレに向かって言っていた。
話の方向性がよくわからんが、つまりどういうことなんだ?
「リクちゃんと関わることは、キミのためにはならないからさ。これは先輩からの心ならずの助言だよ。知ってるかな? リクちゃんも五葉家の人間だっていうのはね。だけど、彼女の家は凋落した。これは、なぜだと思う? それは聞いてるかな?」
凋落した原因?
リクの顔色が変わっていた。
ひどく怯えるような顔つきだった。
もちろん、そんな話は七川からもオレは聞いてはいなかった。
「返事は無し。つまり、それは知らないということかな? まぁ、当然は当然なのか。一般的にはほとんど情報が出てないからね。なら、丁度良い機会だから、ここで教えてあげるよ。リクちゃんの家は――」
「椿様っ!」
リクが悲鳴を上げるように言葉を挟んでいた。