オレはこそこそと忍び込みました。
午後八時半。
オレが自転車で向かったのは水力発電所だった。
下井駅に向かって河をやや下流へ下った場所にあるそこは、登下校の最中、バスの中から何度か見た場所でもあった。
まさかそんな中に五葉家のデーターセンターがあるとは誰もが思いもしないだろうが、オレが渡された地図にはその場所が確かに書かれてたんだよ。
そもそもデーターセンターっていうのは、その場所自体、秘匿性が高いもんらしく、こうやって意外な場所に設置するっていうのも、別段驚くようなことでもないらしい。
ちなみにオレは、そんな発電所が見える近くの茂みの中に隠れてるんだが、ここはその発電所の対岸にあたる場所だ。
本当ならもっと近くまで行くべきなんだろうが、如何せん発電所の入り口は一本の専用の橋を使わないと入れない。
発電所自体が部外者は近づけないように、山の中央部をくり抜いた絶壁になった場所に建てられてて、その橋も入り口にはゲートも設けられてたんだよ。
まぁ、別にゲート自体はオレの背丈ほどの鉄の柵だからな。
飛び越えられなくもない。
けど、問題は時間が時間だってことだ。
あからさまにそれをやると人に見つかる危険があるからな。
なら、なんでもっと遅い時間にこないんだって話になると思うんだが、それが仕方がなかったんだよ。
聞いてくれるか?
オレはここにリクがいつ来るのか、聞こうと連絡取ろうとしたんだぜ?
そしたらケータイもでなけりゃ、メールにも返事をよこさない。
ツキグモを行かせりもしたんだが、リクは捕まらないって帰ってくるし。
だから仕方なく現地で捕まえようって事になって、オレはこんな時間にここに来ることになったんだよ。
まったくリクのヤツ。協調性ってもんがちょっとばかし欠けてるよな。
ここで一人で待つってのもけっこう苦痛なんだからな。
激しくつまんねーし。
かといって、ケータイ弄ってるワケにもいかねーし。
ままならねーよな。
来たら、絶対一言言ってやるつもりだ。
――なんて思ってたんだが、どうやらそれはもう無理らしかった。
オレは気付いたからだ。
「……?」
目を細めて、一瞬何かの見間違いかと思ったんだが、
「んん?」
それは橋の両端に設置されていた外灯に照らされて見えていた。
まさか、と思ったよ。
発電所の入り口だ。
車両用に設けられている大きなシャッター脇に、作業員用の出入り口も設けられてるんだが、そのドアが微かに揺れてたんだよ。
いや、言い方がちょっとばかし悪いか。
よく見たらわずかにドアが開いてたんだ。
それはしっかりと閉じられてなかったせいで、微妙に空気に押されて動いていた。
どう考えたってそれは不自然な状況だ。
こんな施設でそんな不用心があるとはまず考えられない。
と言うことはリクは、もう……?
「せっかちなのか、自信過剰なのか」
それともただ単にバカなのか。
こんな時間に侵入すれば、人に遭う可能性だって高い。
いくら人払いが出来るっていったって、これじゃああからさますぎるとオレは思うが。
けど、すでに侵入してるってんなら、ここで待ってるのはよほどの物好きか、臆病者か、それかバカだけだ。
オレは腰を上げたよ。
こういうところは決まって入り口に監視カメラが設置されている。
だから、オレは慎重に橋を渡る前にその位置を確認して、行くんだが、
「……」
思わず二度見して、苦笑いした。
さっきまでまったく意識して無くて気付かなかったんだが、よく見れば壊されてたんだよ。
しかも、派手に煙を上らせてる。
「豪快だな、おい」
おそらくリクの仕業だな。
これから侵入するオレからしてみれば、監視カメラが機能してないってのは確かに嬉しいことなんだが、
「これが『忍び込む』……なのか?」
リクは忍び込むってそう言ってたハズだよな?
それとも最近じゃあ忍び込むって言うのは、人に気付かれないように、こっそりと入っていく意味じゃあ無くなったのか?
いやいやいや、そんな新説聞いたことがないし。
「……まぁ、ここでそれを論じてもはじまんねぇことなんだけどさ」
オレは気を取り直して、とりあえず先を進むことにした。
ゲートを飛び越え、橋を渡って、気配がないことを確かめてから、開いていたドアから慎重に忍び入る。
中はがらんとしたトンネルになっていた。
所々コンクリートはひび割れ、水の染み出すような跡が残っている。
天井と足下の左右の壁には電灯が設けられていて、それが道を照らしているおかげで、視界の確保に苦労するようなことはなかった。
トンネルは入り口から、奥までずっと延びていて、途中からゆっくり右にカーブしはじめ、その突き当たりまでは見えなくなっていた。
どうやらかなりの距離があるらしい。
もしかしたらその奥に発電施設があるのかもしれない。
部屋らしい部屋は、ここから見る限りでは、入ったドアのすぐ横にある管理所のような小さな部屋くらいだった。
おそらくそこで監視カメラの映像とかも管理してたんだろう。
小型のモニターが室内にいくつも並んでたよ。
ただ、そこに本来ならばその職務を全うするはずの人間がいるんだろうが、いまはどうやら休憩時間だったようだ。
床に倒れた椅子と一緒に、不自然な形で寝ている作業着を着た男の姿があった。
まぁ、間違いなく睡眠不足で寝てるわけじゃあなさそうだけど――しかし。
「『忍び込む』ね」
あきらかに忍び込んだっていう体じゃあない。
すでに威力妨害って言うんじゃないのかこれは?
とはいえ、オレとしては安全に後続として続けるのはホントにありがたい限りなんだけど。
それともいちいちそんなことを考えるなって?
あのス○ークでさえ、麻酔銃とか使ってたんだし、これくらい許容範囲だろ、と?
……ま、いいけども。
で――気を取り直してオレは校長先生から渡された地図を開いたよ。
「データーセンターへはどこを行けばいい?」
地図には経路まで事細かに書いてあった。
データーセンター自体はここの地下だ。
端末も部屋は違うが同じ階にある。
リクが向かったのは、おそらく端末の方だろう。
オレは地図に書かれていた作業用の階段を見つけると、そこから地下へと降りたよ。
さすがに温度が下がっていた。
空調は効いてるんだろうが、やっぱり地上階と比べるとひんやりとしている。
けど、そこはさっきの場所のようにトンネルになってるわけじゃあなかった。
車両が通る必要がないからだ。
一般的な通路だった。人が二、三人通れるほどの幅しかない。
ちょっと窮屈なビルを想像してもらうと、いいかもな。
一応、天井には照明も設置されてたみたいだが、いまはほとんど落とされていて、足下を照らすガイドライトだけが道しるべになっていた。
オレは持ってきていたペンライトを咥えて地図を照らしながら、先を進むことにした。
が、これがまた意外に広い。
しかも道が妙に入り組んでるせいか、迷いやすい。
この地図が無ければオレはおそらく、同じ所をぐるぐる回ってただろうな。
壁には場所を示すアルファベットが書かれてたんだが、風景の差異はほとんどなくて方向感覚も完全に失われちまう。
オレは方向音痴じゃあないんだが、これは迷わない自信はなかったよ。
「リクはこれで、うまく着けたのか?」
男より女の方が方向音痴は多いらしいからな。
なんでも脳的にそうらしいんだが。
さてリクはどうなんだ?
実は迷ってて、どこかの角でバッタリなんてあり得るかもしれない。
もしそうなったら連絡をよこさなかった腹いせに、一頻り笑ってやろうなんてオレは思ったんだが、どうやらそんなことにはならないようだった。
ジジジジジジジジジッ!
それは突然だったよ。
「!?」
さすがにその大音量の音にはオレも驚いた。
鼓膜が痛いと思わせるほど、うるさい警報器の音だったからだ。
うへっ。まさか、性悪なことを考えたから!?
なんてこたぁ――もちろんあるわけがない!
通路に点々と設置されていた赤色灯が一斉に光り出して、天井の電灯もほぼ同時に点灯していた。
つか、なにをドジった!? オレ!?
そう焦ったよ。
けど、そうじゃなかった。それはオレじゃあなかったんだよ。
だってオレはこれといって、何かをしてたってわけでもなかったからな。
それにその原因もすぐに判明した。
通路の向こうから走ってくる人影があったからだ。
分割しました。17話は後ほど投稿予定です。